ワーク・シフト ― 孤独と貧困から自由になる働き方の未来図〈2025〉
- 作者: リンダ・グラットン,池村千秋
- 出版社/メーカー: プレジデント社
- 発売日: 2012/07/28
- メディア: ハードカバー
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最初に描く世界は、「漫然と迎える未来」の暗い現実。インターネットにつながる世界で1日24時間、週7日仕事に追われ続けるロンドンのジル。多忙すぎて気まぐれや遊びの世界がなくなってしまっている。忙しすぎて専門技能を習得することは不可能だ。それから、インドのムンバイの自宅で仕事をする脳外科医のローハン。そして、エジプトのカイロでITプロジェクトに従事するプログラマーのアモン。2人とも他の人びとと直接対面して接する機会がほとんどない孤独な生活を送っている。オハイオ州のブリアナは、オンライン・ゲームに興じながらアルバイトをしており、ベルギーのアンドレはファストフード店やガソリンスタンドでの短期アルバイトでぎりぎりの生活を送っている。2人とも先進国に住んでいるにもかかわらず、グローバル化する人材市場から取り残されている。
それから次に「主体的に築く未来」の明るい日々。リオデジャネイロのミゲルは、ネットで結びついた世界中の同士と一緒に叡智を結集してプロジェクトに取り組んでいる。バングラデシュのジョンとそのパートナーのスーザンは、アメリカとバングラデシュを行き来しながら、子供にバングラデシュの貴重な経験を積ませるなど、バランスの取れた生活をしている。河南省のシュイ・リーは、1万人のビジネスパートナーとつながってドレスの制作を営んでいる。
さて、こうして両極端の側面から2025年の働き方を見てきたわけですが、ではどうすれば明るい側面を最大限に拡大することができるのか?著者は3つのシフトを実践しなくてはならないと主張します。
第一のシフトはゼネラリストから「連続スペシャリスト」へ。これまでは、ゼネラリストと会社の間には、社員がその会社でしか通用しない技能や知識に磨きをかけるのを引き換えに、会社が終身雇用を保障するという契約があったのが、そうした契約が崩れ始めており、これまでのゼネラリストとしての知識が役立たなくなっているわけです。したがって、未来の世界で成功を収めるためには、高度な専門技能と知識を身につけるべきだというのが著者の主張です。そのためには遊びと創造性が重要になってきます。つまり、遊ぶことによって普段は接点のない要素が組み合わさることで創造性が高まるというわけです。キャリアステップも仕事に打ち込んだら次は学業やボランティアに打ち込んだりして交互にジグザグに経験を積み重ねている「カリヨン・ツリー型」のキャリアが求められるとします。
第二のシフトは孤独な競争から「協力して起こすイノベーション」へ。未来の世界では独自性のある専門技能を磨かなければならない一方で、大勢の人と緊密に結びつく必要があるというわけです。著者は、アドバイスと支援を与えてくれる比較的少人数のブレーン集団である「ポッセ(同じ志をもつ仲間)」が不可欠だとします。これは興味深い指摘です。ポッセの基盤をなすのは信頼関係です、そして、ポッセを機能させるためには、お互いに役立てる可能性があるメンバーであること、そして、お互いに信頼し合い、お互いを助けたいと思い、お互いのために時間を割くつもりがあるメンバーの集まりであることが重要な条件だとします。それから、著者は、「ビッグアイデア・クラウド」を築くことの重要性を指摘しています。つまり、大規模で緩やかな人的ネットワークをもっていると、多くの情報が入手できる可能性が高いというわけです。そしてもう一つ重要なのは「自己再生のコミュニティ」です。今までのような家族や地域社会が当てにならない未来の世界では、コミュニティを自ら意識的に見つけ出したり作り出したりする必要が出て来ます。
つまり、「ポッセ」「ビッグアイデア・クラウド」「自己再生のコミュニティ」の3つを築く努力が必要となってくるわけです。
第三のシフトは大量消費から「情熱を傾けられる経験」へ。やりがいと情熱を感じられ、前向きで充実した経験を味わえる職業生活への転換を成し遂げ、所得と消費を中核に据える職業人生から脱却しなくてはならないというわけです。もともと多くの人びとにとって、仕事に関する古い約束事があったと著者は指摘します。それは、働くのは給料を受け取るためで、その給料を使って消費することによって幸せを感じるという約束事です。しかし、こうした約束事は崩れ始めています。そして、それに代わる新しい約束事は、働くのは充実した経験をするためで、それが幸せの土台なのだということです。今は所得がこれ以上増えても満足感や幸福感が高まらない状況になっております。そうした中、消費より経験に価値を置く生き方が重要になってきていると著者は述べています。
こうして本書は、3つのシフトを実践することを薦めているわけです。
仕事の在り方というのは、人びとの人生にとって極めて大きな要素であるにもかかわらず、これを哲学的に真っ正面から取り上げて論じることは比較的少ないように思います。これから成熟した近代社会の在り方を考える上で、仕事はどうあるべきか?という議論がもっと盛んに行われてもよいと思いますが、これは非常に難しい議論であり、なかなか解が導けない問題でもあるので、なかなか取り上げにくいのだと思います。
かつて先進国では余暇問題が盛んに取り上げられましたが、今ではそんなことを覚えている方すら少ないでしょう。しかし、生活における仕事のバランスというテーマは人類にとって永遠のテーマのはずです。
そうした中で、本書は、仕事の在り方を真っ正面に取り上げた貴重な本です。大変刺激的な内容でしたし、共感する部分が多かったです。