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ニーアル・ファーガソン「マネーの進化史」

マネーの進化史

マネーの進化史

ハーバード大学の若手経済史家による著作です。今日の経済には欠かせない制度が歴史上いつどのような背景でできあがったのかについて、様々なエピソードを交えながら紹介されていて、高度な内容ながら大変面白い読み物となっています。

本書は金融の進化によって人々が豊かな生活を送れるようになったというメリット面だけでなく、金融の進化につれて、人々は金融危機に巻き込まれるリスクも増しているという事実にもきちんと目を向けているように思います。

本書は、ヨーロッパの人々が銀を求めてインカに押しかけた歴史から始められています。スペイン人は莫大な量の銀をヨーロッパに持ち込みますが、これによって銀の価値は暴落します。著者は、スペインの過ちは、貴金属の価値が絶対的なものだと思い込んでいたところにあると指摘します。つまり、カネの供給が増えるだけであれば、単に物価高を招くだけだというわけです。

やがて、メディチ家が銀行で成功を収めます。彼らは多角的な事業によりリスクを分散していきます。銀行は当初、手元に潤沢な資金をもっていましたが、やがてストックホルム銀行は貸出を通じた信用創造を行うようになっていきます。つまり手元にある貴金属以上の融資を行うようになるわけです。

本書が次に取り上げるのは債券です。著者は、マネーの進化史において、債券の誕生は銀行の信用貸しの制度に次ぐ二番目の革命的なできごとだったと述べています。債券が重要な理由として、著者は次の二点を挙げています。1点目は、銀行預金の大部分が債券市場につぎ込まれていること、2点目は、債券市場が経済全体の利率を決定していることです。
フィレンツェでは、裕福な市民に対し政府に金を貸すことを義務付け、巨額の資金を調達しました。投資家たちは当座の資金が必要となった場合、権利を譲渡できたようです。つまり、流動資産い近い性格を持っていたわけです。
本書では、ロスチャイルド家が債券市場で裕福になったことが指摘されています。フランスとイギリスとの間で繰り広げられたワーテルローの戦いは、略奪に基盤を置くフランスのシステムと、負債に基づくイギリスのシステムの対峙だったと著者は指摘します。ネイサン・ロスチャイルドは、ワーテルローにおけるイギリスの勝利を見越してイギリスの国債を大量に購入し、値上がりした段階で売り抜けます。こうして、ロスチャイルド家は、ヨーロッパ中に張り巡らされたネットワークを駆使して、債券市場を長きにわたり支配することになります。
こうして、ロスチャイルド家はイギリスを財政的に支援することでナポレオン戦争の勝敗を決定付けたわけですが、アメリカの南北戦争の勝敗をも決定付けていた事実は興味深いものです。南部はロスチャイルド家の支援を頼ろうとしたものの、信用リスクの面からロスチャイルド家は支援を思いとどまったとのこと。
こうしたエピソードを見るにつけ、債券市場が歴史上いかに大きな影響力を持ってきたかが分かります。

本書が次に取り上げるのは株式会社です。ここで登場するのがジョン・ローです。殺人事件に巻き込まれたローは、イギリスからオランダに逃れます。ローは、独占的な貿易権を持つ会社の資産と、紙幣を発行する国営銀行の二つを合体させるプランを構想します。それを実現させるためにローが選んだ舞台はフランスでした。ローの構想は、戦費を賄うために四苦八苦してきた王家にとって魅力的なものでした。ローはフランス領ルイジアナとの通商を一手に引き受け、直接税の徴収も一手に引き受けます。そして紙幣を大量に発行することでフランスの財政問題を解消させようと試みたのです。ローはルイジアナをバラ色の土地に見せようと努力をします。しかし、通貨の量を増やしたことでインフレが進行します。約束に反して銀行券の切り下げを断行したことで信用は失われ、バブルは崩壊します。以後、フランスの金融の発展は阻害され、王家の財政は破綻し、フランス革命につながっていくことになります。
著者は、ローの行為と、後にエンロンが行った詐欺的な行為との共通点を指摘しています。どちらも、市場操作と粉飾決算に基づく手の込んだ詐欺だからです。

こうしたバブルから身を守るための手段として発展したのが、次に取り上げられる保険です。著者は、現代の保険を創設したのは数学者であり、理論を実践に移すために聖職者たちの助けが必要だったと指摘しています。つまり、牧師が死亡した場合に残された妻子を養うための基金として、牧師らが数学者の力を借りて近代的な保険基金が創設されたのです。基金は膨らんでいき、機関投資家へと成長していきます。

本書では次に不動産市場について触れられています。ニューディール政策では、共産主義に対抗する手段として、家を持てる機会を増やそうという政策がとられます。米政府は、住宅ローンを組みやすくするための施策を講じ、米国における住宅保有者数は飛躍的に増加します。
アメリカの貯蓄貸付組合S&Lの中には、どう見ても需要がないコンドミニアムを建設する者が現れます。さらに、ソロモン・ブラザーズのトレーダーは、住宅ローンを底値で買い集め、証券化して新たな証券を発行します。こうした証券は、政府支援機関から保証を受けているので、高い評価が得られることになります。しかし、こうした住宅ローンの返済額は後になるほど大きくなる仕組みであったために、やがて返済が滞り始め、持ち家の価格がローンの額を下回り始めると、一気に仕組みの崩壊につながります。

以上、本書の内容をざっと見てきました。ファーガソンは、

「これらの制度的イノベーションー銀行、債券市場、株式市場、保険や不動産の所有ーをすべて組み込んだ経済は、それらがなかった時代の経済形態よりも長期的にはうまく機能するようになった。」

と述べ、金融に発展を基本的には好意的に捉えているように思います。

他方で、

「だがこれまで、マネーの進化がスムーズに運んだためしはなく、今後も同じことの繰り返しだろうと思われる。」

と述べ、決して楽観一辺倒というわけではありません。

本書のタイトルは“The Ascent of Money”ですが、著者は“The Descent of Finance”でもよかったかもしれないと述べています。

とにかく豊富な歴史的事実のオンパレードに圧倒されますが、今日当たり前のように存在する金融システムも、よくよくなぜそんな制度が必要だったのかについて考えてみると、その存在は必ずしも自明ではありません。様々な金融システムが歴史的な事象、しかも歴史を大きく動かすような事象と結びついて発展してきたということに、改めて気がつかされました。