Hatena::ブログ(Diary)

”Piano e forte” このページをアンテナに追加 RSSフィード

2006-09-18 コンクールについて思うこと このエントリーを含むブックマーク

前回のエントリで音コンを聴きに行ってきたという話をしましたが、ついでに音コンに限らずコンクールについて日頃思っていることを少々。

  • コンクールは審査付きジョイント・コンサート

コンクールというとやたらと結果を重視する人がいますが、私はむしろ若手に演奏の機会、場を与えていることに大きな意義があると思っています。実際、コンクール荒らしと呼ばれる人も、実は演奏の場、機会を求めてコンクールに参加しているという話をどこかで聞いたことがあります。このような若手は、よほど傑出した才能の持ち主でもない限り、自分でコンサートを開いても聴きに来てくれるのは身内や関係者だけ、という状況でしょう。その点コンクールならば多くの耳の肥えた(?)聴衆(含審査員)に聴いてもらえますし、演奏がよければ名前を覚えて(あるいはファンになって)もらえるかもしれませんし、さらに結果が良ければさらに賞金ももらえます:-)。審査はおまけ、あるいは次のステージに進む人数を絞るための必要悪、ぐらいに考えた方がよいかもしれません。(音コンの1次、2次あたりは聴衆も少なく、とてもコンサートのような雰囲気ではありませんが、これは書類選考やテープ審査の代わりと考えた方がよいかも。)スポーツ競技ではないのですから、勝った負けたとか、悲壮な覚悟とか、そういうのはあまり似つかわしくないように思います。

  • 結果は運というより審査員との相性

とは言ってもやはり結果は気になるもの。私も何度もコンクールを聴いていますが、やはり疑問の残る審査はあります。弟子が優遇されたり、裏取引や大人の事情があったりすることもあるでしょう。それ以上に大きいのが審査員の好みや価値観がかなり違うこと。以前ある雑誌に、出場者に対する審査員のコメントが出ていましたが、2人の審査員でそれが180度違っていたことがありました。素人ならいざ知らず、音楽で何十年も飯を食っているプロですらこうなのですから、唯一絶対の基準というものはありません*1。価値観にはある曲に対する解釈の相違ももちろんありますが、演奏において何を重視するか(テクニック、音楽センス、読譜力、完成度、将来性、ルックス(?))も含まれます。ある人はテクニックがあって華がある演奏を好むでしょうし、別の人は詩情の豊かさや楽曲に対する理解、楽譜の読みの深さを重視するかもしれません。同じレベルのコンクールであっても、一方で入賞した人が、別のでは1次予選で落ちるということは日常茶飯事。1つのコンクールだけを見て、Aさんは通ったけどBさんは通らなかったからAさんの方がBさんより上だとかいうのはナンセンスです。

繰り返しになりますが、1つのコンクールの結果だけを見ても、それはそれほど当てになりません。ただ、数多くの(審査員の顔ぶれの異なる)コンクールに出て、それで結果が出ないのであれば、それはその人の力量に問題があると考えた方がよいでしょう。コンクールの結果は確率・統計的に見なければいけないと思います。大数の法則ではないけれど、1つの事象の結果だけを見ても有意なことはわかりませんが、数を重ねることによって真の姿(実力)が見えてくるものと思います。

*1:このあたりの話はCDに対する評価でも同じですね。

ピピピピ 2006/10/09 18:25 以前、娘の日本音楽コンクールの服装について教えていただいたP県のピピです。コンクールが終わりかなりの日数が経ちましたが、(一次で落ちたんだからさらに長いわけです)その節は本当にありがとうございました。おかげさまで服装に関しては何の迷いもなく、東京まで出かけていきました。宿泊場所も会場と練習場所の兼ね合いで吟味し、前日2時間当日2時間、ピアノ練習室を借りていたのですが、少し弾くとフォルテのところで肩から指先まで激痛が走り練習どころではありませんでした。直前の練習はあまりできないまま、本番に臨みましたが、なかなか普段しないようなミスを連発し、結果は望むべくもありません。大きなコンクールに出るのは初めてというより学生向けのコンクールでさえほとんど経験がなかったのです。またお盆の後大学に戻り、他にすることがないので毎日10時間以上練習していて腕が痛くなったというのも、経験不足から来る失敗だと思います。
大学も東京にないので出場するのも前述のとおり一苦労でした。音楽をするのなら東京へ!という地方でも常識のように言われていることを実感しました。しかもp県出身の東京芸大生のお母さんに、あがるのはそれが実力なんだから無理しないで身の丈にあったコンクールに出たほうがいいですよと言われ、当日の演奏がよほどひどかったのか、と目の前が真っ暗になる思いでした。しばらく彼女の言葉を思い出しそのとおりかも知れないと暗い気持ちですごしていました。でも今は、彼女も一次で落ちていたし八つ当たり的なところもあったのかと思うようにしています・・・娘の先生もコンクール当日他の出場者の発するあらゆる雑音から耳をふさぐように!と言われたそうですが・・・芸大というのは田舎出身の他の音大の学生は一度はめざし、あきらめた大学だと思いますので格別の意味を持っています。
これは初めてのコンクールですが、これからもとりあえず大学生の間はレパートリーを増やしながら、半年に1つ以上のコンクールに出続けるつもりだそうです。4年間で自分の限界を知ることになるかもしれませんが、卒業後もずっとピアノを続けて、できれば人前で演奏したい音大生(この単語、少し照れます。)にとってコンクールは唯一のチャンスだと思います。
今日Amazonでアンゲリッチの絵画的練習曲等を注文しました。娘の弾く曲をCDで聴くことが一番の趣味になってしまっています。CD聴き比べとても参考になります。これからも楽しみにしています。

ピアノリスナーピアノリスナー 2006/11/10 02:17 コンクールの評価は絶対ではないというお話を聞き、とても嬉しく思いました。どのチラシを見ても皆それなりの受賞歴があったりするのに、音楽が?と言うことの方が多いように感じていたので納得した感じです。http://homepage3.nifty.com/kyushima/competition/hama2000-1st-3.htmlで良い評価をされていたのに審査員には評価されなかったソフィー・マユコ・フェッターはザルツブルク音楽祭にも出演したそうで、1回のコンクールの評価よりも自分の耳を信じた方が良いと思うようになりました。(ちなみに、来年は来日公演があるみたいです。)

kyushimakyushima 2006/11/10 20:31 ソフィー・マユコ・フェッターは(名前は忘れていましたが)浜コンでのMozartのK331の優美な演奏が印象に残っています。活躍されているというのは嬉しいですね。

ピアノリスナーピアノリスナー 2006/11/13 00:14 そのMozart K331が来年の来日公演の演目に入っているようですよ。印象深いとkyushimaが言われているので、俄然行ってみようと思うようになりました。チケット代も安いので。
http://mayuko.info/concert/index.html