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2008-02-15 ピアノ演奏における「テクニック」とは このエントリーを含むブックマーク

前回記事のコメントに触発されて、テクニックについての私の考えを。といっても当たり前のことも含まれていると思いますが。

ピアノ演奏におけるテクニックには、広義と狭義の2つがあると思っていて、狭義のテクニックはいわゆるメカニックと呼ばれる、主に指や手の動きの確実さに関するもの。簡単に言えば速く正確に目的の鍵盤を押さえる能力ということになるが、それ以外にも、打鍵の強さ(音量)のコントロールや、適切なタイミングでの打鍵・離鍵(音の長さ)といったことも必要で、これらがないと粒の揃った音にならない。もちろん多声音楽で必要となる指の独立や、また指だけでなく跳躍等で必要となる素早い手の移動なども含まれる。(ちなみにメカニックのうち指の動きに関するものは「指回り」と言ったりする。)これらメカニックは運動神経や筋力(瞬発力、持久力)など運動能力と深い関係にあると言える。

一方、広義のテクニックは、演奏者が頭に思い描く、曲の理想の姿(頭の中で鳴る音楽)を、いかに物理的な音に具現化するか、そのための技術全般と言える。これにはメカニックももちろん含まれるが、そのほかにも、輝かしい音、くぐもった音など自分の望む音色をいかに出すか、そのための打鍵の仕方、ペダルの使い方、体重移動の方法、呼吸法、等々。またレガート奏法などピアノをいかに歌わせるかという技術もある。またこれらのためには思い描く音と実際に出ている音を聴き比べて修正するなど「聴く」能力も重要になる。ちなみに世間で「表現力」と呼ばれているものの多くはここに含まれると思っている。

で、肝心となる、演奏者が頭に思い描く曲の理想の姿を、楽譜を元に作り出す作業がいわゆる解釈と呼ばれるもので、ここにはその人の読譜力、音楽センス、独創性、想像力、様式感等の音楽的知識などが総動員されることになる。テクニックがいかに優れていても、その元となる頭の中の理想形がお粗末であれば、結果として出てくる音楽はやっぱりそれ相応のものにしかならない。(ただし理想形は、師匠や他の演奏家などからパクってくることはできる^^;)もちろん理想形がいかに優れていてもテクニックが伴わなければやっぱり「絵に描いた餅」になる。

ちなみに、結果としての音楽がよろしくない場合、それが解釈の拙さによるものか、それてもテクニック不足によるものかは一般的にはわからない。(奏者の思い描く理想形を直接知ることはできないので。)たとえば音色が単調だったとしてもそれが奏者の狙い(解釈)なのかもしれない。ただメカニックに関する不具合は、(意図的に下手に弾くことはあまり考えられないので)技術不足の可能性が高いと言える。

ところで以前、ピアニストのピークは20,30代と書いたことがあるが、これは主にメカニックの制約からくるもの。それ以外の広義のテクニックに含まれる要素や解釈については知識や経験によって向上する可能性はある。もっとも、独善的になったりして必ずしも良い方向に向かうとは限らないが。

XXVIIIXXVIII 2008/02/16 10:51 手の技術は重要ですがペダル技術も注目されるべきだと思いますね
3つのペダルの使い方次第で同じ曲も全く違った姿に弾き分けられますから
優れたピアニストほどペダルを上手く使って豊かで多様な音色を出してます

tarotaro 2008/02/16 12:15 初めまして。
多少、本題とはズレると思いますが…
kyushimaさんは音色を広義のテクニックに含めておられますが、
私はそもそも音色というものを直感的に理解できません。ピアノ演奏の音は基本的にモノクロームに感じられます。もっとも、各ピアニスト毎の“音”は異なって感じられ、それをもって“音色”とするというならば感覚的にしっくり来るのですが…
音色を定義するとどのような表現になるのでしょうか。曖昧に多用されている言葉だと思っています。

キクキク 2008/02/16 23:44  大変詳細なテクニックに関するご議論、敬服いたしました。ただ、私の理解が足りないせいか、疑問に思った点もありましたので、ここで述べさせていただきたいと思います。
 「演奏者が頭の中で思い描く曲の理想の姿を具現化するのが、メカニックである」とか書かれてますね。これは、「メカニックという表現手段は、頭の中のその曲の理想形である表現内容を具現化する」という理解でよろしいでしょうか?つまり表現内容がまず先にありそれを表現手段が具現化すると。
 このご意見は大変明快でるのですが、私はそこまで明快に割り切れるものかなという疑問を持ちました。
 思考という表現内容が、言語という表現手段なしには成立しないのと同様、曲の理想形という表現内容は、メカニックという表現手段なしでは、成り立たないと思うのです。
 順序が逆といってもいいと思います。。表現内容→表現手段ではなく、表現手段→表現内容ではないでしょうか?
 つまり、ピアニストは自分のメカニックに基づいた曲の理想形しか思い描くことはできないのではないかということです。

 たとえて言うなら、落語家が自分の語り口という表現手段の枠内でしか演目という表現内容を語れないのと同じです。
 表現内容は表現手段によってその限界が確定される野ではないでしょうか?私は基本的に、理想形とメカニックにずれが生じることはないと考えます。
 以上、私の読解力のなさによる誤解であれば申し訳ありません私自身非常に興味がある話題でしたので、拙論を述べさせていただきました。

XXVIIIXXVIII 2008/02/17 00:33 少なくとも私は自分の技術以上の理想形を頭に描いています
例えば自分より上手いプロの演奏が自分の理想になったりしますし
頭にある理想形をそのまま弾ければどれだけ幸せかと思いますよ
「こう弾ける技術があればもっと理想に近づくのに」と、いつも思います

kyushimakyushima 2008/02/17 12:18 私の使っている「音色」は意味は世間一般的なものと変わりません(たとえばWikipedia参照)。物理的に言えば音の各周波数成分の強さの分布(スペクトル)によって決まるものです。ただ視覚でも錯覚というようなものあるように、音でも物理的には同じでも前後との音の関係で音色は違って聞こえるようなことはあると思います。ちなみにピアノで音色を変える要素としては、ペダル、和音での各構成音の強さのバランス、下部雑音(鍵盤が底に当たる音)、上部雑音(指が鍵盤に当たる音)などがあると思います。

kyushimakyushima 2008/02/17 12:19 確かに、自分のテクニックを考慮に入れて解釈を決めるということはあると思います。ただ「ピアニストは自分のメカニックに基づいた曲の理想形しか思い描くことはできない」というのは言い過ぎのような。たとえば(XXVIIIさんのように)自分にもっとテクニックがあればこう弾くのに、というのは誰しも考えていることだと思いますし、極端な話、ピアノを弾けない人は理想形も思い浮かばないことになってしまいませんか。

ガリガリ 2008/02/17 18:37 理想の設計図はあるが技術的制約により実際にそれを具現化できないって言うのは
一級建築士が実際に自分で作業して家を建てられるか?って言う感じでしょうか(違うかなぁ)。

キクキク 2008/02/18 16:55 確かに、ピアノを弾けない人か演奏の理想形を頭の中て鳴らすことはできます。しかし、それはただ単に、それまで聴いたことがあるその曲の演奏を頭の中で再構成しているだけではないでしょうか?
私は、ピアノを弾けない人が、今まで一度も聴いたことがない曲を、楽譜だけ見て、頭の中で鳴らすことはできないと思います。
そして、ピアニストが同じように、ある作品を初演するような場合、そのピアニストは、まさに自分が弾いている音を頭の中で鳴らすしかありません。つまり、自分が弾ける範囲内でしか、その曲を頭の中で鳴らすことができないのではないのです。
私は、ピアノが弾けるかどうかはこの点で決定的な断絶になると考えます。それは、いったん言語を習得したら、言語を習得する前の思考を頭の中で再現できないのと同じです。

kyushimakyushima 2008/02/18 22:20 ある程度のソルフェージュ能力があれば、初めて見た楽譜でも頭の中で音楽を鳴らすことはできますよ(実際にある楽器でその通り演奏できるかどうかに関わらず)。指揮者ともなれば総譜を見て音をイメージできるそうですし。

XXVIIIXXVIII 2008/02/19 01:50 一度も聴いた事のない曲でもざっと譜読みすれば曲のイメージを
kyushimaさんの仰るように頭の中で曲が鳴るような感じです
そもそも、それが不可能ならこの世に初見演奏の試験なんかありませんよ
無理に言語と結び付けて考えなくても良いような気がするのですが……

XXVIIIXXVIII 2008/02/19 01:53 変な所で送信してしまいました、すいません
「ざっと譜読みすれば曲のイメージを掴めます」です

キクキク 2008/02/19 04:54 しつこくてすいません。ただ、初めて見た譜面からどんな曲か頭の中で鳴らせるということは、譜面が読めるということであり、ピアノが弾けなくとも少なくとも、譜面を見てメロディなどを歌えるということですね。それなら、やはりその人が歌える範囲でしか曲を頭の中で鳴らせないのではないでしょうか?
そして、ピアニストにとってのピアノが指揮者にとってのオケですから、自分が指揮をしてオケに出させられる範囲でしか曲を頭の中で鳴らせないと思います。
我々は、自由に行動しているようで、文化や言語や習慣に無意識に従属しています。
ピアノ演奏でも同じです。とりわけ自分がこれまでに習得してきたメカニックという制約からは決して自由になれないと思います。

XXVIIIXXVIII 2008/02/19 07:12 もはや質問ではなく自説の主張でしかない気がするのですが……
貴方の説に反する限りどんな返答でも納得なさらないようですし

ホズミホズミ 2008/02/20 17:05 盛り上がってますね。話がどんどんややこしくなっているので、もっと簡単に考えた方が良くはありませんか。

他人との伝達手段のために創られたのが言語であり、同様に、音楽を表現するために創られたのが技術やテクニックと考えるとわかりやすいのではないでしょうか?
「他人と潤滑な意思疎通を図る必要性 → 言語の創造・発展」
「頭の中の音楽の具現化の必要性 → 和声法や演奏法などの創造・発展」
ちなみに、落語の話をしていますが、落語においても
「自分が表現したいもの具現化の必要性 → それを表現するための技術の確立・発展」です。
「言語→落語の構築」という考え方はそれ単独では、確かに正しいのですが、今論議していることとは論点が決定的にズレていますので、あしからず。

見当違いなことを言っていたらすいません。

xx 2008/02/26 00:32 キクさんの意見は理屈ではおっしゃるとおりでしょう。
しかし芸術家というものは自分の理想たるべきものを追い続ける職業です。
頭の中で描いた理想に少しでも近づく努力を日々やっております。
だからこそ、苛立ち、内面の葛藤があるわけです。自分の技術レベルでしか頭の中に思い描けないのならその方は3流の芸術家です。

およよおよよ 2008/03/16 21:22 Xさんのおっしゃる通りだと思います。
キクさんは、実際に演奏する際の出来る出来ないを言うならまだわかるのですが、(その人のメカニックの範囲でしか)頭の中で鳴らせられない。と断言するのには驚きです。
素人でも頭の中で、どんな難所も、パッセージも、スムーズに素敵に演奏することを日々いくらでも想像し、追い求めることは可能ですよ。
そもそも頭の中に理想がないなら、誰も上手くなってません。