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アームチェア人智学日記 Armchair-Anthroposophist’s Diary

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2017-08-22

シュタイナー講演録『人間の魂と動物の魂』1910(明治43)年11月17日#10

Wir können aber auch sehen,
wie die Kräfte,
die in der Eigenbewegung organisierend wirken,
この各人に固有の動作において組織的に働く諸力が、

im späteren Leben weiterwirken,
後の人生になってどのように働くかは、

wenn wir von der Gebärde,
die sich in der Bewegung ausdrückt,
mehr übergehen zu dem,
仕草の動きにおいて表現されるものから更に進んで、

wo das Innere des Menschen sozusagen in die äußere Form
- aber in Beweglichkeit -
sich hineinergießt in der Mimik und in der Physiognomie.
人間の内面が、
言うなれば外的な形態を取って(とはいうものの、動きにおいてですが)、
身振りや表情に流れ込むところまで行けば、
見ることも可能なのであります。


Da wirkt in der Tat dasjenige weiter,
実際に、
そこでは、

was erst als Eigenbewegungssinn wirkt und sozusagen der Hilflosigkeit des Menschen Spielraum läßt,
初期においては各人に固有の運動感覚として働き、
言わば、
人間の救われ無さが(自由の)余地を確保しておいたものが、

sich weiterzuentwickeln,
更に発展し、

und dann diese Hilflosigkeit in Zucht nimmt.
そして、
この人間のすくわれ無さに秩序を与えることになるのであります。

Wenn wir sehen,
wie der Mensch sein Äußeres durch sein Inneres sozusagen in fortwährendem Gange hält mit seiner Miene,
auch mit dem Spiel seiner Physiognomie,
人間が、
如何なる仕方で、
言わば絶え間なく、
その内面を通じて、
表情や顔の動きによって、
その外面を保持しているかを見るとき、

so finden wir,
wie in der Tat das,
実際に、
どのようにして、

was erst in der Organisation mehr als ein bloßer Ausdruck der Wirkung in die Leiblichkeit erscheint,
初めは(人間)組織において単なる身体性における働きの表現にしか見えなかったものが、

mehr in das Seelische umgegossen und dadurch verinnerlicht erscheint.
魂的なものに流れ込み、
内面化されるように見えるようになるかを、
知ることになるのであります。

Was in der ersten Lebenszeit des Menschen mehr direkt wirkt,
人間の生の初期においてはすぐれて直接的に作用していたものが、

wird gleichsam in die Innerlichkeit eingefangen,
in das selbstbewußte Ich,
言わば、
内面に、
自己意識的な自我に捕獲されるのですが、

um dann von innen nach außen sich in die leibliche Sphäre hineinzugießen,
今度は、
それが更に、
内部から外部に、
身体性の領域に流れ込むのであります。

während es anfangs eine Auseinandersetzung des selbstbewußten Ich mit dem Geist war.
しかし、
初期においては、
それは、
靈と自己意識的な自我の相互作用であったわけです。

Wenn wir nun beim Menschen sehen,
wie uns ihm berechtigterweise die besondere Schädelform interessiert,
特別な頭蓋骨の形態が、
どのようにして、
われわれ人間に当然の興味を起こさせるのかを見るとき、

so müssen wir sagen:
われわれはこう言わなければなりません。

In dieser besonderen Schädelform drückt sich in der Tat auch etwas von seinem innersten Wesen aus.
まことに、
この特別な頭蓋骨にもこの人物の内的な本質から発する何かが表現されているのだ、
と。

Jeder mensch weiß,
daß dies schon im groben der Fall ist
誰でも、
これがおおまかには正しいことを知っております。

und daß man immer Unterschiede zwischen dem menschlichen Innern bei diesem oder jedem Menschen in der Stirnform,
in der Schädelform finden wird.
そして、
しばしば、
個々の人間における内面性の相違を、
額の形や、
頭蓋骨の形において見出そうとすることを。

Selbstverständlich darf man nicht auf gewisse Gebiete des geistigen Lebens dabei blicken,
die sich wieder von der an den Leib gebunden Seele emanzipieren.
当然、
靈的生活のある領域においては、
それが身体に結びついた魂から再び自由になっていると考えることはできません。

Aber als eine gewisse Grundlage ist doch das vorhanden,
was man als Ausdruck des zur Seele geworden Geistes bezeichnen kann
しかし、
魂になった靈の表現として示し得るものの確固たる根拠はたしかに存在するのであって、

und mit so großem Unrecht ausgestaltete in dem,
そこから、
粗雑な誤りが、

was man Phrenologie,
Schädelbeobachtung und dergleichen nennt.
骨相學や頭骨観相等々と呼ばれるものにおいて、
生じているのであります。

Denn das Wesentliche ist gerade,
即ち、
まさしく本質的なことは、

sich klarzumachen,
daß jene Formen,
die im menschlichen Schädel zum Ausdruck kommen,
人間の頭蓋骨に表現されているどのような形態も、

für den Menschen als solchen,
その頭蓋骨の人物にとっての

wie er als moralisches,
intellektuelles Wesen vor uns steht,
倫理的・知的本質としてわれわれの目の前にあるのであって、

individuelle und nicht generelle sind.
それはあくまでも個別的なものであり、
決して一般的なものではないことを明らかにすることなのですから。

Wo wir aber darangehen,
zu generalisieren,
われわれがこのような一般化に赴く場合には、

da verkennen wir überhaupt den ganzen Zusammenhang.
とりわけ全体の關聯を見誤ってしまうのであります。

In dieser Art ist die ganze Phrenologie,
骨相学が何を主張しようと、

wenn sie so getrieben wird,
このように運用される限り、

ein materialistischer Unfug.
それは唯物論的愚行なのであります。

Man sollte sie überhaupt zu keiner Wissenschaft machen im rechten Sinne des Wortes,
骨相学を言葉の正しい意味において學門にすることはどうやっても無理でしょう。

denn das kann sie nicht sein.
それは學門ではあり得ないのであります。

Was uns in der menschlichen Schädelbildung entgegentritt,
ist ein Individuelles,
人間の頭蓋骨においてわれわれが直面するものとは、
一個の個人的なるものなのであって、

das von Mensch zu Mensch verschieden ist.
個々の人間によって異なるものなのであります。

Die Art und Weise,
wie wir dann den Menschen gerade nach diesen Merkmalen beurteilen wollen,
したがって、
われわれがこのような徴表によって人間を判断しようとするやり方は、

muß ebenso eine individuelle sein,
全く個別的でなければならないのであって、

wie es das Verhältnis des Menschen zu einem Kunstwerk ist.
ひとつの芸術作品に対する場合と同じ関係にならなけれならないのであります。

Wie es da keine allgemeinen,
festgestellten Regeln gibt,
sondern wie man ein Verhältnis zu einem jeden Kunstwerk gewinnen muß,
wenn es wirklich eines ist,
事態が真に個別的である場合には、
一般的な、
確固たる法則など存在しないのであって、
それは、
人間が個々の芸術作品に対して、
個別的に関係を獲得しなければならないことと同じことなのであります。

so wird man,
であるとすれば、

wenn man nach allgemeinen Regeln an das geht,
was an künstlerischem Sinn in dem Menschen steckt,
われわれが、
人間において芸術的な意味で存在している何かに、
一般的法則に従って対応する場合には、

schon zu einigen Urteilen kommen können.
すぐに個的な判断に到達することが可能なのであります。

Nur werden sich diese Urteil ganz anders ergeben,
als sie gewöhnlich ausgesprochen werden.
このような判断は、
通常に下される判断とは全く異なるものになる他ないでしょう。

Aber gerade das wird sich uns ergeben:
しかし、
これはまさしくここで明らかになることですが、

Betrachten wir einen menschlichen Schädel,
一人の人間の頭骸骨を観察したとき、

so werden wir sehen,

wie der Geist in der Form in unmittelbarer Beziehung arbeitet,
いかに靈が直接的な關聯において形態に働きかけているか、

wie die Kräfte des Geistigen
- des Ich -
いかに靈の(自我の)力が、

von innen heraus die Schädelkapsel förmlich entgegenschieben dem,
was von außen nach innen arbeitet.
頭蓋の内部から、
外部から内部に働きかけるものに対抗して、
形態的に圧しているかを、
見ることになるでしょう。

Nur wenn man ein Gefühl für dieses Arbeiten von außen nach innen und von innen nach außen hat,
われわれは、
このような、
内から外、
外から内、
(双方からの)働きに対する感覚を持った時にのみ、

kann man sich auf das einlassen,
was in der menschlichen Schädelform,
die das Gehirn umschließt,
uns entgegentritt.
頭脳を覆う頭蓋骨においてわれわれに対峙してくるものに、
関与できるのであります。

So zeigt uns die Beobachtung,
wie in der Tat der Geist im Tiere unmittelbar sich auslebt in den Formen.
まことに、
この様な観察によって、
動物の形態とは、
どれほど直接的な靈の具現化であるかが、
わかるのであります。

Da das seelische Leben des Tieres wieder unmittelbar an die Organisation gebunden ist und das instinktive Leben ein Ausdruck der Organisation ist,
そこでは、
動物の魂的生活は、
再度、
直接に臓器に結びついており、
その本能的生活は、
臓器の表現なのであります。

so wird man immer finden können,
warum diese oder jene Instinkte oder Impulse gefühlsmäßig beim Tier auftreten müssen.
このことから、
どの場合においても、
動物の諸々の本能や衝動がなぜ情動を伴わなければならないのかが、
判明するでしょう。

Dagegen kann man vom Menschen sagen:
bei ihm sehen wir ebenso den Geist von innen an seiner Organisation arbeiten.
これに対して、
人間の場合には、
靈が内側からその臓器に働きかけていると、
われわれは述べることができるのであります。

Wir sehen aber auch,
しかしながら、

wie das,
was dem selbstbewußten Ich zugrunde liegt,
自己意識的な自我に基づくものが、
どのようにして、

sich entgegenstellt und sich hineinschiebt in die Organisation - und damit in die Arbeit des Geistes.
臓器に対抗し、
押し入るのか、
そして、
そのことによって、
靈の働きにおいて同様の作用を及ぼすのかをも、
われわれは理解するのであります。

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