坂本拓也のsomething else

2017-09-08

うんざり

前向きなことを書きたいのに、うんざりすることばかり…。

l-eがある日、自分活動がある日はバイトを休む。それについていちいち説明するのが面倒くさい。説明したところで理解されなし、儲からないことをなぜやるのか、やめるべきだ、と忠告される。それが社会的価値なのはこっちは理解してる。しか社会的価値感のない、関係のないことは存在してはいけないのか。それに魅了されそれ無しでは生きていけない人は存在してはいけないのか。金だけが生きる理由なのか。

その考えは社会的に役に立たないから障害者を殺したやつと変わらない。

どのバイト先でもそのことに苦しめられてきた。煩わしい。

より多くの人に認められるためには社会的存在価値がなくてはならない。地域活性/復興だとか、不幸な他人自分より弱い者を助けるためとか。災害戦争病気ネタにしなければならない。傲慢も甚だしい。個人表現とは何も関係ない。偽りの社会的権威主義を振りかざして国から金貰って、自分を騙して、他人コケにして続けるより誠実でしょ。それにね、社会的ものとは関係ないもの存在現象の方が地球含め宇宙的には圧倒的大多数なんですから

2017-09-06

偶然性なんて

最近木星土星ドキュメンタリーを見た。

地球ができたことが偶然に関係してるとか、土星の輪と土星衛星がすべて偶然的に関係してるとか、様々な偶然的な驚くべきことが起っているとか、そんなの人間から観た感覚しかないじゃん。驚くことじゃない。そうなっててあたりまえ。ただ地球と比べて桁外れな想像を絶する現象が起きてることは面白かった。偶然何かが起きたということには人間勝手に偶然といってるだけ。そうなってるんだから、そうなってるだけ。

偶然性なんて人間から観た勝手解釈しかない。偶然性は人間感覚しかない。

2016-09-24

映画を見て

ビートルズのEight Day's a Weekを見てきました。浅井慎平さんの言葉共感を覚える。「ポップミュージックっていうのは他人に媚びていなければならない。しかし彼らは自分たちのために自分たちが楽しみ、共鳴しあっていた」

それからポールの言葉

インタビュアービートルズ文化的意義についてどう思いますか?」

ポール「文化文化なんかじゃない。そんなの大笑いだ」

5万6千人以上集まったシェアスタジアムライブの後のジョージ

「こんなことずっと続けるのか?もうたくさんだ」

黒人差別まっただ中、アメリカ南部人種で客席をわけてみせるコンサートに対して、絶対にノーを突きつけた。もしかしたら殺されるかもしれないのに。

ビートルズは4人のただ自分に正直な"まとも"な若者だった。そこが魅力であり、そこが今までにない、そしていまだにでてきていない現象なんだと感じた。

結局何かを生み出すことを何よりも優先していたんだな。

やっぱり僕の人生観、影響受けてるな。

2016-07-25

内容より、人、数 (改)

この人は誰と一緒にやってて、いろんなイベントに出演してて、いっぱい活動してて、海外でも活動してて有名だから、変なことやってて変なもの使ってて見た目もかっこいいしetc…。

これが今の価値観。内容はどうでもいいのか。その人が何をしてもなんでもOK。利用価値があるかどうか。こういうミーハーな価値観が蔓延してる世界からはl-eはどんどん離れていきます。この価値観はどんなものにも当てはまる。音楽とか美術とか芸術とか、その他諸々権威主義に陥ったものはすべてです。

こういうことは、僕なんかがここで言っても誰も見てないし、何の意味もないことはわかっているが、言わざるを得ない状況になってきた。

「もはやメリーゴーランドからは降りた、あとは勝手に回ってくれ」ジョンレノンのwatching the wheelsの歌詞。マジで勝手に回ってて下さい。何々シーンとか、何々派とかどうでもいい。内容が伴ってないんですよ。そういうのは芸能界でやること。

ただの何の変哲もない物理現象を何のコンセプトも裏付けもなしにそのまま出して新しい、すごい表現と言ってみたり、そんな状況が何十年前から何も変化していない。あまりに保守的すぎやしない?物事の捉え方、自分の考え方そのものが変えられる、そんな経験、今小さいところで行われている音楽含め芸術表現からは全くなくなってしまった。

今はより加速している。やはり今の社会状勢、世相と関係があるのか。自力で自分の足でいきたい方向に進める、自分自身が変えられる人と個人個人の付き合いをしていきたい。

l-eはもうとっくに別の価値観でやってます。

2016-01-28

未知のもの/既知のもの

見た目や科学的物理的現象として全くわからない未知のものを過去の経験や類似性で考察した上でこうである/こうではないとの仮説と、見た目も科学的にも物理的にも現象としてもすでに経験ずみで類似性もあるが、実は我々の思い込みで全く違う場合も一つの仮説として立てられると考えている。

informationは後者の方に向いているな。