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2016-10-04

PCゲーム主題歌の名曲。毬花 『Amber Soul』 LV-F ~レベル-F~(Unccanny!) 2001年。ひとの業の深さよ。

23:09 | PCゲーム主題歌の名曲。毬花 『Amber Soul』 LV-F ~レベル-F~(Unccanny!) 2001年。ひとの業の深さよ。を含むブックマーク PCゲーム主題歌の名曲。毬花 『Amber Soul』 LV-F ~レベル-F~(Unccanny!) 2001年。ひとの業の深さよ。のブックマークコメント

あれは偶然だったのだろうか?

あの、日本に住む個人にとって奇跡であった西暦1999年〜2001年。ダイレクトにそれを過ごした人々においては驚異の記憶しかない。世紀がちょうど20世紀から21世紀へとまたぐ瞬間、とんでもないことが生起した。文化が、マスメディア主体とするものからネットメディア主体とするものへといつの間にかシフトしていたのである。

そのひとつの要因は確かに2ch(2ちゃんねる)であろう。

最初は誰もその存在に気づきもしなかった。

見てもすぐに忘れた。有意な情報などなかったのだ。それが変わった機会のひとつは確かに西鉄バスジャック事件である。

2000年5月3日に発生した西鉄バスジャック事件。当時、自分は取引先であった科学技術館に出向いていた。相手先の課長が大興奮して出てくるとこう語るのだ「KANAHARAくん、バスジャックだよ。大事件だよ。ついに日本でSATの狙撃がおきるよ!」。テレビでは定期的に襲撃されたバスの画像が流れ、緊迫した瞬間が続いていた。視聴者はこの事件が衝撃的に締められるものと思っていた。

しかしこのタイトル「西鉄バスジャック事件」をネットでで検索すると、いきなり気の抜けたページが現れてくるのだ。

アスキーアートが全面を埋め尽くし、テキストで形成された猫(モナー)がチョッパータイプのバイクを駆っている。くそ馬鹿馬鹿しく、幼稚だ。完全に子供向けだ。しかし白昼バスジャック乗客を惨殺した犯人は掲示板でこのアスキーアートを使うようなカルチャーの人間に煽り立てられ結果的に事件を起こしたらしい。ただのくそがきである。テレビでみる犯人像と、ネットでみるそれとは明確に乖離していた。

そして実はネットの犯人像の方が正しかったのである。

刺々しく、おどろおどろしく、メディアは世界の実状とやらを述べる。しかし犯人の多くは厨房(中坊)なのだ。彼らは耐性がなく直情的に行動する。その結果世の中には多くの大事件が起きている。

犯人たちとの直接のコミュニケーションが生じることにより世界の実像がばれてしまった。

そしてこれは、メディアが伝える商品的価値を持つ音楽、文学、映像、その他でも同じなのだ。

新聞・雑誌・テレビ・ラジオはこけおどしだけかも知れないのである。

20世紀末にファイル交換ソフトが大流行し、パソコンを導入した家では夜中にそれらが稼働して映画や音楽の大量の流通が行われていた。

それらはすぐに規制された。しかし「ネットで映像をみる」「ネットで音楽を聴く」という形態は、CDからのリッピングが当たり前になるように定着してしまった。

その結果21世紀に入るちょうどその時に、ネットで音楽や映像を配布しコマーシャルとする(映像等を自己宣伝ツールとする)文化が生じた。

ファイル交換が規制され飢えた人々にそれらの映像はダイレクトに通じた。

テレビをみるよりネットをみる文化が誕生したのである。

聴いてみればそれらは有名楽曲より秀でている部分もあったのだ。モーニング娘。より歌がうまくもあったのだ。それらがネットを用いて無制限に拡散をはじめた。視聴者おいてはテレビをみるより興奮し、演奏者においてはテレビを目標とすることなく視聴者に感想を問える、そういう場が登場した。

そのときの歌のひとつがこれである。

◯毬花 - Amber Soul

http://www.nicovideo.jp/watch/sm27780183

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琥珀を彩る錆びついた記憶のふちに紡ぐやさしさを残し

怖くはないの 切ない眼差し 崩れてしまう花のような

触れ合わない指先 消えるはずない昨日

癒されない瞳 見えることない希望

不安じゃない 身勝手なことだから

唇から漏れる Amber Soul

微かに漏れる光求め

胸をかすめる Amber Soul

夜をもう一度さしひろげ

螺旋を刻む夢

抱きしめるのは誰?

冷たく落ちていく心

縛られていく 琥珀のように

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↑この歌詞の「怖くはない」「不安じゃない」の一句、

そして「消えるはずない昨日」「見えることない希望」という、堂々とした「宣言」。

これらにやられてしまったのですよ。

それらは当時の歌の中でも排除されてしまった歌詞だ。

それらを語り得るのが当時のPCゲーム主題歌という環境だった。

凄すぎる。つまり芸術である。

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ソプラノ歌手である。つまりポピュラーソングメインストリームから外れている。当時はこれらの特異な才能をもつ個人たちが創造の場としてPCゲームを活用し、東京の西側(中野区あたり)を中心としてコンテンツを作成していた。東京の西側には映画学校等も多く、それらの卒業生たちが不況の煽りを受けて生活が苦しい等の怨嗟を込めシナリオやゲームシステムの開発に注力していた。

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