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2010-06-20

国際結婚 山形県農家に嫁いだ韓国人花嫁の成功事例について⇒駅弁甲子園に変更

| 08:03 | 国際結婚 山形県農家に嫁いだ韓国人花嫁の成功事例について⇒駅弁甲子園に変更 - ロストテクノロジ研究会 を含むブックマーク 国際結婚 山形県農家に嫁いだ韓国人花嫁の成功事例について⇒駅弁甲子園に変更 - ロストテクノロジ研究会 のブックマークコメント

昨日のFIFAワールドカップ日本対オランダはいい試合でしたね。結果は1−0で負けてしまいましたが。正直、あそこまで対抗できるとは思ってもいませんでした。すごいすごい。選手および岡田監督、どうもありがとうございます。

さて、当方、当初チャンネルを間違えてしまい(←テレビの使い方がよくわかっていない)途中まで「ワンダーワンダー」めざせ!駅弁日本一[旅情編]試聴していました。日本各地から集められた駅弁甲子園バックグラウンドのレポートです。新幹線開通による顧客の減少で存続の危機に直面し、80年間続いた先祖の伝統(幕ノ内弁当)かなぐり捨て、新作「赤ワイン豚ステーキ弁当」を持ち込んでベスト10への進出を決める鹿児島代表と、田舎の食材を活かしたい、四国にも都会の人々に来てほしいとの願いを込めて、田畑からひとつひとつの食材を調達して工夫を凝らす高知代表。両者の対比は物語的にも素晴らしかった。双方とも誠実さ、味の追究の姿勢は問題ない。テレビの主役を張るだけのものであった。後者にあったのはセンチメンタリズムだった。田舎のロマンなど厳然たる競合世界では通用しないことを突き付けられる。結果として負けてしまう。大量に集められた地元の食材は、残らず廃棄されてしまうのです。

弁当自身の水準では負けていないと思う。視覚的にも里芋等超うまそうだった。しかし、5年前の惨敗から必勝を期し、両親を隠居に追い込んで仕事人として取り組む鹿児島代表の熱意に勝るものはなかった。顔も違う。鹿児島代表は勝負する顔だ。高知代表の顔は5年前の鹿児島代表の表情であった。甘さが残っていた。まあ編集でどうともなる部分ですが。涙を流し、今後の雪辱が期待される構造で話をまとめるなど、さすがにプロの仕事っぷりは素晴らしいなと思わされましたね。

農作業の話をするつもりでしたが、ずれちゃったので次回です。

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2010-06-14

『民間療法と漢方 実用家庭医学』もしくは無医村の問題(ニュージーランドと比較して)

| 07:09 | 『民間療法と漢方 実用家庭医学』もしくは無医村の問題(ニュージーランドと比較して) - ロストテクノロジ研究会 を含むブックマーク 『民間療法と漢方 実用家庭医学』もしくは無医村の問題(ニュージーランドと比較して) - ロストテクノロジ研究会 のブックマークコメント

書籍自身は紛失してしまいました。『家の光』もしくは『現代農業』の付録だったはずです。存在したのは1973年頃かな? 「胃の調子が悪いときはセンブリを煎じて飲め」「梅肉エキスの作り方」等が詳しく書いてありました。身体の部位や症状ごとに検索できる目次もついていた。いまではこのタイトルでは薬事法に触れてしまいますね(実用家庭医学)。書籍内では効果についての検証も部分的になされていましたが(「〇〇については効果は疑問」「民間療法の過信は禁物」等)。

当時は医師・病院の数はいまより少なかったのです。療法についてもたいしたことはなかった。風邪ひいても熱計って抗生物質与えて済ませちゃうとか。注射が好きな先生はがんがん注射しまくる。それでも国民全員の健康状態が改善されていったのは、食糧事情の改善と給食の普及、健康検診、予防接種の完遂、そして健全な生活環境があったからです。地域において医師の果たした役割は決して小さくありません。健康検診と予防接種がなければ、ちょっと前のアジア諸国とたいして違わない程度には伝染病が存在していたのです。

成長期までの何回かの危機を乗り切れば、人間の死亡率は、伝染病・健康習慣病等がなければ低いままで推移する。なので健康への情熱は子供中心にかけられていた。大人は民間療法だったw 免疫系が発達していればたいていのことは自己の身体が解決していた。あるいは自己摂生。酒の飲み過ぎで胃が荒れたら酒の量を減らすとか。日暮れとともに仕事を終えて帰宅し就寝する等です。現代のように、付き合いが多過ぎて酒が止まらずに医師に助けを求めるとか、ヘビーワーク過ぎて睡眠不足がたたってしまい体調を崩して鬱になり病院に担ぎ込まれるとか、ありえないシステムだったのです(これらで人死にが出ても笑われるだけだった。「たわけ」=田分け)。

近年無医村の問題が顕在化していますが、元来田舎では民間療法で済ませていたのです(小児医療はありました)。ニュージーランドではいまでもそうです。無医村ばっかり。医者にかかるには自動車を使って1日がかり。なので人々は体調崩したら薬局で薬買って済ませてしまう。それでも平均寿命に極端な差があるわけではない。日本とは4年くらいしか違わないのです(ニュージーランドは両性平均で80歳程度。どれくらい健康な土地柄かわかりますね)。日本では最後の1年間は病院のベッドの上です。それ以前にも通い詰の状態がある。これで強引に老人たちの寿命を伸ばしている。なんか無医村に対して必死に頑張っている感じですねw 黄熱病みたいな不治の病がある場所ならともかく、そうでない日本では、人々が自身の生活の健康さの度合いを高める方がましなのではないでしょうか。医療費総額(保険により埋め合わされる分を差し引いた全額)の面から平均寿命を算定すると、日本はニュージーランドや他の先進諸国と比較してボロ負けでしょう。コストパフォーマンスが悪いのです。

参考URLとして田舎の人々の人格的問題をあげているものをおきますが(内容についてはかなり同意します。田舎の人間はおかしい)。このような土地には医師が行きたくなければ行かなくてもいい。別に放置したままでもよいのです。日本全体と比較して、平均寿命に深刻な差が生じていますか? 医院を維持するだけのお金を自治体や住民が持っていますか? ならば実質的問題はないといえる。問題は人々の心の中に存在してる。どこにでも医師がいて当然である、あるいは医師は地域の問題を解決するべきといった変な先入観こそ問題かもしれないのですよ(かつ、若年者の自殺対策を“きちんと”とった場合に、終末医療とどちらが平均寿命を伸ばすことに貢献するのか、詳細な検討を加えるべきです)。

田舎人の人格的問題は大きいと思います(近年大きくなってきたと思います)。それは彼等において自律的な課題解決が不可能となってきたからです。民間療法的な視点は田舎の苦悩を救済するのでは?と当方は考えてしまうのですよ。

無医村地区問題と医療費についての歴史・・ある医師マスコミウオッチより・・離島を除いて無医地区の問題は本質的には交通問題・・しかし無医地区の・・・

http://www.izai2.net/muison.html

※追記。

この状況考えると、「日本型食生活」「医療福祉制度の発展」がどこまで平均寿命の延長に寄与したのか検証する必要がありますね。ニュージーランド人は肉ばっかり食ってます。しかし健康。自分もあっちにいたときの方が体調はよかった気がする・・

2010-06-13

大根の収穫

| 20:54 | 大根の収穫 - ロストテクノロジ研究会 を含むブックマーク 大根の収穫 - ロストテクノロジ研究会 のブックマークコメント

梅雨入り前に大根の収穫を行っています。野菜は一般的にそうなのですが、根菜類は特にみな雨に弱いのです。早速自分の分を取り出して大根おろしに(しらす干し必須ですね)。

それにしても関東でこの時期にいい大根が取れるんだなあと思っていたら、両親から“秘技”を教わっちゃいました。この技術は肥料農薬に関係するものではありません。しかし考えるものだな。企業秘に関するものなので書けませんが、農民は農民自身の試行なり実験なりをしているということです。

追記。

百姓やって驚いたことがひとつ。現金収入は茨の道だな。都市生活的な楽しみは根底から捨てなければならない。たとえば街中に飲みに出かけるとか。野菜の自給自足自炊)と屋外での金のかからないスポーツ(自転車・カヌー等)が限られた楽しみなのだ。他のものはみんな贅沢品です(現金との交換を要するものはすべて)。こりゃあ禅坊主的な節制を要求するな。足りないものはお酒です。発酵タンク用意するだけで製造は可能とは思いますが。夏じゃ無理なんだよな。冬まで待つか。あー酒作りしてえw もちろん酒税法に触れない範囲の、アルコール度数1%未満のお酒です。これなら無問題。でも、糖濃度調整に失敗して濃度5%くらいになっちゃったらどうしましょう?ww

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2010-06-11

基本設計に無理がある。田舎を改良するにはシェアハウス型の家屋に改築すべし。

| 00:15 | 基本設計に無理がある。田舎を改良するにはシェアハウス型の家屋に改築すべし。 - ロストテクノロジ研究会 を含むブックマーク 基本設計に無理がある。田舎を改良するにはシェアハウス型の家屋に改築すべし。 - ロストテクノロジ研究会 のブックマークコメント

家については設計が新しければ新しいほどよい。これはもう確実です(建材については正反対のことが言えるかも知れませんが。基本設計についてはそうです)。過去の家は大量生産された戦後の落し子です。作れば売れた。だから図面をもとにしての詳細な検討はされなかった。周囲と似た様式であれば問題なくさばけたのです。メーカーは濡れ手に泡状態。現代にそれと同じ夢を見られても無理ですがw もの不足を基準にしたもの作りこそおかしいのですが、ある方々は一向に気付かない。売れたのは自分の腕と思っているのです(←冷静な分析がなされない状況は日露戦争後の日本と似ています)。

これらの家はしかも、テレビが家の中心である時代に作られている。家屋の中心に茶の間があり、そのまた中心にテレビがある。呆れた同心円ww これだけでちょっとライフスタイルとしておかしいと気付かなくてはいけないのですが、テレビが求心力を持っていると、ある世代の人々は考えている。なぜだろう? 自分が引き込まれるように見ているからといって、どうして他人もそいつに引き込まれると考えるのか。テレビはモルヒネと同じだ。現実が不幸であればあるほど引き込まれる。それを家屋の中心に据え付ける。他人には彼等はテレビの末端に、奴隷状に位置しているようにしか見えない。鎖のようなもので繋がれているのだ。しかし彼等は鎖で繋がれたことを喜々として語る。それはテレビが部屋の中心に存在しているからかもしれない。

トイレのドア、風呂の壁面、あるいは廊下の床下などにテレビがあるとしたら、これらの人々はどうなっちゃうんだろう? これなら自分はちょっとだけ許せるw 捻れた意見を述べるニュースキャスターを足の裏でふみつけるのだ。天気予報時にはそのとき視線を移せばいい。他の場所? 茶の間の中心に置いて神のように拝むのですか? それってどんな宗派だよww

まあ、実際には多くの日本家庭がその宗教に染まっているのですが。彼等はたいして値段の違わない自転車やカヌーを贅沢品として攻撃します。わけわからんww

それはそれとして。

過去の家はひとの動線などを考慮してません。ものの置場が基本的におかしい。自然にいろんなものが散乱してしまう。まずキッチンは現代風の島型であるべきだ。専任の家事担当者がいるならともかく、少子高齢化が進んだ現状ではキッチンの壁側配置は意味がない。キッチンを中心にすべきだ。テレビは排すべきだ。大人数でこそテレビは拝まれた。いま、まばらに人が生きている状態で、家屋を訪問してその家の主人が来訪者を労う暇もなくテレビに熱中していたとしたら、二度目の訪問はないだろう。テレビを見ていることは失礼に値するのだ。

イスラム教の、日に数度のメッカへの礼拝を、宗教への没入と笑う人々。彼等は日本人のそれ以上のテレビへの没入を皮肉ではなく爆笑しなくてはなりませんね。

※かつての日本家屋では、中心に位置する居間は板の間であり、各人は箱膳を用いて、その空間を囲んで食事していました。それ以前は囲炉裏を囲んでいました。このあたりまで遡ると現在主流の島型キッチンとの差がなくなってきますねw 家屋の中央に食事処がある。なので人々はその家を中心として集うのです。拝むものは食事。なので人々の合意は形成され、行動目標が明確に支持されるのです。

※すこし前に流行った座敷を中心とした日本家屋は、その地域で政庁を兼ねた庄屋の家屋を模倣したものであり、一般家庭に導入してもまともに機能するはずもありません。意味不明。しかし歴史博物館的なものでは、立派な庄屋家屋を典型例として提示している。もちろん貴重な家屋であり判断的にも正しいのですが。誰でもそれを活用していたと考えるなら大間違いだ。それらは10人程度の常在人数を必要とし、生活パタンも当時のものと合致しなくてはならない。ひとが抜けてしまったなら意味がないのだ。時代が進歩し、だれでも庄屋のような家族が営めると誤解した田舎の人々は、焦って皆それと同様の建築物製作に邁進したが、結果として残ったのはがらんどうの空間だけだった。過疎に悩まされる田舎の人々は、自分たちの現状を鑑みて、直ちにライフスタイルの改善に着手することを考えなくてはいけませんね。

2010-06-09

道の駅の必要経費はミニマムで年3000万円=人件費5人分。課長は月70万円。

| 13:38 | 道の駅の必要経費はミニマムで年3000万円=人件費5人分。課長は月70万円。 - ロストテクノロジ研究会 を含むブックマーク 道の駅の必要経費はミニマムで年3000万円=人件費5人分。課長は月70万円。 - ロストテクノロジ研究会 のブックマークコメント

国道沿いに各地に設置されている駐車場付き大規模休憩施設=道の駅ですが。いまや田舎の名物ですね。田んぼのなかにいきなり近代建築ができています。かなり景気がよさそうに見えます。トラック等はそれにつられて入ってしまう。空いてる土地にも続々と設置の話がきています。現在はまだ適当な密度ですが、今後増えすぎるとコンビニのように過密状態となり、運営に支障が出てくるとも限りません。果たしてどうなるのか、人件費の面から考えてみましょう。

茨城県・埼玉県にある道の駅の年間支出は、人件費の面でミニマム3000万円、1日あたり約10万円です。この分は町の職員・被雇用者5人分の話です(他にパート・アルバイトが存在するケースも多い)。この場で働くトップ、町役場の課長クラスでは、月収約70万円。他の職員も役場同様の基準で支給されています。これだけの額を確実に浮かせる内容で道の駅は運営されなくてはならない。施設内のレストランで、たまに周囲の食堂と比較してしょぼくれたメニューが陳列されていることがありますが、それは益を生み出すために必要な作業である。駅自身が大儲けしているようにみえても、吸収される先は決まっており、それは地元の一部の人々に集中して配分されることになっているのです。

さて。

どうもこの最低経費というやつは、システム的に削れないようです。ある時間帯では人間が完全に余っているようにみえますよね? しかし駅設置時から計上している予算なので削れない。周囲に位置する他の自営食堂は面白くないでしょう。そっちでは固定資産税も自腹だ。パートを雇用する余裕もない。支払った税金はまわりまわって道の駅維持のために使われる。まさに民草です。これで病気でもしたら閉店への道は長くない。田舎のシャッター通りは縮小する可能性はないといえます。

えーと、対策?

民に勝ち目はまずないでしょう。道の駅の周囲に店舗を移転するというのも案のひとつですが(駐車場環境を利用してしまう)。しかしこれはひどい話ですね。道の駅が潰れてもそこで働いていた被雇用者にはその後の生活が保証される。自営業者にはそのような救済はありません。では自営は座して死を待つのみなのか? 否。まずは自営業なのに株をやるといった腐った根性を直し(自営業者が得をするのは自己投資時のみです。四季報で情報を得た無関係の他人に金をだしてどうすんの?)、長期的な景気変動を吸収するチャンスを待つ。耐えるといった戦略によるしかありません。同レベルで対処してどうするのですか? あるいはその町をあきらめるべきだ。面白くないのはわかっている。しかし、このように民業分野に官業が平気で進出してくるのが(それを人々が容認するのが)社会主義にそまりつつある日本の現状なのです(非社会主義者は真っ先に排除される)。

ぺんぎんぺんぎん 2010/06/09 19:24 道の駅で、キャンピングカーお泊り宴会やろか♪。。庶民の施設有効利用☆

losttechnologylosttechnology 2010/06/10 01:41 ぺんぎん様お世話になっております。
やりましょう! ただし火気厳禁なのでかき氷パーティとかいいかも知れません。
薬味満載の豆腐とちー盛り、冷えたワイン、生ハム、パパイヤとマンゴーの切り身がいいですね。もうじき夏です。