Hatena::ブログ(Diary)

愛・蔵太の気になるメモ(homines id quod volunt credunt)

2005-09-10

[]マルチン・ニーメラーが本当に言ったことと、リベラルな人の嘘

最近、日本の右傾化(軍国主義化)を懸念する人が多い中で、マルチン・ニーメラーというナチス・ドイツ時代を生きた有名な牧師(プロテスタントの神学者)の言ったこととして、彼のセリフがいろいろなヴァージョンで引用されているようですが。

よく引用されるらしい、丸山真男のヘンな訳はこちら。

なぜナチスを阻止できなかったのか−マルチン・ニーメラー牧師

なぜナチスを阻止できなかったのか−マルチン・ニーメラー牧師の告白−

 

ナチスが共産主義者を攻撃したとき、自分はすこし不安であったが、とにかく自分は共産主義者でなかった。だからなにも行動にでなかった。次にナチスは社会主義者を攻撃した。自分はさらに不安を感じたが、社会主義者でなかったから何も行動にでなかった。

それからナチスは学校、新聞、ユダヤ人等をどんどん攻撃し、自分はそのたびにいつも不安をましたが、それでもなお行動にでることはなかった。それからナチスは教会を攻撃した。自分は牧師であった。だからたって行動にでたが、そのときはすでにおそかった。

                ( 丸山真男 『現代政治の思想と行動』 未来社

いや、実はナチスはカトリックだろうとプロテスタントだろうと、教会を攻撃・弾圧したことは一切ありませんが何か。

このサイトのテキストが一番面白かったのでリンク。

キリスト教と仏教をつなぐミッシングリンク - matsuda's journal

● ナチスの宗教政策

 

すこしまた真面目に戻って、最後にナチス・ドイツの宗教政策に言及しましょう。ナチス党の主流、つまりヒットラーの政策では、キリスト教を迫害・廃止しようとまではしませんでした。むしろ、上記のごとくにキリスト教の中に潜在的にあるミトラ教の要素を強め、よりゲルマン化した上で、ドイツ帝国教会の名の下に、国内のカトリックとプロテスタント諸派を統合しようとしました。しかし、これはプロテスタント側の足並みが揃わず、仲間割れ状態だったので、うまくは行きませんでした。むしろ、対カトリックの方がうまく運びました。当初ドイツのカトリック教徒はカトリック中央党という独自の政党を持っていたので、ナチス党には抵抗が強かったのです。そこで、ヒットラーはドイツ国内のカトリックの頭越しにバチカンと直接交渉し、これと政教条約(1933)を結ぶことに成功しました。こうして、国内のカトリック教徒を恭順させてしまったのです。バチカンが国家と政教条約に合意したのはナチス・ドイツが最初で、いわば御墨付きを与えてしまったのです。これに対し、プロテスタント側は46もの領邦教会に別れていて、ルター派・改革派・合同派の仲がとても悪かったので、ヒットラーでさえ、これらを束ねることができませんでした。匙を投げたといいます。

要するに、プロテスタントキリスト教徒のマルチン・ニーメラーが、プロテスタントキリスト教徒だから弾圧に会っていた、というのは、リベラルな人が多分もっぱらついている大嘘、という話。

ニーメラーの略歴は、以下のところではこんな風になっていますが、

なぜナチスを阻止できなかったのか−マルチン・ニーメラー牧師

ドイツのルター派神学者。第1次世界大戦に従軍し,潜水艦長として活躍。ウェストファリアのミュンスター大学で神学を修め,1924〜30年同大学学内伝道にたずさわり,31〜39年ベルリン・ダーレムのルター派教会牧師となる。ヒトラーの教会支配に対する抵抗運動の指導者として活躍し,牧師緊急同盟の結成を呼びかけ,告白教会の形成,バルメン宣言の成立にあずかって力があったが,逮捕されて,ダハウの強制収容所に送られる (1937) 。第2次世界大戦後解放されて,平和運動,ドイツ統一運動に尽力。ドイツ福音主義教会評議員,同外務局長。世界教会協議会会員。主著『Uボートから講壇へ』 Vom U-boot zur Kanzel (34) ,『イエス・キリストは主なり』 Herr ist Jesus Christus (46) 。

別にナチスも、牧師だからとか、神父だからという理由で強制収容所にかたっぱしから入れられたわけじゃないですね(当たり前のことですが)。

あと「came for」を「弾圧した」と訳すのもどうかと。

ということで、はてなダイアリーのキーワード、少し編集してみました。

はてなダイアリー - マルチン・ニーメラーとは

英語サイトだと、以下のところがとても参考になります。全部試訳してみたいぐらい。

Niemoller, origin of famous quotation

そこでは「Other versions of the quotation on the web」ということで、このセリフのネット上におけるさまざまなヴァージョンンが見られるし、オリジナルは何で、どのように誰の手によって変化して来たか、ということもわかります。

テキスト製作者は、ちゃんとしたドイツ史の専門家の様子。

引用の引用ですが、こんなのもあったり。

As Martin Niemoeller gave the message, it was true to the facts. "They" didn't "come for the Catholics" any more than "they" came for the Protestants. The true historical sequence, which Niemoeller of course followed, was communists, socialists, trade unionists, and Jews. The assault on the Jews was the culmination of the Nazi dictatorship's ruthless elimination of targeted communities and individuals.

(試訳)

マルチン・ニーメラーが送ったメッセージとしては、以下のものが事実に忠実だ。「やつら」が「カソリックを襲いかかって」はいないのは「プロテスタント」を襲いかかっていないのと同じである。歴史の本当の順番は、ニーメラーはもちろん知っているはずだが、共産主義者、社会主義者、組合員、そしてユダヤ人だった。ユダヤ人に対する攻撃は、冷酷な除去の標的となった団体・個人ではナチ独裁政権の到達点だった。  

ということで、俺の日記のテキストを読んでいるかたは、マルチン・ニーメラーの言葉は以下の通り引用することを望みます。

“First they came for the Communists, but I was not a Communist so I did not speak out. Then they came for the Socialists and the Trade Unionists, but I was neither, so I did not speak out. Then they came for the Jews, but I was not a Jew so I did not speak out. And when they came for me, there was no one left to speak out for me.”

(試訳)

はじめにやつらは共産主義者に襲いかかったが、私は共産主義者ではなかったから声をあげなかった。

つぎにやつらは社会主義者と労働組合員に襲いかかったが、私はそのどちらでもなかったから声をあげなかった。

つぎにやつらはユダヤ人に襲いかかったが、私はユダヤ人ではなかったから声をあげなかった。

そして、やつらが私に襲いかかったとき、私のために声をあげてくれる人はもう誰もいなかった。

俺が尊敬する人のレベルとして、元・軍艦の艦長、それも潜水艦(それもUボート)というのは、かなり上位に属しますので、ニーメラーの悪口を言う人は俺が許しません(余談)。

 

(追記)

このテキストは編集予定です。くわしいことはコメント欄を参照。

BebsonBebson 2007/08/26 03:25 このブログの改行メカニズム、
ドンダケ〜?

ドイツ語で引用される時には、
”つぎにやつらはユダヤ人に襲いかかったが、
私はユダヤ人ではなかったから声をあげなかった。”
の行が消されてしまうんですよね。何故?

本来は...

Als sie die Kommunisten holten, habe ich geschwiegen
- denn ich war ja kein Kommunist.
Als sie die Sozialisten und Gewerkschafter geholt
haben, habe ich geschwiegen
- denn ich war ja keins von beiden.
Als sie die Juden geholt haben, habe ich geschwiegen
- denn ich war ja kein Jude.
Als sie mich geholt haben, hat es niemanden mehr
gegeben, der protestieren konnte.

でも
Als sie die Juden geholt haben, habe ich geschwiegen
- denn ich war ja kein Jude.
の行がスッポリ抜けて印刷されていないんです。
ドンダケ〜?

lovelovedoglovelovedog 2007/08/26 11:01 「ドイツ語で引用」されて「私はユダヤ人ではなかったから声をあげなかった」の行が消されてしまった例の引用テキストを挙げていただけるとありがたいのです

BebsonBebson 2007/08/26 16:48 このブログの改行メカニズム、
ドンダケ〜お馬鹿さんなの?

A piece of cake!

http://de.wikipedia.org/wiki/Martin_Niem%C3%B6ller

の下の方のZitatの所に出ています。真面目に引用し
ているドイツ人もいるけど、この形の引用も可也多い
です。ヤッパシ、ユダヤ人の事になると気が引けるの
ですかね:-P

英語での引用は米国ユダヤ人側が多いからシッカリ
と引用しているみたいですけど。英語で読んでいる
のと独語で読んでいるのとでは記事の雰囲気が少し
違うみたいね。まあ仕方なかんべ。

BebsonBebson 2007/08/26 17:03 このブログの改行メカニズム、
ホンマ、いけ好かんね。

今、日本語のブログで、はてなダイアリー > キー
ワード > マルチン・ニーメラー の記事を見たらば
(URLは超長すぎてここに記入出来ませなんだ。)
このオッちゃんも、ユダヤ人を抜かしたドイツ語の
引用ばしてるね。英語の方はモロ入っているのに。
多分オッちゃんは独語分かっておらんね。見栄か?

lovelovedoglovelovedog 2007/08/26 17:56 ちょっと直しておきました

BebsonBebson 2007/08/27 14:29 このブログの改行メカニズム、
アルゴリズムが良う分らんばい。

愛愛犬 ”ドイツ語で引用”されて”私はユダヤ人では
なかったから声をあげなかった” の行が消されてし
まった実例テキストを挙げて下さい。(2007/08/26)

..............................................
気になったので色々調べて見たら、日本語のウィキ
で”彼らが最初共産主義者を攻撃したとき”の項目に
も英語訳と日本語訳にはユダヤ人が出てるのに独語
バージョン(1976年)ではユダヤ人が消えてますね。

” 強いメッセージ性を持つため、政治への無関心層
へ政治への呼びかけとして世界の多くの場所で引用
されてきた。” なんて言ってるんで、引用の仕方に
も強いメッセージ性があるかも。な〜んちゃって。

BebsonBebson 2007/08/27 22:41 このブログで、あれから訂正が
出来なくなりましたね。
このお馬鹿さん改行メカニズムで訂正でけへんのは
可也辛いモノがありますですよ。ドンダケ〜?

ヤッパシ、ドイツ人の引用では下のサイトの様に

http://www.martin-niemoeller-stiftung.de/4/daszitat/a31

ユダヤ人が消えてしまうんですね。残念、斬り!

BebsonBebson 2007/08/28 14:00 『ちょっと直しておきました』
(2007/08/26 17:56)???


はてなダイアリーを見ますと愛蔵太様は少しは独語
お分かりの様ですね。しかし向うの独語は少し硬い
のです。私の普通の独語をそのママ挿み込みますと
全体的な調子が可笑しなモノになってしまいます。
はてなダイアリーの文体に合わせると以下の様にす
るのが良いと思います。また denn の変わりに;を
使うのであれば、後に空白を1個入れましょうね。

Als die Nazis die Kommunisten holten, habe ich geschwiegen; ich war ja kein Kommunist.
Als sie die Sozialdemokraten einsperrten, habe ich geschwiegen; ich war ja kein Sozialdemokrat.
Als sie die Gewerkschafter holten, habe ich geschwiegen; ich war ja kein Gewerkschafter.
Als sie die Juden holten, habe ich geschwiegen, ich war ja kein Jude.
Als sie mich holten, gab es keinen mehr, der protestieren konnte.

BebsonBebson 2007/08/28 14:06 Woops! 訂正ですだ。

Als sie die Juden holten, habe ich geschwiegen, ich war ja kein Jude.
じゃなくて...
Als sie die Juden holten, habe ich geschwiegen; ich war ja kein Jude.
でしたね。

BebsonBebson 2007/09/03 04:57 『ちょっと直しておきました』
私もちょっと直しておきました

はてなダイアリーは弄れないので、ウィキの記事で
『彼らが最初共産主義者を攻撃したき』をチョット
直して置きました。暇があったら見てみて下さい。

愛・蔵太氏の(試訳)

はじめにやつらは共産主義者に襲いかかったが、私
は共産主義者ではなかったから声をあげなかった。
つぎにやつらは社会主義者と労働組合員に襲いかか
ったが、私はそのどちらでもなかったから声をあげ
なかった。つぎにやつらはユダヤ人に襲いかかった
が、私はユダヤ人ではなかったから声をあげなかっ
た。そして、やつらが私に襲いかかったとき、私の
ために声をあげてくれる人はもう誰もいなかった。

Bebson の(私訳:-P)

ナチの連中が共産主義者達を連れて行った時、
私は黙っていた、
私は共産主義者ではなかったから。

彼らが社会民主主義者達を拘留した時、
私は黙っていた、
私は社会民主主義ではなかったから。

彼らが労働組合員達を連れて行った時、
私は黙っていた、
私は労働組合員ではなかったから。

彼らがユダヤ人達を連れて行った時、
私は黙っていた、
私はユダヤ人などではなかったから。

そして、彼らが私を連れ去った時、
私のために抗議してくれる者は、
誰一人残っていなかった。

..............................................

へろたへろた 2012/03/10 16:23 →Niemoller, origin of famous quotation
>そこでは「Other versions of the quotation on the web」ということで、このセリフのネット上におけるさまざまなヴァージョンンが見られるし、オリジナルは何で、ど>のように誰の手によって変化して来たか、ということもわかります。
てゆーか、ここ見たら、丸山真男の引用も間違ってないと思うんだけど・・・
なんで「リベラルな人の嘘」になるわけ?

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/lovelovedog/20050910/p2