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愛・蔵太の気になるメモ(homines id quod volunt credunt)

2007-01-04

lovelovedog2007-01-04

[]悲しい

昔好きだった作家が、アマゾンで検索してみたらもう○年も新刊を出していなかった。

これは悲しい。

 

[]もう「アクセス数」なんて見ない

「アクセス数」とか「被ブクマ数」とか「リンク元」とかは、なるべく見ない。

メモ。

「はてな」は、ちょっとそういうオマケが多すぎるかな、と思った。

使わなければいいだけの話なんですけどね。

 

[]『時計じかけのオレンジ』幻の最終章

そんなものがあるとは知らなかった。

ウィキペディアではこんな感じ。

時計じかけのオレンジ - Wikipedia

削除された章

小説は21章から構成されるが、アメリカ合衆国で最初に出版された際、バージェスの意図に反し最終章である第21章が削除されて出版され、キューブリックによる映画も本来的の最終章を削除された版を元に作られた。映画化に際して一部のエピソードを省略したり複数のエピソードをまとめたりすることはよくあることだが、第21章があるか否かにより小説の印象は相当異なる。このため、映画版は原作者であるバージェスが意図しない終わり方をしている。

その後、アメリカでも第21章は復活して出版されるようになったが、日本語翻訳版ではバージェスの意図に反し第21章が省略されたままとなっている。

(太字は引用者=ぼく)

アンソニー・バージェスはいつ死んだのか調べてみたら、1993年でした。

というわけで、これ。

時計じかけのオレンジ 第21章翻訳

ここでは<時計じかけのオレンジ>の幻の第21章(最終章)を私が翻訳したものを載せています。「幻」というのも、時計じかけのオレンジという小説をスタンリー・キューブリックが映画化したもの及び日本でハヤカワ文庫から発売されている単行本の内容は、著者であるアントニイ・バージェスが意図した終わり方をしていません。

というのは、それらでは主人公アレックスが元通り暴力性を身に付けて、「おれはなおったんだ(I was cured all right.)」となって終わっていますが、原作ではその後にもう1章、話が付いているのです(このことは単行本の訳者である乾信一郎先生(先生は無類のネコ好きで「ネコの育児書」の著者でもあります)が訳者あとがきでふれています)。

内容については以下を読んでいただければおわかりになるはずです、兄弟よ。

なんで日本語翻訳版には入っていないのか、よくわかりません。ご存知のかたは教えてください。

これもちょっとリンク。

ネタばれ注意! 時計じかけのオレンジ - あの映画のココがわからない

 

[]本格ミステリには「館の図」があるわけですが

舞音日々: 永遠の綾辻行人

「このミステリがすごい」をパラ見しました。2日アクセスできなかったから今日は欲求不満解消で更新多いよ♪

綾辻行人の『暗黒館の殺人』、平面図をよく見るとあの館にはトイレがないんだよ。もう、そういう世界として描いてるんだね」云々とありました。そりゃすごいな。物置に突っ込んだのでおかあさん確認できません。お手元にある方どうぞご確認ください。

だって、あのひと、三作目の「迷路館」では、その館の性格上バスルーム(トイレ付き)は必ず各客室に付いてるとかちゃんと配慮してあったのに。嗚呼、あなたはどうしてそうなってしまったの?

『ベルサイユの殺人』とか。

 

[]映画『ダーウィンの悪夢』に関する「嘘」について

これは以下の日記の続きです。

日本のクズ(kudzu)は世界一

 

タンザニア・アフリカにくわしい人たちが、『ダーウィンの悪夢』という映画について語っています。

これは面白いことになってきた。

progressive link - ダーウィンの悪夢についてのいろいろ

  1. タンザニアは飢饉に困っていません
  2. ムワンザはタンザニアにおける人口第二の都市
  3. エイズはビクトリア湖の問題ではなくて世界的な問題
  4. タンザニア政府は抗議声明
  5. シクリッドは絶滅していません
  6. ドキュメンタリー作品なので、作者の主観が入っています
  7. 知人「私の知ってるムワンザじゃない(怒)!!」だそうです

だそうです。

こんなのも。

吉田昌夫「フーベルト・ザウパー監督による映画『ダーウィンの悪夢』について」

どうみてもこの映画は、現地事情を良く知らないザウパーが、コンゴについて作成した映画が当たったことに気をよくして、何かセンセーショナルな映画でもう1度当てたい、とビクトリア湖に70年前に入れた外来魚「ナイルパーチ」がシクリッド種の小魚を食べたため、その種が減ってしまっているという科学者の報告と、最近のナイルパーチ輸出が空輸で行なわれ、ムワンザ空港が東ヨーロッパからアンゴラに武器を空輸していた時の給油地であったことと、アフリカ人の貧困の状態とを結びつけ、ストーリーを作ったとしか思えません。

ダルエスサラーム便り

映画で主要舞台の一つであったタンザニア水産研究所のムワンザ支所は、定期的に(年に4回ほど)調査トロール漁を行っており、その漁獲内容の分析記録がある。この記録は未発表のもので、特別に見せていただいたものだからそのまま公表は出来ないものだが、そのデータでは2003年から2005年にかけて、漁獲に占めるナイルパーチの比重が減り、他の魚種が増えている。1998年には91%ほどを占めていたナイルパーチは2005年には69%程度まで落ち、代わって増えてきているのは絶滅を危惧されていたシクリッドである。

これは旅人の記録。

Rolling Kids Blog: ムワンザの記憶と「ダーウィンの悪夢」

ダーウィンの悪夢の舞台、タンザニアのムワンザには、確かに厳然と貧困が存在するし、少し街を歩くだけで、ストリートチルドレンや売春婦に出くわすだろう。それでも、俺の知っているムワンザはそれだけではない。俺はあの街が好きだった。ムワンザは、決して危険な街ではない。娼婦たちだけでなく、昼には暑さでぐったりしているストリートチルドレンたちも、日が暮れると動き出し、街は活発になる。たいていの店では、残飯を狙うストリートチルドレンを無碍に追い払うようなことはしないし、お金を払って食事をしているお客もすすんでわけ与えたりしている光景を見るだろう。時々、韓国人のボランティアがストリートチルドレンを相手に、路上で青空教室をはじめる。向こうの角では、別の子供たちが合唱している。娼婦たちは一様にひどく陽気で、誘いを断っても急に冷たくなるようなことはあまりない。

街は笑顔であふれている。これは俺の主観だろうけど、ダーウィンの悪夢もまた、あきらかにザウパーの主観である。それも、おそらくは巧妙に計算された意図をもって。なんとも吐き気がしてくる。

以下の日記には、魚料理の画像が出ています。

Rolling Kids Blog: ムワンザの魚料理

確かに、飢えはあるだろう。助けを必要としている人はいるだろう。けれども、それがアフリカのあらゆる国々に蔓延していることと、あるいはあなたのすぐそばにあるかもしれないものと、いったいどう違うと言うのだろうか。そうした自問や追及がない限り、映画を観たところで、ムワンザの何が特殊なのかそうでないのかは、見えてこないのではないだろうか。

真実はどのようなものであるのか、は、現地に行って現地の言葉で、現地の人たちの様々な声を直接聞かないとわからない部分が多いようです。

タンザニアの言語は「外務省の案内」によると「スワヒリ語(国語)、英語(公用語)」だそうです。

 

少し関係あるリンク。パレスチナについて。

P-navi info : 日記:恣意的な切り取り方について

P-navi info : NHK-BS 『ガザに死す』を見て

 

これは以下の日記に続きます。

ドキュメンタリーはノンフィクションなのかについて映画『ダーウィンの悪夢』で考える