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愛・蔵太の気になるメモ(homines id quod volunt credunt)

2007-01-30

[]ブックマーク・RSSから(2007/01/30)

あとでぼくのブックマークに入れたり入れなかったりするものの候補です。


猫を償うに猫をもってせよ:痴愚書礼讃

ーー雉子も鳴かずば撃たれまいーー昨年十月に出た本で、毎日や朝日にも書評は出なかったから気づかなかったので、たまたま書店で見つけなければここで痛罵されずに済んだであろう本ーー岩下尚史の『芸者論』(雄山閣)である。

猫を償うに猫をもってせよ:痴愚書礼讃(2007年01月21日)

田中優子が礼讃した岩下尚史の『芸者論』(雄山閣)を大罵倒するブログ主。


ワニ狩り連絡帳:『エンジョイ』 岡田利規:作・演出 @新国立劇場小劇場 THE LOFT

そうですね。例えばチェルフィッチュの『三月の5日間』などでは、その、ラブホで5日間ヤリまくった男女が、渋谷でピース・パレードの行進とすれ違うところで、それはたとえば『愛のコリーダ』で、藤竜也がひとり街中で軍隊の行進とすれ違うシーンのような、強烈な時代批評のような、つまりはアクチュアルな時代性を持ち得ていたとも思うのですけれども、この『エンジョイ』では、スクリーンにこそ、フランスのCPE法案に反対するデモ/暴動の映像を投射して、そこにひとつの「意識」を喚起されようとしているのでしょう、けれども、やはり、決して交錯することのない並列された「意識」が、この舞台上で観客に批評意識を覚醒するようには到らなかったのではないか、そのような気がします。

ワニ狩り連絡帳:『エンジョイ』 岡田利規:作・演出 @新国立劇場小劇場 THE LOFT(2007年01月17日)

岡田利規:作・演出の演劇『エンジョイ』を見た感想と、日本の現状について考えるあれこれ。


nsw2072の直感#p3:鶯谷の駅

ところが鶯谷の駅はずっと前から面白い駅だと思っていた。何が面白いって周りのネオンがほとんど全部ラブ・ホだということではなくて(駅の周りは大変なことになっているみたいだ)、駅舎の骨組みが全部古いレールでできている。こうした駅構造はかつてはそんなに珍しいことではなくてJR京浜東北の駅は軒並みこんな造りだったと記憶している。

nsw2072の直感#p3:鶯谷の駅(2007年01月16日)

↑骨組みが古いレールでできている駅について。


Something Orange:『アルスラーン戦記』ほか

mixiで『アルスラーン戦記』のコミュニティを覗いていたら、この小説がペルシャ神話のパクリだという意見を見つけてちょっとおどろいた。ふつう、それをパクリとはいわないよなあ。そんなことを言い出したら『聖闘士星矢』はギリシャ神話のパクリで、『ドラゴンボール』は『西遊記』のパクリということになってしまう。

Something Orange:『アルスラーン戦記』ほか(2007年01月17日)

↑パクリとは少し違う小説(物語)のダイナミズムについて。


春雪日記:チャイコフスキー交響曲第4番へ短調 作品36

年末の全日本の織田信成選手のFSを見て、交響曲第4番が聞きたくなり、実家から持ち帰ってきました。チャイコフスキーの交響曲では「悲愴」と並ぶ名曲ですが、フィギュアスケートの選曲としては珍しいと思います。1番有名な4楽章ではなく織田選手のプログラムでは1,2楽章が使われています。

春雪日記:チャイコフスキー交響曲第4番へ短調 作品36(2007年01月17日)

↑1・2楽章のテーマは「どん底」らしいです。それと織田選手のフィギュアスケートについて。


0mb:『ブラバン

現在と過去の二つの視点をたくみに混ぜながら、甘いだけではない思い出したくはないであろう苦いことも等価にあつかう。使いまわされ、時に改造された楽器の行く末も気になるところ。大量の人員を伴う部活にもかかわらず、登場人物たちを書き分けているのもすげー。主人公と交流のない人間は、影が薄いのもまたリアルでよい。しかし、私に音楽の素養がまったくないので、音関係の話になるとなにやらよくわからなくなってしまったり、グレン・ミラーがすでに何のことやらという事態に。いつものことですが。

0mb:『ブラバン』(2007年01月17日)

津原泰水による小説『ブラバン』の、非音楽的なブログ主による感想。


マフスのはてな:Ginger/Yoni

前作の唯一にして最大の問題であった貧弱な音質も改善されており、2007年を代表するロックンロール・アルバムとして万人にお勧めしたい傑作。サンスクリット語で「マンコ」を意味する「Yoni」をアルバム・タイトルに冠してしまう中学生レベルのユーモア・センスも含め、相変わらずジンジャーはどこまでもボンクラで信頼できる野郎だぜ。全12曲61分。

マフスのはてな:Ginger/Yoni(2007年01月16日)

↑「ロックンロール・エンターテイナー」なジンジャーの新作アルバム紹介。


アヌトパンナ・アニルッダ:シー・ノー・イーヴル 肉鉤のいけにえ

肉鉤はにくかぎと読みます。アメリカのプロレス団体WWE(ワールド・レスリング・エンターテイメント)の第1回製作映画作品で、主演の鉤を振り回す大男の殺人鬼も、リングのスターであるケインが演じています。物語は減刑を条件に労働奉仕をすることになった若い軽犯罪者たちが、再使用計画のある廃墟と化したホテルの修復作業に取り掛かるのだが、そこには目を抉る謎の殺人鬼が暮らしていて、次々とみんなが殺されていく・・・というもの。面白かったです。ホラー映画ファンの人で、事前情報があまりないからイマイチためらっている人は、行って損はないと思う。

アヌトパンナ・アニルッダ:シー・ノー・イーヴル 肉鉤のいけにえ(2007年01月09日)

↑「小品娯楽ホラー」としていい感じらしい『シー・ノー・イーヴル 肉鉤のいけにえ』の感想。


含羞亭日乗:内面の饒舌・孤独のグルメ

薄っぺらの正義を延々と台詞で表そうとする「美味しんぼ」との違いを是非どうぞ。

含羞亭日乗:内面の饒舌・孤独のグルメ(2007年01月07日)

孤食を続ける主人公・井之頭五郎の怒った回を描く『孤独のグルメ』。


Shiropの洋楽系日記:やぶへびな買い物(笑)

先週のことですが、帰りのバスで偶然一緒になった近所の方(ぼくよりいくつか年下の専業主婦の方)が、大きな荷物を抱えていました。なんとなく『!』という形をしています。バス停が同じなので降りて挨拶するときに「抱えているものはなんですか?」と訊いてみると、にっこり笑って「よくぞ訊いてくれました!」と返ってきました。やっぱり!

Shiropの洋楽系日記:やぶへびな買い物(笑)(2007年01月14日)

↑アフリカの太鼓を抱えてバスから降りる主婦とアフリカ音楽について。


S-killz to pay the ¥.:郊外残酷物語

期待が大きかった「ナチョ・リブレ」が(期待していただけに)あまりにもアレレ…な出来だったので、脚本家マイク・ホワイトの落穂拾いとして「グッド・ガール」を観てみました。DVDのジャケットだけ見ると「ジェニファー・アニストン主演のラブコメ」以上でも以下でもないという感じですが、これがとんでもない大傑作でした。郊外の閉塞感を見事に切取った秀逸なブラックコメディ/ドラマだと思いました。

S-killz to pay the ¥.:郊外残酷物語(2007年01月17日)

↑「グッド・ガール」という映画を褒めているブログ主。


新・読前読後:湯島天神舗石の割れ方

本書は1932年から88年にかけ、著名写真家がその時々の東京の町の姿、東京で暮らす人びとの姿を撮影した写真を場所ごとにわけ、一つ一つに川本さんが文章を添えたものである。『読売ウイークリー』誌上の「東京時空散歩」という連載がもとになっているらしいが、連載まるまる収められているわけではないらしい。「「昭和の東京」がよくとらえられている写真を選んで一冊に」したと「あとがき」にはある。漏れた文章(と写真)があるかと思うと落ち着かなくなる。

新・読前読後:湯島天神舗石の割れ方(2007年01月17日)

川本三郎『名作写真と歩く、昭和の東京』(平凡社)の感想と、湯島天神舗石の確認。


健 忘 亭 日 乗:正月歌舞伎座・夜の部

昼の部の『俊寛』が、近年で出色のものだと思ったのだが、夜の部のこの『金閣寺』も、実に優れた、近年稀に見る傑作であった。個人的には昼夜通じて一番。幸四郎の大膳、吉右衛門の東吉、玉三郎の雪姫と、申し分のない配役で、現時点の「大歌舞伎」と言っても過言ではなかった。

健 忘 亭 日 乗:正月歌舞伎座・夜の部(2007年01月14日)

↑かっこよく2007年正月の歌舞伎座・夜の部『金閣寺』を褒めるブログ主。


観たり読んだり聴いたり、感想日記:『賢くはたらく超分子』有賀克彦

超分子とは、共有結合(一般的な分子を形成する力)のような強い力ではなく、もっと緩い力で特定の形をとったり、複数の分子が組み合わさったもののこと。それぞれ特徴的な立体構造を生かして色々な働きをするので、ナノテクノロジーの基礎技術ともなりうる化学物質である。

観たり読んだり聴いたり、感想日記:『賢くはたらく超分子』有賀克彦(2007年01月17日)

↑「超分子」というナノテクノロジーについて、わかりやすく解説した本を紹介する。


クロスロード=クリティーク:高橋源一郎−読みのトラウマから巡り、発信する

日曜日は、ナベサクさんに誘われて早稲田まで文学の講演会を聞きにいった。高橋源一郎と望月哲男のレクチャーで『テクストと読者―<読み>のあり方を問い直す―』というものである。前に高橋源一郎の講演を聞いたのは88年の秋か冬だったから、もうそれ以来、19年ぶりである。特にその間時間がたったという気がしていないのだが、これは僕の感覚がやばいのだろうか?やはりあの時も早大で聞いたのだ。彼が話している問題意識とは、前と変わっていないと思った。この人はやはりこの二十年近くを、同じ問題を考え抜いてきたのだろう。それは「読みのあり方を問い直す」という問題であり試みである。ただ彼の語り口は豊富になった。論理的な明晰さも理論的な統一性もより深みを増した。同じ問題を考え続けてきて、そこに体系的な根拠を示し、重層化して説明しつつ、余裕で高橋源一郎は語っていたのに僕は感心した。そしてその間の時間の流れに軽く思いを馳せた。

クロスロード=クリティーク:高橋源一郎−読みのトラウマから巡り、発信する(2007年01月17日)

高橋源一郎と望月哲男のレクチャー『テクストと読者―<読み>のあり方を問い直す―』について語り考える。


 

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