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愛・蔵太の気になるメモ(homines id quod volunt credunt)

2009-02-04

[]「右の頬を打たれたら左の頬を差し出せ」という幻想について

 新約聖書の翻訳の当該部分は以下のとおり。

マタイ 5:38 「あなたがたも聞いているとおり、『目には目を、歯には歯を』と命じられている。

 5:39  しかし、わたしは言っておく。悪人に手向かってはならない。だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい。

 これが本当に「無抵抗主義」なのかという話。

 他のサイトから引用します。

「右の頬を打たれたら…」の謎 / 平林 純@「hirax.net」の科学と技術と男と女/Tech総研

 最近、私が見たそんな「謎」は「右の頬を打たれたら左の頬をも向けなさい "But whoever strikes you on your right cheek, turn to him the other also."」という言葉です。新約聖書マタイ伝の中に書かれているイエス・キリストの言葉です。この言葉を聞いた人が書いた、「あれ?ふつう右利きの人がほとんどですよね?だとしたら、右の手で相手をぶつんだから、(頬をぶたれる側の人からすれば)左の頬を打たれることになるんじゃないですか?最初に、右の頬を打たれたらってヘンじゃないですか?」という疑問を眺めたのです。…確かに、不思議です。世の中の90%くらいの人が右利きだということを考えると、ぶたれる頬は「左頬」が自然です。相手から「右頬」を打たれる、というのは何だか不自然です…?

 そこで、Wikipedia の"Turn the other cheek"の項や、「右頬を…」という言葉を解説した文章を読んでみると、とても興味深い(もっとも支持されている)説を知りました。それは、この言葉で勝たれているのが、「右手の甲で相手の右頬を打つ」という状況だった、ということです。確かに、右手の甲で相手の顔を払うように打つのであれば、(頬をぶたれる側からすれば)右頬が打たれることになります。そして、古代のユダヤ世界では、「手の甲で相手の頬をたたく」ということは、非常に相手を侮辱する行為で、自分より「階級・地位」が下である者に対してのみ行うことが許されていた、というのです。また、当時は左手は「悪い」側の手とみなされていて、自分の主張などを行う際には使うことができませんでした。だから、「右手の甲で相手の頬を打つ」というのは、「自分より地位が下のものを、侮辱しつつ叱責する」という目的で「ごく自然に行われていた」行為であった、というわけです。なるほど、だとすると、「最初に、右の頬を打たれたらってヘンじゃないですか?」という疑問は氷解します。…だとすると、今度は次の疑問が湧いてきます。「さらに奥にある疑問」が浮かんでくるはずです。「右の頬を打たれたら左の頬をも向けなさい」という言葉は、一体どんなことを言おうとしてるのでしょうか?

 「左の頬を向けられ」たら、(右頬を打った)相手はどうするでしょう?左手は使えませんから、左の手の甲で「左頬」を打つことはできません。だとすると、右手の掌で相手の左頬を打つことになります。…しかし、(自分より相手の地位が下だとみなす行為である)手の甲で相手を打つのではなく、「掌で相手を打つ」ということは、相手を自分と対等だとみなすことです。つまり、「自分より身分が下」だと蔑んでいる相手を、「自分と同等の人間である」と認める行為になってしまうわけです。(頬を打った側の人は)大きなジレンマを抱えてしまうことになるのです。

 つまり、この言葉は、単なる「相手の暴力・差別に対して服従・無抵抗になれ」という意味ではなく、「暴力は使わず、根本の意味におけるより強い抵抗を示せ」という言葉であった、というわけです。旧約聖書の「目には目を」という「報復行為」と対比されることが多いために、私はこれまで単なる「無抵抗主義を示す言葉」だと思っていたわけです。しかし、実はそうではなかった…ということがとても面白く、興味深く感じたのです。

俺はお前に右手で右頬を殴られるような男じゃないんだぜ」というのが、左頬を差し出す、という行為にある、というものの考え方。

 なかなか、とんち救世主のイエス・キリストの言葉には、ちゃんとした解釈がいつも必要みたいです。

右の頬 キリスト - Google 検索

↑検索してみると、違った解釈もいろいろ出ているので、これも参考にするといいかも。

 でも、右の手で右の頬を殴るのに、殴り方を含めた意味解釈をしているところはあまり多くないです。

 

(´_`)(´_`) 2009/02/06 04:09 リンクを踏めばちゃんと読める文章を、リンクするだけでなく事実上まるまるコピペするということの意味がわからない。だいたいひとの話を単純マルパクリして「ちゃんとした解釈がいつも必要みたいです」とかいわれても、「おまえはイエスから『ちゃんとした解釈』とやらを聴いたのかよ、一次資料出してみろ」って感じです。まあ、オリジナルがすぐそこにあるのにただのコピーのほうをわざわざブックマークする人もいるみたいだけど。

lovelovedoglovelovedog 2009/02/06 22:50 コメントどうもありがとうございます。テキストは元テキスト者の意図とは無関係に削除されることがあったりしたので(新聞記事など)、可能な限り意味がわかる形で引用するようにしています。ぼくのところよりリンク先のほうがブックマークが多いのはいいことだと思います

ねいんねいん 2011/08/25 10:34 右のほほを打たれたら左のほほは打たせない。もっと言うなら右のほほも打たせない。相手に暴力の罪を犯させるなんて言う罪を自分に犯させるなんて馬鹿げた行為だと思います。

マサマサ 2012/09/03 04:10 これと同じで、「働かざるもの食うべからず」もよく誤解されがちですよね。アレ、本来は「働きたくないものは食べないでよい」であって、働かないという行為の方が問題じゃなくて、働きたくないという就労の意思の方が問題なんですよね。
さらに細かく説明すると、「信仰に熱狂し、生活を放り出すのは本末転倒だ。生活と信仰は両立させるものだ。言っちまえば、働く気のないものは食うな」というパウロさんが長期的な意味で共同体をブチ壊しにしかねない連中にキレた話だったりするんで、パウロさんの初期教会の指導者としての苦労が垣間見えるというかw
まあ、「そんな奴等と関わるな(「教会の儀式から外しちまえ」程度の意味という解釈もありますが、まあ距離を置けというのは共通)」とか結構キツイこと言ってたりもするんですけどw

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