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愛・蔵太の気になるメモ(homines id quod volunt credunt)

2009-05-30

[]ネットテキストの劣化コピー問題は、みんなもっと真剣に考えたほうがいいと思う

 もう、保守系論壇の人が道徳的に(あるいは反・反日的に)何かを口にした場合は、それっていったいソースは何なのよ、と常に疑ってかかる必要が、最近は左系論壇の人以上にあるような気がするので、それらをちょっとまとめて置いておきます。

「韓国で日本の修学旅行生が土下座」と「日教組の自衛官・警察官の息子いじめ」について

メディアアートとしての在日特権

国連の会議でたしなめられた女子高生が好きな奴ちょっと来い

張作霖爆殺事件はコミンテルンの陰謀、と言っている歴史作家ドミトリー・プロホロフはロシアの八切止夫か

 もっと古いのだと、こんなのもあるよ。

「エルトゥールル号の遭難」に関するトルコ人の認識度について

樺太・真岡郵便電信局事件の嘘と真実について

 別にぼくは保守(反・反日)でも左系でもないつもりですが、そのどちらかに見えたらすみません。単にネットその他で「それはどこまで本当なのか」について調べたくなったら調べているだけのツマラナイ人間です。

 ただ最近はもう、新聞で報道されない(一次ソースが曖昧なものを新聞が滅多に報道するわけがない。例外は産経とか日刊ゲンダイとかありますが)ゆえに、逆にネットで元テキストのそれなりの検証をしないまま、大量の劣化コピーが流通しているようなものがありまして(在日特権とかいろいろ)、そこらへんに危惧を真剣に覚えてしまいます。思想と関係ないものだと「アニメーターの給料が安いのは手塚治虫のせい」とかねぇ(これに関しては「「アニメの制作費が安いのは手塚治虫のせい」というのは本当か」以下のテキストで少しだけ検証ずみ)。

 ぼくが気になっているのになかなか調べられないのは、以下の記述に関して、なんですが。

東京裁判は、その「判決理由によって拘束されるなどということはない」と言っている人たちは誰なのか

日本は東京裁判史観により拘束されない―サンフランシスコ平和条約の正しい解釈日本会議

筆者は昭和六十一年八月にソウルで開催された世界的な国際法学会〔ILA・国際法協会〕に出席して、各国のすぐれた国際法学者たちと十一条の解釈について話し合いましたが、アメリカのA・P・ルービン、カナダのE・コラス夫妻(夫人は裁判官)、オーストラリアのD・H・N・ジョンソン、西ドイツのG・レスなど当代一流の国際法学者たちが、いずれも右のような筆者の十一条解釈に賛意を表明されました。議論し得た限りのすべての外国人学者が、「日本政府は、東京裁判については、連合国に代わり刑を執行する責任を負っただけで、講和成立後も、東京裁判判決理由によって拘束されるなどということはない」と語りました。これが、世界の国際法学界の常識なのです。

 この「世界の国際法学界の常識」の根拠となっている「当代一流の国際法学者」のかたがたの業績なんですが、ここであげられた「アメリカのA・P・ルービン、カナダのE・コラス夫妻(夫人は裁判官)、オーストラリアのD・H・N・ジョンソン、西ドイツのG・レス」という5人のかたがたについて、その主張(特に東京裁判についての主張)がわかるテキストが置いてあるURL、もしくは著作物・論文についての情報を教えてください。

 ネットではうまく見つからなかったのですが、超有名な人だったらよろしくお願いします。もう気になって気になって。(2009年6月2日追記:コメント欄でだいぶ教えていただきました)

 世の中の「サンフランシスコ講和条約」の「judgments」について何か言っている人は、たいていが「佐藤和男」史観を元にしているみたいなので、他のルーツが知りたいです。

「サンフランシスコ講和条約のjudgmentsは諸判決であって裁判ではない」って、いつ誰がどこで何時何分何秒に言った

 それはともかく、コピー・劣化コピーの山を元に「こんな情報があります」ってのはもういい加減にやめませんか。「こんな与太話があります」という、ネタとして使われる分にはある種あきらめ感もありますが、そんなのを元に道徳観・歴史観を立ててもらいたくない、と思ったり。こわいのはやはり、ネットでこういうことが話されている、ということを元に、もっぱら保守系のマスコミ経由で国会議員・国の政策に携わる人に伝わって、国会その他で無駄な時間が使われたり、国策になっちゃったりするようなことがあるとするなら、これはこわい。国会議員なんて、新聞の記事ぐらいしか「話のネタ」段階ではソースにしていないのは、共産党を除くとほぼみな同じ。

 日本人の高校生は韓国で土下座なんてしてませんから!

エルトゥールル号の遭難」に関して、トルコ国民は全然知ってませんから!(追記:これに関してはコメント欄で指摘リンクあり→http://blog.goo.ne.jp/sekai-kikoh-2007/e/1cb238f697595cb6edb57cfe42ba1ca3 どうもありがとうございます)

 サンフランシスコ平和条約の十一条の解釈について、ちょっと違ったことを言っている人は佐藤和男氏とその弟子(伝聞弟子)以外にはあまりいませんから!

 これ、また引用しておきます。

「いい話」は思考能力を奪うよね - novtan別館

Rauru Blog ≫ Blog Archive ≫ Suspension of Disbelief

英語に Suspension of Disbelief っつう言葉があります。Wikipediaによると、サミュエル・コールリッジが考案した言葉らしい。こんな感じ。

Suspension of disbelief is an aesthetic theory intended to characterize people’s relationships to art. It was coined by the poet and aesthetic philosopher Samuel Taylor Coleridge in 1817. It refers to the willingness of a person to accept as true the premises of a work of fiction, even if they are fantastic or impossible. It also refers to the willingness of the audience to overlook the limitations of a medium, so that these do not interfere with the acceptance of those premises. According to the theory, suspension of disbelief is a quid pro quo: the audience tacitly agrees to provisionally suspend their judgment in exchange for the promise of entertainment.

 

Suspension of disbelief は、人々が芸術に関わる態度を説明するために作られた美学理論である。この言葉は1817年に、詩人であり美学哲学者でもあったサミュエル・テイラー・コールリッジによって作られた。この語の言わんとしているところは、フィクション作品の前提を、例えそれが空想的・どう見てもありえない事だったりしたとしても、真実として受け入れる態度である。また、メディアの特性から来る限界について見て見ぬ振りをすることも含まれる。この理論によれば、Suspension of Disbelief とは quid pro quo である、つまり、観衆は、エンターティメントを得ることと引き換えに、正誤の判断を一時的にそれとなく放棄するのである。

バグってハニーバグってハニー 2009/06/02 03:39 ILA第62回大会(ソウル)報告書の575ページにコレス夫妻の名前以外が見えます。

2. Workshop on State Immunity, under the Chairmanship of the Director of Studies. The other participants were as follows:
Mr. Monroe Leigh (American Branch)
Professor Lars Hjerner (President of the Swedish Branch)
Professor Georg Ress (Secretary of the German Branch)
Professor David Johnson (Australian Branch)
Professor A. Rubin (American Branch)

レス教授はその後、欧州人権裁判所の判事を務めたようですが、それ以上詳しいことはわかりませんでした。ちなみにドイツ語版Wikipedia
http://de.wikipedia.org/wiki/Georg_Ress

ジョンソン教授はそれ以外の人よりもどうやら世代が上らしくネットで拾えるテキストは皆無でした。

一方、ルービン教授に関しては東京裁判やニュルンベルグ裁判に言及したテキストがいくつか見つかりました。

THE INTERNATIONAL CRIMINAL COURT: POSSIBILITIES FOR PROSECUTORIAL ABUSE
http://www.law.duke.edu/shell/cite.pl?64+Law+&+Contemp.+Probs.+153+(Winter+2001)

The same weaknesses appear in the "war crimes" conceptions of general international law and the "grave breaches" provisions of the 1949 Geneva Conventions.8

8. "War crimes" trials of vanquished villains by victors have a number of precedents. See the 1865 Henry Wirz (Andersonville) Trial, in 1 THE LAW OF WAR: A DOCUMENTARY HISTORY 783 (Leon Friedman ed., 1972), reprinted from 8 AMERICAN STATE TRIALS 666 ff. (1918). The Nuremberg, Tokyo, and other post-WWII tribunals seem also to be of this sort.


Dayton, Bosnia and the Limits of Law
http://www.srpska-mreza.com/WarCrime/Rubin.html

It is also frequently forgotten that a series of trials equivalent to Nuremberg was held in Tokyo, resulting in a major dissent (by the Indian judge), partial dissents (by the Dutch and French judges), and a separate opinion (by the Phillipine judge). For fifty years now, the Nuremberg "precedent" has not been followed. Before the precedent is revived, it would be wise for those arguing for it to check the reasons why it was not deemed persuasive to some at Tokyo, or to many people for fifty years afterwards. The weakness of the Nuremberg precedent was certainly seen by the defendents at The Hague, even if not perceived by the prosecution.


The case against Henry Kissinger:
http://www.harpers.org/archive/2001/02/0070211

Victor's justice, as in Nuremberg, applied our version of international law to the defeated enemy. It did not apply our version of international law to our own people who admitted war crimes. There is documented evidence of this. For example, the note was passed to the court during the trial of the commander-in-chief of the German navy, Admiral Doenitz, saying it was a war crime for him personally to be involved in the unrestricted submarine warfare decree that Germany had made. Admiral Nimitz submitted a letter saying that under orders from Washington, he had issued an identical decree on December 7, 1941. As far as I know Admiral Nimitz has never been tried for the crime for which Doenitz was convicted. He was never even hauled before a domestic tribunal. In fact, if I remember correctly he was given a ticker tape parade.

The notion that an international criminal court will work, therefore, assumes that we are prepared to have our people tried for the same things that we say others violate international law by doing. It has never, never happened except in victor's justice courts. Never-I repeat, never.

ルービン教授は東京裁判(とニュルンベルグ裁判)に対して批判的で、どうやらそれはそれらが勝者が敗者を一方的に裁くものであったからであるらしい、ということが分かりました。サンフランシスコ平和条約の条文に具体的に言及したテキストは見つかりませんでした。

ちなみに、冒頭のILA報告書ですが、ざっと見た限り(なんせ500ページ以上ありますから)東京裁判に関して議論した形跡や佐藤教授の名前は見当たりませんでした。佐藤教授の文章を読む限り、国際学会で11条に関する自説を開陳したところ、皆が同意してくれた、と本人が主張しているだけなので、あまり気にする必要もなさそうな気がします。

バグってハニーバグってハニー 2009/06/02 21:41 "Judgements"の訳は裁判でも判決でもいいと思うのですが、同条文には"Sentences"という普通「判決」と訳される別の言葉も使われているんですけど、佐藤教授とその一派はどういうふうに訳し分けるんですかね。

lovelovedoglovelovedog 2009/06/02 22:42 情報どうもありがとうございます。日記に追記しました

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