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愛・蔵太の気になるメモ(homines id quod volunt credunt)

2010-03-20

[]吉野作造「朝鮮人虐殺に就いて」を引用してみる

 しかし手に取る本のことごとくが、吉野作造関東大震災・朝鮮人虐殺数は「2613人」説しか語っておらず、「2711(2811)人」説はネット以外ではいっこうに見当たらない。現段階では、これはネットを通して伝えられた間違った情報としか解釈し得ないのですが、どなたかオリジナルのテキストをご存知のかたは教えてください。

 

 それはそれとして、今日はとりあえず、『吉野作造集』(筑摩書房・近代日本思想大系、1976年5月30日初版)を元テキストにして、『朝鮮人虐殺事件に就いて』を引用してみます。p313-316。オリジナルは1923(大正12)年11月号の『中央公論』に掲載されたもの。学者の論文・研究文とか、ジャーナリストの記事とかいうようなしっかりしたものではなく、ぼくに言わせれば文学者の雑文、思想家のアジビラみたいなものです。

 誤字・脱字がありましたらご指摘ください。

 引用をはじめます。

 鮮人暴動の流言の出所に就き、親交ある一朝鮮紳士よりこんな話を聞いた。横浜に居る鮮人労働者の一団が、震火災に追はれて逃げ惑ふや、東京へ行つたらどうかなるだらうと、段々やつて来た。更でも貧乏な彼等は、途中飢に迫られて心ならずも民家に行つて食物を掠奪し、自らまた多少の暴行も働いた。これが朝鮮人略奪の噂さを生み、果ては横浜に火をつけて来たのだらう、などと尾鰭をつけて先きから先きへと広まる。かくして彼等の前途には警戒の網が布かれ、彼らは敢無くも興奮せる群集の殺す所となつた。飢餓に迫れる少数労働者の過失が瞬く間に諸方に広がつて、かくも多数の犠牲者を出だすに至つたのを見て、我々は茫然自失するの外はない。

「親交ある一朝鮮紳士よりこんな話を聞いた」って、いきなり伝聞情報ですか。まぁ今のタブロイド版新聞における「○○事情通」みたいなもんですな。だいたい「食物を掠奪」「暴行」した朝鮮人が本当にいるのかどうかすら不明。ましてやそれが「噂さ」の元なんてのは、この一朝鮮紳士、とんでもない嘘をつくものです。

 朝鮮人騒乱のデマ・噂を広めたり、横浜で実際に乱暴を働いたのは、今は日本人の右翼・「山口正憲」だったのは定説になっているはず(朝鮮人虐殺のモトになったデマを流した右翼・山口正憲について)。まぁこのテキストが書かれた・掲載された時点(『中央公論』大正12年11月号)ではよくわからない。

 引用を続けます。

 この説は流言の出所が横浜方面にありとする当局の説明に符合する。暫く之を一面の真相を得たとしても、併しこれ丈けの出来事が、あれ程の結果を生むだ唯一の原因とはどうも思へない。この外に又勢を助成する幾多の原因があつたものと見なければならない。然らばその原因は何かと云ふ事になるが、我々はまだこれを断定する充分の材料を持たない。併し責任ある××〔官憲〕が、この流言を伝播し且つこれを信ぜしむるに与つて力あつたことは疑ないやうだ。之等の点は追つて事実の明白になつた上で更に論評を試みたいと思ふ。兎に角民衆は、自警団などと称して鮮人虐殺を敢行したものと否とを問はず、×××〔警察官〕の云ふ事だから嘘ではあるまいと、少くとも一時鮮人の組織的暴行を信じた事は明白の事実だ。尤も興奮の程度には処によつて多少異なるものはある。田舎では事情が分らぬだけ、東京の火は大部分鮮人の手に出たなどとの流言を信じ、復讐的に虐殺を行つたのもあるらしい。東京市内では流石にそれ程ではなかつたが、教養なき階級が自警団なぞと飛び出してる方面では、可成り乱暴が働かれた様だ。何れにしてもかくして無辜の鮮人の災厄を被つたものの数は非常に多い。罪なくして無意義に殺さるヽ程不幸な事はない。今度の震火災で多くの財と多くの親しき者とを失つた気の毒な人は数限りもないが、併し気の毒な程度に於ては、民衆激情の犠牲になつた無辜鮮人の亡霊に及ぶものはあるまい。今度の災厄に於ける罹災民の筆頭に来る者は之等の鮮人でなければならない。

 

 殺された鮮人の大部分が無辜の良民であつたと云ふ事は当局でも断言して居るが、流言の如き事実が全然鮮人の間になかつたかと云ふ事に就いては、久しく疑問とされて居つた。民衆の昂奮余りに軌を逸するを見るや、当局は頻りに慰撫の警告を発して、鮮人の多数は無害の良民なり、妄りに之に危害を加ふる事なからん事を諭した。併し乍ら一度び誤り信じた民衆の感情は、容易に収まるべくもない。当局の戒告に拘らず鮮人の暴行を説くものは今日尚頗る多いではないか。斯くして鮮人の我々の間に於ける雑居は、今日尚充分安全ではない。当局にして之を嬌めやうとするならば、実はもつともつと民衆に向つて啓蒙的戒告に努むべきであつた。この点に於いて我々は当局の態度の頗る冷淡であつた事を遺憾とする。単にそればかりではない。時々、鮮人と社会主義者とが通謀して恐るべき不敵の企てをなせるものあり、などの記事を新聞に発表せしめて、却て民衆の感情をそヽる様な事もあつた。兎に角事実は久しく曖昧模糊の中に隠されていた。従つて我々も当局の態度に対して種々の疑を持つたのであるが、此頃に至つて段々事実の発表を見て少なからず疑を解く事が出来たのである。

 日本人と鮮人との××〔反乱〕に関する報道は今尚公表を禁じられて居るから、今は説かない。併し之を以て大袈裟な組織的陰謀と見るべからざることだけは疑ないらしい。若しそれ震災に乗ぜる鮮人の突発的暴動に至つては、先月下旬の公表に数十名の夫れを算ふると雖も、大部分皆殺されて居るのだから、冷静な判断としてはどれ丈けの暴行をしたのか分らぬと云ふの外はない。よしあつたとした所が、あの位の火事泥は内地人にも多い。普通あヽ云ふ場合にあり勝ちの出来事で、特に朝鮮人が朝鮮人たるの故を以て日本人に加へた暴行と云ふ訳には行かない。況んや二三の鮮人が暴行したからとて凡ての朝鮮人が同じ様な暴行をすると断ずる訳には行かぬではないか。此際に於ける内地人の昂奮は余りに常軌を逸して居つた。泥棒が東に走つたから東へ行く奴は皆泥棒だと云ふやうな態度だつた。殊に鮮人の暴行に対する国民的復讐として、手当り次第、老若男女の区別なく、鮮人を鏖殺するに至つては、世界の舞台に顔向けの出来ぬほどの大恥辱ではないか。

 朝鮮人の暴行(火事泥)があったとしても、それは「普通あヽ云ふ場合にあり勝ちの出来事」で、日本人だって同じようなことをやっている(やっていた)というのは、ちょっと今の日本人の感覚としては妙な方向の、時代性を感じさせる弁明でしょうか。まぁでも実際に地震が起きたらどうなるかわかりませんけどね。

 引用を続けます。

 これも親交ある朝鮮の紳士から聞いた話だ。彼は突如旅寓を襲はれて二名の×〔警〕官、十四名の青年団員に衛られて、某××〔警察〕署の演武場に抛り込まれた。捕つたのは三人、後手に縛り上げられる時一人は憤慨の余りに反抗しさうに見えたが、此際何事も命のまヽにするが得策と宥めて、おとなしく引かれて行つた。××〔警察〕に行つたら×〔署〕長と対談して事の仔細を明かにし得るだらうと期待したのに、演武場へ抛り込まれたまヽ廿日の間一言も弁明の機会は与えられず、又××〔警察〕側の説明にも接しない。一日、何故の検束かを尋ねやうと試みたが、これに酬えられたのは手厳しい××〔鉄拳〕の雨であつた。それから先き色々の目に遭つたが、結局同行の二人は所謂行方不明のリストに入って最早此世の人ではないらしい。自分の斯うして生き残つたのが不思議な位だ。そして出て見ると、乱暴だと思つたのは、下級の××〔警察〕官ばかりでなく、平素その親切を頼みとして居つた純朴な一般内地人が、故なく我々同胞を滅多切りに切り捲つたといふ。あの親切な純朴な日本人が一朝昂奮すると斯の惨虐を敢てすると知つては、どうして我々は一刻も安心してこの地に留まることが出来やう。内地の諸君は済まなかつたと云つて呉れる。民情も鎮つた。これからは心配はないと慰めても呉れる。けれども我々のかくして日本内地に留まるのは、恰も噴火山上に一刻の筍安を倫むやうな思ひがする。戦々兢々夜の目も合はぬとは此事だ。

 伝聞情報で、警察官にひどい目に会ったこと(だけ)を語るのはどうでしょう。いろいろな警官もいたと思うのですが、当時の記録をぼく自身がちゃんと読んでいないのかな。ましてや「同行の二人は所謂行方不明のリストに入って最早此世の人ではないらしい」ということなら、なおさら伝聞ではなくちゃんとした警察署の所在地を知りたいものです(いろいろな事情があって難しかったのでしょうけれども)。

 引用を続けます。

 右は決して誇張の言ではない。下層鮮人の内地に流入し来るは、元より余り好ましい事ではなかつたが、併し内地在留に極度の不安を感じて、学生などがぞくぞく支那に転学するといふ如き現象は、我々の深き反省に値する事ではないか。かう云ふ不安に襲わるヽ朝鮮人も気の毒だが、彼等をしてかくまで恐怖を感ぜしむる我々日本人が、実に大いに反省する所なくてはならない。

「学生などがぞくぞく支那に転学」したという事実はあるのでしょうか。具体的に何人、何パーセントぐらい?

 引用を続けます。

 鮮人虐殺事件に就き差当たり善後策として、何よりも先きに講ぜねばならぬのは、犠牲者に対する救恤乃至賠償であらう。若し之が外国人であつたら喧しい外交問題が惹き起されて居る筈だ。朝鮮は日本の版図だからと云つて不問に附することを得べき問題ではない。尤も殺された者の多数は労働者などであるから、氏名も判らず、遺族の明かならぬも多からう。かういふものに対しては、救恤賠償に代へるに、将来一般朝鮮人の利益幸福に資すべき設備の提供を以てするがいヽかとも思ふ。要するに、僕は此際鮮人虐殺に対する内地人の、謂はヾ国民的悔恨若しくは謝意を表するが為めに、何等かの具体的方策を講ずるの必要を認むるものである。而して特に之を主張するは、只に日鮮融和の攻略上よりするのではなく、寧ろ之を以て大国民としての我々の当然なる道徳的義務と信ずるからである。

 

 更に進んで、我々は我々自らの態度を深く反省して見るの必要を感ずる。我々は平素朝鮮人を弟分だといふ。お互に相助けて東洋の文化開発の為めに尽さうではないかといふ。然るに一朝の流言に惑ふて、無害の弟分に浴せるに暴虐なる民族的憎悪を以てするは、言語道断の一大恥辱ではないか。併し乍ら顧ればこれ皆在来の教育の罪だ。此所にも考察を要する問題が沢山あるが、これらは他日の論及にゆづり、只一言これを機会に、今後啓蒙的教育運動が民間に盛行せられん事を希望しておく。

 

 最後にもう一つ考へて置きたい事は、仮令下級官憲の裏書があつたとは云へ、何故にかく国民が流言を盲信し且つ昂奮したかと云ふ点である。多数の奉公人を使ふ一家の主人が、或る一人を非常に虐待したとする、虐待されても格別反抗もしないので、平素は意に止めなかつたが、その中図らず放火するものがあつて、家が全る焼けになつたとする。此時誰云ふとなく火を放けたのはその男だと云ふものがあると、人々が悉く成程と信じるに相違ない。そは平素は意に留めなかつたが、彼は平素虐待されて居る所から、必ずや主人を恨んで居つた筈だと、各々の心が頷くからである。これと同じ様に、鮮人暴行の流言が伝つて、国民が直にこれを信じたに就いては、朝鮮統治の失敗、之に伴ふ鮮人の不満と云ふやうなことが一種の潜在的確信となつて、国民心理の何所かに地歩を占めて居つたのではなからうか。果して然らば、今度の事件に刺激されて、我々はまた朝鮮統治という根本問題に就いても考へさせられる事になる。

 朝鮮から来て居る僕の友人は、鮮人同士の今回の災厄によつて被れる窮迫を救はんとして、檄を本国の父兄に発して義捐金を募つた。やがて集つた若干額を東京に送らうといふ時になつて、銀行は送金を拒んだ。官憲の干渉があつた為めだと云ふ。官憲は何の為めに救恤資金の転送を阻止したか。揣摩するもの曰く、この金の或は不逞の暴挙に利用せらるヽなからんを恐れたからだと。何所まで事実かは知らないが食ふや食はずの罹災者の援助資金にまで文句を云はねばならぬ程煩はしき警戒を必要とするなら、何所に我々は朝鮮統治の成績を語る面目があるか。爆弾を懐いて噴火口上を渡るやうなのが、属領統治の本分では断じてない。

 家が全焼した男の例え話は、ぼくには皆目意味不明でした。放火は虐待された男によるものだという情報を、信じる者もいればそうでない者もいるでしょう(「悉く成程と信じる」とはぼくには思えません)。そのような情報を警察が流すとも思えないし、一般人が流したとしても「ソース出せやゴルァ!」で終わる話です。時代が違う、というか。

「何所まで事実かは知らない」「朝鮮から来て居る僕の友人」の話に関しては、まずその友人がどのような「檄(檄文)」を書いたのか、というのが気になりました。「不逞の暴挙」を生みそうな檄文だったんだろうと官憲が判断し、また普段よりその「友人」の反・愛国的姿勢が国にマークされているような人なのかも知れず。ただの一般人が、普通に義捐金を集めたとしても駄目だったのでしょうか。

 

(2010年8月22日追記)

 以後、ネットで、吉野作造の「関東大震災・朝鮮人虐殺」に関するテキストに言及される際は、以下のサイトのテキストを利用されることを望みます。

 

「朝鮮人虐殺に就いて」

「朝鮮人虐殺事件」

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