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愛・蔵太の気になるメモ(homines id quod volunt credunt)

2012-10-04

[]トキワ荘年表(『まんがトキワ荘物語』その他を資料にして)

 以下のものがすでにありましたが、

「トキワ荘 入居年表」 - トキワ荘通り

 だいたい漫画家に利用されたのは1953年〜1961年のようです。

 リンク先のテキストと、以下の本を資料にざっくり年表を作ります。

 トキワ荘って何? という人もいるかもしれませんが、

トキワ荘 - Wikipedia

 まあざっくり、有名だった漫画家が若いときに利用したアパート、ということで。

 

昭和27年(1954) トキワ荘棟上げ

昭和28年(1953)

(年初) 手塚治虫が入居

12月31日 寺田ヒロオが入居

昭和29年(1954)

(夏ごろ) 新漫画党結成

(秋ごろ) 手塚治虫雑司ヶ谷の並本ハウスに転居(10月という説あり)

10月30日 手塚治虫の転居で空いた部屋に、藤子不二雄の二人が入居

昭和30年(1955)

1月 安孫子・藤本(藤子不二雄)が高岡に帰省、連載ほとんど落とし、その後しばらく雑誌からの依頼が途絶える

9月2日 鈴木伸一が入居(8月という説あり)

9月中ごろ 雑誌「漫画少年」発行元の学童社が倒産。雑誌も休刊

昭和31年(1956)

2月 森安なおや鈴木伸一の部屋に同居      

5月4日(?) 石ノ森章太郎赤塚不二夫が入居(赤塚は8月・11月という説あり)

5月15日 石ノ森章太郎の姉が入居

7月15日 新漫画党結成2周年記念会

6月 鈴木伸一、転居

    このころ、つのだじろうスクーターで出入りを始める。

12月(?) 森安なおや、一度も家賃を払わず、新漫画党も除名されて転居(翌1月という説あり)

12月31日 赤塚不二夫、横山孝雄と映画に行き、翌1月7日まで餅だけで過ごす

昭和32年(1957)

6月20日 寺田ヒロオ、転居

昭和33年(1958)

3月 水野英子入居(7か月で転居)

4月 石ノ森章太郎の姉が急死(3月という説もあり)

10月 水野英子が転居

(秋ごろ) 赤塚不二夫、まんが王で連載をはじめ、貧乏生活から脱出する

(日付不明) よこたとくおが入居

昭和36年(1961)

8月 石ノ森章太郎、シアトルの世界SF大会に出席する

10月 赤塚不二夫、転居

   よこたとくお、転居

   藤子不二雄の二人、転居

年末 最後までいた石ノ森章太郎も転居

昭和57年(1982)

11月 老朽化のため解体

 

 こうしてみると、トキワ荘の黄金期は1956年かな? といってもみんな貧乏ですが…。

 しかしそれから数年後で、「家買うか世界旅行するか」という身分になれるって、昔の漫画って(儲かる人には)儲かってたんですね。今も貧富の差はありすぎですが。

 1959-60年は何もなかったのか気になるのと、よこたとくお氏の入居・転居月日が知りたい。

 資料多方面から出てるんで、もう少し探して、見つかったら追記・変更します

 しかしこの本、

 みなさんの描いている「入居者の顔」が、各人の私観的なものになっていて面白いです。基本各人の自画像準拠なんだろうけど。

 あと、手塚治虫って、トキワ荘が一番賑やかだったころ多分知らない。何度か行ってるのかなぁ。

ITALITAL 2012/10/04 11:21 「トキワ荘最後の住人の記録」によると、よこたとくお入居は昭和33年で少女クラブのアンコさんを描く前としかわかりませんでした。退去は昭和36年の10月です。赤塚さんと一緒に同じ所へ引越し。

lovelovedoglovelovedog 2012/10/05 00:57 藤子不二雄A『トキワ荘青春日記』あとがきによると「赤塚氏が結婚のためトキワ荘からすぐ近くの新居へ移りました」とあるんで、よこたとくお氏が同じ所に引っ越したかどうかはわからないですね。しかし『トキワ荘青春日記』の日記では、「(1959年)6月11日(木)石森氏の話。「水野(英子)女史、きょう帰る。トキワ荘にいると高くつくからもうここへ来ないそうですよ」」って記述あってちょっとたまげる。けっこう藤子Aさんの日記細かいんだけど、資料として使うと混乱します。

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