Hatena::ブログ(Diary)

愛・蔵太の気になるメモ(homines id quod volunt credunt)

2012-05-25

[]サイト名を変えました

 数年ぶりに変えてみました。もうすでにとっくの昔に「日記」じゃなくなってるんで。

「愛・蔵太の気になるメモ(homines id quod volunt credunt)」

 ラテン語が気になる人は以下のテキストなど見てね。

引用テキストの多いぼくの日記でカエサルの「人は自分の見たいものしか見ない」という話をしてみるよ

カエサル『ガリア戦記』から引用2つ

 某アニメの影響は…少しある。

 

2012-02-08

2011-08-12

2010-07-31

[]「10万人の宮崎勤」発言は都市伝説なのか(車輪の再再発明)

 @videobird(とり・みき)様、@hiranokohta(平野耕太)様、以下の「メモ」に何か追記することはありますか?

 

(2010年8月1日追記)

@videobird(とり・みき)様より言及をいただきました。くわしくはテキストのうしろの「追記」をご参考ください。

 

 以下のものが引っかかったので、

コミケ - y_arim - はてなハイク

ここに十万人の宮崎がいると書いたマスコミもあった。

 最近の表現規制をめぐる状況を考えると実に示唆に富む文章なのだが、今ではほとんど都市伝説扱いの「十万人の宮崎」がこの時点(少なくとも89年8 月〜12月)で、当時のコミケ代表によってはっきりと記されているのは注目に値する。

 俺基準では全然「はっきりと記されて」いるとは思えないので他ブログで補足。

 新聞の引用の伝聞情報(実物は未確認)。

続「10万人の宮崎勤」伝説はどこまで真実か - 日々のものごと日記(政治問題中心)

そして、ある説にたどり着きます。

2005年に刊行された『コミックマーケット30'sファイル』中の「宮崎事件とオタクバッシング」というトピックに1989年8月21日の埼玉新聞の記事が引用されており、その中には

10万人が集まったコミケ会場の中の一人だった宮崎、幼女を殺害した彼と、他のビデオ・アニメファンとの違いは何だったのか…

という文面があります。これが米澤氏が言う「10万人の宮崎勤がいると書いたマスコミ」だという推測が成り立ちます。

しかし、奇妙なことに米澤氏が阿島俊名義で書いた『漫画同人誌エトセトラ'82-'98』(2004年 久保書店刊)で加筆されたコラムには、

コミックマーケットの会場には、多くのマスコミが押し寄せ、無遠慮に参加者にマイクを向け、この場を知ろうとする意思もなく、単純な図式による裁断を行なおうとしていたのだ。「ここには、10万人の宮崎勤がいる」というコメントを加えたTV局もあった

となっており、前掲のの宮崎勤事件直後の文章より具体的になっています。何故でしょう?

「「ここには、10万人の宮崎勤がいる」というコメントを加えたTV局」というのは2004年初出?

 さらに引用。

普通、人間の記憶というものは最初の方が具体的になるはずです。

にも関わらず、米澤氏のコメントは宮崎勤事件直後の1989年よりも、2004年に書かれたものの方が具体的になっています。何故でしょうか。

私は、虚偽記憶であると推測します。

 まぁ、「推測」なら俺もしちゃうね。「断定」でなければ。

はてなブックマーク - 「ここに十万人の宮崎がいると書いたマスコミもあった」 - 米沢嘉博「コミケット 世界最大のマンガの祭典!」より

tezawaly リアルタイムで見た記憶はあるのだが、はっきり思い出せない。それを打ち消すような別の映像で記憶を上書きされたような気分 2010/07/31

tzt 文字メディアってのは初耳だなぁ。リポーターが興奮しながら喚いてる映像なら見たことあるけど。逆に都市伝説扱いになってるのにびっくり。 2010/07/31

はてなブックマーク - 続「10万人の宮崎勤」伝説はどこまで真実か - 日々のものごと日記

anpo-sumeragi 東海林さんは「私ではありません」と明確に否定している。気の毒なのは有名税で「この人がそうレポしている姿」が簡単に脳内再生されちゃうんだよね・・・。 2010/07/31

y_arim otaku, doujin, comiket, history 2年前の記事。http://h.hatena.ne.jp/y_arim/9234096833783701106は車輪の再発明になってしまったな。たしかに2004年のほうは虚偽記憶の可能性がありそうだ(1989年の曖昧な書き方は、紙幅や文章の主題との兼ね合いもあろう)。 2010/07/31

zatpek 自分もリアルタイムで見た。けど、記憶では中年の男性レポーターなんだよね。平野耕太の漫画で「女性レポーター」と書いていて、あれっ?と思った。/東海林さんでないのは確か。 2009/06/22

Mossa コメント, オタク おかしいなぁ。東海林だったかは記憶にないが、女性レポーターがどっかの建物を背景にその台詞を言ったのはリアルタイムにTVで見た記憶があるぞ。その後空撮に移ってナレーションが入ったような… 2009/06/20

ardarim オタク, 同人イベント 全て伝聞情報に頼ってるからダメなんでしょうね。出典を示せない以上都市伝説の域を出ない。 2008/08/02

『私は「10万人の宮崎勤」報道を見た!』を集める。 - 夏のサマー

まとめると噂話の部分は

・「10万人の宮崎勤」発言をしたのは女性レポーター(男性レポーターという記述もあり)

・東海林のり子が言ったという証言が多い(本人は否定)

・とり・みきが漫画でネタにしたらしい

・橋本治がFRIDAYで何かを書いているらしい

 

ここは事実

・『おたくの本』で米澤嘉博が言及した

・埼玉新聞が『「ここには、10万人の宮崎勤がいる」というコメントを加えたTV局もあった。』と書いた

・平野耕太が漫画でネタにした

 

ということでこの件をもっと調べるなら

・とり・みきの漫画を読む

・橋本治のFRIDAY記事を探してみる

「ここは事実」とあるけど、俺は実物を確認していないので伝聞情報。

 埼玉新聞には「10万人が集まったコミケ会場の中の一人だった宮崎」と書いてあるような気がする(「TV局」云々は多分関係ない)。(追記:2010年7月31日現在は修正されてます)

「東海林のり子」の「否定」発言(テキスト)は以下のところなど。

10万人の宮崎勤伝説

誤解された原因がわかりました。

3ヶ月ほど前、『芸能!裏チャンネル』の悩み相談室に

「東海林は信用できない。なぜならば、"宮崎事件"のときに、コミックマーケットに来た人々を"宮崎勤"扱いした。『皆さん、ここに10万人の宮崎勤がいます!』と発言した」

TBSのワイドショーで、私・東海林がそう発言した、ということから、私の人格そして相談内容にまで信用できないという旨の書き込みがありました。

 

そのときすぐ私は、「その事件を取材したけれど、絶対に発言はしていない」と説明したのですが、その後も

「そういう発言をする人間なので、コラムまでもがそんな人が書いているのでとても軽いように思えてきた」

という書き込みもありました。

(中略)

私が"宮崎事件"を報道していたのはフジテレビです。

Wikipediaでは、『TBSのワイドショーで女性レポーター東海林のり子が・・・』と書かれていたので、ここで誤解が生じたとわかりました。

 当人の証言は、俺はアテにならない(意外と人間の記憶は遺漏する)ので、フジテレビで発言していた可能性も考慮。

 そもそも「当人と確認できる形のテキスト」が見当たらない。

ここに10万人の宮崎勤がいます 都市伝説 - 色々威

457 :無名の共和国人民 :06/11/14 19:25:26

>>454

"10万人の宮崎勤"で検索したらwikipediaの「おたく」が出たw

宮崎勤逮捕直後の1989年8月、TBSのワイドショーで女性レポーターの東海林のり子が、

コミックマーケットに集まったオタクたちを指して、生中継で「ご覧下さい。ここに

10万人の宮崎勤容疑者が居ます!」と発言し、偏見報道として非難を浴びる。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8A%E3%81%9F%E3%81%8F


他にはめぼしいのが見あたらない。

 現在、ウィキペディア「おたく」には、「東海林のり子」に関する言及なし(2010年7月31日現在)。

おたく - Wikipedia

 いつごろ記事の変更があったかは、「履歴」を見るとわかるんだろうけど、少し面倒くさい。

 この件に関しては、今だとy_arimさんのほうが全然くわしいだろうけど、ぼく自身の現時点の「メモ」として。

 しかし問題なのは、米澤嘉博氏の記録の曖昧さだな。

 まだご存命ならば、もう少しくわしいところが聞けたんだろうけど。

 ぼく個人の結論としては、

・「十万人の宮崎がいると書いたマスコミ」は、それに近い形で書いたものが、未確認だけど存在するらしいので、都市伝説とは言えない可能性が高い。

・「「ここには、10万人の宮崎勤がいる」というコメントを加えたTV局」は、今のところ事実が確認できないので、都市伝説の可能性が高い。

 というところでしょうか。

 しょうがないので、今どきの時代なのでとり・みき氏と平野耕太氏に、twitterで@飛ばして聞いてみよう。

 この「メモ」に何か追記することはありますか?

  

(2010年7月31日追記)

 こんな情報も。

Twitter / 加野瀬: @kuratan ここの455でとりみき氏は当時その ...

@kuratan ここの455でとりみき氏は当時その発言をネタに漫画を描いていたという情報がありましたよ http://bit.ly/d3x9gA

 リンク先。このサイトには言及済みなんですが、改めて。

ここに10万人の宮崎勤がいます 都市伝説 - 色々威

455 :無名の共和国人民 :06/11/14 19:15:54

>>ここに10万人の宮崎勤がいます

漫画家のとり・みき氏が事件当時に漫画で描いていたのを覚えてる。

とり氏は大の事件報道マニア(何か大事件があるとあらゆる報道番組を

ビデオに撮って保存する)だから、信憑性はありそう。

 

だけど当時の世の中は、本当にそういう台詞を吐いてもおかしくない状態だった。

ちょっとアニメ観るのも人目を憚られるような思いだったし・・・。

(実際アニメファンの中には、グッズやビデオ親に全部没収された上、TVを観る

事すら禁止された程の悲惨な状態に陥った人もいたからなぁ・・・)

 

456 :無名の共和国人民 :06/11/14 19:25:16

>>455

『とり・みきのしりとり物語』?

 

いや、現物は知らないんだが、ゆうきまさみが

はてしない物語で「とりさんに全部言われた!!」

と叫んでいるのを読んだので。

『とり・みきのしりとり物語』、及び『ゆうきまさみのはてしない物語』を確認すれば(多分)いいのだった。

 

(2010年8月1日追記)

@videobird(とり・みき)様より言及をいただきました。

Twitter / とり・みき TORI MIKI: @kuratan 返信遅くなりました。僕がいわゆる「 ...

@kuratan 返信遅くなりました。僕がいわゆる「10万人」発言をネタにしてマンガを描いた事実はありません。ここまで現物や正確な引用元が一切出ていないことからもおわかりかと思います。

Twitter / とり・みき TORI MIKI: @kuratan 宮崎事件に関する偏ったオタク観の報 ...

@kuratan 宮崎事件に関する偏ったオタク観の報道については「NewType」連載の「しりとり物語」というエッセイで当時3回にわたって触れましたが、そこでも10万人発言?には言及していません。このような回答でよろしいでしょうか?

Twitter / とり・みき TORI MIKI: @kuratan 付け加えれば、10万人発言が本当に ...

@kuratan 付け加えれば、10万人発言が本当にあったのかどうかについては僕はわからないとしか答えようがありませんが、少なくとも自分がテレビで見た記憶はありません。録画したもののなかにもありません。

 とり・みき氏の漫画の中には「10万人」発言をネタにしたものはない、という当人の否定です。

 とり・みき氏が「漫画で描いていた」というのは都市伝説

 

(2010年8月1日追記)

「そもそも、報道の時期からして、コミケの取材は難しいのでは」という、時系列を考慮した意見。

「10万人の宮崎勤」におけるTV局の現場不在証明 - 法華狼の日記

もちろん殺人自供自体は8月10日であり、すでに幼女連続殺人事件で加熱していた各報道機関は、容疑者自宅への取材を当日に行なったという指摘もある。

(中略)

しかしながら、殺人が自供された日とコミケの開催日が接近しすぎていることは、当日にTV局が乗り込む困難性を示唆しているとはいえるだろう。事件全体の構図を各報道機関が把握して解釈し、コミケと容疑者を安易に結びつける時間は極めて少なかった

 判断は皆様におまかせします。

  

(2010年8月1日追記)

さらに、2ちゃんねるの目撃情報まとめ。

2ちゃんねる『「10万人の宮崎勤」放送を覚えてるヤツ集まれ』より - 夏のサマー

 

(2010年8月2日追記)

@videobird(とり・みき)様より追加twitter

Twitter / とり・みき TORI MIKI: @kuratan 10万人発言はともかく一連の報道の ...

@kuratan 10万人発言はともかく一連の報道の中でコミケへのTV取材があって、その紹介の仕方がかなり色眼鏡のかかったものだった、という記憶はあります。録ってるかどうかはベータのテープを複数本見返さないと確認できませんが、今は締切中でその余裕がありません。いずれまた。

 

(2010年8月3日追記)

 暫定まとめ。

「十万人の宮崎勤」伝説 暫定まとめ - 日々のものごと日記(政治問題中心)

(前略)

「いきなり宮崎みたいなレベルまで突っ走るのは特殊な例にしても、『宮崎予備軍』は相当数いるでしょう。いわゆる『オタク』といわれている連中がそうです。『オタク』が生まれる事情を知ることが、宮崎を知る近道だと思いますよ」(ロリコン事情に詳しい大学講師・酒田浩氏)

(中略)

ちなみに、Googleで検索しても酒井浩氏が何物かは全く見当が付かなかったです。

89年に大学講師なら、今はすでに教授になっていても不思議ではないのですが…

というわけで、この酒井浩なる人物が何物かは謎のままです…

 

(2010年8月7日追記)

 追記するんじゃなくて、そろそろ別記事にしたほうがいいかも、と思うんですが、一応。

 コメント欄で、以下の記事に関する情報をいただきました。

89年夏コミ前後における宮崎事件に関する新聞読者投稿を中心に - 話の栞

 当時は、オタク=アニメ系ではなくホラー系バッシング中心だったように思える。

 さらに、以下の記事。

「10万人の宮崎勤」コミケを悪者にしたのは誰だ? - 話の栞

(前略)

かようにコミケは絵がうまい若者たちの交流とステップアップの場でありこそすれ、決して気持ち悪がられるようなものではなかった。

 

しかし、である。

 

コミケ参加者をあたかも宮崎予備軍のように扱う活字メディアが現れた。

8月20日の毎日新聞朝刊「幼女連続誘拐殺人事件5 26歳宮崎勤の世界」「ちまたに群がる“おたく族”」がその記事である。

(中略)

8月16日の毎日新聞朝刊ではコミケ参加者のコメントとして「本当にいたんですか。そんな近くにあの凶悪犯が……。ぞっとする」と、あくまでコミケ参加者を記者や読者と同じ感覚の持ち主として、異常な宮崎勤と対比させる構図だったのが、8月20日の毎日新聞朝刊がチョイスしたコミケ参加者のコメントはよりにもよって「『オレも女の子にいたずらしたいな』と思うことはある」となっており、これではまるでコミケ参加者=記者や読者の理解できない異常な存在=宮崎勤ではないか。

 

一体、わずか4日の間で毎日新聞に何があったのだろうか。

 

思うに8月16日の記事というのは記者が現場へ出向いてコミケ準備会からちゃんと話を聞き、3月の参加者名簿を借りて(当時は個人情報保護の観念はなかった)、宮崎勤のブースの近くにいた会社員に連絡を取ってコメントを貰ったのだろう。

 

ところが8月20日の記事は12年前の青酸コーラ事件の捜査幹部のつぶやきを持ちだしてきている事から、少なくとも12年以上のキャリアを持つ中年記者がアンカーとして書いたものではないかと推察される。

はじめに結論ありきの「ためにする」記事の典型で、恐らくはコミケの名簿からロリっぽいエロ漫画を出展している人をピックアップして片っ端から当たり、何人目かから「オレも女の子にいたずらしたいな」という、同記事のテーマにおあつらえ向きなコメントを誘導尋問のようにして引き出したのではないか。

(後略)

 また毎日か!?

「また」の一例は、ぼくの日記の以下のものなどを参照。

『クライマーズ・ハイ』----新聞・報道が元気だったころのノスタルジー映画

 

(2010年8月29日追記)

 これは以下の日記に続きます。

とり・みき『とり・みきのしりとり物語』で言及されている「宮崎勤事件」を引用してみる

 

2008-07-21

[]英語の勉強と60秒サイエンス

 もうリスニングが全然できないので、こんなところで勉強してみる。

iKnow! へようこそ-英語学習コミュニティ - iKnow!

 別にビジネス英語とか、仕事で使う英語を学習したいわけじゃないので、なんか微妙。

 以下のエントリーから。

幻影随想: 英語耳を鍛えるための科学なポッドキャスト10選

 こんなのを拾ってみたよ。

Scientific American: 60-Second Science(サイエンティフィック・アメリカンの60秒サイエンス)

 これ、楽しい。ちょっと専門用語が混ざってくると、すぐにひっかかってしまうのですが、1回あたりが短いので何度も聞くとわかるような気になってくる。

 ということで、おすすめメモなのでした(自分自身のメモ)。

 

2008-03-29 海の生物や海草をかたちどったプラスチックの偽装海底

lovelovedog2008-03-29

[]「厚木飛行場のマッカーサー」の写真をいつ何で見たかという記憶の問題

 こんなテキストがあったので驚いた。

親米と反米―戦後日本の政治的無意識 (岩波新書)

親米と反米―戦後日本の政治的無意識 (岩波新書)

【→親米と反米(amazon)

戦後日本社会は、基本的に深く親米的であり続けたのではないか.その感覚は、「反米」世論が高まったときすら、通奏低音として流れ続けていたのではないか.戦前戦後にわたる、大衆的なレベルでの親米感覚に焦点をあて、日本の近代や戦後天皇制、ナショナリズムの構造との不可分な関係について考察し、それを超えていく視座を模索する

↑の本の、p62、p65-66。

マッカーサー、厚木に降り立つ

 

 ペリー来航から約一世紀を経た一九四五年八月三〇日、連合軍総司令官ダグラス・マッカーサーは、空から日本本土に降り立った。翌日の新聞はその様子を次のように伝えている。

暫くして星の標識の入った巨鯨の胴腹から銀色の梯子が下された。扉が開いた。一同固唾を呑む。やがてマックァーサー元帥が現れた。薄い上着なしのカーキー服に黒眼鏡、それに大きな竹製のパイプ、南方生活の長い彼としては割合に陽焼けせぬ薄赤い顔をしている。六十六才にしては若い。梯子を降りる前扉のところでややしばらくたたずみ、左右に眼をくばって、写真班のためにポーズをつくる。やがて梯子を下りて飛行場の前草の上に立った。(朝日新聞、一九四五年八月三一日)

タラップ上の大見得は空振り?

 

 だが、このマッカーサー日本上陸という決定的な瞬間で最も興味深いのは、彼の演技と日本での報道の間の奇妙なギャップである。マッカーサーは、バターン号のタラップから降り立つ瞬間の自分の姿を周到に計算していた。後に有名になるこのときの映像からも、彼がメディアのまなざしに過剰なまでに意識的だったことは明白である。そもそもこの日の到着に際し、彼は日本政府の出迎えを断っても、新聞記者団には取材を認めていた。多数のカメラが取り囲むなかでタラップに降り立つと、彼は一瞬立ち止まり、さあ写真を撮ってくれとばかりにポーズをとった。軍服に身を包み、サングラスに軍帽、コーンパイプというお決まりのいでたちは、紛れもなく敗戦国に降り立つ新しい支配者にふさわしく見えたはずだ。

 だからこそ、多くの「占領」をめぐる言説で、この日のタラップ上の威厳に満ちたマッカーサーの姿は翌日の新聞に載り、敗戦国の国民を圧倒したかのように語られている。しかし実は、袖井林二郎がすでに指摘したように、日本の新聞各紙は、これほど印象的な写真を翌日の紙面に採用してはいないのである(袖井林二郎『マッカーサーの二千日』中公文庫、二〇〇四年)。たとえば翌日の朝日新聞に掲載されたのは、マッカーサーとアイケルバーガー中将が腕をとりあって微笑む何の変哲もない写真だった。しかも、マッカーサー到着は、新しい日本の支配者の登場という決定的な出来事であったにもかかわらず、翌日の紙面のトップ記事にすらなっていない。朝日新聞の場合、トップに来ているのは、東久邇宮稔彦内閣が民意を直接聞くために、広く国民に政府への投書を呼びかけるというニュースである。それよりはるかに重要な意味を持つはずのマッカーサー元帥到着の記事は、二番手に格下げされている。

 いったいなぜ、マッカーサーが自ら演じ、ポーズまでして撮影させた写真が、翌日の新聞には載らなかったのだろうか。適切な写真が存在しなかったわけではない。後の時代になるとまさにこのタラップ上のマッカーサーの写真が出回るようになり、日本の降伏を象徴する一枚として利用されていく。しかし一九四五年の時点では、この写真は採用されなかったのである。

 もう、あの有名な写真は新聞や雑誌にその翌日・翌週には掲載されまくりかと思ってたんですが、違うのか。

 ぼくがその写真を最初に見たのは、いったい何でだっただろう。学校の教科書とか年鑑・図鑑だったかな。まったく覚えていない。みなさんはいかがですか。

 終戦当時の記憶のある人に、ちょっと聞いてみたい質問だったりするのでした。

 

2008-03-27 犬がカメラを見るような眼でカメラを見る

[]本の紹介・書評サイトは褒めるほうがいいけどそれだけではブログの維持は難しい

 以下のテキスト、ぼくにはすごくまっとうのように思えたのですが、ブックマークでは「これはひどい」タグが貼られてたりして驚いた。

個人サイトで「つまらなかった」と書く必要はない。 - Something Orange

 思うに、サイト読者のことを考えるなら、「つまらなかった」というだけの感想は必要ないと思うんですよね。だって、役に立たないから。役に立たない、とぼくは思っている。

 なぜなら、現在、1年間に約7万冊の本が出版されているといわれているからです。「Something Orange」のようなサイトを訪れる読者は、この7万冊の蓄積のなかから読むべき本をさがそうとして訪れていると考えてもいいでしょう。

 そのようなとき、「つまらなかった」感想はどのように役に立つでしょうか? 仮にその意見が正しく、信頼できるものだったとしても、あまり役に立たないのではないでしょうか。

 だって、7万冊のなかから読むに値しない1冊を取り除く意味しかないわけですから。

 ブックマークではこんなコメントなど。

はてなブックマーク - 個人サイトで「つまらなかった」と書く必要はない。 - Something Orange

2008年03月25日 umeten ネタ, メタ, 書評, やれやれ, これはひどい 母数の設定がそもそも間違ってる。話にならん寝言ポエム。「こういう本が読みたい」と思った時点で、7万冊から10冊くらいの入手可能なレベルに限定されていると考えるのが普通

 うーむ。

 これに対する何らかの意見として、ぼくの日記で「読みたい本」タグを拾うと、以下のものが拾えるわけですが、

[読みたい本] - 愛・蔵太のすこししらべて書く日記

 これをどうやってセレクトしているか、については以前ぼくの日記で書いたことがあるので、まずそれを読んでいただいて、

ぼくがどうやって面白そうな本を拾っているか - 愛・蔵太のすこししらべて書く日記

 去年(2007年)の状況について述べることにします。

 まず、ぼくがチェックした「2007年に出た本」は72598点でした。チェック漏れもあると思うので、まぁ75000点ぐらいは、日本は本が出ているという感じ。

 その中から、ぼくがタイトル・著者に興味を持った本(第一段階セレクト)は6880点でした。

 さらに、そこから内容紹介を見て、私的に読みたくなった本(第二段階セレクト)は4440点でした。

 最終的に、ぼくの日記で紹介した本(最終セレクト)は691点でした。

「こういう本が読みたい」と思った時点での4440点は、読めるか読めないかは別にして、ぼくにとっては普通です。「10冊くらいの入手可能なレベル」というのは少し信じられない。100冊なら、まぁわかる。

 それはそれとして、ぼくが実際に読んだ本は…多分100冊行くか行かないか。はじめの数ページを読んで「こりゃダメだ(いろいろな意味で)」という判断をしたのもあるから、数百冊は手に取ったかな。

 さらにそれを、自分の日記で紹介したのは…2007年で何冊ぐらいだっただろう。20冊ぐらい? もっと少ないかもしれない。

 本当に本を読むのが遅いなぁ。本は好きだけど、本を読むのは遅い。仕事とかヌキにして、あとネットに割く時間をもっと少なくして、毎日本を読むだけの生活をしたら、なんとか1日3冊ぐらいは読めるかもしれないが、人は生活するための金を稼がなければならないので、まぁリタイア後ぐらいしか考えられない。アマゾンのアフィリエイトで暮らす、という夢のような生活もあるのかな。しかしそのためにはどうも、ビジネス書とか『あなたが人生で成功するための○つの方法』(仮題)みたいな、ぼくにとっては少し苦手な本をメインに紹介しないといけない気がする。そんなことないですか。『一六世紀文化革命』みたいな本、みんな読んでる?

『一六世紀文化革命』----とても知的刺激を受けてしまった - 愛・蔵太のすこししらべて書く日記

 ということで、ぼくの日記を「本の紹介・書評サイト」にするには、

1・毎日最低1冊の本を紹介する(紹介するために、どうでもいいX冊の本を読む)

2・週に一度の更新で、面白い本を紹介するかわりに、一日数十アクセスしか人が来ないサイトにする(ていうか、そうなっちゃう)

 という選択肢があるわけですが(ていうか、他の選択肢が思い浮かばない)、なんか、どちらもそれなりにつらい気がします。

 後者の選択をしているところとしては、たとえば紀伊国屋書店が書評家のために設けている、以下のところなどがありますが、

紀伊國屋書店:::書評空間

 ↑ここ、すごく楽しいよ! 本好きの人は要チェック!

 いったいアクセス数とか、ネット内での影響力がどの程度あるのか、気になるところでもあります。

 

 

(追記)

プロフィール」の「私的用語集」に、「少し苦手」を追加してみました。