Hatena::ブログ(Diary)

愛・蔵太の気になるメモ(homines id quod volunt credunt)

2011-10-16

[]烏賀陽弘道さん2年前のチケットノルマについて言及したテキストで無駄に流さなくてもいい血を流す。あとせっかくなので人の長文コメントまとめる

 タグ「烏賀陽」というのがあったのを思い出した。

 

 今まで「オリコン」とか「警察」とか「よみうりテレビ(って何ですかね)」のように、漠然と権力みたいなものと戦っているように見えた烏賀陽弘道さん。で、何となく「権力と戦っているように見える烏賀陽さんかっこいい=支持する」、と思ってた人も、ちょっとここらへんで考え直したほうがいい(単なるウォッチャーとして観察しているだけにしたほうがいい)ということが分かってきたんじゃないでしょうか。

 烏賀陽さんが戦っているものは「俺(烏賀陽)の見ている世界と違っている世界」で、多分権力とかそういったものじゃ全然ないと思う。あと多分「実名で美しい人たちのいるネットの世界」と「匿名で卑怯な人たちのいるネットの世界」という、世界のずれとも戦っているように見えるのもそこらへんが理由。普通そこまでみんな血を流さない(世界と戦わない=諦める)。

 とりあえず、きっかけはこのへん?

若手ミュージシャンが恐れをなしているライブハウス事情。 - Togetter

 MANDA-LA2(←正式名称は今はこれみたい)のライブチケットノルマ、20枚のうち6枚しか捌けなかったことを晒す烏賀陽さん。

烏賀陽弘道(@hirougaya)氏とトークライブLiveWire公式アカ(@golivewirecom)、ライブハウスの商業性をめぐるすれ違い談義 - Togetter

 パンクロッカーと「おまえどこ中よ?」レベルの喧嘩をする烏賀陽さん。

烏賀陽弘道氏と葛田徳之氏のツイートのまとめ - Togetter

 同業者(ジャーナリスト)から見捨てられる烏賀陽さん。(後半はあまり読まなくてもいいかも)

渡部真さん: 取材してるから自然とわかるけど、大手でも警戒区域内で取材してるよっ - Togetter

 ていうか、別の同業者からはとっくに見捨てられていた烏賀陽さん。

チュニジア政権崩壊報道をめぐる烏賀陽弘道氏(@hirougaya)と常岡浩介氏(@shamilsh)との応酬 - Togetter

 旧・切込隊長にネタにされる烏賀陽さん。

烏賀陽弘道さんが、今夜も順調に引っ込みがつかなくなっている: やまもといちろうBLOG(ブログ)

 

 注目度は「烏賀陽弘道氏と葛田徳之氏のツイートのまとめ」のほうが「烏賀陽弘道(@hirougaya)氏とトークライブLiveWire公式アカ(@golivewirecom)、ライブハウスの商業性をめぐるすれ違い談義」の10倍ぐらい高いんですが、後者関係でテキスト的に寝かしておくのがもったいないものを拾っておきます。

 まず、MANDA-LA2で、チケットノルマなしで演奏した人のブログテキスト。

キキオン帖:2007年11月

 九二年当時は、当時住んでいた駒澤大学駅の近辺にあったライブハウスで演奏しておりました。記憶があやふやですが、ノルマはなかったように思います。ただライブハウス側もあまりやる気が感じられず、半ば物置みたいなところで、照明兼PAのバイトのお兄ちゃんがマンガを読みながらときどきライトを動かしていたりしました。その後は改装されてきれいになったようですが。

 ここで詳しくない方のために一応「ノルマ」というのを説明しておくと、今では大半のライブハウスは出演者に一定金額分のチケットを売るノルマを課し、そのぶんだけお客が呼べなかったら不足分をバンドが支払わねばならないシステムになっています。

 何かで読んだ記憶では、このシステムは八〇年代のどこかで広まったようで、七〇年代にはなかったらしいです。七〇年代ごろはライブハウスに出るバンドも出演者も少なく、出る側もまあ相当に気合いの入った人ばかりで、少数精鋭で成り立っていたらしいですが、八〇年代になってインディーズブームになってバンドの数がやたらと増え、半ば素人のバンドが多くなり、お店の側もノルマを課して客を集めさせるようになったとのことです。

 金を払って場所を借りて演奏しているのでは、もはやカラオケボックスとあまり変わりはありません。アマチュアバンドの場合、メンバーの友達やら何やらにチケットを売りさばける間はライブハウスに出て、売れる相手が尽きたところでバンドも活動停止、というようなこともあるようです。ライブハウス側も、そういうアマチュアバンドだけ出演させていてもスタッフ自身が面白くないので、週末はアマチュアバンドにノルマを課して出演してもらってお金を稼ぎ、平日は多少客の入りが悪くてもスタッフの趣味で選んだバンドを出す、なんてこともあります。

 われわれキキオンの場合、幸運なことにノルマを課されて出演したことは、今までありません。いろいろ幸運が重なった結果と思います。

 まず最初に出たライブハウスは、経営があまり熱心でなかったのか、とにかくノルマはなかったと記憶しています。そして九三年に、今でもたびたび演奏する吉祥寺のマンダラ2のオーディションライブを受け、三バンド受けて我々だけ合格し、その後も出演してよいことになりました。マンダラ2はいまもそうですが、なかなかステイタスの高いライブハウスで、一定以上のバンドや演奏者しか出演させないかわりにノルマはない、というシステムでした。マンダラ2はアコースティック系のバンドや演奏者が昔から多いですが、ロックミュージック系では昔の新宿ロフトが、やはりこういうシステムのステイタスの高いライブハウスだったはずです。

 われわれの場合、とにかくこのマンダラ2に出られるようになったのが幸運で、あそこでオーディションライブに落ちていたら、前述したアマチュアバンドの運命を経てとっくに活動が止まっていたかもしれません。とにかくマンダラ2に出られるようになったので、およそ五年くらいはほとんどマンダラ2だけ(ほかのライブハウスも数回出演しましたが)で毎月演っていました。マンダラ2は、今でもキキオンのホームグラウンドと思っています。

 半ば素人のwバンドwww

 キキオン(Quikion)は当面ライブ中止しているみたいですが、youtubeで聞けるので聞いてみるといいです。ちょっと不思議な個性のあるバンドです。

 実際にトークライブを主催している人=@Hideto_Idaさんのコメント。

アマチュアが「プロ予備軍」とは限らなくなって、安定した生業をキープしながら「生涯アマチュア」(早い話が「道楽」)で活動を続けてしまえるように構造変化したことが、ノルマ制を加速させた一因なんでしょうね。技量的にも動員的にも「セミプロ」であるのならともかく、それが同時に質的にも「生涯アマチュア」でもダラダラやれてしまう状況を生んでいるとしたら、結局それは“志が低い”という事になってしまう。

その“志の低い”アマミュージシャンの“学芸会”需要を見込んで、「貸しホール」ビジネスと割り切ってライブハウスを経営している連中が多いのも事実。昭和の頃のライブハウスは、むしろ「このハコからプロを産む」という意識が高かった。ホールのオーディションで、きっちり自分たちの理想に合致するバンドをフィルターして、音楽自体にもホールのマネージャーが口をだしたり、自分たちで主催するインディのレーベルでレコードを出したり。本当にバンドを育てる「学校」みたいなもんだったよ。

ところがESPみたいな音楽専門学校ができたりして、ブロイラー的にロックを「教育」する場所ができて、ミュージシャン人口は増えたものの、ハウスとバンドがひとつの産学共同体みたいな一体感を持っていた時代は終わってしまった。ミュージシャンは客集めするもんじゃないみたいな馬鹿な事を烏賀陽のおっさんは言ってたけど、プロになりたくてハングリーに活動してた70年代のバンドなんか、自分たちでコアなファンを巻き込んで、支持者をふやしていってた。

高給取りの朝日の社員やりながら、ミュージシャン気分だけ維持しようとしてたモラトリアム野郎には、絶対わからない感覚だと思うね。やっぱり上位概念としてプロしーんがあって、そのピラミッドの頂点に意地でも上り詰めてやる、街を俺の音楽で埋め尽くしてやるっていう覚悟と気迫がなきゃ、音楽自体にも説得力が生まれない。アマでちょぼちょぼやってればいいや、なんて半端な奴の音楽に客がつくわけもない。だからノルマなんて仕組みをつきつけられるんだよ。

烏賀陽のおっさんは、ノルマ制=ライブハウスの寄生虫意識が生んだもの、とか言ってたけど、俺は逆だと思うね。モラトリアムミュージシャンの甘えが、ライブハウス側の不信感を呼び起こして、結果ノルマ制が生まれたんだと思う。現に、今だって「こいつらは売れる」と踏んだミュージシャンには、店はノルマなんか課さないし、チラシを刷ってプッシュしてやったり、レコード会社につないでやったりして、売れるようにバックアップしてる。

烏賀陽みたいなドサンピンの音楽ゴロが、僻み根性でシーンの底辺支えてるプロにガタガタいちゃもんつけていくのを、「ああカッコイイ」とか思って見てる連中は、ホントにバカだと思うな。イワシの頭も信心からっていうけど、自分に確たるポリシーがなくて、誰かの信者にしかなれない人も多いと思うけど、せめて信仰する相手を選べよとは思う。

俺は学生の頃、大阪のバーボンハウスバナナホールでバイトもしてたし、コンサート警備の走りみたいなOne to Oneなんて会社にも居たから、あんな半端なおっさんよりよっぽどシーンの事はわかってると思うね。悪いけど、彼みたいな半端なアマチュアは店にとっては「お客さん」でしかない。音楽的には全く評価してないし、身銭を切ってバックアップするレベルに達してないとわかってるんだよ。ただハコが空いてるから、金を出すなら使わせてやるってレベル。

カモにされてることに気づかないで30年唯々諾々とお布施を払い続けてきて、やっと50超えて自分がバカだったと気づいて、それで逆上してるんだから…一言で言えば、「よっぽど血の巡りが悪いのか?」と(笑)。これって、結局そういう話だよ。

自分が音楽界においてはアリ以下の存在でしか無いのに、それに気づかないで業界の意向を全部背負ったヒーローと勘違いしてる、変な張り切り方が気味悪いと思うんだよね。「誰がお前にアマチュアシーンの改革を頼んだよ?」って(笑)。それより、一曲でいいから人の魂震わす音楽を作ってみろっての。そのほうがよっぽど、世界をマシに変えてくれるよ。

創作する才能もない、人に賞賛されるだけのポテンシャルを持って居ないもんだから、オリコンとか東電とか政府とか、デカイこと自体が悪を宿さざるを得ない存在に、アタリマエのことを言って噛み付いていって、自分が「反逆者」であることを商品価値にしようとする。本当にその「悪」を糾弾するジャーナリスト魂なんかないんだ。ただ、仮想的である権力と戦ってる自分のがカッコイイだろというポーズだけ作りたい。

そういうバカが、まともなフリージャーナリストの中に混じって、自己表現の場にしようとするから嫌われるんだよ。自由報道協会の中でも、明らかに「ちゃんと現場を踏んで取材した事実から意見を抽出する記者」と「他人の受け売りを垂れ流すだけのパクリ屋」と二手に明確に別れてきてるでしょ? 誰とは言わないけど…ハゲとカエルね(笑)。後者の彼らにとって、事件はファッションであって、まともに取材もしないで、思いつきだけの、ちゃんとした分析でも何でもないお題目を、声高にわめくだけ。

結局、ジャーナリストという職能を隠れ蓑にしてるだけで、正味は自分に注目してくれる他人を求めてるだけなんだろうと思うな。人に情報を伝えることが主体なんじゃなくて、声高に他人を批判して、アラをつつくことで自分が目立てるから、記者をやってるという。本来の職能と逆転した発想なんだけど、自分がゼロから何かを創りだす才能がない目立ちたがり屋にとって、そんないい隠れ蓑はないんだろうな。昔で言うと喝采期待症候群、あるいは演技性人格障害の類なんだと思う。

 

 で…。

 いくら「警察と戦った俺、美しい」と思っていても、ウィキペディアの記述はこんな感じ。(2011年10月15日現在)

烏賀陽弘道 - Wikipedia

警察と烏賀陽弘道

2010年12月24日、東京/築地の交差点において、他者所有のベンツもしくは路上に唾を吐いた容疑で築地警察署に事情聴取を受け、その状況を烏賀陽弘道の視点でTwitterを使い呟く。

 いくら「大手マスコミと戦った俺、美しい」と思っていても、ウィキペディアの記述はこんな感じ。(2011年10月15日現在)

烏賀陽弘道 - Wikipedia

讀賣テレビ放送烏賀陽弘道

2011年4月24日、烏賀陽弘道は、南相馬市にハイヤーで取材し、食べ物屋の領収書を「よみうりテレビ」の名前でもらった人物がいる、という未確認情報をネットで流し(「よみうりテレビ」という名称を使っている会社は、2011年4月には存在しない)、さらに2011年9月30日、「読売テレビ(正確には讀賣テレビ放送)」の広報室長に抗議を受けたことを、伝聞情報として語る。

 きっと何者にもなれない烏賀陽弘道に告げる。ウィキペディアのアカウントを手に入れるのだ!(とは言っても、まさか匿名で自分に関する記述を書き直すなんてことは、烏賀陽さんに限ってはないですよね?)

 参考。

ノート:オリコン・烏賀陽裁判 - Wikipedia

「和解」であるにも関わらず、烏賀陽側の「勝訴」などと主張しているのは、当事者である烏賀陽烏賀陽の出身の朝日新聞だけである。

2010-12-25

[]ぼくをブロックしている烏賀陽弘道(hirougaya)さんの謎ツイートに関するメモ

 とりあえず、ブロックされる前までと思われる謎ツイートをメモの形で残しておきます。

 烏賀陽弘道さん以外のかたで、ぼくの疑問に答えられるかたがありましたら、コメント欄でよろしくお願いします。

 なお、ブロックは責任の放棄ではなく権利の行使だと思っているので、俺がされるのも何ら問題ないです。

 ついでなので、ぼくのTwitterのプロフィールの「目指せ脱情弱」を「目指せ脱情弱&脱実名」に直してみました。固定ハンドルと完全匿名とは、匿名の意味が違っているように思えますが…。

 脱情弱&脱実名は、もちろん俺が目指すもので、万人に目指して欲しい、という意味ではありません。

 

 今日のテキストは、事前に以下のところを読んでいただけると余計楽しめます。

チリ落盤事故は「炭坑/炭鉱」ではなく「鉱山」です

高度に発達した防衛(防衛機制)は魔法と見分けがつかない

完璧な今日の烏賀陽さんなど存在しない

 

 あと、以下のところとか。

「相手を不快にする権利」は保護されるべきか、および烏賀陽弘道氏に罵倒されたこと - 小熊座

「相手を不快にする権利」について調べ、途中経過 - 小熊座

 

 ということで。

Togetter - 「烏賀陽弘道@hirougaya氏の「記者映画評」―――なぜクライマーズ・ハイは「卑怯」なのか」

http://twitter.com/hirougaya/status/8517567538790400

あーあ、いくら耄けてとるとはいえ「クライマーズ・ハイ」とか見るんじゃなかった。もう〜こういうステレオタイプな記者の描き方ってやめてよ。何が「熱き男の世界」だ堤真一ってほんと下手だな。原田真人監督って「浅間山荘」の監督だっけ。知ってればレンタルしなかった。うううううううううううう

http://twitter.com/hirougaya/status/8776184959606784

クライマーズ・ハイ」を見てうんざりした理由は、あそこに描かれている「男たちの熱き戦い」が全部記者クラブ内のゲームでしかないことだ。そんなものに「読者のために」とか読者を人質にするのは卑怯な語りだ。

http://twitter.com/hirougaya/status/8776665589092352

中国戦線で戦争をした日本軍の兵士だって、当人たちには「男たちの熱き戦い」だったのだ。いまの記者クラブ系マスメディアに必要なのは、自分たちがやっているゲームの総入れ替えなのだ。

 おいらの疑問的コメント。

「何が「熱き男の世界」だ」とのことですが、映画『クライマーズ・ハイ』の宣伝文句に「熱き男の世界」「男たちの熱き戦い」というキャッチがついたことは確認できませんでした

 公式キャッチは「命を追った、あの夏。」ですね。レンタルではキャッチ違ってる?

 俺に調べられない、リアル映画評で『クライマーズ・ハイ』を「熱き男の世界」「男たちの熱き戦い」の文脈で語ってる人いた? だったらおいらの仲間のググレカスにもちょっと調べられない。

 『クライマーズ・ハイ』、映画も本も「男たちの熱き戦い」は感じなかったな。「熱き報道責任」みたいなものは感じたけど。盧溝橋事件を戦後下士官が「戦争責任」感じながら書いた、みたいな?

 「チリの炭坑」「防衛機能」「リバイアサン的なアナーキー」、今回のメディア・リテラシー・テストは「男たちの熱き戦い」の『クライマーズ・ハイ』かな?

 『クライマーズ・ハイ』を「熱き男の世界」と評している人は藁人形? 藁人形に五寸釘?

 

 もう一つ。

うがやさん@hirougayaの語る、「矛盾が明らかになるときの人間の立ち振る舞い」・・・ごまかしをどう取り繕うのか ほか

http://twitter.com/hirougaya/status/16364882786000896

自分の発言や行動の矛盾を指摘された人がいちばんよく口にする言葉は「この人の指摘は理解できない」である。

http://twitter.com/hirougaya/status/16365919248850947

尖閣ビデオの流出させた行為が「違法」である国家公務員法も、東京都青少年健全育成条例も、どちらも民主主義の代議制度に沿って代表者である議会が議決した、つまり有権者の同意を得た「法律」です。で、片方は厳守すべし、片方は守べき正当性なし、ってあなたヘンなこと言うね。笑

 おいらのコメント。

.@hirougaya 「国家公務員法」「東京都青少年健全育成条例」いずれに関しても「守(守る)べき正当性なし」と主張している個人・団体は確認できませんでした。また藁人形に五寸釘論法ですか。

.@hirougaya リンカーン曰く、「多数派の数の力を頼み、憲法上の権利を少数派から奪うようなことがあれば、道徳的に見て革命は正当視されよう。」さすがにリンカーンは古いな…。

.@hirougaya 私の指摘は理解できましたか?

 だいたいこのあたりでブロックされた気がするので、烏賀陽さんがぼくの指摘を理解できたかできていないかは不明

 

 あと、固定ハンドルの嫌いな人は、固定ハンドル使っている人を全部ブロックしてみたらいいんじゃないかな。多分その人にとって有益じゃない情報シャットダウンには役立つ気がする。

 ぼくの場合は、あんまり固定ハンドル(匿名?)・実名分けて情報の信頼度・有益性を考えたことがなかった。その人の提供している情報が、第三者にも確認できるか否か、というのは割とある。

 現場実況とか会見実況とか意味ないですな。特に会見なんかは、政府によるものは公式がじきにアップされるので、不正確で早いだけの情報提供。現場実況も、それが意味のあるものなら、「現場」の公式サイトが流す。

犯罪現場実況とか、個人情報実況とか、なんか意味あるの? 「さっき○○さんから電話があった」とか。

 しかしもう○年も固定ハンドルでやってやってれば、実名みたいなもんじゃね? 記者会見で、「フリーランスの愛・蔵太ですが」と名乗って質問してやってもいいよ。機会があれば、というか、俺・他者にとって有益な質問ができそうな記者会見があったとしたら。

2010-11-02

[]完璧な今日の烏賀陽さんなど存在しない

タグ「烏賀陽」なんてのが昔あったのを思い出した。

もはや「検証ブログ」ができてもおかしくないレベル。

Togetter - 「烏賀陽弘道@hirougaya氏の語る、「権威というものの脆弱さ」と、「文章を書く行為の面白さと怖さ」」

http://twitter.com/hirougaya/status/29300876629

いま日本が経験している権威崩壊は、かつてのソ連崩壊、ソ連共産党の崩壊に近いカタストロフなのではないか。カタストロフの後に来るものが希望なのか、リバイアサン的なアナーキー、カオス、アノミーなのか。わからない。

リバイアサン的なアナーキー」なんてものの存在があるとは知りませんでした。ゲームではあるけどさ…。ホッブスの『リヴァイアサン』は公的秩序(国家)だし、聖書では悪魔だ。

http://twitter.com/hirougaya/status/29300973001

「最高裁の裁判員制度の広報事業で電通との共同事業に不審な支出がある」と書いていたのはどこだったっけ?週刊金曜日かな?

 過去ログから調べた限りでは、朝日新聞かな。

官庁頼みの広告事情背景に 地方新聞社など「動員」問題―朝日新聞

2007年02月11日11時01分

 

 産経新聞社や地方紙4社が、中央官庁などと共催したフォーラムで謝礼を払って参加者を集めていた問題の背景には、地方紙の厳しい広告事情があったとみられる。一般企業の広告が伸び悩むなか、官公庁からの広告出稿とセットになった政策啓発行事などを全国各地で共催する方式が定着。新聞社側にはイベント成功へのプレッシャーもあったようだ。

謝礼による動員が発覚したイベント

 謝礼つき「動員」が発覚したのは、産経新聞大阪本社、千葉日報、河北新報、岩手日報、西日本新聞。最高裁や内閣府などと共催したフォーラムで、数十人から百数十人に3000〜5000円程度の謝礼を渡していた。

 いずれのイベントも、大手広告会社の電通がまとめ役となって99年に設立された「全国地方新聞社連合会」(46社、会長=古谷堯彦・大分合同新聞東京支社長)が共催や後援に加わっていた。

 連合会や電通が各官庁から事業を受託し、地方紙はイベント運営や記事での紹介をする一方、官庁から関連の広告を出稿してもらう仕組みだ。05年に河北新報が厚生労働省などと共催したシンポジウムの場合、同紙は募集告知、啓発広告計2回の掲載費約240万円を受け取っている。

 連合会は「地方紙がそれぞれ営業しても全国紙に太刀打ちできない」として、主に広告受注のための枠組みとして設立された。事務局長や主任研究員などを務めるのは、電通新聞局の幹部だ。

 05年の広告費全体に占める新聞広告のシェアは17.4%と、10年前より4ポイント下がった(電通調べ)。特に地方紙の広告事情が厳しくなる中、連合会が目をつけたのが官公庁。連合会がらみの受注件数は年々増え、05年度は70件以上、広告や事業などの受注総額も三十数億円と3倍以上に増えている。ほとんどが中央官庁やその所管法人との契約という。

 省庁にとっても、影響力のある地方紙を通じて各地で施策などへの理解を広められるメリットがある。今年度も「地域通貨フォーラム」(総務省)、「放射性廃棄物地層処分シンポジウム」(資源エネルギー庁)などが開催されている。

 今回、動員が発覚した「裁判員制度全国フォーラム」の場合、電通が最高裁に示した仕様書には、参加人数「約200人以上」などと明記されていた。ある関係者は「新聞社側は、参加者を集めなければ連合会の受注が減るかもしれないというプレッシャーを感じていたようだ」と話す。

 今回問題となったある新聞社の広告担当者も、「国と共催ということで緊張を感じた。電通からも会場を埋めて欲しいと言われた」と言う。

 連合会と電通は、今回発覚した動員について、圧力やプレッシャーは一切かけていない、としている。

http://twitter.com/hirougaya/status/29301065626

もうそれはドアの向こう側に来ている。「5年後にどうなっているのか」はわからないが「5年後は現在とは違う世界になっている」ことだけはわかる。

http://twitter.com/hirougaya/status/29301540794

「取り調べで刑事に殴られた」と勾留質問のときに裁判官に訴えた逮捕男性に、裁判官が「お前、人を殴って逮捕されたんだろ?だったら文句言うな」と勾留を延長した、と刑事さんが自慢げに語っていたのを思い出す。むかし警察担当記者だったころ。

http://twitter.com/hirougaya/status/29301624019

ぼくみたいな警察担当落第のボンクラ記者でも、これくらいの裁判官の腐敗の話は刑事から日常的に聞く。警視庁や大阪府警、検察庁の記者クラブにいる記者たちは当然知っているはずだ。裁判官の不正や腐敗を。

「裁判官の腐敗の話」はあるかもしれませんが、「最高裁の裁判員制度の広報事業で電通との共同事業に不審な支出がある」という事件に関しては、「全国地方新聞社連合会」と「電通」の腐敗。文脈的に意味不明

http://twitter.com/hirougaya/status/29306392312

ギリシャ神話の預言者カサンドラは、「王が死ぬ」とか「疫病がはやる」とか不吉な予言ばかりするので誰も彼女のいうことを聞かなくなった。そして最後に彼女の予言は現実になってその国は滅んだ。いまカサンドラのような役割を引き受ける言論人は本当に少ない。

 カサンドラは預言者ではなくて予言者。彼女の予言が信じられなくなったのは、「不吉な予言ばかりする」からではなく、アポローンのせいです。

カッサンドラー - Wikipedia

アポローンに愛され、アポローンの恋人になる代わりに予言能力を授かった。しかし予言の力を授かった瞬間、アポローンの愛が冷めて自分を捨て去ってゆく未来が見えてしまったため、アポローンの愛を拒絶してしまう。そのため、カッサンドラーの予言は誰にも信じられないよう新たに条件を付加されてしまったという。

http://twitter.com/hirougaya/status/29306526005

これはぼくにとって一生変わらない確信があるのは「文は人なり」という格言の正しさだ。「何でもいいから書いてください」と400字書いてもらうと、教養、家庭環境、読書歴、価値観、だいたいその書き手のことが見えてしまう。だからぼくは今でも文章を書くのが楽しく、かつ怖い。

 「文は人なり」(ビュフォン)の言葉は、「文章」ではなく「文体」です。

発見記録: 「文体は人間そのものです」 ビュフォンの文体論

文章のすぐれた著作だけが後世に残ることでしょう。知識の量や事実の特異さ、発見の新しささえ不滅を保証いたしません。これらの要素はそなえていても、些細な物事ばかりを対象とし、趣味も気品も天才もない文章で書かれていれば、やがて著作は滅びます。なぜなら知識や事実や発見は、簡単に取り除かれ、運び去られ、もっと巧みな手で活用されて価値を増しさえするからです。これらは人間外のものですが、文体は人間そのものです。

 だから、「「文は人なり」という格言」は、「何でもいいから書いてください」ではなく「○○について書いてください」と言って書いたものを見ないと、「正しいかどうか」はわからない。

 

 別のまとめから。

Togetter - 「烏賀陽弘道@hirougaya氏は語る;『コンクール主義』の陥穽に翻弄されるマスコミたち」

http://twitter.com/hirougaya/status/29364025471

「士官の数が少ないのに勲章だけたくさん出るのは、軍が衰退している証拠である」と孫子か誰かが言っていたと思う。賞なんてどうでもいいです。「実力があるから賞をもらう」んじゃなくて「賞をもらうから実力があるように見える」んです。

 まさに「ググれよ!」と罵倒されてもいいようなケース。ぼくは罵倒しませんけど。

名言集・別室〜風林火山・孫子の兵法:全13篇・金言集

『数(しばしば)賞するは、窘(くる)しむなり。

数罰するは、困(くる)しむなり。

先に暴にして後にその衆を畏(おそ)るるは、不精(ふせい)の至りなり。』

「やたら賞金や勲章を連発するのは行き詰まり、

やたら罰するのも行き詰る。

部下に散々怒鳴り散らしておいて後で嫌われるのを気にするなんてバカをさらけ出してるよなもんだ」

 まぁ、「数賞するは、窘しむなり」で検索すると、いろいろ出てくるかな。

 「衰退」じゃなくて「行き詰まり」ですね。あと賞すると罰するが対になってるけど、出版界で「罰する」というのは、盗作以外にはあまり知らない。行き過ぎた成果主義・信賞必罰主義はダメだよ、と言ってはいる。でも「勲章だけたくさん出」すのはよくない、と、賞することの批判しているだけではない。

 

 別のまとめから。

Togetter - 「烏賀陽氏 @hirougaya が語る日本の司法制度の欠陥〜スラップ(口封じ訴訟)の危険性について」

http://twitter.com/hirougaya/status/29359156480

@taeko_H @nobuyoyagi @kisugekisuge @iwakamiyasumi @shiminnokai21 沖縄・東村・高江集落の米軍演習場ヘリ発着場への反対運動にSLAPPを起こしたのは、こともあろうに日本国政府!!ですから原告は法務省です。/回覧どうぞ

東村高江のヘリコプター着陸帯建設問題 防衛省 住民提訴へ: 腐れオヤジの独り言

▼防衛省 住民提訴へ 高江仮処分、通行妨害の是非争う

防衛省は28日までに、米軍北部訓練場の一部返還に伴う東村高江へのヘリコプター着陸帯(ヘリパッド)建設問題で、反対派住民に対する通行妨害禁止の仮処分決定に関し、本訴訟を提起する方針を固めた。29日に正式決定する。同仮処分申請の申し立ては、前自公政権下で起こされた。住民側は政権交代を機に、申し立ての取り下げや本訴提起の断念を新政権に求めていた。今回の国の方針決定は、米軍基地問題をめぐり国が住民を相手に司法の場に訴えること自体への是非のほか、新政権が自公政権時の方針を見直すことなく引き継いだことへの批判の声も予想されそうだ。沖縄防衛局は、ヘリパッド建設に反対する東村高江の住民ら14人を相手に、通行妨害禁止仮処分を那覇地裁に求め、地裁は2009年12月に14人のうち男性2人に通行妨害禁止を命じる決定をした。住民側が地裁決定を不服としたため、地裁は沖縄防衛局に対し本訴訟を提起するよう命令していた。防衛省幹部は提訴の理由について、ヘリパッドの移設により北部訓練場が返還されるとの利点を強調し「これまで仮処分手続きを進めてきたことの筋を通す。粛々と進めていくだけだ」と述べた。

 原告は防衛省(沖縄防衛局)じゃないのかな。「法務省」としているソースが見つからない。

「通行妨害禁止仮処分」→(住民の異議あり)→「地裁は訴訟提起を命令」という流れか。

 

 最後。おまけ。

http://twitter.com/hirougaya/status/29397155915

「知っておかなければならない。真実を知ればみんな、居直りとは無縁になれる」(暗殺されたロシアの女性ジャーナリスト、アンナ・ポリトコフスカヤ)

 もう少し長い引用。

「底が突き抜けた」時代の歩き方・556 アンナ・ポリトコフスカヤの暗殺を「燃え立つ炎」として受けとめる

『チェチェンやめられない戦争』から。

 いろいろな人びとが編集部に電話をかけてきたり、手紙を寄こして何度も同じ質問をする。「どうしてこんなことばかり書いているんです? どうして私たちを怖がらせるの? 私たちに何の関係があるの?」と。

 私は書かなければならないと確信している。理由はただひとつ−私たちが生きている今、この戦争が行われている。そして結局私たちがその責任を負うのだから。その時にこれまでのようなソ連式の答えで逃れることはできない。そこにいなかったから、メンバーじゃなかったから、参加していなかったから……などと。

 知っておかなければいけない。真実を知ればみんな、居直りとは無縁になれる。

 そうすればロシア社会は、ますます速度をまして引き込まれつつある人種差別主義の泥沼から自由になれる。

 そして、コーカサス(カフカスとも言われる)で誰が何をしているのか、そもそも現在そこで英雄などというものがあり得るのかについての、せっかちで恐ろしい個人的な判断からも自由になれる。

 孫引用なので、元テキストに当たってみないといけないのですが、「居直り」=「これまでのようなソ連式の答え」であることがわかりました。日本で「ソ連式の答え」で居直る人…いるのかな? 「人種差別主義の泥沼」も…あるのかな? 「現在そこで英雄などというものがあり得るのかについての、せっかちで恐ろしい個人的な判断」もなさそうだし。

 いろいろ考えて、「ジャーナリスト、アンナ・ポリトコフスカヤ」の一文を切り取って、日本あるいは普遍的なものに当てはめようとするのは、俺にとって不適切に感じられる

 まぁ、真実を知ればみんな、真実を知らない人・真実を歪めて伝えている人の居直り(?)は少し回避できそうなのは、俺の今日のテキストが少し示しているとおりです。

 

2010-10-29

[]高度に発達した防衛(防衛機制)は魔法と見分けがつかない

見出しはホッテントリメーカーで作りました。

Togetter - 「ネット匿名発言を「防衛」という心理機能で説明してみる」

 とりあえず↑のテキストから、烏賀陽弘道さんの「防衛」に関するツイートを抽出。言及したい人は必ず全文を読んでください(念のため)。

http://twitter.com/hirougaya/status/28922510726

(2)一見なにげない行為なのですが、こうした行動は「防衛機能」と精神分析学や臨床心理学では説明されます。

http://twitter.com/hirougaya/status/28923158465

(10)その恐怖を回避するために、心(無意識)は自分を防衛する安全弁のようなメカニズムを作動させます。

http://twitter.com/hirougaya/status/28923182290

(11)それが「心理的防衛機能」と呼ばれるものです。

http://twitter.com/hirougaya/status/28923593056

(15)人間の心は、こういうふうに自分への否定が直撃しないように「何か自分とは別のもの」を設定してそこに否定を逃がす、という心理的防衛機能が作動するようになっています。

http://twitter.com/hirougaya/status/28924446978

(23)こうした「心理的防衛機能」をつかって説明すると、ネット匿名発言者の行動は実にうまく説明がつくことに気付きました。

http://twitter.com/hirougaya/status/28925863155

(38)ルスバン3世さんがほしいのは「おれを拒絶するな」(=同意できるようなツイートをしろ)と同時に「おれを承認せよ」という、心理的防衛機能としてはまったくまっとうな行動だったということです。

 「心理的防衛機能」と呼ばれるもの」って、いつ誰がどこで呼んでる(言ってる)の? そんな言葉はグーグル先生も知らないらしい。

心理的防衛機能 - Google 検索

 おいらのコメントプラス。

http://twitter.com/kuratan/status/28979279736

「防衛機能」って心理学用語、聞いたことないんだけどな…「防衛機制」という、ものすご〜く古い用語なら、ジークムント・何でも性的要求不満・フロイト博士の言葉として定着してるみたいだけど…。

 烏賀陽さんの、多分お答え。

http://twitter.com/hirougaya/status/29012992115

なお、「防衛」という心理機能についてご存知ない形はぜひ「ググって」ください。最近は「ググった」程度で見つかる言葉を「知らない」と発言すると「ググれ!」と罵倒されると聞きました

 伝聞情報ですか。最近は「ググれ!」と罵倒された人はあまり見ないけど、多分見ているところが違うんだろうな。ぼくの日記テキストをご覧のかたで、「それどこ情報よ?」「ググれ!」的なやりとりを見たかたは、その場所のurlを教えてください。

 罵倒されないように再検索。こうかな?

防衛 心理 - Google 検索

 トップは引き続き「防衛機制 - Wikipedia」なんだけど、

防衛機制 - Wikipedia

 まぁこんなのがあったので。

09. A・フロイト『自我と防衛』 | 山竹伸二の心理学サイト

 この人は「防衛機構」と紹介してますね。翻訳がそうなってるのか。いつか元テキスト確認しよう。

 ジークムント・フロイトじゃなくて、娘のアンナ・フロイトが使った(定着させた?)言葉だった。俺の勘違い。

自我と防衛機制 - Wikipedia

フロイト派の理論によれば、防衛とはさまざまな心理的作用に対する自我の苦闘である。自我は人間の精神において無意識と外部環境とを調整するように努力する。防衛機制は自我が自己意識を守る作用であり、不安に対して防衛機制が効果的に機能すれば自我、イドそして超自我という三つの機関に勝利することができると考える。

 「自我の苦闘」と「自我が自己意識を守る作用」じゃ意味違うな。さすがに「ソースがウィキペディア」では少し、というかかなり恥ずかしいので別ソース。前にリンクしたところ。

・アンナ・フロイト『自我と防衛』(誠信書房)より作成

4章 防衛機構

 

フロイトが防衛という言葉を最初に使ったのは「防衛〓精神神経病」(1894)だが、その後、防衛という言葉はあまり使用されず、抑圧という言葉が使われるようになった。しかし、「制止、症状、不安」(1926)の補注で、フロイトは防衛という概念を見直し、自我が利用する手段一般を防衛と呼んだほうがよい、抑圧は防衛の一種だと述べている。

(中略)

自我の防衛法は、退行、抑圧、反動形成、隔離、打消し、投影、取り入れ、リビドーの自己への向け換え、転倒、昇華あるいは置き換え、という十種類が考えられている。

 頭が悪くなるほど翻訳読みづらい。

http://twitter.com/hirougaya/status/28923158465

(10)その恐怖を回避するために、心(無意識)は自分を防衛する安全弁のようなメカニズムを作動させます。

 だから多分その「メカニズム」が「機制」。

 「岩崎学術出版社」の翻訳では『自我と防衛機制』(The Ego and the Machanisms of Defense)になってる? 「Machanisms」って元テキストにはあるから、「防衛」は正確じゃないな。『自我と防衛』は1985/6刊、『自我と防衛機制』は1998/12刊なんだけど、前者のほうがアマゾンでは入手容易っぽい。

 烏賀陽さんのロングツイートを分析すると、「とりあえず何かしなければいけないことから逃げている」「匿名の人に防衛(防衛機制)働かしてる」みたいな感じ? 素人が精神分析的考察するのは、本当はすごく危険なんだけど…。

 フロイトの精神分析学とか、マルクス経済学なんてのは、今の時代では「ぼくのかんがえたしんりがく」「ぼくのかんがえたけいざいがく」的なものになっているかな? 専門家は傍系的知識として知っている=玄人は取り扱わないかも知れず。

精神分析学 - Wikipedia

近年、従来の薬物療法に加え、認知行動療法の有効性が確認され、薬物療法と併用する医師が増加している。これにより、精神分析の影響はさらに減少し、国内外を問わず、精神科の臨床でフロイト当時のままの精神分析療法を使う医師はほとんどいない

 玄人の人に、機会があったら聞いてみよう。できるだけ複数の人に。

 ただ、「○○が××なのは△△だからだ」(断言力)、「それを□□」と呼ぶ」(名づけ力)って割と大事かも。人を惹きつける力があって、そこに「物語」が見えると、思想・学問としては古くなっても、読み物として面白いわけで。名づけ力だけだと、ジャンル細分化しちゃうだけですかね。「ファンタジー」が細分化したみたいに。

 「匿名」の一つの、素人的分析としては「防衛(防衛機制)」というのもあるかな…自信ないけど。「防衛(防衛機制)」にもいろいろあるし、匿名の理由もいろいろある、ということが基本的前提としての話だとは思いますが。

 

 おまけ。

はてなブックマーク - Togetter - 「ネット匿名発言を「防衛」という心理機能で説明してみる」

"「Xという集団に属したことがある人間は必ずPという考えをする」(中略)という思考が愚かであることはこれまで述べました" "匿名文化の方がどういう「ネット人格」を演出するかよくわかります"

 正確な引用。順番が違うんだけど。

http://twitter.com/hirougaya/status/28909183648

@rusuban_the_3rd  この人も匿名ですね。この方の発言を見ると、匿名文化の方がどういう「ネット人格」を演出するかよくわかりますね。「信用」「信頼」を最初から求めない方は失うものがないですから、とても身軽です。ぼくとは違う価値世界におられるのでしょう。

http://twitter.com/hirougaya/status/28909385496

@rusuban_the_3rd この方が「Xという集団に属したことがある人間は必ずPという考えをする」という「集団の価値観で個人を判断する」という思考が愚かであることはこれまで述べました。

 いや…「集団の価値観で個人を判断する」ということだと同じ価値世界かな…自信ないけど。「集団の価値観」というのは何だろう。「匿名文化の方」は「Xという集団」じゃない? 「属したことがある(=今は属していない)」と解釈すべき? 「「匿名文化の方(匿名文化に属したことがある人間)がどういう「ネット人格」を(必ず)演出するか」? 「演出」と「考え」もイコールじゃないし。うまく、というか全然文脈読めてない・読めない

 

2010-10-15

[]チリ落盤事故は「炭坑/炭鉱」ではなく「鉱山」です

 以下のところから。

Togetter - 「「『マスゴミ氏ね』と言っている連中はマスコミを信用している連中と紙一重」by烏賀陽弘道(@hirougaya)」

http://twitter.com/hirougaya/status/27270187361

こういうメディア中毒のご時世に「わたし、チリの炭坑から何人助かろうと興味ありません」「スカイツリーが点灯して何がおもろいのかわかりまへん」て言うのは勇気がいるなあ〜。笑

 コメント欄。

http://twitter.com/hosokattawa/status/27403728787

チリの「炭坑」に誰も突っ込まないのはなぜ? 興味のない人が間違うのは分かるけど。

 @hosokattawa 確かにチリ落盤事故は「炭鉱」ではなくて「鉱山」ですね。…これは @hirougaya さんが、みんなのリテラシーを確認するために仕掛けた罠?

 炭鉱と炭坑の使い分けが、俺の段階でできてない。

コピアポ鉱山落盤事故 - Wikipedia

コピアポ鉱山落盤事故(コピアポこうざんらくばんじこ)は、チリ共和国アタカマ州コピアポ近郊のサンホセ鉱山にて、現地時間2010年8月5日に発生した坑道の崩落事故である。崩落箇所より奥で作業をしていた33名の男性鉱山作業員が取り残されるも、事故から70日後の10月14日に全員が救出された。

San Jose' Mine - Wikipedia, the free encyclopedia

The San Jose' Mine (Spanish: Mina San Jose') is a small copper-gold mine located near Copiapo', Atacama Region, Chile.

 銅/金の鉱山のようです。「炭坑」ではなく「炭鉱」表記が一般のようですが。

 ぼくが日記その他でこの事故に言及しなかったのは、ミネラサンエステバン社(MINERA SAN ESTEBAN)の公式サイトと一次情報が見つからなかったからですが…スペイン語読めないしな…もう少し探さないとだめ?

 とりあえず、検索して、またいろいろ個人サイトを中心に絶望する

チリ 炭鉱 - Google 検索

 まぁ、ギズモード・ジャパンはマスコミじゃない(俺判断)ので仕方ないですか。

ジョブズ、チリ炭鉱生還の33人に新iPod謹呈 : ギズモード・ジャパン

月の石ならぬ炭鉱の石を土産に配って「神の手握った」体験をTVで延々しゃべった第2号マリオ・セプルベダさんには早速「スーパーマリオ」の愛称がつきました。

 炭鉱の石?

 個人サイトじゃなくて、マスコミと言われているメディアで間違っていたのは産経新聞だけ。これは恥ずかしい。

「愛する妻へ」生存知らせたラブレター チリ炭鉱事故 - MSN産経ニュース

【ニューヨーク支局】奇跡の生存に国中がわいた。チリ北部鉱山の落盤事故で、坑内に閉じ込められた作業員33人の生存を知らせるきっかけとなったのは、63歳の作業員が妻へあてた手紙だった。

 本文は「鉱山」になってるし、他の産経の記事は「チリ鉱山事故」になってるんで、たまたま間違えてしまったんだろうな。

 以下のところと、記者の「浅野祐介」さんも恥ずかしい。

Total Football放談】チリ炭鉱員に届くサッカー界からの“ギフト” - トータルフットボール - 世界のサッカー情報サイト

「全員サッカーファンだから、僕の伯父も、考えただけでもう興奮しているんだ」とは、炭鉱員の中で最高齢となるマリオ・ゴメス氏の親族がイギリス『サン』の取材に応じた際のコメントだが、思わぬ災難に見舞われた炭鉱員の方々には、少しでも楽しい一時を過ごしてほしいと思う。

 炭鉱員ってのは見ないなぁ。マスコミの報道では「作業員」。英語だと「miners」か。まぁ日本でも昔は「坑夫」という言葉がありましたが。

 ブログ検索。

チリ 炭鉱 - Google ブログ検索

 お前らどんだけチリの落盤事故に興味あるんだよ!

チリ コピアポ鉱山落盤事故 - 翻訳家 山岡朋子ファンクラブ初代会長の日記

コピアポ鉱山は金・銅を産出していますが 炭鉱 - Wikipedia を参考にすると、事故の種別としては; 

  5.1 ガス爆発

  5.2 ガス突出

  5.3 粉塵爆発

  5.4 坑内火災

  5.5 海水流入

だそうです。子どもの頃、よく夕張や芦別の大小炭鉱事故のニュースを見ました。1963年には死者・行方不明者458人を出した、炭坑節 で有名な? 三池炭鉱 の爆発事故があったのも覚えています。石炭が表舞台から姿を消し炭鉱が次々と閉鎖されるにつれて当然炭鉱事故は無くなりましたが、 「地中に穴を掘る」 タイプの業種ではいまだに事故は絶えません。

 ガス爆発は、金・銅の鉱山ではあまりないんじゃないかな。自信ないけど。

 

(追記)

 こちらも参照。

Before C/Anno D: チリの「炭鉱」って書いている人たちは大丈夫?

 

2008-04-27 水滴をつけた猫柳

[]オリコン裁判(烏賀陽裁判)の判決文が公開されたようです

 これは以下の日記の続きです。

オリコン裁判(烏賀陽裁判)の判決が出たようです

 

 判決文はこちら(pdf)

http://xtc.bz/file/oricon-tisai.pdf

http://ugaya.com/column/080422oricon_verdict.pdf

 どちらも同じもののようです。

音楽配信メモ オリコン烏賀陽裁判の地裁判決文をアップしました

俺自身はジャーナリストや雑誌メディアが書きっぱなしで責任を負わないってのはありえないと思ってる。実際問題として、名誉毀損訴訟で賠償金払っても、それ以上の売り上げを上げられるからという理由でいい加減なことを書くメディアがあることも事実だしね。そういうのは訴訟するなり、メディア使って論戦するなりすりゃいいと思う。ただ、この件については「いい加減なジャーナリストが、事実無根のいい加減な放言をした結果として訴えられた。そんなの自業自得じゃん」みたいなケースではまったくない。少なくとも「事実無根じゃない」ってことは音楽業界に関わっている人ならばみんな多かれ少なかれ知ってるはずだ。

 そうですか。

 判決文で面白いのは22ページ(当裁判所の判断)あたりからかな。ちょっと手打ち。p15あたり。

c 津田による取材結果

 音楽ジャーナリストである津田は、原告の売上調査協力店の元従業員に取材をしたところ、その元従業員は、レコード会社等が原告の音楽ヒットチャートの順位を操作する手法として原告の売上調査協力店においてCDの大量購入を行っていた旨述べた。

 それに対して、p36ページあたり。

f 津田による取材結果

 乙8(ジャーナリスト津田作成の陳述書)には、原告の売上調査協力店の元従業員が、津田の取材に対し、原告の売上調査協力店が予約枚数を売上枚数に入れた上で原告に売上報告をしていた旨述べた旨の記載がある。

 しかし、乙8には、津田が取材をしたという元従業員が、どの売上調査協力店においてどのCDについて予約枚数を売上枚数に入れた上で売上報告をしていたのかという具体的な事実がまったく現れていない上、その元従業員が誰であるかも明らかにされていない。また、そもそも、乙8によれば、津田が取材をしたという元従業員は、平成元年ころの従業員であるというのであって、当時はPOSデータすら普及されていなかったと推測されるのであるから、本件コメント(サイゾー?)の発表時である平成18年3月当時の事実を実証するには不十分といわざるを得ない。

 したがって、上記の津田による取材結果は、本件コメント(サイゾー?)の摘示事実が真実であることの根拠とはならない。

 ただ、主文を見た限りでは原告(オリコン側)の全面勝訴とも言えないとぼくは判断しました。p1

(前略)

2 本訴原告(反訴被告)のその余の本訴請求をいずれも棄却する。

(中略)

4 訴訟費用は、本訴反訴とも、これを6分し、その5を本訴原告(反訴被告)の負担とし、その余を本訴被告(反訴原告)の負担とする。

(後略)

2008-04-25 自転車のハンドルを、手放しで撮った写真

[]オリコン裁判(烏賀陽裁判)の判決が出たようです

 以下のニュースから。

「オリコンチャート」記事めぐる訴訟、オリコン勝訴 ジャーナリストに賠償命令 - ITmedia News

「オリコンチャート」記事めぐる訴訟、オリコン勝訴 ジャーナリストに賠償命令

 

 オリコンチャートをめぐる記事中でコメントしたジャーナリストをオリコンが訴えた訴訟で、東京地裁は4月22日、ジャーナリストに100万円の支払いを命じる判決を言い渡した。

2008年04月22日 17時00分 更新

 

 「オリコンチャートをめぐる雑誌記事内の事実誤認に基づくコメントにより名誉が傷つけられた」として、オリコンが音楽ジャーナリストに5000万円の損害賠償を求めて訴えていた裁判で、東京地裁は4月22日、ジャーナリストに100万円の支払いを命じる判決を言い渡した。ジャーナリストによるオリコンへの反訴は棄却された

 オリコンが訴えたのは、音楽ジャーナリストの烏賀陽弘道さん。2006年に月刊誌に掲載された記事中で、烏賀陽さんが編集部の電話取材にこたえてコメントした内容が「事実誤認に基づいており、名誉が傷つけられた」などとして同年12月に提訴した。

 記事を掲載した出版社ではなく、記事中でコメントしたジャーナリストを訴えた異例のケースだったため、ネットユーザーやジャーナリストから「言論妨害ではないか」と批判が相次いでいた。烏賀陽さんは「訴訟は恫喝などが目的であり、訴訟権の乱用に当たる」として1100万円の損害賠償を求めて反訴していた。

asahi.com:雑誌コメント者に賠償命令 オリコン勝訴 名誉棄損訴訟 - 社会

雑誌コメント者に賠償命令 オリコン勝訴 名誉棄損訴訟

2008年04月22日15時32分

 

 民間の音楽市場調査会社「オリコン」(東京都港区)が、音楽ヒットチャートの統計手法をめぐる雑誌記事のコメントで名誉を傷つけられたとして、取材に応じてコメントしたフリージャーナリストの烏賀陽弘道さん(45)を訴えた損害賠償請求訴訟で、東京地裁(綿引穣裁判長)は22日、100万円をオリコン側に支払うよう烏賀陽さんに命じた。

 対象となったのは、月刊誌「サイゾー」の06年4月号に掲載された「ジャニーズは超VIP待遇!?事務所とオリコンの蜜月関係」などの記事。記事で社会的評価を低下させたとことと、取材に応じた個人がコメントをしたこととの間に因果関係があるかが争点となった。判決は、「コメントがそのままの形で記事として掲載されることに同意していた場合は、例外的に因果関係がある」と認めた。烏賀陽さんも「提訴は裁判制度の乱用だ」として反訴していたが、この請求は棄却された。

 しかしこれも判決文を見てみないとうまいことが言えそうにない。ぼくが興味を持ったのは反訴が棄却された理由です。

 毎日新聞に少し書いてあった。

オリコン損賠訴訟:コメントで名誉棄損、認定 東京地裁 - 毎日jp(毎日新聞)

オリコン損賠訴訟:コメントで名誉棄損、認定 東京地裁

 

 音楽ヒットチャートで知られるオリコン(東京都港区)が、月刊誌に掲載されたジャーナリスト烏賀陽(うがや)弘道さん(45)のコメントで名誉を傷付けられたとして、烏賀陽さんに5000万円の損害賠償などを求めた訴訟で、東京地裁(綿引穣裁判長)は22日、100万円の支払いを命じた。判決は「編集権は出版社にあるが、コメントがそのまま掲載されることに同意していた場合は、取材に応じた側も例外的に責任を負う」と判断した。

 問題となったのは月刊誌「サイゾー」06年4月号の大手芸能プロダクションに関する特集記事。編集部の取材を受けた烏賀陽さんの「『オリコンの数字はある程度操作が可能だ』という話も聞いたことがある」などとチャートの集計手法を疑問視するコメントが掲載された。判決は、この内容が名誉棄損に当たると結論付けた。

 一方、出版社ではなく取材対象者を提訴したことに対し、烏賀陽さんが「表現の自由を萎縮(いしゅく)させる」として、オリコンに賠償を求めたが「すべての責任者を提訴する義務はなく、違法とはいえない」として請求を棄却した。

 烏賀陽さんは判決後に会見し「この判決だと、取材が成り立たなくなる。前例にならないよう戦う」と述べた。オリコンは「きわめて妥当と考える」とコメントしている。【銭場裕司】

毎日新聞 2008年4月22日 20時12分

 一応、烏賀陽弘道さんのサイトへリンク貼っておこう。

UGAYA Journal.

 あと、ここにも。

「烏賀陽弘道」を含む日記 - はてなダイアリー

 この件に関するぼくの見解は以下の通り。

「烏賀陽」の検索結果一覧 - 愛・蔵太のもう少し調べて書きたい日記

 オリコンのプレスリリース。

http://www.oricon.jp/news/data/20080422.pdf(pdf)

訴訟の判決に関するお知らせ

 

弊社がライター烏賀陽弘道氏に対して提起した名誉毀損行為に基づく損害賠償請求訴訟(本訴)、並びに烏賀陽氏が弊社に対して提起した裁判制度の濫用に基づく損害賠償請求訴訟(反訴)の判決が、本日、東京地方裁判所において言い渡されました。

本訴について、裁判所は烏賀陽氏に対して100 万円を支払えとの判決を言い渡しました。一方、反訴請求は全面的に棄却され、基本的に、本訴、反訴ともに、弊社の勝訴となりました。

弊社としては、公正なる司法の場で、このような判断が示されたことを、きわめて妥当なことと考えております。

以上

 同日に光市母子殺人事件の判決が出たので、何か埋もれてしまっている感があります。

まさか原告が勝訴するとは思わなかった - 昨日の風はどんなのだっけ?

NHKの裁判での「期待権」の問題と、この件がこのまま確定したら、日本のマスコミは壊滅するよな、コメント取材なんて怖くて受けられないし、頼めなくなる時代が来るし、「オリコン」だって、100万ぽっちの金を手にしただけで、これですっかり言論封殺側の仲間入りするのは、あからさまにメリットなくて、裁判の判決が出たら改めて分かる誰も得しない裁判です。

 ぼくは逆に、うかつなコメントを出すコメンテイターが減るような方向に行ってくれると、実にありがたい時代になると思う。

 今回の報道被害者はジャニーズやオリコンで、ジャニーズ事務所やオリコンを貶めるようなコメントが事実であるということを、烏賀陽さんはうまく証明できなかったと思う。勝った側が大きくて、負けた側が小さいからといって、負けた側が正しいということにはならないんじゃないのかな。

 判決に関してはここが一番今のところくわしかった。

烏賀陽氏敗訴 オリコン側の主張をほぼ認める - OhmyNews:オーマイニュース

烏賀陽氏敗訴 オリコン側の主張をほぼ認める

烏賀陽氏「判決不当」と控訴へ ─オリコンvs烏賀陽氏名誉毀損訴訟

渋井 哲也(2008-04-22 16:40)

 

 ヒットチャートで知られるオリコン(小池恒社長)が、雑誌『サイゾー』の取材に対してコメントしたフリージャーナリストの烏賀陽弘道氏を名誉棄損として訴え 、これに対してオリコンの訴え自体が「SLAPP(スラップ)=Strategic Lawsuit against Public Participation」であり、違法性があるとして烏賀陽氏が訴え返した「オリコン訴訟」(併合審理、綿引穣裁判長)が22日、東京地裁で開かれた。綿引裁判長は主文で「本訴被告は本訴原告に対し100万円を支払え」として、オリコン側の主張をほぼ認め、烏賀陽氏の敗訴の判決を申し渡した。烏賀陽氏側は判決を不服として、控訴する方針。

 

 判決によると、主文は以下の通り。

 1)本訴被告(反訴原告=烏賀陽氏)は本訴原告(反訴被告=オリコン)に対し、100万円を支払え。

 2)オリコンのその他の請求は棄却。

 3)烏賀陽氏の反訴請求を棄却。

 4)訴訟費用は、本訴反訴ともに、これを6分。その5をオリコンの負担、その余りを烏賀陽氏の負担とする。

 

 オリコン側は、雑誌『サイゾー』(2006年4月号、当時インフォバーン)にコメントした烏賀陽氏に対して、名誉毀損だとして5000万円の損害賠償と、謝罪広告の同雑誌への掲載を求めていた。また、一方で、烏賀陽氏側は「本訴提起の目的は言論を不当に抑圧すること」と本訴提起の違法性を主張。また、オリコン側のホームページなどでも名誉毀損をしてきた、として、1100万円の損害賠償を求めていた。

 まず、烏賀陽氏が『AERA』(朝日新聞社)の記者だった2003年1月当時に同誌に掲載していた記事について、オリコン側は『サイゾー』における名誉毀損案件と一体と主張していた。しかし、綿引裁判長は「本件コメント(サイゾー)による名誉毀損と本件文章(AERA)による名誉毀損を一連かつ単一の不法行為と評価することはできない」とし、仮に判断するとした場合でも、『AERA』による名誉毀損の賠償請求はすでに時効とした。

 

コメントがそのまま掲載されることを容認

 

 一方、「オリコンは予約枚数もカウントに入れている。予約だけ入れておいて後で解約するカラ予約が入っている可能性が高い」や「オリコンの数字はレコード会社によってある程度操作可能である」など、『サイゾー』に掲載された烏賀陽氏のコメントに対しては、「それだけでオリコンの社会的評価を低下させる」とした。ただ、「オリコンは不思議な団体である」などは「事実の適示」ではなく、他社(サウンドスキャン)との比較という「論評」であるとして、名誉毀損ではないとした。

 ただ、名誉毀損の対象となった烏賀陽氏のコメントは、同誌編集部が電話で取材したものをまとめたものだった。この点については、「自己のコメント内容がそのままの形で記事として掲載されることは予見していないのが通常」としながらも、「出版社からの取材に応じた者が、自己のコメント内容がそのままの形で記事として掲載されることに同意していた場合、または自己のコメント内容がそのままの形で記事として掲載される可能性が高いことを予測し、これを容認しながらあえて出版社に対してコメントを提供した場合」は、コメントによって名誉毀損が成り立つというロジックを提示した。本件の場合もこれにあたり、名誉毀損との因果関係を認めた。

 また、烏賀陽氏側が提出していた「大手レコード会社員に対する取材結果」は、「会社員らが誰であるのかも明らかにされていない」などとして信用できない、とした。「被告代理人による売り上げ調査協力店への調査結果」についても「本件本訴の提起後に作成されたもの」などとして信用性に疑問とした。「ジャーナリスト・津田大介氏の取材結果」についても、「元従業員が誰であるのかも明らかにされていない」等として事実を立証するには不十分、とした。さらに、証人尋問で証言した元広報部員についても「予約もカウントに入ってくる旨の回答はしていない」とし、また電話取材で回答するのも不自然だ、などとした。

 反訴については、『サイゾー』の発行者や本件記事の編集者に対しては訴訟を提起せず、被告に対してのみ提訴したことについては、「全ての不法行為責任者に対して訴訟を提起する義務を負わない」として、違法と評価できない、とした。また、反論がある場合にはメディアで反論を求めるべきとしていたことには、「訴訟を提起しようとする者がそれに先立つ事前交渉を行う義務はない」「名誉毀損に対する対抗言論の手段を持つ者が訴訟提起の手段を自粛する義務を負うわけでもない」とした。

 

「不誠実な判決」と弁護団

 

 判決後、弁護団は日本弁護士会館内で、傍聴してきたフリーライターらにブリーフィングを行った。そこで、烏賀陽氏側弁護団は「こちら側の疑問についても一切答えていない。提訴後に行ったレコード店への調査などを認めず、苦しい部分は信用できないとして一切認めなかった。一方的で不誠実な判決。全く説得力がない」と断じ、また「全面的に負けた」と位置づけ、控訴する方針を明らかにした。

 

「恫喝訴訟をした者が得になってしまう」と烏賀陽氏 

 

 また、烏賀陽氏は判決について以下のように述べた。

 「今回の裁判は、たまたまオリコン対烏賀陽弘道、という形をとっているけれど、民主主義および言論の自由を守ろうとする人とそれをぶちこわそうとする人たちの争いだった。裁判所は、後者に信用性があると判断を下した。これでは恫喝訴訟をした者が得だ、ということになる。私はこれを暗黒時代の幕開けにしてはいけないと思う。ジャーナリストであろうと、市民の声であろうと、裁判でねじ伏せることができるようになってしまう。これが認められると、報道が電話取材することが成立しなくなる。また、書いた人間の文責は問われず、取材源だけが狙われるようになる。判決が覆るまで闘う」

 

「判決は、きわめて妥当」とオリコン

 

 同日、オリコンは判決について、「公正なる司法の場で、このような判断が示されたことを、きわめて妥当なことと考えております」と同社Webサイトにリリースを出した。妥当とした理由について、オーマイニュースは電話でオリコンにコメントを求めた。企業広報部の日高氏とのやり取りは以下の通り。

 

―――今回の判決を妥当と考える理由を教えてください。

 それはもうリリースに書いてある通り、基本的に、本訴、反訴ともに、弊社の勝訴ですから、妥当だと考えています。

―――(『AERA』の記事との一体性や賠償請求額の減額など)一部オリコン側の訴えが認められていない部分については、どのようにお考えでしょうか?

 そういったことも含め、基本的には(オリコン側の主張が)認められたと受け止めているので、妥当な判決だったと考えています。

 うーん、僕には「無責任に根拠レスな言論を『表現の自由』の名を借りておこなおうという人間と、それによる報道被害者との争い」にも見えなくもありませんでした。

 

 これは以下の日記に続きます。

オリコン裁判(烏賀陽裁判)の判決文が公開されたようです