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ジニアスフリークス

2012-09-30

【葬列】


 夏の日差しが降り注ぐ、昼間のカフェテラス。
「で。なんなのよ、そのざまは」
 テーブルの対面に座ったR先輩が、半眼で言う。
 黒いシャツに黒いショートパンツという格好のR先輩は、私の着た黒いTシャツと黒いデニムスカートを交互に示し、鼻で笑った。
「私の黒ずくめファッションを一目見るなりさんざん馬鹿にしてくれたくせに、その体たらくは。結局あんただって、上下とも黒じゃない」
「うううう。だってだってまさか、ゴ●ラがウンコ投げてくるなんてぇ〜」
「……伏せ字の位置、違くない?」
「あわてて代わりの服を買いに行ったもんだから、そこまで気が回らなかったんですよぉ。●リラのウンコつけたまんまで歩きまわれないですし、仕方ないじゃないですかぁ〜」
「だからって黒いTシャツ選ばなくてもいいじゃない。しかも絵柄。よりによってゴリ●Tてあんた」
「私、Tシャツは黒がいいんです! たとえそれがお客様にウンコぶつけてくるような畜生の絵柄であったとしても、そこは譲れないんですぅ!!」
 ばんばん、と両手で机をたたきながら主張する。が、先輩の視線は夏の暑さをものともせず、冷やかなままだ。
 ため息をついて、私は肩を落とした。元々無理に盛り上げていた怒りが醒めていくと、ただただむなしい気持ちだけが胸に押し寄せてくる。コーラフロートのアイスをストローで沈めながら、私は不運を嘆いた。
「はぁ〜あ。せっかく先輩とデートなのに、今日はさんざんです」
「そお? 私は楽しかったわよ。色々面白いモノも見れたし」
 にたにた、と底意地の悪い笑みを浮かべるR先輩。まあ確かに、私にウンコ爆弾が直撃した時の先輩の爆笑っぷりは、なかなか珍しい光景ではあった。あんなに朗らかに笑う先輩を、私は初めて見た気がする……最終的には文字通り腹を抱えてうずくまり、声が出なくなるほど笑っていた。
「……ま、まぁ、先輩が楽しいならいいですけどぉ〜。ぷぅ〜」
「あはは、まあこういうこともあるわよ。動物園は早めに切り上げて、映画でも見に行きましょうか」
 頬を膨らませる私をとりなすように、いつになく機嫌よさげな先輩が言う。実を言うと私もそこまでヘソを曲げていたわけでもないのだが、なだめられるフリをして先輩の提案にのっかることにした(ちなみに、映画館もR先輩が一人では行けないスポットの一つである。昼も薄暗い場所というのはそれだけでよくないものが溜まってしまうのだ)。
 動物園を出て、駅前へと並んで歩く。途中、買い物した紙袋の荷物持ちジャンケンなどしながら(当然、紙袋の中身は私がさっきまで『着ていた』服なので、わりと真剣勝負だ)、大きな交差点に差し掛かった。
「……流行りなのかしらね?」
 交差点の真ん中、ふと思いついたようなR先輩のつぶやきの意味がわからず、私は「何がです?」と聞き返した。
「黒ずくめファッションよ。ほら、みんなけっこう、そんな感じのコーディネートじゃない?」
 そう言って先輩は、交差点を行き交う人々を示す。言われてみれば確かに、色とりどりの群衆の中には黒い服装の人がわりあい多く見受けられた。それもシャツだけやズボンだけではなく、上下全身真っ黒なスタイルの人々だ。ちょうど今の私たちのような格好の人が、それも結構な数でいる。
「ほら見なさい、私のセンスも捨てたもんじゃないでしょう」
 自慢げなR先輩の横顔を見ながら、私はなんとなく背筋に冷たいものを感じて、立ち止まった。道の脇に逸れ、行き交う人々の流れをじっと見つめる。
「……A? どうしたの?」
 不思議そうに、R先輩。だが、彼女もすぐに異変に気が付いたようだった。
 増えている。黒ずくめが。
 交差点を流れていく人々は忙しなく、同じ人間が二度通ることは無いようにも思える。だが、それでも黒い服の割合は時間がたつにつれじわじわと増えていった。同じ格好でそろえた何かの――たとえば黒ずくめ愛好会などの――集まりとか、そういう雰囲気でもない。思い思いの格好をしているはずの、ランダムに行き交う人混みの中で、少しづつ、黒色が増えていく。
「なにこれ」
「なんなんでしょう」
 そもそもこの暑い中、全身黒ずくめで出歩こうなどという奇特な人間が、R先輩以外に何人もいるとは思えない。かといって、私のようにたまたまアクシデントに見舞われて不本意な格好をしている人が、これだけいるとも考えにくい。
 奇妙に感じているのは、当の黒ずくめ本人達も同じようだった。私達や周りの通行人を見回して、怪訝な顔をしながら歩いていく。
 今や半数以上が黒で埋められた人混みをながめ、私はぼやく。
「こんな偶然ってありますかね。不気味、つーか不吉ですねぇ」
「まるで葬式ね」
 嫌そうな顔で先輩がつぶやいた、刹那

キキキキキーーーーーーーーッッッッ
 キイキキキキーーーーーッッッッ

 甲高いブレーキ音の二重奏が、交差点の真ん中から響いたかと思うと、次の瞬間には、

ドガジャアアアアアン!!!!

 耳をつんざく轟音が、辺りを揺らした。
 凍りついた時間の中で、女性の悲鳴が聞こえる。騒然となる周囲の中で、私と先輩はただ呆然と、目の前で起こった惨劇を見つめていた。
 白いボックスカーと銀のミニバンが、交差点の中央で真正面から激突して、停止していた。それぞれのボンネットがへしゃげるほどの力でぶつかった二台の車、その真ん中から、男性の手らしきものがのぞいている。巻き込まれたのだろう――恐らくは彼だけではない、多くの人が横断歩道を渡っていた。車道に面する信号は、すべて赤になっていたはずだ。起きるはずのない、事故だった。
 悲鳴と、絶叫と、喧騒とクラクションが鳴り響く交差点で、私と先輩は――そして、ただの通りすがりだったはずの、まるで喪服のように黒い服を着込んだ人々は、なすすべもなく立ちつくして、燃え上がる二台の車を見ていた。それはまるで、この事故で散る多くの命を悼むために集められたようだと、私は気が付く。私たちは葬儀の参列者だ。だからここに集められた。起こってもいなかったはずの、この事故の関係者として。
 黒い爆煙が、夏の青空に吸い込まれるように、どこまでも立ち昇っていった。

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