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棚からローキック

13-08-13-Tue 53th kick 「命は爆ぜる。」

53th kick 「命は爆ぜる。」


四次元だか五次元だか知らねえが


それでよし。



久しぶりの更新です。


前にこのブログでも書いたかもしれないけど

写真にある僕らの姿って

三次元二次元として時間スライスしたものじゃないですか?

で、それを何枚も続けて再生したのが動画なわけですよね。

立体的に再生できたらそれが僕自身。

じゃあ、

四次元の僕らの姿ってどんなんなのかなあと昔考えたことがありまして。

結論としては

動くものをカメラシャッタースピードを落として撮ったときにできる線のような

僕が生まれてから死ぬまでを記録した連続した立体的な光の軌跡全体だと思うんです。

それが四次元の僕。

その理屈がどうとかではなく

そんなどうでもいいようなことを昔考えていました。


一昨年の11月、父が他界しました。

父は体調が悪化してからは一日のほとんどを寝て過ごしていましたから

夢と現実区別がつきにくい状態でした。

だから僕が側にいることを忘れて自分に言い聞かせるように

「まだ死んじゃだめだ、まだ死んじゃだめだ」

と呼吸を荒くしながらつぶやいていました。

僕に何ができるわけではないけれど、

絶対に助かる、助からなきゃウソだと信じて疑いませんでした。

日中は母、夜間は僕が交代で体を拭いたり排便の手伝いをしたり看病していましたので

父が日に日に衰えていくのが手に取るようにわかりました。

それでも最悪の結果を考えることはせず、信じて看病していました。

そんなある日、いつものように交代し母親

「じゃあ、お願いね。」

と病室を出て行こうとしたとき僕は思わず引き止めました。

車で病院に向かっている時はそんな考えを持っていなかったのに

「多分、父さんは今日でダメだから側にいてやって」

と泣きながら引き止めていました。

否定したくても、もうどうにもこうにも受け入れざるを得なかった。

受け入れなきゃいけない現実に、思いとか願いとかがぐにゃっと曲げられ

自分の無力さを思い知らされ何かに負けた気がしました。

父の意識があるうちにと兄も呼びました。

明朝、父は危篤状態に入りました。

医師が、

経験上この先ゆっくりと心拍数が低下して行き、

数分後か数時間後に心肺停止となることを僕らに告げました。

もうどうしようもなくなってベランダに出てました。

すごく眩しい朝陽が射し込んできて、快晴で、ジョギングをしている人がいたり、

僕らを残して街中が一日のスタートを切ろうとしていて

これから起こることがちっぽけな事のように扱われている気がして怒りを覚えました。

人の思いとか願いとか命っていったいなんなんだろうと。

頭で事実は理解できても起きた事の意味がわからなかった。


葬儀の後、伯父達が父との思い出話をいろいろ聞かせてくれました。

父は八人兄弟の末っ子ですからそれぞれいろんな話があるわけです。

父は母とお見合いする前にある女性お見合いしたことがあるそうで。

ホテルの一室で行われたそのお見合いはいい雰囲気

相手の女性も素敵な方で

伯父はこのお見合い成功するんじゃないかと思っていたそうだ。

が、父は「この娘は嫌だ」と首を横に振った。

伯父が訳を聞くと

その女性トイレに入ったとき中から

「ポッチャン」

という音が聞こえてきたからと父が答えたそうだ。

「だからその「ポッチャン」がなかったらお前らは産まれてこなかった。

 その女性感謝しろ。」

と伯父は笑いながら話してくれました。

父は71年生きましたから、父の人生の半分を僕は知らないわけです。


で、四次元の父の話になるわけですけど。

伯父と山梨会社を立ち上げたとき九州まで営業に出かけていたそうだ。

新婚旅行香港に行ったそうなので香港まで父の光の軌跡は届いていて

グアムだかハワイ旅行に行った白黒写真があったのでそこにも軌跡は続いている。

そう考えると人一人の命ってダイナミックだなあと思います。

父は若いころ東京で数年働いていたそうだ。

で、想像してみたんです。

きっと明治通りは通ったことがあるだろう。

山手通り靖国通り青梅街道環七環八

その当時あったならば、ほとんどの主要な通りを通っただろう。

新宿は?池袋は?渋谷は?四谷は?秋葉原は?大手町は?

当然行ったことがあるはずだ。

で、それを頭の中で映像化してみたんです。

そしたら23区が父の光の軌跡で満ちていました。

どこにいても父の軌跡が見える。

圧巻でした。

知らず知らずの内に若い頃の父の軌跡と交わりながら

そんな東京で僕は生活しているんだと思ったら気が楽になりました。

実家に帰ったら親父親父親父だらけですよ。

日曜のゴルフ中継を観ながら居眠りしていた場所なんて色濃く残っているわけです。


何を奇麗事というか宗教チックなこと言ってんだと思うかもしれませんが

宗教チックな理屈でしか救われないこともあるんだなと感じました。

宗教ってそうやって生まれたんだなと。

これはオリジナル宗教ですけど。


でもね、僕はあの世はないと思うんです。

その代わり平行宇宙はあると思うんです。

また何を言い出すんだって話ですが。

人一人の質量原爆数十万発分のエネルギーを秘めていると言います。

じゃあ命そのもののエネルギーの場合はどうなっちゃうんだろうと。

父が死んだことによってどこかの領域ビッグバンが起き

無数の平行宇宙ができ

何億年もかけてまた生命体が生まれるんじゃないかなと。

もちろん父が生き長らえている並行宇宙もある。

それくらい人の命ってダイナミックであって欲しいなと。

その理屈がどうとかではなく

どうせ妄想なんだから、それでいいんじゃないかと。


そんな感じで一年振りの舞台稽古に励んでいます。