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失踪外人ルー&シー このページをアンテナに追加 RSSフィード

2006-09-21 インドでわしもガオガイガー

[]ゲームと不親切 その2 ゲームと不親切 その2を含むブックマーク

つづき

http://d.hatena.ne.jp/lu-and-cy/20060908#p2


前回は何も考えずに書き出してまとまりのないまま終わりましたが、それも仕方のないことです。おっさんが酎ハイ片手でテレビの中の野球選手にバッティング指南をしてるような文章ですからね。とくに何も考えずに思いつくまま書いています。でもまあ、いいじゃないですか。おっさんの一言がヒントになって大リーグボールが生まれることもあるかもしれないし。ああ、テレビの向こうじゃ言葉は届かねえか。

前回、

無駄な作業が楽しいこともあるし、「何をしていいかわからない」と「自由度が高い」は紙一重だったりする

って書きながら思ったんですけど、ようするに「ゲームで楽しもうとしてるのに楽しくない時間を過ごすことを強要された」時に不親切を感じさせられるんじゃないかなあと。

例えば、昔はRPGのレベル上げ作業って楽しかったはずなんだけど、それに皆が慣れはじめてストーリーを進めるうえでの障害でだと感じ始めると「レベル上げしなければならないのは不親切」。綺麗なムービーが物珍しかった頃には皆が口をポカンと開けて見入ってたのに、それが当たり前になると「ボタンでスキップできないのは不親切」って具合。自由度の高さだって手探りを楽しませる仕掛け(もしくはプレイヤー側の楽しむ姿勢)がないと、ゲーム世界への没入を遅らせる障害になるだろう。ゲーム内容の説明不足にも同じようなことが言えるかな。ドラクエ5の奴隷の話も、誰かはトータルで見れば楽しいと感じ、別の誰かは退屈な足止めだと感じたわけだ。

だいたい、かつてのコマンド入力アドベンチャーゲームとかだとハマリが当たり前だったからなあ。ハマリなんて最大の不親切だと思うんだけど、当時はゲームのタイトルも少ないし値段も高かったから「ゲームをプレイしている時間=幸福な時間」ってことで、ゲームの耐久性を増すこれらのハマリはアリって扱いだったのかもしれん。

遊び手の気持ちを把握し続けることがプレイヤーに不親切を感じさせない方法だとすると、安定したゲームってのは誰がやっても同じ展開になるゲームかもしれんよなー。誰がプレイしても同じレールの上を進むようなゲームなら、作り手が場面ごとの遊び手の気持ちを想像しやすい。もちろん、作り手の思う面白さと遊び手の思う面白さが根本的に異なってたというケースもあろうけど。

ただ、これってやっぱり面白くなさそうだ。もしかして面白いものって適度に不親切だったりするんじゃなかろうか。

そういえばメイドインワリオを初めてプレイした時、遊びながら笑いが込み上げてきたんだよな。自分のペースで遊べるのがミニゲーム集のウリであるはずなのに矢継ぎ早に次々とステージが出てくるし、ゲーム内容の説明文も「とべ」とか「よけろ」とか明らかに説明不足。しかし、あれは説明を理解するまでの時間もゲームに含まれてるんだよねえ。同スタッフのリズム天国におけるリミックス(ステージの最終面)でもマーチャから空手家に切り替わった瞬間「ん?」って一瞬悩んで「ああ、そういうことか」って理解するのにコンマ数秒を要すると思うんだけど、その時間って間違いなく楽しい時間なんだよなあ。あまりにも短すぎるから知覚できないけど。ここら辺は「気軽に再プレイできる」というミニゲーム集のメリットにあえて甘えて、かわりに別の面白さを引き出した感じか。

なんか今回もまとまらないまま飽きてきたけど、つまりは時間の使い方と使わせ方なのかな。それは時代によって変わるしプレイする人によって変わる。難しいものだ。

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