一人にまとめろ

ジョン・ウー ――レッドクリフを作った男の執念【下】 (3)

製作費100億円クラスの大作だけに、当然、チャンはハリウッドの主要な映画会社に最初に話を持ち込んだ。だが、まとまらなかった。原因はアメリカ人の三国志への理解不足。「映画会社から『登場人物はこんなにいらない。曹操劉備関羽を一人にまとめてほしい』と言われたこともある」と、チャンは明かす。

◆最近のインターネット-また君か@d.hatena

なるほどひどい話だ、と最初は思ったんだが、落ち着いて考えるとその「登場人物を大幅に整理して、しかも三国志らしさを失っていないハリウッド版三国志(っていうか国も三つじゃ多過ぎるから削られてタイトルは「二国志」とかだよな?)の脚本」って読んでみたいわ。ハリウッドの誇る脚本力ならばやれるはずだ。できるもんならやってみろ→できました!→参りました、というコンボに期待感が高まる。あるいはそうしたかんじで「すでにある名作を、(個別エピソードの部分抽出でなく)エッセンスを保ちながら規模縮小する芸」のコンペティションとかあったらおもしろいな。ゲームではチープ環境への移植とかよくあるじゃん。要約能力と整頓能力を高める意味では、そういう文系デモパーテイみたいなのがあってもいい。

オタであれば移植の際に削られたり纏められたりするのには半ば慣れきっているものであるが、「半ば」などと言うからには全くもって平気の平左ということはないわけで、ニヒルな笑みを浮かべながらも目には憎悪の炎という表情でしゃがみガードが僕達のスタイルなわけだが、そこら辺は処理能力の限界の問題であってね。かつて障壁となっていた「ハードの性能の限界」だったり「特撮技術の限界」だったりといったものがほとんど取り払われた現在でも、特に映像化においては「放映時間内に詰め込める情報量の限界」だったり「客の処理能力の限界」だったりというのはいかんともし難く、結果として「それ、まとめて一人にできない?」みたいな話になっちゃうんだろうけど、それなら開き直ってガンガンまとめちゃった方が面白い結果がでるかもわからんよね。
皆さんもご存知だと思うが、黒澤明の名言として「登場人物は三人で良い」というのが…………あれ?ないな?黒澤の発言じゃない?っていうか、検索してみたけどそんな言葉自体が存在しないな。……夢?……まあ、これが黒澤の言葉だとしたら『七人の侍』の時点で全く守れてないし『隠し砦の三悪人』は三悪人がぼんやりと佇むだけの話になってしまうしなあ。えーと、まあ、夢だったんだけど、三人ぐらいでいいんだよね、物語ってのは。
そういえば、俺の夢の中で採られたアンケートでも「四人目の登場人物が現れた瞬間に一人目の名前を忘れてしまう」が六割にも上ったぐらいだし、物語のコンパクト化は映像作家ならば避けて通れない道だろう。その手の職業を志す人は、既存の作品の登場人物を三人にまとめるとどうなるかという思考実験を日に100ケースぐらい行ってみるといい。絶対無駄にはならないから。などと、夢の話だけを根拠に断言口調で他人にアドバイスをする自分に恐怖を感じてきたが全然問題ない。アドバイスってのはちょっと怖いぐらいが丁度いいんだよ。これも黒澤が言ってたけどさ。
映画会社が「この達也と和也ってのは一人にまとめられないのかね?」と言えば「はいっ!喜んでぇ!」……これが今後の映像作品に求められるフットワークだ。「顔同じだし」って。顔同じだし理論でいくと、あだち充先生の作品を映像化する際には人食いアメーバ並みの融合劇が繰り広げられそうな気がせんでもないが、別にいいんじゃないかな。蟲毒みたいな感じで最強に強まった達也ができるじゃろ。
まとめるだけじゃなく削るのも面白いかもしれないね。心理ゲームとかであるじゃない?「一つだけ無人島に持っていくなら何?」みたいな。
そういう感じで俺は問う。「無人島に一人だけタッチのキャラを持っていくとしたら誰?」
おまえが答える。「に……新田の妹?」
それでいいんだよ。「新田の妹」っておまえ、名前すら覚えてないみたいだけど、全然それでいいんだよ。それがおまえのタッチなんだよ。おまえだけのタッチなんだよ。もし映画版タッチの監督をやってくれという依頼が来た時は新田の妹だけをフィーチャーしたものを作るとよい。おえらいさんが文句をつけてくるようならぶん殴ってやれ。もちろんバットでだ。劇中で撥ねられなくなった和也の代わりに、そいつを撥ねてやってもよい。「呼吸を止めて一秒」どころじゃなく永遠に息の根をとめてやれ。おまえの芸術を、おまえのタッチを守り通せ。おまえの神聖なタッチを汚そうとする野蛮人を許すな。スクリーンの向こうに篭城しろ。新田の妹と共に篭城しろ。悲しみの花だけを束ねてブーケを作れ。その匂いで全人類が発狂するようなブーケを作れ。これはタッチという名の爆弾であり、新田の妹を中心にして開く地獄の門なんだよ。
これぐらいの意気込みをもって物語を削ったりまとめたりするのであれば、それは決してスケールダウンにはならないであろう。むしろ単純に原作のあらすじを追っただけの凡庸な作品など比べ物にならない傑作が出来上がるに違いない。もちろん、おまえに映画監督としての仕事は二度とこない。それでいいんだよ。今からおまえが作るはずだった作品達をギュッと一つに凝縮したような高密度の物語ができたんだ。もう、これでいいじゃないか。これでおしまい。全部終わり。物語の登場人物は三人でいいんだよ。おまえと、新田の妹と、死神と。他にどんな役者が必要だって言うんだ。