今回の騒ぎ、私は政治事の常としての、駆け引きの結果で、多様な行動&言説が起きているから、結果、多様な意見&言説が起きているのだと思う。
まあ、細かな事を言えば、信憑性の薄い意見も、濃い意見もある。しかし、ことさらに、それを言いだすと、特定の意見に固執することからの「自己実現予言*1」の状態になる事を恐れた。
政治問題と言うのは、非常に多くの多様な事項が絡むので、それぞれの項目を、安易に評価できない。科学的猜疑主義に従った内容であっても、政治というのは、政府と民衆の内容、時にはそれらの無知によっても決定されてしまう事があるからだ。
だからこそ、私は今回の件で、特定の集団や言説に対し、殊更に他人を叩き、貶めているような言説を行う個人、または集団に嫌悪感を抱いたのだ。
評論は、それを知ってから行うもの、という事であるならば、後知恵バイアスによる、後出しじゃんけんを幾らでもおこなえる事になる。つまり、自分の都合のよい言説を幾らでも並べる事が出来るのだ。*2
ここで、はっきり言っておこう。どのような結果が出ようとも、その結果に依らず、殊更に特定の言説を捉えて、他人を叩き、貶めているような言説を行う個人、または集団は記憶に留めておこうと思う。
それは、今後、自由な言論への脅威となるであろう。特定の固定観念に押し込めようとする事こそ、その集団に都合のよい現実を発現させる、奴隷への思想*3に他ならないからだ。*4
ちなみに、元外務省官僚の見解は、下記のような内容だった。私も、今回の件は、米追従路線を止めたくない筋からの政治的圧力が強いと感じているが、まあ、それに言及しているのは一部のようだ。
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