きょうはここで過ごす、最後の日
だから、これがここで書く、最後の日記だ


この学校の合格通知が届いたのは、去年の6月1日
わたしは、ちょうど旅行でパリに居た
織りをやりたかったわたしには、
洋裁での合格通知は、最初は受け入れがたいものだった
美術館の行列に並びながら、
ただぼんやりとしていたことを、覚えている

だけど、もう、あの時から
行かない、という選択肢はなかった気がする
第一希望でなくても、工芸学校へ行ってみたい、
あの場所で暮してみたい、と、すぐに心を決めた

実際、学んでみると
洋裁は、想像よりずっと、楽しかった
一年で、いちおうひととおりのことができるようになり
多少は、イメージを形にできるようにもなった
民族衣装がどういう技術で縫われているのか、よくわかって
古い衣装も、ポイントを押さえて見ることができるようになった

いまは、本当に
織りではなく洋裁をやって、よかったと思っている
自分でも、単純すぎて笑ってしまうけれど
でも、心の底からそう思う


ここで経験したことは、上手く言葉にできない
洋裁のコースだったけれど、
素材、染色、文化史、民族衣装、と、色々な勉強をした
一日中、襟の図面を引きつづけたこともあったし
一日中、古い衣装の縫い目を調べたこともあったし
夜中までアカネの根を掘っていたこともあったし
逃げようとする羊の毛を必死に刈ったこともあった

来る前と比べると、知識が格段にふえたのは勿論、
色々なものを見て、色々な人に話を聞いて
この地域の文化を、肌で感じることもできた
プロを目指してものを作る友人たちと話をするうち
工芸について、ものについて、ずいぶん考えたりもした


とくに雪がとけるまでの間は、頻繁に森へ散歩に出かけた
森の風景は毎日違い、毎日美しかった
かたちを変える結晶を観察し、
季節が進むにしたがって、星を覚え、花を覚え、鳥を覚えた

静けさに慣れ
誰かの温かさに慣れた
あまり孤独になれなかったことを、悔いているくらい

スウェーデンの森で、スウェーデン語で暮した一年は
北欧ではなくイギリスの大学を卒業する道を選んだわたしにとって、
何にも替えられない財産になった


わたしは、工芸家にはならないけれど
洋裁は、これからもずっと続けたい
着るものと向き合うことが、とても楽しいと知ったから

遠慮せずにスウェーデン語だけを話して、わたしを対等に扱い
最高の時間を過ごさせてくれた友人たち
ミシンを触ったことすらなかったわたしを気遣ってくれた先生たち
森の奥で洋裁をして1年を過ごすという話を受け入れてくれた家族
それから、1年前のあの日
やってみたいなら堂々としてな、と言ってくれた恋人に
とても感謝している


めちゃくちゃ湿っぽくなってしまったけれど
最後だと思うとね

さてさて
これで日本へ帰るかと思いきや
実は、そうでもなく
これからひと月、ちょっとウロウロします
とはいえ、後半は勝手知ったるロンドンだけども

すぐに、森が恋しくなってしまいそうだけれど
とにもかくにも、新しい毎日がやってくる