如星的茶葉暮らし別館

神慮の機械日記、お相手は維如星にて。
本家と同一内容+αです。詳しくはこちら



 
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2008-06-25-水

ヴァカンツァ・イン・ヴェネツィア

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ハンディデジカメでこの高倍率望遠は本当に楽しい。定番写真もディテールがここまで出るとグッと面白みが増す。

先日ぷくと岩牡蠣を貪りつつ、土産のフラゴリーノを渡して先日のヴェネツィア帰国の四方山話に華を咲かせていたところ、それはまさにヴァカンスだねぇと言われ、そういやそうだと腑に落ちた。

如星自身、少なくともヴェネツィア行をもはや「観光旅行」とは捉えてなかったけど、そうかヴァカンスかー。実際ヴェネツィアはリゾートという顔も持つ街だが、如星にとってこの都市を訪れる理由や目的はそんなリゾートスタイルとはあまり関係がない。が、勝手気ままにひたすら休暇を楽しむという意味では完璧にヴァカンスだ。あまり表立ってそういう印象を自身持っていなかったのは、本来如星とは生き急ぐタイプの人間であり、休日すら楽しみの効率化を求める性質だからだろう。そんな自分が、確かにあの街を歩く間は実にのんびりとしてるんだから驚きだ。それは単に観光名所を見尽くしているから、というだけではないのだろう。もちろん、そうやって気を抜ける位には街を知ってるという点は大きいのだけど───初見で寛ぎ切れるほど、ここはシンプルなリゾート地ではないからね。

如星のヴェネツィア感については何度か書いた。何処か哀しさを湛えた街であり、表と裏、光と影という存在を持つ石の都市。圧倒的に美しく、存在自体が奇跡のような街だけど、例えば水の流れるキラキラした石造りの街並みを想像して足を踏み入れると、その何処かドロッとした、薄汚れてすらいる光景に戸惑いを覚えるかもしれない。写真やイラストで見たままの、あるいは歴史小説で読んだままの聖マルコ広場や元首官邸の姿には今でも感動を覚えるけど、それは一方で保存に対する感情である。そしてその足元にある落書きのような、単なる観光地の臭いには目を背けたくなるかもしれない。

しかし、薄暗い迷路のような路地を歩き、その隙間から不意に広がる教会の数々を眺め、太鼓橋を黙々と渡る人々、運河を行き交い、水面と共に生きる人々を見出し、そして早朝の聖マルコ広場、古の神聖すら漂わせる静かなあの広場に一人で座っていると、真昼間にこの同じ広場を満たす品のない喧騒すら、いつの間にかいとおしくなってくる。ちっとも澄んではいない濁った緑の運河は生きた流れとなり、大理石の剥落した壁は単に歴史を示すものではなく、一つのそうあるがままの街の姿となって目に映る。

このヴェネツィアがかつて歩んだ道を一度知ってしまえば、そこに一抹の寂しさは残る。奇跡のような造りの都市は残ったが、その上で歴史の中に編み上げられた奇跡のような存在は残らなかった。これがフォロ・ロマーノのように完全な廃墟であり遺跡であれば、それは単なる寂寞として心を抜けるのだろう。だが、ここでは器は完璧に近い形で残っている。ヴェネツィアを訪れた初めのうちは、それが何より哀しくてたまらなかった。だが、今やそれは一抹の寂しさで済んでいる。それでもこの街が生きていて、そして愛されているのだと───橋の上から水路を見下ろした時に、あるいはイタリア語しか通じない親父から一杯のワインを注がれたときに、なんとなくそれがわかってしまうのだ。

徒に嘆かず、ただ在り続け、されど人の想いを捨てないというヴェネツィアの在り方。それが犬のように生きんとする如星と波長が合うからこそ、この街は自分に取って最高のヴァカンスの地であるのだろう。この場所でこそ、自分は心から寛げるのだから。

いや、普段はそんな小難しいこと考えっぱなしでヴェネツィアを目指してる訳じゃないスけどね。


(本稿は故あって過去の本家日記からの転載です。その1。)

http://luxin.blackcats.jp/diary/200706c.html#d06220

モルテ・ア・ヴェネツィア

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朝の聖マルコ広場、これはカフェ・フローリアン対岸より

ヴェネツィア滞在最終日、早朝の聖マルコ広場を歩き回るでもなくぼんやりと眺めていた。ARIAで灯里が楽しんだような聖マルコ広場とカフェ・フローリアンのコンビネーションは、残念ながらカフェオープン後にはもう得られない。静かで美しい広場をこの場所から味わうには、開店前の早朝に勝手に座るしかないのである。

これから数時間後にはホテルをチェックアウトし、荷物は預けておいて最後の街歩き。そして夕方にはアリラグーナで本島を、ヴェネツィアを去る。──しかし、不思議と名残惜しい感じはしなかった。朝日が撫でていく人気のない石畳を眺めながら、充足感に近い、ただし高揚の一切ない穏やかな気分だけが心の中にはあった。あの日から半月以上過ぎた今でも、その時の気分ははっきりと思い出せるほどに。

最終日にはついに雨が降った。少しだけど。

こういう事を書くと不吉だとか言われてしまいそうなのだが、冗談ではなくこの時「あーもう死んでもいいかなー」という考えがするっと脳裏に浮かんできた。素晴らしい物が見られたから死んでもいいというような感慨ではなく、凛辺りに言わせれば「次の日にはあっさり事故で死んじゃうような雰囲気」に近い。ああ、もういいかな、という気分。……誤解なきよう書いておくけど、別に如星には早逝願望はないし、やりたい事も未練もたっぷりある。ただ、あの瞬間ならそれらを全て忘れ、あっさり逝けるだろうなと思ったし、逆にそれだけの充足感があれば、あの時死んでも良かった俺はいつまででも生きる気分でいられるなとも思ったのだ。

と、別の側面を考える。日本からこの地に来るには、それなりの、だがそれほど困難ではない程度の金が要る。俺はその金額さえ持っていれば、あるいは稼ぐ事が出来れば、いつでも幸せな終わりを迎えられるのだと考える。死にたくなる程辛い事があれば、それだけの金を掴んでこの地に来ればいい。結果、生きたくなればそのままで。死にたいままなら何処ででも逝けばいい。──そう考えると、あらゆる意味で気が楽になった。天国の切符を最前列で予約できたような気分、脱出コードを手元に置けた気分というか。ま、考え方によっちゃ、これは随分と無責任な発想ではある……独り身ならではとも言われそうだし(ただ裏を返せば、そもそも俺をそういう気分にさせない人しか、俺は家族には持ちたくないってことなんだけどな)

元首官邸回廊より聖マルコ小広場から鐘楼を臨む

世界で最も美しい広場サロン。聖マルコ広場を評したこの言葉は皮肉にも、ヴェネツィア共和国を滅ぼした仇敵ナポレオンの台詞である。その広場の一翼を叩き壊して作り変えさせた男だけど、その成し遂げたる帝国は残らず、ただやりたいようにやった一翼は残り、それを評した言葉も、時に彼の名前が抜け落ちたままで記憶された。

何かを残すとは何だろう。ヴェネツィアを見ていると、そんなことを考える。この街自体はヴェネツィアの成し遂げた事跡の結果ではあろうけど、彼らが本当に残したかったのは、その奇跡のような共和国ではなかったか。ナポレオンも、ヴェネツィアも、願ったものは残らなかった。一方、死ぬまでに何かを成し遂げ残そうとする意志は、多分今の自分にはまるでない。そうではなく、死ぬまで自分のペースで積み上げていく何かが、たまたまそのまま残る事があり、そしてたまたま人の心に何かを残すことがあるのだろう。俺はそれでいいと思うし、だからこそ、いつ死んでも「積み残した」という気分にはならずにいられるのだろう。

ヴェネツィアの中にいると、そんなことを考える。高揚のない、穏やかな気分と共に。


(本稿は故あって過去の本家日記からの転載です。その2。)

http://luxin.blackcats.jp/diary/200706c.html#d06230

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