檜山正幸のキマイラ飼育記 メモ編 このページをアンテナに追加 RSSフィード

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2018-06-25(月)

コダワリとアブダクション

| 16:16

コダワリの例

平方根をとって

x2 = 4, x≧0 のような状況で、「両辺の平方根をとって」に対して、

  • 平方根を付けているのであって、取って(削除して)はいない。

ごもっとも。

座標変換

以下の説明用の図に対して、

次のような想定。

おそらくだが:

  • 平面を意図して「2次元空間」と言ったのを、「任意の2次元曲面」のように解釈。
  • 異なる2つの座標系(図の色違い)があることを、「異なる2つの曲面がある」と解釈。
  • まったく離れた曲面のあいだでは変換はできないだろうから、交差しているだろう、と推測。座標軸を交差する線と見たかも知れない。
  • その結果、二番目のような立体的イメージを想定。一番目の図は、立体的状況を平面に描いたものと理解。
  • まったく想定が違うので、当然ながらコミュニケーションは取れない。
測定値のゼロ
  • 何もないものを測定はできないので、測定値のゼロはあり得ない。

一理ある、ような? 「測定」という日本語の解釈としては、あってるかもしれない。「なにもない → なにもしない →測定“した”とは言えない → 測定してない → 測定値は得られない」。

1m ≠ m

mはメートルのことだとして、単に「メートル」と言った場合と、「イチメートル」といった場合では違う。だから、1m ≠ m 。

「違う」の根拠や違い方(何がどう違うのか)が不明だが、語感としては確かに違うのかも知れない。

おそらくだが、

  • メートルは単位(決まりごと?)で、イチメートルは測った長さ

のような気がする。「長さの単位は長さではない」が根拠かな? 単位は「単なる量」ではなくて、制度・法令・規則などの意味を帯びている、ってことなんかも知れない。

「メートル」という語の背景とか言語運用とかも含めたイメージにより、「単なる量ではない」、むしろ「単なる量以上の背景を持った言葉である」という感じか? Wikipedia項目「メートル」を引用:

メートル(仏: mètre、英: metre[注 1]、記号: m)は、国際単位系 (SI) およびMKS単位系[1]における長さの物理単位である。

[...snip...]

目次

  • 1 定義
  • 2 表記
    • 2.1 語源
    • 2.2 単位記号
    • 2.3 日本語の表記
    • 2.4 英語表記
      • 2.4.1 米国・フィリピンでの表記
      • 2.4.2 米国における表記の経緯
    • 2.5 派生語の英語発音
    • 2.6 倍量単位・分量単位
    • 2.7 漢字表記
  • 3 歴史
    • 3.1 名称
    • 3.2 子午線からの定義
    • 3.3 メートル原器
    • 3.4 クリプトン-86スペクトル長
    • 3.5 光の速度
    • 3.6 定義の変遷
    • 3.7 取扱い
  • 4 符号位置
  • 5 他の単位との相関
  • 6 派生単位
  • 7 関連項目
  • 8 注釈
  • 9 出典
  • 10 参考文献・資料
  • 11 外部リンク

このデンだと、4と13は不吉だとか、7はラッキーセブン、8は末広がりで縁起が良いとかの議論にもなってしまう。

f(x) = x

f(x) = x2 + 1 は関数だが、f(x) = x は関数として定義されてない。

  • 何もしてないのに、関数≒操作 と呼ぶのはおかしい。

これは理解しやすい理由だが、実際は違うかもしれない。別な理由として、変数xに「なんだか分からないモノ」というイメージがあり、

  • なんだか分からないxを与えられて、なんだか分からないxが返ってきているから、fはなんだか分からない曖昧なものであり、ハッキリ定義されたとは認められない。

かな? 曖昧さと変数、未知数の区別が付いてないのか?

擬人化

もともとの状況とは若干違うが、ほぼ次のような問題。

  • Aさんが、自分のペンを基準にBさんペンの長さを測ったら、1.3であった。Bさんのペンを基準にAさんペンの長さを測ったらどうなるか?

これに対して、

  • ペンの長さを比べてみたのはAさんだけであって、Bさんは比べてないので答えは出ない。

これもおそらくだが、Aさん/Bさんという人が出たので、ホントの人間のやり取りのほうが強いイメージになってしまったのだろう。「Bさんのペンを基準にAさんペンの長さを測る」の部分が、主語がBさんになるべきで、Bさんの行動が起きない限りは分からない、ということか。

2で割り切れるからといって偶数とは言えない

とても(檜山にとって)分かりにくかった。今でもハッキリとは分からないのだが、最初は次のように考えた。

  • 何か謎の数があって、その数は2で割り切れるという性質を持つ。しかし、その数は我々が知っている偶数ではない。そんな謎の数があるかも知れない。

これは、「2で割り切れる」という性質が、必ずしも「我々が偶数だと思っている数」を規定しないという発想で、分からなくもない。自然数や整数を、限定的に捉えてなくて、もっと拡がる可能性を考えていることになる。

が、そういうことではないみたい。

  • 偶数とは、2で割り切れる自然数(または整数)である。

に対して、「とは」を「ならば」と捉えていたみたい。

  • nは偶数 とは、nは2で割り切れる ことである。
  • nは偶数 ならば、nは2で割り切れる。

「逆必ずしも真ならず」の原理を適用して、

  • nは2で割り切れる ならば nが偶数

は必ずしも真ではない。

しかしそれにしても、「nは2で割り切れる」という判定条件では、偶数概念を捉えきれない、という印象は持っているはずで、単に ⇔ と ⇒ を取り違えていただけでは説明が付かない。

実際、

  • nは2で割り切れる ⇒ nは偶数

には「反例があるかも知れない」と言っていた。「反例があるかも知れない」という感覚がどこから来るのか? 不思議。

考察

集合や構造、例えば自然数に対してどういうイメージ(メンタルモデル)を持っているか?

  1. イメージを持ってない。
  2. イメージが曖昧でハッキリとはしない。
  3. イメージが標準的なものとは異なっている。

自分にとって根拠がなくても、「言われたこと」として“盲信”はする。が、次のような定義には不安をいだく。

  • f(x) = x という関数
  • 偶数とは、2で割り切れる整数である。

信念体系〈belief system〉の作り方、メンテナンス・アップデートの仕方が何かおかしいような気がするが、「おかしさ」の正体とメカニズムがよく分からない。

m ≠ 1m については、「言葉」として違うを問題にしているので構文論的判断だが、構文は語用論で規定している。それだと、8, eight, 八, 1000b は同じか違うか、とかの議論になり、手描きの1がインスタンスごとにそれぞれ違う、とかフォントにより形状が違うとかになる。

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