このブログの更新は Twitterアカウント @m_hiyama で通知されます。
Follow @m_hiyama

メールでのご連絡は hiyama{at}chimaira{dot}org まで。

はじめてのメールはスパムと判定されることがあります。最初は、信頼されているドメインから差し障りのない文面を送っていただけると、スパムと判定されにくいと思います。

参照用 記事

n-圏とは何だろう

The n-Category Cafeというグループブログがあります。僕はたまに覗いてみるのですがサッパリ分かりません。まれに分かる部分があるとうれしいので、やっぱりたまに覗きます。

さて、The n-Category Cafe のn-categoryって何でしょう? nは任意の非負整数*1を表しているので、0-category, 1-category, 2-category, ... などを総称的にn-categoryと呼んでいます。higher dimensional category, higher category などとも呼ばれます。日本語だと、n-圏、高次元圏、高次圏などでしょうか*2

一般的な定義は難しい(というか、現状、誰もわかってないようです)ので、2-圏の具体例をひとつ紹介して、n-圏の雰囲気をお伝えしましょう(それ以上の説明は僕には無理ですし)。この分野も用語法が混乱していますが、それに関する注意は最後に述べます。

内容:

[追記 date="2020-02-18"]この記事では次のような記号を使っています。

1- 射 2-射
横結合 ; *
縦結合 なし ;

最後の節では次の記法を提案してます。

1- 射 2-射
横結合 ; ;
縦結合 なし *

しかし、後になって採用した記法は次です。「関手と自然変換の計算に出てくる演算子記号とか // 今後使う予定の演算子記号」参照。

1- 射 2-射
横結合 * *
縦結合 なし ;

有り体に言って「決まってりゃ、なんだっていい」のですが、他の記事を読む場合は注意してください。

また、この記事で使ってる「強/強い」という形容詞は、後で使うのをやめています。「高次圏: 用語法と文脈(主に2次元)」参照。
[/追記]

普通の圏は1-圏、集合は0-圏

圏は対象と射から出来ています。例えば、圏Cのなかの3つの対象と4本の射 f, f':A→B, g, g':B→C を絵に描くと次のようになります。

絵を見ると明らかなように、図形としての圏は、0次元の点と1次元の線(矢印)から構成されます。

では、1次元の線がなくて、0次元の点だけならどうでしょうか? それは点の集まりに過ぎません。つまり、単なる集合です。

以上の簡単な観察から、次のことがわかります。

  • 0次元の点が、これといった構造なしに集まったモノが集合
  • 0次元の点と1次元の線が、ある構造を持って集まったモノに、さらに結合(composition)という演算が備わると圏

そうであるなら、

  • 0次元の点と1次元の線と2次元の面が、ある構造を持って集まったモノに、結合となんか別の演算も備わると、圏の2次元版ができるのではないか?

と、そういう期待が生まれます。この期待は現実となっていて、2次元版の圏やより高次元版の圏が存在します(その生態が解明されてませんが)。

圏の圏、2角形の演算、縦結合と横結合

圏の2次元版として最初に意識されたのは、おそらく圏の圏Catでしょう。2つの圏CDのあいだに関手F:CDがある状況は、2つの点とそれを結ぶ矢印で図示できるので、普通の意味の圏を構成します。圏Catの対象は圏で、その射は関手です。

さて、2つの関手F, G:CDのあいだには自然変換を考えることができます。α::F⇒G (コロンを2つと太い矢印を使う)が自然変換なら、それを次のように図示します。

この図のαを、2角形の面だと考えます。2辺形や2角形は小学校で習わなかったかもしれませんが、辺が曲線でもいいなら辺と角が2つの図形を考えられます。詳細はともかく、2角形の演算として次の2種類を考えます。

  • 辺を境界として隣り合っている2つの面(=2角形)をつなげて1つの面(=2角形)にする。
  • 点を境界として隣り合っている2つの面(=2角形)をつなげて1つの面(=2角形)にする。

以下の図で、αとβは辺を境界として隣り合っていて、αとγは点を境界として隣り合っています。

圏の圏とか自然変換とかが、なんかピンとこなくてもかまいません。それよりは、2角形の演算としての図形的イメージを持つほうが重要だと思います。今まで描いた図は標準的な図式法で、この図からのイメージにちなんで、αとβをつなぐことを縦結合(vertical composition)、αとγをつなぐことを横結合(horizontal composition)と呼びます(垂直結合、水平結合という言葉も使われます)。

例:順序集合の圏

圏の圏は、すこし面倒なので、その簡略版として順序集合の圏が2次元の構造を持つことを見てみましょう。

Cの対象は順序集合だとします。A∈|C|の順序を≦Aのように記しますが、混乱の心配がなければ単に≦と書きます。圏Cの射は単調写像です。ここで、写像f:A→Bが単調だとは、x ≦A y ならば f(x) ≦ B f(y) となることです。

ところで、圏C大きさなんですが、「すべての順序集合」を対象に含めると随分巨大です。「すべての有限順序集合」だと安心感があります。個々の有限順序集合は、ハッセ図として紙の上に完全に描けますから。なんなら、{0 < 1 < ... < n} という形の全順序集合〈線形順序集合〉だけを対象と考えて、それらのあいだの単調写像を射とする圏*3を念頭においてもいいです -- この圏は小さいので、圏全体を思い浮かべることができるでしょう。

Cの射 f, g:A→B に対して f ≦ g とは、「すべてのxに対して f(x) ≦ g(x)」と定義します。すると、ホムセットC(A, B) = HomC(A, B) が今定義した≦で順序集合になりますね。順序集合はやせた圏なので、C(A, B)は圏になっています。もっとはっきりと言えば、f, g∈C(A, B) が f ≦ g のとき、かつそのときに限り射[f, g]があると考えます。域・余域、恒等射、結合は次のとおりです。

  • dom([f, g]) = f, cod([f, g]) = g
  • idf = [f, f]
  • [f, g];[g, h] = [f, h]

ここまでの話で、次のことが分かりました。

  1. Cは圏である。
  2. Cの各ホムセットC(A, B)は圏である(特にやせた圏となる)。

全体としての圏のなかに、小さな圏がイッパイ詰まっているような構造になっています。宇宙のなかに小宇宙(銀河)がイッパイあるような感じでしょうか。小さな圏*4であるホムセットC(A, B)をホム圏(hom-category)と呼びます。

順序集合の圏は2次元の圏になっている

Cの対象はA, Bなど、射はf, gなどで表しました。f, g∈C(A, B)の順序関係 f ≦ g に対応する射[f, g]を一般的に表すときは、ギリシャ文字/コロン2つ/太い矢印を用いて α::f⇒g と書くことにします。fとgがA→Bであることを添えて、α::f⇒g:A→B と書くとより明確です。また、ホム圏C(A, B)におけるfの恒等射[f, f]はιf:f⇒f:A→B と書くことにします。ιはギリシャ文字イオタです。

次の事実は、ホム圏の定義から明らかでしょう。

  1. [結合律] α::f⇒g:A→B, β::f⇒h:A→B, γ::h⇒k:A→B に対して (α;β);γ = α;(β;γ)。
  2. [単位律] α::f⇒g:A→B に対して、ιf;α = α;ιg = α。

これらの等式(結合律と単位律)が成立してないなら、そもそも圏と呼べませんからね。

これまでに登場したモノどもをまとめておきます。

Cの構成要素 図形としてみると
圏の対象A, B 0次元の点
圏の射f, g:A→B 点を結ぶ1次元の線(矢印)
ホム圏の射α::f⇒g 線を結ぶ2次元の面(2角形、太い矢印)

同じ記号「;」(セミコロン)を使ってますが、f;g は線の結合、α;β は面の結合なのです。線(矢印)の場合、つなぐための境界は点となりますが、面(2角形)の場合につなぐ境界は線または点となり、実際、境界線でつなぐ縦結合と境界点でつなぐ横結合があります。面=2角形=太い矢印の横結合はまだ述べてませんでした。

α::f⇒g:A→B、β::h⇒k:B→C の横結合 α*β::f;h⇒g;k:A→C は次のように定義される。

  • α = [f, g], β = [h, k] として、α*β= [f;h, g;k]

この定義が可能であることは、次の事実により保証されます。

  • f ≦ g :A→B、h ≦ k :B→C のとき、f;h ≦ g;k : A→C

横結合に関しても、結合律と単位律が成立します。以下のεAは、対象Aの恒等射idAに対するホム圏の恒等射[idA, idA]のことです。

  • [結合律] α::f⇒g:A→B、β::h⇒k:B→C、γ::u⇒v:C→D に対して、(α*β)*γ = α*(β*γ)。
  • [単位律] α::f⇒g:A→B に対して、εA*α = α*εB = α。

さらに次の等式も成立します。

  • f:A→B, g:B→C に対して、ιfg = ιf;g
  • α::f⇒g:A→B, β::g⇒h:A→B, γ::u⇒v:B→C、δ::v⇒w:B→Cに対して、(α;β)*(γ;δ) = (α*γ);(β*γ)。(下の図も参照)

二番目の等式を(場合により一番目の等式も含めて)交替律(interchange law)と呼びます。

これらの法則は、αやらβやらが、順序から導かれる射であることに戻って確認できます。今までに登場した演算は次のとおりです。

Cの構成要素 演算
圏の対象A, B なし
圏の射f:A→B, g:B→C 結合 f;g:A→C
ホム圏の射α, β∈C(A, B) 縦結合 α;β∈C(A, B)
ホム圏の射α∈C(A, B), γ∈C(B, C) 横結合 α*γ∈C(A, C)

1次元の演算を1つと2次元の演算を2つ備えた2次元的な構造物、これが2次元の圏なのです。

高次圏に関連する概念/記法/用語

この記事では、縦結合を「;」、横結合を「*」で表しました。縦結合は普通の結合に近い感じ(?)がするし、横結合はスター積なんて呼ぶ人もいるので、こうしたのですが、むしろ横結合に「;」を使ったほうが整合性はあるようです。横結合に「;」を使うと、ιfg = ιf;g が次の形に書けます。

  • ιfg = ιf;g

縦結合に黒丸、横結合に白丸(あるいはその逆)なんて記号を使う人もいます。横結合にテンソル積の記号を使う例もありました。まー、とにかく色々

例として出した順序集合の圏は2次元の圏ですが、豊饒圏の概念を使うと、圏の圏Catに直積を考えた対称モノイド圏で豊饒化された圏になります。横結合*が、C(A, B)×C(B, C)→C(A, C) という関手になっています。*は直積圏からの関手なので双関手ってことになります。双関手条件を述べたのが交替律です。

では、2次元の圏はCat-豊饒圏(Cat-enriched category)なのかというと、そうはいきません。多くの実例では、結合律と単位律が等号の意味では成立してなくて、ホム圏の同型だけの差を無視した(up-to-isoな)結合律と単位律しか成立しません。法則がup-to-isoでしか成立しないようなn-圏は弱いn-圏(weak n-category)、等式として法則が成立しているなら、強いn-圏(strong n-category)と呼びます。「弱い」の代わりに「緩い」(relaxed)、「強い」の代わりに「厳密」(strict)を使うこともあります。

歴史的な事情から、弱い2-圏、弱い3-圏は別な呼び方があり、単に2-圏、3-圏と言うと、強いn-圏の意味になります。

次元 強いn-圏 弱いn-圏
2 2-圏 双圏(bicategory)
3 3-圏 トライ圏(tricategory)
4 強4-圏、厳密4-圏 弱4-圏、緩4-圏、テトラ圏(tetracategory)
n > 4 強n-圏、厳密n-圏 弱n-圏、緩n-圏

日本語だと、tri, tetraの訳語がないのも困りものです。(bicategory=二圏、tricategory=三圏 などはどうかとも思いましたが、2-圏、3-圏と口頭で区別がつかない ^^;)

強いn-圏はほぼ合意された定義がありますが、弱いn-圏の定義は山ほどあり、それらが同値であるか、そうでないかの確認はできてないようです。

2-圏(強い2-圏)、双圏(弱い2-圏)とは別に、二重圏(double category)という概念もあります。一言でいえば、圏の圏Catのなかの内部圏(圏対象)のことです。定義も扱い方も2-圏/双圏とは違うのですが、高次圏論の文脈では「2次元の圏の異なった側面」という程度の違いしかない(大枠では統合される)ような気がします。

オマケ

http://math.ucr.edu/home/baez/trimble/tetracategories.html から参照されているPDFに、テトラ圏(弱4-圏)の諸法則を書き下した手書き原稿があります。もう、凄まじいですね。n = 5 になると、もう人間が作業するのは無理そう。計算機の出番でしょう。

*1:バエズによると、nが-1, -2になる例もあるそうです。

*2:「高圏」が短くてよいと思うのですが見かけませんね。

*3:この圏は単体圏(simplex category)と呼ばれます。

*4:この「小さな」は日常語としての意味と、圏の台が集合になっていることの2つの意味があります。