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参照用 記事

竹内さんの『層・圏・トポス』を読む人達へ

「読む人達へ」とはいっても一般論ではなくて、ジョニーが『層・圏・トポス』を読む勉強会をするらしいので、このメンバーへ老婆心から二三言っておきたいことです。

ジョニーの最初の企画「第5回Student Chapter, 「層、圏、トポス」の集中勉強会(企画中)」へのコメントにも書いたことだけど、竹内本は短時間・短期間で読むテキストには向いていません。一度ならず「もっと短いテキストがいいよ」って勧めたんだけど、ジョニーは「どうしてもコレを読みたい」と。

もちろん、『層・圏・トポス』がマズイということではありません。以下のエントリーでこの本を紹介もしてますし、僕個人にとってはなつかしい本でもあります。

竹内さんの語り口

竹内さんはゲーデルも一目置いたほどの世界的な論理学者(ロジシャン)ですが、その書きっぷりは粗っぽくてエエカゲンなところがあります(そこがまた素敵だったりするのですが)。P.199からP.207の追加のあとがきがエラータになっていて、「あーすまんすまん、エエカゲンだったわ」みたいな事が書いてあります。

竹内さんのご専門と業績からは信じられないようなお言葉ですが(竹内本P.169、注と強調は檜山):

以下にはこういう条件を余り神経質にウルサクはいわないことにする。いつでも[注:矛盾を回避するための条件が]ついているものと思ってくれてもいいし、矛盾が出ても平気だと思ってくれてもよい。

竹内さんはおおらかなプラトニストなのかもしれません(これだけでは推測の根拠が薄弱ですが)。

全体の印象:例がないのが痛い

1978年の出版なので、やっぱり古くさい印象はあります。が、それが問題になることはないと言っていいです。それより、例が少ないのが困ります。特に、計算機関係の例は皆無です。まー、計算科学で圏論を使うようになったのは80年代、90年代あたりからなので、出版時点では「計算機関係の例がある」ことさえ認識されてなかったかもしれません。

主題である層とトポス以外の例はありきたりで面白くもないので、自分で考えたり他の資料を見たりして例を追加すべきだと思います。例えば、

  1. 算術計算回路の圏(僕のセミナーで曖昧に出しました)
  2. 離散圏(単なる集合と同じ)
  3. 余離散圏(完全有向グラフのこと、密着したやせた圏)
  4. 自然数の足し算(あるいは掛け算)モノイド(対象が1個の圏)
  5. 2×2行列の掛け算モノイド(掛け算が可換ではない例)
  6. 自然数の普通の大小順序によるやせた圏
  7. 自然数の倍数順序によるやせた圏(20以下の自然数とかに限定してもいい)
  8. 集合Aのベキ集合Pow(A)を順序集合と見てのやせた圏
  9. モニャドセミナーでやりかけた MapFO, PMapFO, RelFO
  10. 有限オーディナル(FO)を任意の有限集合に一般化した MapFin, PMapFin, RelFin
  11. 線形代数で出てくるベクトル空間と線形写像の圏
  12. 型付きラムダ計算が定義する圏(実体は記号的に構成されたデカルト閉圏)
  13. ラベル(アルファベット)を固定したラベル付き遷移系(オートマトン)の圏
  14. CPO(complete partial order)と(CPOの意味で)連続関数の圏
  15. プロセスの圏(これはちょっと難しい)

「はじめに」

「はじめに」は甘い語り口の割には難しい内容も含まれるのだけど、雰囲気を掴むために読んだほうがいいでしょう。ここに出てくる Ef とは、「fの存在の程度」と解釈するといいと思います。もっと正確に言うと「fの…としての存在の程度」で、「…」のところが「実数」である例が挙げられています。「程度」を計る尺度として“空間の拡がり”を使うんですね。

「第1章 層」

後の章で使う実例を提供するために、層の話が第1章にあるのでしょう。が、「あとがき」には「今だったら第2章と第1章の順序を逆にする」と書いてあります。第1章が後の準備として必要なわけじゃありません。

第1章の層の議論はかなり数学的なので、ここで気力が萎えるとつまらないから、飛ばす(後で戻って読む)ほうがいいと思いますよ。第2章以降で空間性トポスTop(X)の例が出てきたらそれも飛ばしましょう。

あっ、1.1の3ページ分だけは読んでおいたほうがいいです。

「第2章 圏」

圏の定義と主要な性質の羅列という感じですが、我慢して6.3まで読みましょう。可換図式(ドット&アローズ図)と延々とニラメッコです。1.1の11ページ(P.45からP.55)だけでもゲンナリ・ヘロヘロになると思いますよ。

ちなみにドット&アロー図の操作は、僕がしばしば言っている絵算とは違います。アロー図(ペイスティング図、グロービュラー図)の双対(dual)であるストリング図を用いるほうが絵算です。どっちもグラフィカルな方法なので、別になんと呼ぼうといいんですが、図示の流儀は異なるのです。

先に述べたように、例がないので、例を自分で追加しないと耐えられない感じだと思います。有限集合の圏をメインに使うといいかな。「紹介:Web上で圏論をグラフィカルにデモ」紹介したサイトも利用するといいでしょう。

線形(線型)代数を知っているなら、ベクトル空間と線形写像の例もけっこう実感が湧きます。

二、三の注意

圏の射は写像とは限らないし、写像だと思い込むことは随分と弊害があるので止めたほうがいいです(竹内本P.47にも注意がある)。しかし、ホムセット(矢印の束)は普通の集合なので、集合に関する議論は普通に使います。例えば、射m:A→B がモノ射(monomorphisum)であることは、

  • ∀f1, f2∈C(D, A).( f1;m = f2;m in C) ∀f1, f2∈C(D, A).( f1;m = f2;m ならば f1 = f2 )

と書けます(記法は竹内本と少し違います)。[追記 date="2009-05-11"]「∀f1, f2∈C(D, A).( f1;m = f2;m in C)」と書いてありましたが、これは含意の後半が抜けてました。対象Dも任意なので、f1とf2が「dom(f1) = dom(f2), cod(f1) = cod(f2) = B, f1;m = f2;m」を満たすとき「f1 = f2」が結論できることが、mがモノ射であることです。[/追記]

まったく集合概念に頼らない定式化/流儀もありますが、あんまり拘っても生産的じゃない。圏を外から眺めるときは、遠慮なしに集合概念を使ったほうが健全だと僕は思います。

あと、極限/余極限について一言いっておくと、あれは圏のなかでの工作です。極限/余極限を定義する図式が設計図(スキーム)で、極限/余極限対象が出来上がり作品です。

  • 極限: 素材の各点の組合せをとったり、余分な所を捨てたり、素材の各部(点と点)を同一視により集約してつぶしたり*1して、作品を作る
  • 余極限: 素材を寄せ集めて、必要なら糊代で貼り合わせてより大きな複合物=作品を作る

直積/直和、終対象/始対象、等値射/余等値射(イコライザー/コイコライザー)は、極限/余極限の特別なケースであり、またこれらの基本工作技法の組合せで一般の極限/余極限(ただし有限*2)が得られます。

それから

P.45からP.68まで読めば一段落でしょう。ただし、この部分では竹内さんの特色は何も出ていません。どの教科書にもある内容ですから。せっかくだから、第1章に戻ってトポスっぽい感じに触れるとか、第4章の直観論理を覗いてみるとか、あとは好みで決めればいいかと。そのまま進めば米田の補題と随伴に向かいます。

*1:[追記]「同一視して集約」は商集合を作ることなので、極限ではなくて余極限の構成法でした。[/追記]

*2:「極限」という言葉は無限のケースから由来しているのでしょうが、有限極限/有限余極限のほうがよく使います。