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2010-05-16

[]『まおゆう』の感想を淡々と書き連ねる

このブログでは普段マンガの話しか書きませんが、今回は珍しく小説の話です。


先月下旬あたりから、少なくとも僕がよく巡回しているサイト・ブログで非常に話題になっているネット小説があります。


先月話題になり始めた頃は幾つか略称がありましたが、最近は「まおゆう」が定着しつつあるようです。

twitter とかでも大変な盛り上がりようだったのでどれほどのものかと読み始めてみたところ、これがまた尋常ではない面白さでした。仕事で夜中に帰ってきても最低1スレは読む、休日には3〜4スレ読むという生活を続けることとなり、文庫本数冊分に及ぶ文章量であるにも関わらず1週間足らずで読破してしまいました。遅読である僕にとっては驚異的と言えるペースです。


早い段階で挙げられた感想を幾つか挙げてみます。


リンク先を読んで戴ければ判るとおり、実に熱い賛辞が送られています。

ただ、上の記事の幾つかを読んでいて、何か置いてけぼりの感覚を感じてしまうのも事実でして。


善悪二元論の超克だ、二元論を越えたものを描こうと挑んだ諸作品(『ガンダム』『銀河英雄伝説』『Fate/Zero』その他多数)でも描けなかった「その先」に到達した云々と(いった趣旨と思われる内容が)書かれていたりする訳ですが、当の先行作品群を少なからず読んでいなかったりする訳です。

正直言って、それは超克しなければならんものなのか?というレベルの頭しか持ち合わせていないのです。


それでも、この物語は抜群に面白い。これは断言して良いと思います。

なので、先行作品の流れとかではなく、1個の作品として、思ったところを淡々と書いていこうかと思います。

以下、ある程度内容に触れるので読む際はご注意ください。






まずこの作品の正式タイトル(?)、『魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」』ですが、これは元々は2chのスレッド名です。殆ど出オチのような題名ですが、物語はここから始まるのです。

一般的なRPG(具体的には『DQ1』)だとこのあと魔王と勇者が戦って勇者が勝利を修めて世界は平和になりました、そしてエンディングへと雪崩れ込むのみです。しかしこの物語は、ここが出発点です。


ここから魔王と勇者の対話、というよりは魔王の一方的な講義のような内容になります。

魔王は自らが専門とする経済学の知識・統計データを総動員し、戦争によって景気・人口は上昇していること、戦争以前の最たる死因であった疫病による死亡率が低下していることを立証します(軍需とか、共通の敵に対しての協力体制とかによります)。併せて一方が勝利した場合は戦死者がいなくなることで人口は更に増加の一途を辿るが、食糧生産が追いつかず極度の飢餓が世界中を覆うことも示唆します。

そして同時に、景気の上昇は戦争に依存したものであること、それ故に(人間側の)国の上の立場にある者は戦争終結を望んでおらず、このまま恒常的に争い続けることを望んでいることも明らかにします。


この説明がとにかく面白い。

ある程度の難しさはあるかもしれませんが、それでも相当に判りやすく書かれています。

複雑な要因が絡み合って成り立っている事象(この場合は戦争)を明快に解説し、且つエンターテインメントとして成り立たせている手腕は見事だと思います。

対話劇形式という構成も巧く機能しているかもしれませんね。



そして、戦争が終わるにしろ継続するにしろ、結局は滅亡に近付いていくという結論に辿り着く訳です。早いか遅いかというだけの差であると、長らく経済について研究を続けてきた魔王にはその結末が見えてしまっている。

そこで魔王は勇者と手を結び、別の選択肢を選ぼうとするのです。

これまでに見たことがない結末を見ようとするのですね。文中の台詞を利用するならば、滅亡という丘の向こうを見ようとする、とでも言いましょうか。


人間と魔族が互いに憎み合い、誰もが戦争の継続を望んでいるような状況の中、互いに納得するようなかたちで矛を収めさせることに挑む訳です。限りなく高い理想を掲げます。それを成し遂げるためには、この世界で戦争が起こる要因を可能な限り摘み取らないといけない。そして魔王が見積もった、それを成し遂げるまでの期限は3年。

「丘の向こう」を見るための魔王と勇者の戦いが、誰にも知られることなく*1始まります。



・・・と、このあたりまでが全体の1/40くらいでしょうか。



そこから魔王と勇者は(身分を隠して)行動を開始する訳ですが、その行動は別に超人的なものではない。そこが凄いところなのだと思う次第です。

農法の改革(四輪作の導入)やこれまで知られていない農作物(ジャガイモやトウモロコシ)の栽培(=食糧の安定と余剰分の確保)、産業の振興と貿易路の確保(そして海路を安定させるための羅針盤作成)、種痘の普及、教育制度の充実等々。

社会基盤を固めるための施策を、人間世界全体に広めるための努力を地道に行っていくのです。


そしてその過程で、魔王と勇者(あと女騎士とか)に接した人たちは彼らの影響を受け、その影響が後々の行動に結実していくのです。そのプロセスが実に感動的なのですよ。魔王と女騎士から経済の仕組みや武芸・戦術の教えを受けた商人子弟・軍人子弟・貴族子弟は、その後別々の場所で、受けた教えをもとにしながらも自らの判断で行動し、その結果として国の中枢で活躍するまでになり、彼らが更に別の人たちに影響を与えていくようになるのですよ。


最も影響を受けた人物として挙げられるのが、序盤に登場し魔王の屋敷で働くことになるメイド姉でしょう。

元々農奴であるメイド姉は(少なくとも前半は)非常に内省的で、その出自もあいまって「自分は何者なのか」といった問いを常に抱えています。そして魔王や勇者、メイド姉といった人たちの言動を通じ、その問いはひとつの結論へと到達します。

その結論はとある場所において演説のかたちで多くの人たちへ伝えられ、その演説は人間世界を二分するほどの衝撃を与えるのです。そしてその演説を後に知った魔王は、次のような感想を抱きます。


すごいじゃないか! 素晴らしいじゃないか!

これは……これだけはわたしが残していったものじゃない。


生命、財産、自由の三つを自然権として謳っている。

まだ旧来の信仰神学と融合した形だが、これは明らかに

人間性の自立や他者への友愛を含んだ、lumen naturale。

啓蒙主義的な発想だ。

……この言葉は、この世界にいきている

彼女個人が傷と痛みと精神の血の中から必死でもがき、

探り出した自由主義の萌芽だ。


わたしが教えたものじゃない。

いや、教えたとしても“知識”では越えられない壁が

存在するはずだ。教えることでどうにかなるものじゃない。


彼女はその壁を魂の輝きで乗り越えたんだと思う


(『魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」』5スレ目767


言うならば、魔王が捲いた種が見事に花開いた瞬間とでも言いましょうか。それも魔王の予測を遥かに越える力強さ・美しさでです。

それを知った魔王が感嘆の声を上げるこの場面で、おっさんは落涙しそうになりましたよ。ここまでは是非読み進めて欲しいですね・・・と言っても、そこまで読んでいる人は既にこの作品に夢中になっていると言えるでしょうが。



そして上の引用とか魔王と勇者が行う改革からも判るかと思いますが、この作品は(現実の)世界史を凝縮したような内容にもなっています。中世〜近代にかけての歴史的事象を主なモチーフとして物語が構成されていまして、とりわけ大きな要素となっているのが宗教改革と南北戦争ですね。十字軍遠征も含まれていますか。そこに上で挙げた農法とか航海術とか、他には活版印刷の発明やマスケット銃マスケットの導入による戦争の形態の変化といったものまで俎上に上がります。それら殆どに経済も密接に関わっているのも重要です。


時系列がバラバラであるこれら歴史上の出来事を、ごく限られた期間のなかに圧縮して纏めあげた手腕は見事としか言いようがありません。巨大な歴史のうねりみたいなものを圧倒的な密度で読み進める、希有な体験ができるのではないかと思う次第です。


余談ながら、大きなモチーフとなっている宗教改革や南北戦争を知るうえで参考になりそうな書籍を2つばかり挙げておきます。


アメリカ黒人の歴史

アメリカ黒人の歴史


そしてこの作品は群像劇です。

魔王や勇者、彼らの影響を受けた人物、人間界で敵対する人物、数多の魔族、実に多種多様なキャラクターが登場します。

彼らは皆それぞれの意思・思惑を持って行動をしていく訳ですが、物語が終盤になってくるにつれ、彼らの行動が一箇所に収斂されていき、途轍もない盛り上がりを見せていくのです。群像劇の醍醐味ですね。


「丘の向こう」を目指した魔王や勇者たち、そして彼らに関わった人々はいったい何を見たのか・・・。

それは是非とも本編を読んで戴きたいところです。

経済の話が少々難しいかもしれないですが、じっくり読めば理解はできるレベルだと思いますし、魔王の萌えキャラっぷりにニヤケながら読むのもありかと思います。読んでいるうちに、物語そのものの面白さにも惹き込まれていく筈です。



という訳で、随分長くなってしまいましたが今回はこのあたりにて。



余談:書籍化の動きが既にあるようで、twitterでその動きを知ることができます。#maoyu をご覧戴ければと。因みに書籍化で動いておられるのは桝田省治さん。『リンダキューブ』や『俺の屍を越えてゆけ』で有名ですね。


リンダキューブ アゲイン

リンダキューブ アゲイン

俺の屍を越えてゆけ

俺の屍を越えてゆけ


桝田省治さん自ら、この小説にも言及しています。


『リンダキューブ』と『俺の屍を越えてゆけ』、共に限られた時間内で何らかの目的を成し遂げなければならない、という点で『まおゆう』と共通しています。何か感ずるところがあったのかもしれない、とか思ったりもします。

*1:魔王の側近であるメイド長を除く。

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