『コミティア30thクロニクル』第1集全作品感想・前篇
最近仕事がかなり忙しく、まるで更新ができない状態が続いています。
そんな状況でもマンガは買い続けている訳ですが、ここ2ヶ月くらいの間で強く印象に残っている作品のひとつに『コミティア30thクロニクル』があります。
- 作者: コミティア実行委員会
- 出版社/メーカー: 双葉社
- 発売日: 2014/05/14
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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今年で30周年を迎える、創作系同人誌即売会コミティア。それを記念して編纂された作品集になります。冒頭に収録されたコミティア代表の中村公彦氏による「ごあいさつ」の言葉を借りれば、「これまで30年間にコミティアで発表された同人誌から、その時代時代を画した作品を選び、全3冊にまとめた作品集の第1集」*1です。
収録作品数は24、ページ数は640にも及ぶ大著ですが、今回はこの第1集に収録された全作品の感想を書いてみようかと思います。因みに作者名のあとの [ ]に記載されているのはサークル名です。
名作『トライガン』の作者であり、現在連載中の『血界戦線』のアニメ化も発表された内藤泰弘さんの同人誌デビュー作です。発行は1989年5月。
ロストアイランドという孤島、その島を覆うストレイドフォレストと呼ばれる原生林にフィールドワークに訪れた主人公のパトス。彼と、迷いの森に生息する姿形も様々な生物と、その中に唯一存在する人型の少女・サンディとの交流と、パトスやサンディの過去・ならびに秘密が、派手なアクションも盛り込まれつつコミカル・シリアス織り交ぜて描かれる作品です。
個性的なキャラクター群、緻密に描き込まれた舞台、それでいながら煩雑になっていない画面構成の巧さ、エンターテインメント性の高さ、何れを取っても初の同人誌とは到底信じ難い完成度です。
また、理想主義的でロマンティック、どこまでも前を向いているパトスのキャラクター造型は、後の『トライガン』におけるヴァッシュ・ザ・スタンピードの原型とも言えるものであります。
TRIGUN MAXIMUM Nー1 (ヤングキングコミックスNEO)
- 作者: 内藤泰弘
- 出版社/メーカー: 少年画報社
- 発売日: 2010/02/27
- メディア: コミック
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- 小田扉 [みりめとる]『放送塔』
『団地ともお』の作者・小田扉さんの作品。2001年2月(コミティア55)発行。
何ともとぼけた味わいのギャグが持ち味の小田扉さんですが、この『放送塔』はそれをあまり前に出さず、ハードボイルド色の強い作品となっています。ボス・あなご・ドリフ・数学と呼ばれる4人が集まり、強盗の計画を立てて実行、そしてその顛末までが描かれます。それと併せてどこか間の抜けたかのような日常パートや、他愛ない雑談的エピソードが挟まれて描かれる。
何でもクエンティン・タランティーノ監督の『パルプ・フィクション』に影響を受けたとのことで、*2確かにそれは随所に見て取れます。本筋とは関係ないエピソードを長々と語ってみたり(それがまた妙に面白かったり)するのもそうですし、時系列をバラバラにした構成とかもそうですね。
時系列を入れ替えることによって、暗い結末でありながら単純に時系列に並べるのとは相当に異なる読後感になっていると思います。それぞれのエピソードを巧く繋げる構成の巧さにも注目したいところですね。
- 出版社/メーカー: ワーナー・ホーム・ビデオ
- 発売日: 2012/02/08
- メディア: Blu-ray
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- 太田モアレ [ザクロ伝説]『魔女が飛んだり飛ばなかったり』
実に2年ぶりに新刊が刊行された『鉄風』の作者、太田モアレさんの作品です。2007年5月(COMITIA80)発行。
遥か昔から、様々な災厄から人間を守ってきた13人の魔女のひとり、ナツオ様。そして中学生の伸晴。ふとしたきっかけで知り合った二人は、人類を死滅へともたらす巨大彗星が地球へと近づきつつあるなか、放課後に学校の屋上でオセロをしつつ雑談に興じるのが日課となっている。魔女が受けてきた迫害や、人間と魔女との関係(負い目や疎ましさ)も描かれつつ、確実に迫ってくる終わりの時と、それでも変わらない日常が描かれます。
この作品、と言いますか『鉄風』も含めた太田モアレさんの作品に言えることですが、主役(この作品の場合だとナツオ様)の思考・論理が実に独特なのですよね。互いに話をしている人物・キャラクター同士が、実のところ感覚としては断絶しているような印象があります。それがまた不思議な魅力を携えているのですよ。
そして最初と最後の、伸晴によるモノローグ。殆ど同じでありながら確実に違う意味合いとなっているその一言が、深い余韻を残すものとなっています。
- 作者: 太田モアレ
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2014/06/06
- メディア: コミック
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- 磯谷友紀 [ハナハダ]『さようなら むつきちゃん』
『本屋の森のあかり』等でも知られる、磯谷友紀さんの作品です。2011年5月(COMITIA95)発行。
商業誌でデビューしてから同人誌を描きはじめる、っていうのは比較的珍しいケースかな、と。*3
主役のかこちゃんは、両親が不仲になってから、母親の後輩であるむつきちゃん(むっちゃん)の家に同居しています。その期間は12年にも及ぶ訳ですが、かこちゃんが20になったとき、むっちゃんは結婚することになります。結婚式の前日夜(正確に書けば当日深夜)、一緒にお風呂に入りながら交わされる会話と、ふたりの揺れ動く心境が描かれます。
いわゆる百合ものです。かこちゃんがむっちゃんに思慕を寄せていること、むっちゃんは嘗てかこちゃんの母親に同じ感情を抱いていたこと、結婚する相手をむっちゃんが連れてきた際の焦燥、本意ではない(と少なくともかこちゃんは感じている)結婚に対する疑問、二人の過去の甘い記憶、といった諸々が、短いページ内に実に手際よくまとめられています。
そして結末の苦さ。ほんのちょっとしたことがきっかけで崩れ得る関係までもしっかりと描いています。
この読後感をどう伝えれば良いのか、なかなか巧い言葉が見つからないのですが、強い印象を残すのは確かだと思います。百合系の作品が好きな方にはどういう印象を与えるのかなぁ、と気になったりもする作品です。
- 水木由真 [慈空堂]『閉じる。』
2009年2月(COMITIA87)発行。作者の水木由真さんは、『くくりひめ』のコミカライズとかを担当されているようですね。
雄介と寧子という夫婦がこの作品の主役になります。雄介は不倫をしており、仕事の都合と偽って家にはあまり帰らない。寧子は買物が趣味で、いつの間にか家具が増えていたりする。その家の中の光景が変わっていくのを見て、雄介はこれが自分の家なのか判らないような感覚に陥る。そんなある日、寧子は冷凍庫を買ってくる。その大型冷凍庫を見た雄介は「人が入れそう」と思い、実際に試してみるのだが...。
不倫を題材にした心理サスペンスといった趣の作品です。
雄介視点を中心にしつつ、寧子や不倫相手の心理も併せ、疑念・焦燥・自己の正当化といったネガティヴな感情を鋭利に描き込まれていきます。この雄介が、読んでいて「お前はほんとうにダメな奴だよ...」と思わずにはいられないです。しかし自分も含め、男はこういうもんなのかもなぁとか考えてしまったりもする一作。
- 作者: 姫野春,水木由真
- 出版社/メーカー: 双葉社
- 発売日: 2014/01/31
- メディア: Kindle版
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- いるも晴章 [晴章堂]『届けられた彼女の手紙』
2001年12月発行。いるも晴章さんは商業誌では大森葵名義で活動されているケースが多く、自分もこちらのほうが馴染み深く感じられたりします。
郵便配達見習いの少女・マリルは、山奥に住む売れない作家・エドに手紙を配達している。エドは数少ないファン・アイリーンからの手紙を楽しみにしているのだが...。
竜に載って郵便配達をするファンタジー世界を舞台にした小品です。少ないページ数ながら、マリルのエドに寄せる想いが丁寧に描かれていて、読んでつい表情が綻んでしまう作品ですね。
SOUL GADGET RADIANT: 1 (REXコミックス)
- 作者: 大森葵
- 出版社/メーカー: 一迅社
- 発売日: 2013/06/28
- メディア: Kindle版
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ご存知、TYPE-MOON の代表でもある武内崇さんの作品です。2001年2月(COMITIA55)発行。
武内崇さんは現在はイラストレーション中心で、同人誌ではどのくらいあるのか判らないのですが、少なくとも商業誌媒体に発表・掲載されたマンガ作品はこの作品を含めて4作品しか存在しない筈。*4そういった意味でも貴重な作品ですね。
嘗て「蒼の魔女」と呼ばれ畏怖の対象であったローゼリオは、しかしその強大な力を疎んじた神々により、絶対服従メイド服なるものを押し付けられつつ魔力を封じられ、ごくごく平凡な主人のもとへ仕えさせられることになったのだが...?
と、タイトルからも判るようにメイドものです。しかも諸々の定番すぎる属性付きの、スラップスティック・コメディといった趣の作品です。しかし考えてみると、この作品が発表された2001年には、「属性」っていう考え方(ドジっ子とか)はさほど膾炙してはいなかったのではないかと思う訳でして(実際「メイドはドジなモノ也」*5とか「ドジ機能」*6といった言葉はありますが、「ドジっ子」という言葉は使われていません)、それをいち早く取り入れているのはさすがだなぁと感じ入りました。
また、そういった属性を単純に添え物にするのではなく、しっかりとストーリーに組み込んだうえで展開しているのが良いですね。
空の境界 the Garden of sinners 全画集+未来福音 extra chorus
- 作者: 武内崇
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2013/10/25
- メディア: 単行本
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- Matsuzaki [SuitablyPublication Matsuzaki]『コミティアスタッフ募集まんが』
コミティアのカタログ「ティアズマガジン」に描き下ろされたスタッフ募集の告知マンガです。
謎の小動物「きみぴこ」がつぶらな瞳で言い放つ身も蓋もない台詞の数々が笑いを誘います。
これに関しては変に説明するより、きみぴこの台詞をご紹介したほうが早いかと。
だからね、
今外注している仕事を
こなせるような、
多芸多才なのに
無報酬でもかまわない、
聞き分けのいい
操り人形のような
生一本のスタッフが
掃いて捨てるくらい
いてくれたら...なんて
素晴らしいんだろう!
(『コミティア30thクロニクル』第1集221ページ。)
- 双見酔 [下り坂道]『同人誌を作ってみた。』
現在『セカイ魔王』連載中の、双見酔さんの作品です。2005年5月(COMITIA72)発行。
タイトルからもある程度推察できますが、初めて同人誌を読んだ女の子が、自分も同人誌を作ってみようと奮闘する姿を描いた作品です。
元同人作家(らしい)母親の手ほどきを受けながら一歩一歩前進していく女の子の姿が描かれている訳ですが、母親の容赦ない、しかしながら的確な指摘が笑いを誘います。それぞれのキャラクターの性格造型とかモノローグの使い方は、『セカイ魔王』にも相通じるところがあるなぁと感じました。
- 作者: 双見酔
- 出版社/メーカー: 芳文社
- 発売日: 2011/10/27
- メディア: コミック
- 購入: 3人 クリック: 20回
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- あらゐけいいち [ヒマラヤイルカ]『開けっ!』
『日常』で知られる、あらゐけいいちさんの作品です。2006年8月発行。
高校3年生となり、今後の進路・将来について向き合うことになった女の子の、迷いと決断が描かれる作品。
この作品は素晴らしかった。
作家になりたいという思いと、なれる訳がないという思い、それでもやらなければ始まらないしやらずにはいられないという感情。それらがどこまでも純粋に、眩しく描かれていました。
(『コミティア30thクロニクル』第1集240ページ。)
「なぜ作家になろうとするのか?」という問いかけに答える場面です。
この真っすぐなまなざしと、ストレートな回答。些か年を食ったおっさんには眩しすぎるくらいに感じてしまう純粋さではないですか。
この『開けっ!』が描かれたのは、あらゐけいいちさんが商業デビューをする直前、この女子高生とほとんど同じ立場にあったと言える筈です。この作品の一言一句が、あらゐけいいちさん自身の生の感情であったのだろうと思います。この、青さがあるかもしれないが生々しく沸騰しているような感情表現、こういうのが読めるのがコミティアの魅力なのだろうなぁと思う訳です。
『エビアンワンダー』や大作『Landreaall』で知られる、おがきちかさんの作品です。1997年(COMITIA37)発行。
平凡な男子高校生・半井陽一郎、その母親で養護教諭の園子、クラスメートの飯野悦司の3人が中心となって繰り広げられるドタバタSFです。ある日学校に突然襲いかかってきた謎の巨大ロボ。それを撃退するために園子が取り出したのは変身装置バニーギア。それを装着するにはある条件があり、それを満たしている陽一郎がバニーギアを装着して戦うことになるのだが...。
『Landreaall』のイメージを持って読むと面食らうこと請け合いのドタバタ劇です。変身ヒーローもの!変身すると女性に!そして変身の条件は童貞であること!と、これがほんとうに、あの貴族・王族の複雑な駆け引きや言い回しを描いている人なのかと驚かされます。芸域?の幅広さに震えます。
先見性もまぁ凄い。少年がヒーローに変身すると何故か少女に、という設定は『これはゾンビですか?』や『俺、ツインテールになります。』に先んじている訳ですし(更に先行する作品もあるかもしれませんし、TSとかの話が絡むと複雑になるので割愛)、タイトルにもなっている「DT」っていう言葉、これは無論「童貞」を指す訳でありますが、この言葉を広めた(と思われる)伊集院光・みうらじゅん両氏よりも先に使っているんですよね。*7
Landreaall 24 (IDコミックス ZERO-SUMコミックス)
- 作者: おがきちか
- 出版社/メーカー: 一迅社
- 発売日: 2014/06/25
- メディア: コミック
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- おーみや [Happa]『余命100コマ』
2012年5月(COMITIA100)発行。発表時ネットでもけっこう話題になったので、ご存知の方も多いかもしれませんね。自分はCOMITIA100は参加したのですが、久しぶりのサークル参加だった竹箒(武内崇さんのサークル)に行って半ば燃え尽きてしまい、この作品については完全見逃し状態でした。
死神に「あなたの寿命は残り100コマ」「しかも爆死」と宣告されてしまった女子高生・桜木桃子の生涯を描く、実験性の強い作品です。
マンガの特性(コマの存在や、コマの使い方による作品内時間の変化、作中のキャラクターが「マンガであること」を半ば自覚しているメタフィクション的な構成等々)を最大限に利用して、100コマで人の生涯をしっかりと描いた構成が見事です。
このあたりで一区切りして、後編に続きます。
公開時は未定です。