「出口のない流血」という欺瞞(3)

 イスラエルが「一方的」に「停戦」を宣言したとかいう件について。レイプ犯が、被害者を鎖につないだまま、「一方的」にレイプ終了を宣言したところで、どうして被害者が―そしてそれを知っている私たちが―ありがたがらなければいけないのだろう。

 前回の続き。もう東京新聞パレスチナ報道部は滅びていいんじゃね?

イスラエル軍 出口なきガザ侵攻 (2009.01.07 東京新聞 23面)

 イスラエル側が望んだ戦争でもない。同国内では、来月の総選挙を前に好戦的な右派(野党)が人気を高めていた。この地域では弱腰を見せてはいけない流儀がある。

 意味がさっぱりわからない。「好戦的な右派(野党)が人気を高めていた」なら、それは「イスラエル側が望んだ戦争」なんじゃないのか。*1イスラエル側」というのが政権与党を意味するなら、ガザへの侵攻を始めたのはそいつらだろ?としか言いようがない。

 「この地域では弱腰を見せてはいけない流儀がある」ってフォローもすごいな。DV男が「俺様には女を甘やかさないポリシーがある」って言ってるみたいな。弱腰とか甘やかすの意味がまず間違ってるだろ。

 空爆開始時の世論の支持率は85%。現在の中道と左派の連立政権にとって、軍事的にはほぼ無意味なハマスのロケット弾でも看過することは総選挙の敗北に直結した。
 例えば、世論調査によると、バラク防相が党首の労働党(国会の定数一二〇で現在は十九議席)は空爆前、次期選挙で十議席前後までの後退が予想されていたが、空爆後は十六議席まで挽回しそうだ。

 だから選挙のためにもガザに侵攻することを望んだんだってば。バラク防相とリヴニ外相は、次期首相の座をかけて、ブッシュ的リーダーシップをアピールするために。オルメルト首相は、2006年のレバノン侵攻作戦の失敗と汚職スキャンダルを挽回するために。それがイスラエルの「中道」と「左派」と呼ばれるものの正体だ。

 暗いニュースリンク:「ガザの大虐殺」
 http://hiddennews.cocolog-nifty.com/gloomynews/2009/01/post-442d.html

 よい戦争はない。しかし、仮に空爆をせず、中道と左派が大敗し、右派政権が誕生すれば当面、和平交渉の余地が消える。戦争をすることで和平の可能性を残すという「出口のなさ」がイスラエル政権を覆った。

 「戦争をすることで和平の可能性を残す」
 「戦争をすることで和平の可能性を残す」???
 「戦争をすることで和平の可能性を残す」!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

1984年 (ハヤカワ文庫 NV 8)

1984年 (ハヤカワ文庫 NV 8)

 ・・・えーと、こういうことですか?

  1. イスラエルが取りうる選択肢は、(a) パレスチナ人をハードに殺す (b) パレスチナ人をソフトに殺す のどちらかである。
  2. (a)によっては和平は達成されない。
  3. したがって、パレスチナ人をソフトに殺さない限り、和平は達成されない。

 まったく理解できないんですが、とりあえず東京新聞も「廃刊にすることで存続の可能性を残す」方向でお願いします。きっと心機一転していい記事が書けると思うよー。

 パレスチナ側の苦悩も深い。従来の対立はパレスチナイスラエルとくくれた。しかし、ヨルダン川西岸を本拠とするアッバス政権は空爆を非難したものの、すぐにハマスも俎上に乗せた。
 パレスチナ(アラブ)という民族的な結束は風前のともしびで、むしろイスラム主義と非宗教主義という対立がアラブ全域で軸になってきた。

 「風前のともしび」なのは東京新聞の知性みたいな。

 「アラブ諸国の人々は、イスラエルの行為に対してだけでなく、自国政府の無為、イスラエルの犯罪への無頓着と共謀に対して、大規模な抗議行動を起こしている。さらに、アラブ諸国パレスチナ人を支援するための行動に出ないのは、イスラエルの行為に同意しているからでなく、イスラエルを無条件に支持する米国にへつらっているからである」

 益岡賢のページ:「イスラエルのガザ攻撃をめぐる嘘トップ・ファイブ」
 http://www.jca.apc.org/~kmasuoka/places/gaza090103.html

 「ヨルダン川西岸ナブルスの中心街には、ガザでの戦闘に巻き込まれて死亡した子供と父親を模した人形などが置かれ、言いしれぬ悲しみに包まれていた」

 黒沢潤:「【ガザ侵攻】強まる同胞への“連帯感” ヨルダン川西岸ルポ」
 http://sankei.jp.msn.com/world/mideast/090114/mds0901142043006-n1.htm

 で、つかぬことを伺いますが、「イスラム主義と非宗教主義という対立」って何?

 非アラブでありながら世界最大のスンニ派人口を抱えるインドネシアでは「国軍をパレスチナ支援に送れ」という大規模なデモが展開された。
 ブッシュ米政権下で加速したイスラムと非イスラムといった文明間対立は同一民族内でも対立を生んでいる。それは国家間レベルでの問題解決の限界も示唆している。

 あのさー、大規模なデモは、テルアビブでも、ムンバイでも、クアラルンプールでも、ロンドンでも、アンカラでも、ミラノでも、ラバトでも、カラチでも、バルセロナでも、カリフォルニアでも、パリでも(ry。それと比べたらごくささやかなものだとしても、東京や大阪でもあったでしょ。それが「イスラムと非イスラムといった文明間対立」って、どんだけスルー力高いんだよ?中国産ギョウザの不買運動を「中華文明と非中華文明といった文明間対立」っていうのと同じくらい激しく間違ってるだろ。

 今回の戦火は二十日に就任する米国のオバマ大統領の安保外交施策にも暗雲を漂わせている。
 中東地域にオバマ政権の「変革」への幻想はない。大統領主席補佐官にラーム・エマニュエル下院議員を指名したが、同議員の父はイスラエル建国時のテロ組織「イルグン」のメンバー。同議員自身、イスラエルと米国の二重国籍を持つ。この指名が和平への熱意に疑問を抱かせている。

 イルグンは、「武力行使をためらわず恐怖と圧力を与え続けることでこそ、パレスチナの地(=エレツ・イスラエル)全土に、ユダヤ人国家が建設される」という文字通りのテロ組織で、右派連合リクードの前身だったりする。

 パレスチナ情報センター:「シオニスト左派と右派の補完関係」
 http://palestine-heiwa.org/note2/200705260740.htm

 イラク撤退問題は一段落しそうだが、オバマ政権にはパレスチナ和平、イランの核開発、アルカイダ掃討作戦、そしてアフガニスタンの安定と課題が山積みしている。
 例えば、アフガンの作戦には隣国イランとの良好な関係が不可欠だが、そのイランはハマスを援助する。だが、ハマスへ理解を示すことは大統領首席補佐官人事をみても政権内では困難だ。

 「イラク撤退問題」とか「イランの核開発」とか「アルカイダ掃討作戦」とか「アフガニスタンの安定」についても、どこかでバグ取りをしないといけないと思うのだけど、とりあえず、「ハマスへ理解を示すことは大統領首席補佐官人事をみても政権内では困難だ」というところだけ。オバマ政権は、別にハマスに「理解を示す」必要はなくて、パレスチナの民主的な選挙結果を尊重して国際法を遵守するだけでいいんだよ。それを無視してまでイスラエルに「理解を示す」ことこそが、普通におかしいんだよ。

 課題が相互に絡み合う中、誤った糸を引けば、別の課題に影響する。今回のガザ侵攻で、オバマ氏は「ガザやイスラエルで市民が命を落としていることを非常に懸念している」と述べただけで、解決能力への不安をあらためて印象付けた。

 何もしないからといって「誤った糸」を引かない保証はどこにもない。不作為もまた「誤った糸」の中の一本だ。

 ハマスは〇六年の総選挙で勝利した。イスラエルを教義上、承認できないとしつつ、実際にはイスラム法上の休戦(ホドナ)規定で半永続的な共存を表明。しかし、日本を含む先進諸国はハマスを「テロ組織(イスラム急進派)」とみなし、政権を認めていない。
 対話抜きには和平は前進しない。九日には自治政府議長の任期が切れる。選挙でハマス系候補が勝てば、いよいよハマス政権を承認せざるを得ない。だが、アッバス現議長は選挙の先延ばしを図り、国際社会もこれを黙認している。

 何度も何度も何度も言ってるけど、ハマスは、イスラエルが1967年の第三次中東戦争の境界線(グリーンライン)まで撤退しない限りイスラエルと交渉しない―イスラエルに対して国際法と国連決議の遵守を求める―って言ってるだけなんだよ。それから、「対話抜きには和平は前進しない」なんて一般論、「戦争をすることで和平の可能性を残す」とか言った時点でスルー決定なんで。以上。終わり。

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 東京新聞 特報部 田原牧 tokuho[at]chunichi.co.jp

*1:もっとも、ガザでいま起こっていることは「戦争」ですらない。