新しいビルドゥングス・ロマン:『アナと雪の女王』と『クロニクル』

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なんか『アナと雪の女王』が面白いか面白くないか、みたいなことが小規模に話題になっているらしい。


ここで断言したいのだが、『アナと雪の女王』は面白い。面白さの大部分は”Let it go”をはじめとする楽曲の良さにあるのだが、お話も面白い。その理由は、大きく分けて二つあると思う。

ミュージカル映画としての『アナと雪の女王

一つは、ミュージカル映画やディズニー映画といったお約束を大きく裏切る異形の物語にある。
たとえば、ハリウッド製のミュージカル映画では「歌に乗せて唄われる歌詞は本心」というお約束――というか思い込みがある。
ウエスト・サイド物語』で唄われる恋や家族の素晴らしさは全て登場人物の偽り無き心情であるし、『ドリームガールズ』のジェイミー・フォックスが主人公を歌で口説く時、たとえ後半裏切る展開があろうとも、それはその時の真っ当な感情なのだ。
それが、『アナと雪の女王』では違う。
ハンスという王子が出てくる。白い馬に乗り、アナと楽しそうに恋の歌を歌う。異国の王子ハンスは、一見この物語における「理想の男性」のように思える。そんなハンスが終盤とる行動に大いに戸惑ってしまう。「あの時、アナと一緒に楽しそうに歌っていたのは嘘なの?」と思ってしまう。ミュージカル映画なのに、歌をすんなりとは信じられなくなってしまうんだよね。これはちょっと凄いことではなかろうか。
……ということをインド映画好きの友人に話したら、「インド映画じゃ悪人も楽しそうに嘘を唄う」のだそうだ。確かに『ロボット』でも悪のロボットがヒロインを歌で誘惑していた。何者も信じられず、一秒先には何が起こるか分からないグローバル経済な21世紀においては、ミュージカル映画の歌すら疑ってかかる必要があるということなのだろうか。
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他にも、(もう一人の)王子役の愛が物語の解決に寄与しないとか、(どちらの)王子役も出自や性格が王子らしくないとかいったお約束破りがあるが、これは前作や前々作でも共通していた。
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引き籠もりヒーロー映画としての『アナと雪の女王』と『クロニクル』

もう一つ。近年、映画というジャンルでは新しい形のビルドゥングス・ロマンが確立しつつあるのではないかと思う。
何者でも無かった若者が田舎や故郷を抜け出し、きっつい戦争やらきっつい職場環境やらといった様々な困難を切りぬけ、メンターやらマイスターやら気になる異性やらといった様々な人に出会い、大人の男へと成長していく物語――これが旧来のビルドゥングス・ロマンの典型例だった。
だが、新しいビルドゥングス・ロマンはちょっと違う。まず主人公は素朴なカッペではなく、引き籠もりの如く自分に自身の無い青年、もしくはおっさん・おばさんだ。そんな彼・彼女はいい年こいて童貞・処女で、性的生活の問題以上に大きな内面的問題を抱えているが、突然、魔法のような超能力を手にする。これをきっかけとして、安全な居場所を抜け出て、「家族」の問題に立ち向かったり、「社会」に参加したり挑戦したりする。魅力的な異性が登場し、大金を稼いだりもするが、恋愛やセックスや資本主義的成功は「成長」の助けになりこそすれ、主人公が抱える内面的問題を根本的に解決しない。同性の友人が主人公を助け、しっかり助けになったり、ならかったりする……
サム・ライミ版『スパイダーマン』や『マン・オブ・スティール』や『クロニクル』がこれに当て嵌るが、『アナと雪の女王』は『クロニクル』にそっくりだと思うのだ、途中までは。
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アナと雪の女王』のエルザも『クロニクル』のデイン・デハーン(演じる主人公)も、家族関係に問題を抱えている。デイン・デハーンは間違いなく童貞だし、エルザはおそらく処女だ。それが、突然異能力に目覚めたり、それまでハンディキャップと感じていた異能力の新たな使い方に目覚める。これがデイン・デハーンやエルザが「社会」と対峙したり、内面的問題に立ち向かうきっかけとなる。しかし、デイン・デハーン赤毛の女性との恋愛は成就しないし、エルザはアナの恋愛を認めない*1。妹のアナや従兄弟のマットや黒人の生徒会長が手助けしようとするのだが……といった具合に、『アナと雪の女王』と『クロニクル』はそっくりだと思うのだ、途中までは。
もっといえば、一方の作品のこの先の展開が正反対になるだけで二作はより似通ってしまうと思うし、”Let it go”のあまりの出来の良さにエルザが悪役だった話から改変される前の『アナと雪の女王』は、より『クロニクル』に近い話だったのかもしれない。
こういった話の原型は『キャリー』だと思うのだが、1974年の執筆当時はホラーとしか見做されなかった話が、現代では一つのビルドゥングス・ロマンとして受け入れられるようになったのだ。

おれの妄想版『アナと雪の女王

そういうわけで、『アナと雪の女王』はもの凄く良くできていて面白い映画だと思うのだが、一つだけ自分が気に入らないところがある。別に、最後に「愛」が全てを解決するという展開に拘らなくても良いのではないかと思うのだ。
前述した通り、ディズニー作品に伝統的な「王子様の愛」ではないところに新規性があるのだけれど、予告編にもなった、城を飛び出したエルザ姐さんが独りで氷の城を作り上げて自分を知るシーンが素晴らしすぎるんだよね。
実際、映画のクライマックスに置かれた、「愛」を知って夏が戻るシーンよりも、氷の城を作るシーンの方が素晴らしく興奮する。作り手は、「愛」は信じてないけど「クリエイション」は信じているのだな。


じゃ、どんな展開になれば納得したのかというと、下記のような感じだ。。

王子様の愛も姉妹愛もエルザ姐さんの心を溶かすことはできず、それでも自分が作った氷の巨人や雪だるまに囲まれながら氷の城で気ままに楽しく過ごすエルザ姐さん。と、そこに異国*2の軍勢が迫ってくる。
どんどん強力になっていく魔法の力で台風で異国の軍勢を撃退するエルザ姐さん。神風に遭った元寇ライクに異国の軍勢は壊滅だ。一気にエルザ女王を支持する国民。しかし、国民の愛ですらエルザ姐さんの心を溶かすことはできない。
一年、十年、数十年と時は過ぎ、いつしかエルザ姐さんは「雪の女王」と呼ばれるようになった……


映画を観ている最中は、そんな話かと思ったのだ。


ただ、このまま終わると、どう演出しても後味の悪いバッドエンドにしかなりようがない。子供に夢を与えるディズニーアニメでそれは困る。だからなんとかしてハッピーエンドに着地させたい。
どうしれば皆が納得するハッピーエンドになるか。自分には一つアイディアがある。ここで原作版『雪の女王』の話に接続するんだよ!


雪の女王
アンデルセン 朝比奈 かおる
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数十年後、氷の城にカイという少年が迷い込む。鏡の破片という名の貧困とキモメンのせいで心の荒んだカイ*3。だが、彼も氷の魔法を使えるのだった。
すっかりババアになったエルザだが、生まれて初めて同じ能力を使える人間に出会い、しばし至福の時を過ごす二人。思う存分氷の魔法を使い合い、性別も年代も越えたクリエーター同士の交感がディズニーお得意のミュージカルで描かれる。
ゲルダと山賊の娘が氷の城にたどり着いた時、そこにはすっかり成仏した雪の女王と、ちょっとだけ大人になったカイがいたのだった。


……みたいな話だったら良かったのになあ。

*1:いい年こいた独身女性が近親者の恋愛に苦い顔をしがちなことを連想させる

*2:サザンアイル国とかウィーセルタウン国とかだと伏線もばっちりだ

*3:当然その正体はデイン・デハーンだったり、黒子のバスケ事件の渡辺博史だったりするわけだ