火薬と鋼

2008-11-13

[] 図書館はゾーニングしない

 BL小説に関連して、図書館がゾーニングに反対してきた原則を紹介する。

 図書館は、情報へのフリー・アクセスを守る立場からゾーニングをしないのが原則である。元々図書館の権利宣言にはこうした趣旨が含まれていたが、改めてこの原則が明文化されたのは1971年アメリカ図書館協会が作成した「図書館資料の貸出制限に関する助言声明」(Advisory Statement Concerning Restricted Circulation of Library Materials)である。

 これは当時図書館界で『エパミノンダスとおばさん』(Epaminondas and His Auntie)という絵本が黒人を愚か者として描いていて差別的だとされた問題が背景にある。この資料に対して貸出制限が設けられた事件に対応してALAの知的自由委員会が声明を出した。その内容をまとめると以下のようになる。

(1)アクセスの制限(閉架に置く、成人に限定する等)は直接的な検閲と程度は違うが検閲に相当する。

(2)未成年者のアクセスを制限する図書館員は、自らの立場は図書館員であって親代わりではないことを自覚しなければならない。

(3)児童の図書館利用の責任はその親にある。

 ここで多くの利用者は特定の資料を目的に来館するのではなく、目に入る開架に置かれなければその資料は無いも同然であると断言されている。この声明は当初貸出を対象としていたが、後に貸出だけではなく資料へのアクセス全般が声明に取り入れられた。

 さらにその後、この声明は現在まで続く『図書館への未成年者のフリー・アクセス』(Access to Library Resources and Services for Minors | Advocacy, Legislation & Issues)へとつながっている。ここでは成人と未成年者へのサービスの差別は許されないとするとともに、図書館員は親代わりではないことが改めて宣言されている。

 以前 図書館がBL図書を置く問題について、参考になりそうな話(2) - 火薬と鋼から紹介したサンド対ウィチタフォールズ市事件において、資料を成人部門に置くことは著しく児童の利用を制限するものであると裁判で認定されたのもALAのこれまでの見解と一致している。

 過去にいくつもの事件があったわりには一般に知られていないことだが、図書館は差別的な資料であろうと反社会的な資料であろうとニセ科学であろうと制限も除去もしないのが原則だ*1。図書館はそのためあらゆる思想信条の団体から敵視される可能性を秘めている。

(2008-11-13追記。1回ちょっと書き直し)

 言及したほうが良いと思ったはてブコメントにレスします。

id:NOV1975さん 図書館がゾーニングしないことを理由に規制されるものもあるんじゃないか?

 検閲しないこと全般に関して言えばYes。 図書館がBL図書を置く問題について、参考になりそうな話(5) - 火薬と鋼の最後で紹介した「被抑圧者に対して思想・言論の弾圧がなされている状況では、情報の自由な流通を主張しても抑圧者側に利する」がそうです。

 例えばアパルトヘイト下では被抑圧者は情報の発信も受取も制限されているため、アメリカの図書館においても表現の自由はアパルトヘイトを行う側を利することになります。そういう差別や抑圧に対しては対抗する資料収集や情報発信を促進し、図書館員育成時に差別や偏見に対処したプログラムを行うなどの対策が推奨されました。しかしそれでも差別的な資料の除去は行いません。図書館は検閲しないことが表現の自由、情報へのフリーアクセスの阻害になる場合でも資料の規制や除去ではない形で対抗する、ということです。

 ただし、ゾーニングしないことが却って情報利用を阻害したとされる前例は知りません。性的な本があるので図書館を利用できない、といったような人のことであれば考慮する必要がありません。その理屈が通るとあらゆる検閲が可能になるから。ゾーニングしないことの問題を実証しなければならないのは、ゾーニングを主張をする側です。

id:REVさん 米国では、ポルノの扱いはどうなんだろう。ゾーニングしていないのだろうか。

 された例とされなかった例があります。有名な例としてマドンナの写真集『SEX』(1992)はポルノだとして全米各地の図書館で所蔵する/しない、利用を成人に限定する/しない、の判断が分かれました。

 例えポルノだろうとゾーニングしないのが原則ですが、この原則は必ずしも守られているわけではありません。図書館の権利や自由というのは壮大な負け戦の歴史で、かろうじて致命的な法廷闘争を勝ち抜いて今の図書館の自由が形作られました。でも現在でも局地的には負け戦があります。

*1:資料には資料で対抗する、というのが基本。図書館界は差別や偏見に反対の立場だが、所蔵している差別的な資料を除去、制限しない。