火薬と鋼

2009-08-08

[][] マクガバン・レポートの真実

マクロビオティックや代替療法の記事では、1977年に報告されたアメリカの食生活指針・マクガバンレポートで「元禄時代以前の日本の食事」を理想としたという話がしばしば紹介されている。その真相を追うシリーズの第3回。

マクガバン・レポートに関するメモ (追記あり) - 火薬と鋼

マクガバン・レポートを巡る伝説 - 火薬と鋼の続き。

過去2回のエントリで、アメリカで1977年に出された食事目標に関する報告、通称"マクガバン・レポート"の日本での紹介のおかしさについて触れてみた。


その後、実際にマクガバン・レポート(マクガバン報告)の日本語訳である『米国の食事目標(第2版) 米国上院:栄養・人間ニーズ特別委員会の提言』(食品産業センター、1980)を図書館で借りることができた。

今回は、このマクガバン・レポート(マクガバン報告)の邦訳を元に、実際のレポートがいかにマクロビオテックや代替療法の世界での紹介と異なっているかを解説してみよう。


報告の目標

「第2版」とあるように、今回私が読んだ報告は一番最初の報告ではない。1977年5月に最初の報告が出され、それに対する公聴会での反応を元に加筆・修正をしたものが同年11月に第2版として公開された。私が読んだ邦訳は、この第2版の翻訳である。

第2版では、多くの内容は最初の報告と重複しているが、加筆・修正により情報量が増えている。この報告で米国の食事目標は以下のように要約される。

目標1 超過体重を避け、消費される範囲内のエネルギーだけ摂取すること。超過体重になった場合はエネルギーの摂取を減少するとともに、エネルギーの消費を増加すること。

目標2 複合炭水化物及び天然の糖分の摂取を増加し、エネルギー摂取量の約28%から約48%に引き上げること。

目標3 精製糖及び加工糖の消費を約45%減らし、エネルギー総摂取量の約10%に引き下げること。

目標4 脂肪の総消費量を、エネルギー摂取量の約40%から30%にまで引き下げること。

目標5 飽和脂肪の消費を減らし、エネルギー総摂取量の約10%を占める程度にすることと。また、ポリ不飽和脂肪及びモノ不飽和脂肪のバランスが取れるようにすること。この2種の不飽和脂肪が、それぞれエネルギー摂取量の約10%を占めるようにすること。

目標6 コレステロールの消費を1日当り約300mgまで減らすこと。

目標7 ナトリウム摂取量を制限し、食塩の摂取量を1日当り約5gに減らすこと。

第1版との違いは、目標1が設定されたこと、炭水化物の目標変更(58%から48%に)、精製糖・加工糖の目標変更(15%から10%に)、食塩摂取量の変更(3gから5gに)といった点である。(ここでは触れないが、食品選択と調理についての提案では、第2版から年齢・性別といった特性が考慮されるようになった)


報告の量と規模

マクロビや代替療法では、しばしばこのマクガバン報告を自説の根拠として扱う。このため、報告の価値・意義を大きくしようとして実態と合わない紹介をしている。日本での紹介のおかしな部分と実際の報告と見比べてみよう。

  • 5,000ページに及ぶ報告?

まず、報告のページ数について、5,000ページにおよぶという伝説が日本で流布しているが、これは報告の実態と合わない*1

米国議会図書館の蔵書データベースで検索すると、報告のページ数は簡単に分かる。報告第1版は前付け(目次等)5ページ、本文79ページ。それに加筆修正が加わった第2版でも前付け41ページ、本文83ページである。最初の報告の後行われた公聴会等の研究者の意見をまとめた「補足見解」(Dietary goals for the United States, supplemental views)でさえ前付け5ページ、本文869ページだ。

報告には食品の栄養や消費、健康に関するグラフや統計データ、研究者の報告、参考文献といった資料が盛り込まれており、報告と別個に資料が存在するわけではない。つまり、報告が5,000ページにのぼるというのは、事実と全く合わない伝説である。

  • 全世界を調査?

マクロビや代替療法では報告の規模として「全世界を調査」「調査対象は3,000人」といったことを書いているが、そうした情報は報告には一切ない。何より報告では米国内での科学的データの蓄積と研究を元にしており、比較例として出される他国の例は部分的なものでしかない。

報告の後に行われた公聴会では世界23カ国から集まった200人以上の研究者の意見が集められており、報告第2版にはその事が記述されている。報告後の公聴会に関して言えば全世界を対象にしたと言えるが、それは研究者のこれまでの調査研究を通して得た意見を集約したものであり、マクガバン報告のために一から調査研究が行われたわけではない。報告のために全世界を対象に調査したというのとはだいぶニュアンスが異なる。また、他国の例は、個々の栄養や疾患、健康に関する比較・調査の紹介に留まり、統一的な調査の実施、結果の収集をしていない。

よって持田鋼一郎『世界が認めた和食の知恵 マクロビオティック物語』(新潮社、2005.2)にある

「がんや血管・心臓病などの慢性病が増えた原因は食生活の誤りにある。食生活を改めなければ、先進国は慢性病の激増によって滅亡してしまう」と明言されていた。

といった、報告の趣旨と全く合わない先進国全てに言及する文章が存在することはない。


報告の扱い

マクロビや代替療法では、この報告を「食事が元で病気になる/食事で病気を防ぐ」という自説の根拠としている。しかし、そこまで強い主張はこの報告にはない。

報告では、食物と特定疾患の間の相関の解明が十分なされていないことが説明され、今後の調査研究や考察を要する問題があることが記述されている*2。それでもある程度合意が形成された意見は、科学的根拠があるものとして周知されるべきというのがこの報告の立場なのだ。

こうした曖昧さ、不完全さを示す部分は、マクロビや代替療法の世界では紹介されない。まるで報告が食事=病気の原因であることを決定づけたかのようにしか扱っていないのだ。我田引水というべきだろう。

例えば今村光一『いまの食生活では早死にする アメリカ上院栄養問題特別委員会レポート 改訂新版』(経済界、1994)では委員会の審議結果を「食事・栄養と病気の関連が初めて明らかになった」とし、「現代の医学は薬や手術といったことにだけ偏りすぎた。栄養に盲目的な片目の医学であった。栄養に盲目的でない医学につくり変える必要がある」としている。

こうした現代医学の否定と、この報告で初めて栄養と健康の関係が明らかになったかのような解説は、マクロビや代替療法での報告の紹介にも見られる。だが、そうした現代医学否定の文言はマクガバンレポートのどこにもない。当時の医学の調査研究(委員会の審議以前のものを中心とする)を反映したこの報告の内容は、「初めて明らかになった」とは言い難い。


国立栄養研究所基礎栄養部長(当時)の宮崎基嘉は、報告第2版邦訳の解説「米国の食事目標に学ぶもの」で米国栄養士会の意見書を紹介している。

この食事目標は正しい方向を示しているという意見を持っているが、まだそれは確定的なものだと見なしてはいけない。最良の食事は必須栄養素を含む食事をバランスよく含み、総摂取量も適量で、個人の必要度に応じて変化を加えた食事である。また食事と病気の関係についての多くの疑問が未だ明らかにされておらず、食事以外の危険因子も多いことを知らさなければならない。良い食事は病気にかかりやすい危険性を減少はするけれども、予防のためにはその他の因子にも注意しなければならない。

これは報告に関わった研究者の意見にも通じる見解だ。一見当たり前の意見のようだが、繰り返す価値のある意見である。食事が健康の全ての原因/対処のように考えてしまう人は、マクロビや代替療法にはまる人でなくともいるのだから。


日本について

マクロビや代替療法では、報告が伝統的な日本食を理想とすると結論づけたと説明している。元禄時代以前の日本の食事を理想とした、と説明していることも多い。だが、そうした記述は報告には一切存在しない。報告で日本に触れたのは、1976年7月に行われた公聴会における疫学的観察を紹介した部分だけである。

米国に渡って、動物性脂肪をほとんど含有せず、また乳製品をほとんどまったくといっていいくらいに含有していない伝統的な日本式の食事から、西欧式の食事に転換する日本人にあっては、乳癌及び結腸癌の罹病率が劇的に増えている。

これ以外に日本の食事に言及した文章はない。

厳密に言うと後でもう一度言及されているが、上に挙げた文章と同じ内容が繰り返されているだけで、これ以上日本食について触れているわけではない。そして、この文章から伝統的な日本の食事を理想とするようには読み取れない。何しろ他の疾患に関する調査研究の記述はなく、あくまで乳癌・結腸癌の罹病率についてしか書かれていないのだ。元禄以前の食事に至っては全く論外で、悪質な捏造と言っていいだろう。


伝説の行方

以上のように、マクガバン・レポートについてマクロビ・代替療法の世界で紹介されている内容の多くは嘘か誤解に基づいている。この他にもマクガバンが政治生命をかけたとか、その後アメリカはマクガバン・レポートに基づいて食事が改善されたとか、事実とそぐわない伝説が無数に存在している。こうした伝説は、日本ではアメリカの情報が得にくいからこそ普及したのではないだろうか。

アメリカでもマクガバン・レポートを代替療法の側が資料に使うことがあるが、日本の例ほど極端ではない。アメリカではもっと容易に報告の元資料に当たれるし、マクガバン議員や自国の栄養事情について嘘を書いてもばれやすいからだろう。だが、日本では今後もこうした「伝説」が様々なバリエーションを生みつつ普及していくと思われる。

このエントリがそうしたマクガバン・レポートの伝説へのささやかな抵抗になれば幸いである。

*1:3000ページという例もある。どのみちそんなページ数ではない。

*2:特にコレステロールの問題に関してはかなり意見の対立があることが示されている。