火薬と鋼

2011-08-20

[] インチキ治療法のタネ・寄生虫発ガン説

今回紹介するのは代替医療のインチキ理論のうちでもとりわけおかしいもののひとつだ。

先日、下のような記事がはてブで話題になった。

 癌は寄生虫が原因である(1) - ホメオパシー、薬害と副作用のない代替医療.com

ガンの原因は寄生虫によるものだというこの主張は、様々なインチキ治療の論拠に使われている。

かつてガンの発生メカニズムの研究の中で生まれた説とは違うので、その点から説明しよう。


20世紀初頭の寄生虫発ガン説

寄生虫がガンの原因だという話を聞いて、科学の歴史に興味がある人は、戦前の寄生虫発ガン説を思い出すのではないだろうか。

20世紀初頭、発がんメカニズムはデンマークのヨハネス・フィビゲルが提唱した寄生虫発ガン説とドイツのルドルフ・ルートヴィヒ・カール・ウィルヒョーの提唱したガン刺激説が対立していた。フィビゲルはこの説の研究でノーベル生理学医学賞を受賞している。その後、発ガンメカニズムについて1915年、日本の山極勝三郎と市川厚一が、ウサギにコールタールを刺激物として使用し、実験的にガンを発生させることに成功した。

この一連の研究の歴史に日本人が関与していることもあって、知っている人も多いだろう。

フィビゲルが唱えた寄生虫発ガン説は、健康なネズミに線虫が寄生したゴキブリを与えて胃ガンを発生させるといった実験の結果得られたものである(後にこの方法や診断に誤りがあることが判明)。

医学の発展とともに否定され、消えた寄生虫発ガン説だが、現在代替医療の世界で信じられているのは、それとはまた別に生まれたものである。


クラークの寄生虫発ガン説

現在、日本でも欧米でもインチキ治療家が支持している寄生虫発ガン説は、フィビゲルの寄生虫発ガン説と異なり科学的な実験や観察によって得られたものではない。インチキ治療の論拠として使われる寄生虫発ガン説は、ハルダ・クラークという自然療法(ナチュロパシー)の治療者によって提唱されたものだ。

ハルダ・クラーク(Hulda Regehr Clark, 1928-2009)は、あらゆる病気、ガン、HIV、アルツハイマーなどは、全て体に入り込んだ寄生虫と汚染によって引き起こされると主張した。そして様々な病気の治療にハーブ、薬草、さらには独自の治療機械で対処できるとして治療を行ったのだ。

彼女はこうした主張を本にまとめ、The Cure For All Cancers、The Cure for All Advanced Cancers、The Cure For All Diseasesといった本を出版した。こうした著作の売り上げは2002年までに700万ドル以上になったという。

このうち、寄生虫発ガン説を取り上げたThe Cure For All Cancersは、邦訳『ハーブでガンの完全治癒』(フォレスト出版, 1996)も出版されている。

この本によると、全てのガンの原因は寄生虫の肥大吸虫だという。この主張について、信頼できる根拠は何も提示されていない。大体、この寄生虫の生息範囲はアジアであり、欧米やアフリカのガン患者の説明としてはかなり無理がある。実験で確かめられたわけでもないし、彼女が主張するハーブによる治療のエビデンスもない。


クラーク説とインチキ代替療法

簡単な紹介を読んだだけでクラークの寄生虫発ガン説がフィビゲルの説とかけ離れたものであることが分かるだろう。クラークの説には何の証拠もなく、既存の医学の成果と全く合致せず、しかもその理論に従った治療も信頼性がない。クラークの治療(ハーブや独自の治療機械を用いるもの)には問題があったため法的規制を受けることが多かった。

また、提唱者のクラーク本人は多発性骨髄腫(これも一種の癌)で死亡している。彼女は自分で自分の治療法の有効性を試すことはできなかったのだろうか。

しかし、このクラークの寄生虫発ガン説は、標準医療を否定し、代替医療を推奨する人々には受けが良いのか、世界に、そして日本にも信奉者がいる。ここまで証拠のない主張を受け入れるのは、かなり信じやすい人か、よほど医療や科学に不信を抱いている人ではないだろうか。例えば2009年に慶應義塾大学先端生命科学研究所 (Institute for Advanced Biosciences, Keio University) - 虫下し薬が「がん」に効く? メタボローム解析でがんが回虫と同じ代謝を使うことを示唆という研究についてのニュースがあった。クラークの寄生虫発ガン説の信奉者はこのニュースに飛びつき、寄生虫発ガン説が遅ればせながら近代西洋医学でも確かめられたかのように扱った。

だが、報道された研究成果は、寄生虫そのものをガンの原因としているわけではないし、クラークが主張した説と寄生虫の種類さえ違う。あの種の代替医療の信奉者は、自分たちが信じている説の内容すらちゃんと理解せず、自分達の信仰強化―標準医療の否定や代替医療の論拠―となる面しか認識していないということが良く分かる。

クラークの主張と治療法は、標準医療と合致しないばかりか、その特異性から多くの代替療法の理論(ホメオパシーやナチョロパシー等)ともかみ合わないことが多い。また、その根拠のなさは代替医療の側からさえ批判されている。そうした事はお構いなしに都合良く信じている(あるいは商売に利用している)代替医療の人間がいるというのは嘆かわしいことだ。


参考:

Hulda Regehr Clark - Wikipedia, the free encyclopedia

Hulda Clark - The Skeptic’s Dictionary - Skepdic.com

Requiem for a quack – Respectful Insolence

Requiem for a quack, part II: Hulda Clark, author of The Cure for All Cancers, died of cancer – Respectful Insolence

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