試論・タクティカルナイフの定義

11月22日に開催されるナイフショー2015 LEMSS BLADE Conference-P2-のカンファレンスの議題「タクティカルナイフの定義」に備えて、私の考えを他の人の参考にもなりうる情報を提示しつつ書いてみる。
詳細な解説や情報を提示していない叩き台である。

タクティカルナイフという言葉

現在、「タクティカルナイフ」と呼ばれるナイフのカテゴリーがある。
英語圏でこのタクティカルナイフ(tactical knife)という言葉が普及したのは、1994年に創刊された雑誌Tactical Knives誌の影響が強い。

創刊号の表紙

Tactical Knives Winter 1995

この雑誌以前に「タクティカルナイフ」という言葉が存在しなかったわけではない。
例えば1990年に発行されたTony Lesce著『Police Products Handbook』(Prentice-Hall)には警察官が装備するナイフについて、"The police knife is a tool, and the tactical knife even more so."という記述がある。こうした例は少数だが1990年代前半の出版物で確認できる。
なお、「タクティカルナイフ」という言葉に先行して、その概念に該当するナイフ自体は以前から存在していた。
しかし言葉の普及という点では雑誌創刊が契機となったのはまず間違いないだろう。
雑誌によって浸透し、ナイフファクトリーやメーカー、ショップや他の雑誌が使うようになっていった。
それまで複数の名前で呼ばれていたある種のナイフ群に対して、「タクティカルナイフ」という新しい括りが分かりやすく新味のある使いやすい言葉として与えられたと言っていい。
さらに90年代にタクティカルナイフという括りに合致するナイフを作るナイフファクトリーが創設されたり、新しいデザインのナイフが作られたりしたこともあって、新鮮なものとして受容された。
参考に、雑誌と近い年代に設立されたナイフ会社を挙げてみよう。
Columbia River Knife & Tool 1994年
Microtech Knives 1994年
Emerson Knives 1996年
Strider Knives 1997年
一方、日本ではタクティカルナイフという言葉が新しいナイフとともに輸入されて広まっていった。
新しい、それまでなかったナイフを紹介する言葉として具体的な商品とセットで入ってきたのである。
日本の経緯は、90年代末〜2000年初頭にコンバットマガジンやナイフマガジンを読んでいた人ならよく知っている筈だ。

タクティカルナイフの範囲

Tactical Knives誌が認知度を上げた「タクティカルナイフ」は、どのようなナイフを指すのか。
これは同誌が紹介してきたナイフを見ていけば絞り込むことができる。
単純にまとめると、軍の任務のためのナイフが基本にあり、それと近似・派生の警察用や民間人の護身用・日常携行用のナイフも含まれる。
前者と後者では違うように思えるかもしれないが、デザインの面で両者は密接につながり、時に重複しているジャンルである。兵士でもないのにタクティカルナイフを買うのか、という問いはあまり意味がなく、ファクトリーやメーカーも最初から両方をユーザーとして考えていることが多いのである。
軍用のナイフと言っても必ずしもナイフ格闘に使う武器としてのナイフだけを指すとは限らず、任務上必要なフィールドクラフト、サバイバルツールとしての機能を重視しているものも珍しくない。タクティカルナイフの目的としてナイフそのものによる戦闘をどこまで重視するかについてはかなり幅がある。
以上、全てひっくるめて考えると、コンバットナイフ、ミリタリーナイフ、サバイバルナイフ、ファイティングナイフといったナイフはタクティカルナイフというカテゴリに入ると考えて良い。
使用目的から来たカテゴライズとしてだけ考えると、そういうことになると考えられる。

デザイン

範囲として大きな括りで見て来たが、タクティカルナイフとされる条件についてもう少し詳しく考えてみよう。
「タクティカルナイフ」という言葉は軍用ナイフやその派生ナイフを指す言葉だが、ある種の傾向がある。
それは、新しい言葉であるため新しいナイフを指す言葉として使われがちだということだ。
具体的には1990年代後半から2000年代以降によく使われるようになったデザイン、素材が主流である。
また、元特殊部隊隊員、格闘技指導者、アウトドア専門家といった専門家によるデザインも多い。
こういった多様な背景から「タクティカルナイフっぽい」デザインというのがある程度収斂している反面、特異なデザイン、個性的なデザインも共存している。これは目的の多様性とも関連している。
実用よりも外見やコレクション価値を重視したデザインや加工といったものを取り入れていることもある。これはプレゼンテーション・タクティカルナイフやドレス・タクティカルナイフと呼ばれているナイフだ。大体は既存のナイフのバリエーション・モデルで、基本的なデザインはそのままに素材や加工を鑑賞向けにしたものが多い。
こうなってくると記念モデルなども含まれる。

まとめ。

ここまで挙げたような多種多様な事情から「“タクティカルナイフ”とは結局は商売のためのバズワードではないか」という疑問は当然出てくる。曖昧すぎてちゃんとした意味を持たない宣伝文句ではないかということだ。確かにそういう側面もあるが、元々ナイフは多目的に使えるものであり、時に詳細な用法が定まっていないものもある。
作り手が目的をあまり考えないで作ったナイフでも使い手が意味を見出すことはあるし、作り手が明確な使用目的を考えて作ったナイフでもその通り使われないことはある。
以上を踏まえてタクティカルナイフを定義すると、戦闘活動に利用できるナイフであり、作り手や使い手の意識や目的、使用状況がその意味を強めるものである。