火薬と鋼

2018-06-30

[] 宮崎政久『日本刀が語る歴史と文化』

日本刀が語る歴史と文化

日本刀が語る歴史と文化

今年2月に出版された『日本刀が語る歴史と文化』はよくある日本刀の歴史解説本とは違う。

書名では分からないが、本書は日本刀を使う戦闘様式の変化と礼制についての本なのだ。

著者は柳生月神流(情報が少ないのでネットでも謎の流派扱いされがち)三段。

日本刀がどのように使われてきたか、軍記物や絵巻、刀の形状の変化、武術伝書など様々な史料・論拠から論じている。

推測や想像も含まれているが、著者の想像である部分はそれとわかるように書いているので、混乱することはない。

主張の全てを支持できるというわけではないが、幅広い史料を参照、紹介しているので、この分野について知りたい場合の参考文献の入口になる。

目次は以下の通り。これらの内容に興味がある人にはお勧めできる本だ。

序 章

第1章 日本刀の源流―その遺伝子―

 1 中国における直刀の出現とその用法

 2 古代日本の軍制と直刀

 3 日本の古代刀

 4 蕨手刀

 5 蕨手刀出現の背景

 6 蕨手刀の用法及び騎乗との関係

第2章 日本刀の「反り」が意味するもの

 1 直刀の意味

 2 弯刀化の条件

 3 反りの系譜

第3章 騎兵の弯刀・太刀の時代

 1 日本刀空白の時代(平安前期から平安後期)

 2 太刀の黄金時代(平安後期から鎌倉後期)

 3 時代背景

 4 当時代の刀剣と戦闘様式

 5 儀仗、野劔、毛抜形太刀

 6 鎌倉時代の武家の立場と戦闘様式

 7 後鳥羽上皇と太刀

 8 刀剣王国備前

 9 太刀の刃文、日本的美意識の発露

第4章 元寇の影響

 1 元寇の概要

 2 元寇での武器

 3 戦いの実相

 4 元軍撤退の真相

第5章 元寇と刀剣

 1 刀剣(界)への影響

 2 刀剣茎への「官途名」・「年紀」・「神号等」鑽刻の事情

 3 刀身彫刻

第6章 南北朝期の大太刀

 1 南北朝期の時代背景

 2 南北朝期の戦闘と武器の特徴

 3 南北朝期大太刀の実際

第7章 室町期の刀剣と戦い

 1 刀剣の室町時代

 2 軍記からみた室町時代の戦闘様式と刀剣

 3 室町期刀剣の時代分布

 4 室町期刀剣の実態

第8章 江戸期の刀剣文化

 1 武家身分の可視化と刀剣

 2 江戸期刀剣の機能と区分

 3 武家服装と刀剣拵え

 4 刀剣・礼服令制の変化と受容

第9章 江戸殿中刃傷

 1 殿中(営中)刃傷の概要

 2 刃傷に使用された刀

 3 刃傷の様相

第10章 市人・農民・無頼と刀剣

 1 帯刀に関する禁令

 2 江戸後期の世相と剣術熱

 3 無宿、渡世人、博徒と刀剣

 4 御用商人の帯刀御免

 5 褒賞、役割による帯刀免許

 6 勝手な帯刀による御仕置

引用文献

参考文献

図版出典

あとがき

索引

2018-02-17

[] システマが登場する医療小説・南杏子『ディア・ペイシェント』

ディア・ペイシェント

ディア・ペイシェント

ロシア武術システマが登場する小説というと、どうして格闘・アクションがある小説に偏りがちだ。

しかし今回紹介する『ディア・ペイシェント』は格闘ではなく、趣味としてシステマを稽古する主人公が登場する。

本作の著者・南杏子氏は医師としての経験を生かして医療小説を書いている。

参考:「小説でも現実でも、在宅介護は大変」医師&看護師作家の告白(南杏子,小原周子) | 現代ビジネス | 講談社(1/8)

南杏子氏がシステマ東京の北川貴英インストラクターが講師を務めるカルチャースクールの教室でシステマを受講していたのは知る人ぞ知る話である。医療だけでなくシステマについても経験者ならではの具体的な体験を元に書いているのだ。

本作『ディア・ペイシェント』は民間の総合病院で患者のクレームやモンスター患者に悩む内科医・真野千晶を主人公とした小説である。

作者の経験と知識から、病院の内情、治療や薬などの専門知識が分かりやすく話に盛り込まれている。

そして千晶に関わる患者の行動の背景を巡る部分は、ミステリー小説のような面白さがある。

主人公の千晶は護身目的ではなく運動不足解消のためにシステマを始めたとあり、作中に何度もシステマの練習の話が登場する。

一部引用してみよう。

最初にシステマが登場する箇所、システマをやっている経緯とリラックスする方法をそこから得たという部分から。

バースト・ブリージングやシステマの概略の説明が含まれている。

システマ独特の、呼気を刺激する呼吸法(ブリージング)がある。鼻から息を吸い、口から「フッ」と吐く。これを一分間に百回くらいの速度でフッフッフッと繰り返す。

スピードの目安は、「地上の星」や「アンパンマンのマーチ」、あるいは「ステイン・アライヴ」だ。関係ないが、心臓マッサージのスピードと一致する。

この方法で呼吸することによって気持ちが落ち着き、縫合時に手が震えなくなった。以来、システマが好きになった。

「システマは、安全にお家に帰るための武術だよ」

千晶は、講師の吉良大輔(きらだいすけ)からそう教わった。闘いを主目的とせず、相手の攻撃から身を守る護身術のような武術である、と。システマはロシア語で「仕組み」を意味する。心身の仕組みから集団心理まで、さまざまな人の動きに関するメカニズムを解明し、身の安全のために活用する方法だという。

だがそもそもは、旧ソ連の特殊部隊(スペツナズ)から伝わった武術らしい。工作員たちの間で秘密裏に受け継がれていた教えが、ソ連の崩壊で世界に広まるようになったという。吉良講師は、素人を怖がらせないようにオブラートに包んで説明してくれたのだろう。

システマの呼吸法で平常心を取り戻す。恐怖心や緊張、焦りを取り除き、よいパフォーマンスができるような状態を作る。その精神性も千晶は気に入っていた。

仕事が忙しくて何度も教室を休みながら、それでもやめずにいる。その理由は、講師がイケメンだからだけではなく、素の自分に戻れるからでもあった。教室では、自分が医師であることは話していない。自意識過剰かもしれないが、その方が自然でいられて楽なのだ。

この部分以外にも本作にはシステマの具体的な練習の話が複数回出てくる。

いずれも練習風景や体験の話で、「システマはどのような練習をして練習者はどのように考えているか」を知ることができる。格闘中心の小説ではなかなか分からないシステマの一側面について、主人公の体験や医師としての仕事と絡めて描写している。この小説からシステマの練習の知識を得る人も結構出てくるのではないだろうか。

2017-10-16

[] 『スペツナズ─ロシア特殊部隊の全貌』

スペツナズ

スペツナズ

ロシア軍事研究者マーク・ガレオッティによるロシア特殊部隊スペツナズの本が翻訳出版された。

スペツナズの歴史、位置づけ、様々な軍事行動や作戦での活動、装備などよく整理されていて分かりやすい。

なお、ここを見ている人が気になりそうな具体的な装備や近接戦闘に関する話題は多くはない。Googleブックスの英語版のプレビューで該当箇所を読むことができる。

https://books.google.co.jp/books?id=CZSHCwAAQBAJ

近接戦闘の部分で気になったのは著者が見た訓練試合で交通標識を使う兵士がいたという話だ。どう扱ったのだろう。

2017-06-11

[][] 剣鬼喇嘛仏

剣鬼喇嘛仏―山田風太郎忍法帖短篇全集〈12〉 (ちくま文庫)

剣鬼喇嘛仏―山田風太郎忍法帖短篇全集〈12〉 (ちくま文庫)

山風短(2) 剣鬼喇嘛仏 (KCデラックス ヤングマガジン)

山風短(2) 剣鬼喇嘛仏 (KCデラックス ヤングマガジン)

今日のシステマの練習で言及した剣鬼喇嘛仏の話を書いておく。

表題作の『剣鬼喇嘛仏』は宮本武蔵を剣の宿敵として追う長岡与五郎(細川忠興の次男)が細川家の忍者の策によってくノ一と交合した状態で離れられなくなるという話。与五郎はつながったまま武蔵を追って旅をし、戦いもつながったままですることになる。この辺が今日の話と関連があるところだ。

それだけだとコミカルだが(実際せがわまさきによる漫画版を見てもそうとしか言いようがない)、終わりは何とも悲しい結末となる。

せがわまさきの漫画版は小説とは結構変わっていて、これはこれで面白い。

ところでこの『剣鬼喇嘛仏』が収録されているちくま文庫の『山田風太郎忍法帖短篇全集 12』は他にも江戸川乱歩を基にした『伊賀の散歩者』という名作もあるのでお勧め。

2017-01-12

[][]虫の声を聞き取る日本人の脳は特別か?

日本人の脳の働き方は虫の声を「声」として聞き取るように特殊だという記事が掲載されていた。

なぜ日本人には虫の「声」が聞こえ、外国人には聞こえないのか?- 記事詳細|Infoseekニュース

これは角田忠信の『日本人の脳 脳の働きと東西の文化』(大修館書店、1978年)などで広く一般に知れ渡った説だ。

日本人の脳―脳の働きと東西の文化

日本人の脳―脳の働きと東西の文化

他の著者による本で言及されていることも多いので、それで知っている人もいるだろう。

しかしあまり知られていないが、この説の根拠となる研究には問題があった。

この角田忠信の主張に否定的な論文が1981年に出ており、さらに『科学朝日』誌上で1990年3月号からこの問題についての論争が掲載されたことがある。それらの内容から考えると角田説に学術的な価値はないと考えていい。そもそも虫の音を日本人だけが特に聞き取るという前提からして実証されていない。

この件については八田武志(2013)『「左脳・右脳神話」の誤解を解く』(化学同人)に詳しい。

「左脳・右脳神話」の誤解を解く (DOJIN選書)

「左脳・右脳神話」の誤解を解く (DOJIN選書)

同書の内容を元に「日本人の脳」説の問題点について紹介してみよう。

角田忠信は当時、独自の実験手法で日本人の脳と西洋人の脳の違いを明らかにしたと主張した。この角田説の根拠となった研究で使われた実験手法は、その頃国際的に左右脳と聴覚の研究で使われていた試験法ではない。その手法に不明瞭な点があったこと、角田理論について査読付きの学術論文がほとんど無かったこと、合致するような追試がなかったため、一般メディアには受けたが学術的には評価されなかった。

角田テストでは音に追従して操作する電鍵を押すリズムが乱れることから感受性を判断していたのだが、この「リズムが乱れる」ことをどう定義し、判断するかが明らかではなかった。

このため完璧な追試は実施できず、角田忠信の『日本人の脳』の検証として行われた他の研究者の論文では別の試験法が使われている。1981年の以下の論文では虫の音など環境音の中で英語の数系列を聞き取るテストを英国人と日本人を対象に行った。結果は違いがなかった。

The inferential interference effects of environmental sounds on spoken speech in Japanese and British people. - PubMed - NCBI

時代は下って1990年。『科学朝日』誌で「立花隆が歩く 研究最前線」という連載記事に「脳の専門家の間では角田説はあまり受け入れられていない」という内容が書かれた。

CiNii 論文 -  立花隆が歩く-15-東大医学部放射線科--脳の働き

立花隆は、東京大学に導入された脳画像測定装置(PETスキャン)の取材を行い、日本人と西洋人との脳機能に違いは見出せなかったという実験結果を紹介した。同記事で角田説が支持されていない状況について言及したのだ。

それに対する角田からの反論が『科学朝日』1990年6月号に掲載され、続く7月号・8月号に論争が掲載されるという事態になった。

CiNii 論文 -  日本人の脳機能は西欧人と違う--脳の研究の難しさと誤解

CiNii 論文 -  「日本人の脳は特異」説への疑問--角田氏の反論を読んで (論争 右脳・左脳と日本人)

CiNii 論文 -  追試者は結局,創始者を超えられない--久保田氏のコメントを読んで (論争 右脳・左脳と日本人)

CiNii 論文 -  角田理論を支持する電気生理学的実験 (論争 右脳・左脳と日本人)

CiNii 論文 -  実り少ない民族差の研究 (右脳・左脳と日本人-続-)

CiNii 論文 -  論理性と客観性が不可欠 (右脳・左脳と日本人-続-)

この論争において、角田説の新しい実験手法にも不明瞭な点があること、他の研究者達による既存の研究結果と整合性がとれないといった問題点は(新しい実験方法やその後の脳研究の進展にも関わらず)変わらなかった。また角田の「追試者は結局、創始者を超えられない」といった追試の意義を低く見る主張も研究者として問題があった。

詰まるところ、角田説は科学的な手続きや検証を十分経たものではなく、通俗的な日本人特殊論で使われているに過ぎない。