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神楽坂のキャピタリスト このページをアンテナに追加 RSSフィード

2015-01-07 桑田佳祐

macky-jun2015-01-07

[] 「アベーロード」 23:08  「アベーロード」を含むブックマーク  「アベーロード」のブックマークコメント

  新年も松の内が明けて、今日は七草がゆの日。今更、新年の挨拶も無いものだが、そもそもこの正月は前年に両親が亡くなった為、年賀状も欠礼、一切新年の挨拶の類は失礼したのだった。

 実は前回のブログでなんと1000回目の記念すべき時を迎えていたのだが、すっかり無頓着になっていました。100回目を書いた時には大騒ぎしたにも拘わらず、1000回にもなるのに最近はこんなにもクールになっています。

 さて、今回は昨日友人が送ってくれたネットメールにとても面白い動画がありましたので、紹介したく久々に書いております。先般の紅白歌合戦サザンオールスターズ桑田佳祐が「ピースとハイライト」という政治色の濃いメッセージの曲を歌って話題となりました。これを受けて、彼の「音楽寅さん」という放送番組があったのを覚えておいでだろうか?その中の、2009年5月4日に放送したBeatlesの「アビーロード」をもじって、空耳歌詞をあてた「アベーロード」が今、また話題になっているようだ。

 予てから桑田の日本語の歌詞は英語のように聴こえるのに感心していた。特にこの「アベーロード」は政治的な風刺が効いており、とても笑える。2009年の作ということもあり、少し古さを感じるが、現在の何処に行くのか危険な香りのする安倍政権の下で聴くと、この「アベーロード」は今聴くからこそ、一層楽しめるのではないだろうか。また、彼の言語能力と批判力の素晴らしさが味わえますので、下記URLからお聴きください。本年もよろしくお願いいたします。

https://www.youtube.com/playlist?list=PL_UsJh85ZLBJ7rRHCjSYPtFRIdCUohzpW

2014-11-18 神楽坂の夜

macky-jun2014-11-18

[](24) 食べないと飲まナイト 18:47 (24) 食べないと飲まナイトを含むブックマーク (24) 食べないと飲まナイトのブックマークコメント

 地元神楽坂で11/17、18と行なわれた「第3回食べないと飲まナイト」に参加した。これは神楽坂のお店34店が参加した企画で、前売券を4千円で買い、1軒1千円でそれぞれのお店が用意した特別セットで「チョイ飲みチョイ食べ」しながら、ハシゴの楽しさを知ってもらおうとのお祭りである。神楽坂に20代の頃から住んでいるが、もうじき28年になる。その癖、地元に馴染みの店は少ない。かつて馴染みだった店でも今は無くなってしまった所も多い。その位、ここ神楽坂のお店は入れ替わりが激しい。

 偶然、チラシを店頭で見つけたが、今回で第3回になろうとは・・・。全くそのような企画があろうとは知らなかったのだ。初日、7時頃から街に出かけ、先ずは前々から行ってみたかった屋上テラスのあるイタリアン「神楽坂スタジオーネ」に行く。かくれんぼ横丁にあるこの店は火事になった料亭の跡に立った飲食店ビルの最上階5階にある。ここでイタリア産スパークリングワインと前菜盛り合わせで、先ずは乾杯する。30分程居て、次はオイスターバーの「牡蠣屋バル」に。ここでは30分程、行列に並ぶ。産地直送の生牡蠣とワインのお店だ。生牡蠣3ピースに白ワインを頂く。どれも美味しく、味わいがそれぞれ違う。3軒目はここでも30分ほど並んだが、本田横丁の小路を入った所にある「もつやき処い志井」に入った。冷えた身体にもつの煮込みが美味しかった。ここでは生ビールに串焼き3本が出てきた。何が出てくるかはお店にお任せだ。カウンターの目の前で焼いてくれる。

 ここでお腹もいっぱいになったので、もう1枚は翌日使うことにした。18(火)に6:30から私が鉄板のある居酒屋「しこたま」の行列に並ぶ。前の日に行列が凄く断念したお店だ。程なく仕事帰りの妻がやってきた。50分は並んだだろうか。とても居心地のいいお店だ。黒毛和牛極上霜降り肉と熟成無菌豚の串焼きが2本出た。契約農家からの直送の有機野菜が生で出てきたが、甘くて美味しいのだ。金属のカップで出てきた生ビールの泡が細かくて旨かったこと。どれも素晴らしかった。

 2日間このお祭りに参加して、2人で計4店をハシゴし、8千円也。とてもリーズナブルに神楽坂の夜を愉しめた。どの店も素晴らしかったのだ。こうした企画で、少し敷居が高く感じてしまう神楽坂の夜も常連客を掴めるのではないだろうか。企画が素晴らしいと思った。また次回も参加したい。

2014-10-27 デモ

macky-jun2014-10-27

[] 香港 ホンコン HongKong 16:25  香港 ホンコン HongKongを含むブックマーク  香港 ホンコン HongKongのブックマークコメント

香港に行ってきた。実に20年振りの香港である。当時は英国統治下の返還前であり、そこから中国の桂林に水墨画の世界を見に行った。今回は当地に住む娘に会う為なのだが、盛んに報道されているデモがとても気になった。

3泊4日で羽田空港発10:35、香港着14:10。国際空港として更に拡大しきれいになった羽田に、移転しとても巨大になった香港空港。20年の時間は全てを変える。

デモは九龍半島の旺角と香港島の金鐘とCauseway Bayの一角でバリケードが築かれ、学生たちがテントを張り居座っている。銀座通りの一部が封鎖されたような状況だ。近くまで行ってみないと分からない程、小規模なものだ。日本で新聞報道されている程、こちらでは騒がれていない。やや拍子抜けした。英国統治下で自由を謳歌した香港人にとって、資本主義での従来からの統治が約束されていた筈だったが、近年中国からの圧力が強まっている。国のトップにあたる香港行政府長官が実質中国人民政府の選んだ選挙人から選ばれることに対する学生の反発というのがきっかけとなっている。しかし、実際のところは中国返還以降からの不平不満が鬱積しているのが理由であるようだ。中国人の香港での不動産投資から地価や賃貸料が上昇しており、香港人の生活を圧迫している。彼らにとって返還後は、一部の中国ビジネスに関与する人々を除いて、何もいい事が無かったのだ。そもそも香港人はベースは中華民族でありながら、自分たちを中国人と線引きし、香港人と呼ぶ。そこに彼らのプライドがある。英国統治下の香港を懐かしむ人は多いようだ。

  この先、学生たちのデモ活動がどう進むのだろうか。不幸な天安門事件になぞらえ、中国政府が手荒な真似をすると、革命の口火となるかもしれないとの見方もある。しかし、中国政府も天安門事件の教訓から強硬策には打って出ずに、時間稼ぎをし自然消滅や仲間内の分裂を狙うのではないだろうか。国際情勢にも影響しかねない事象でもあり、注目を世界中から浴びているのだが、香港の人々は至って呑気なように見えた。

  さて、4日間の香港旅行。例によって連日、精力的に動き回った。娘が案内してくれた初日のスペイン料理の店、ぺニンシュラホテルのアフタヌーンティー、夜景を眺めながらハーバーシティのテラスでのビール下町での飲茶、旺角での朝粥、糖朝の香港スイーツなど美味しいものを満遍なく楽しみ、帰ったら3kgも体重が増えていたのだ。

2014-10-13 復活

macky-jun2014-10-13

[] 実家の片付け 17:06  実家の片付けを含むブックマーク  実家の片付けのブックマークコメント

 ほぼ半年ぶりにブログを書く。今日は3連休の最終日、これから台風19号が到来しようという嵐の前の静けさのような時間だ。流石にこんな日は出かけるのも止め、1日家籠りだ。諸々の雑事を片づけ、書斎の引き出しを久しぶりに整理し、ふいにPCに向かったところである。半年も書かないでいると、はてさて何から書いたものか、ブログを書き始めた7年前のような心境である。この間いろいろな事があった。世の中にも触発される出来事がたくさんあった。そのたびにブログを思い出していたが、何故か向かう気持にならなかった。

 母が亡くなり、父も亡くなり、仕事も変わり、自分にとって今まで経験したことが無いほどの大変動が起こった。そんな日々の中、心はボロボロになりながらも、両親を納骨し、実家の片づけを行なった。初めて経験することばかりだったが、家族や兄弟と力を合わせて取り組んだ。近頃、実家の片づけに関する本や週刊誌の特集が多いが、これもブームなのだろうか。単に自分がそうした境遇に居たから、やたら目についたのだろうか。

 それにしても住人の居なくなった、半ばゴミ屋敷と化した家の片づけはとても大変な作業だった。父が脳梗塞で倒れ、母の認知症が進行してからは家は散らかるばかりだった。要らない空き箱が大事に押し入れに保管してある。壊れて使わないプリンターや電話機が数台出てくる。梅酒かりん酒の瓶はいったい何本あっただろうか。羅列すれば切りがない。いったい片づけにいつまでかかるか、気が遠くなりそうな膨大な作業であったが、妻が持ち前のリーダーシップを発揮して、先頭に立って引っ張ってくれた。私だったら1年がかりとなっていたかもしれない。行動の早い馬力のある弟と、ロジスティックスに優った作戦参謀である我が妻の二人が中心となり、みんなを巻き込んで、息子の協力も得て、1か月半で全てきれいにした。プロの片付け屋や便利屋を使う方法もあるが、できることは全て自分たちでやろうとの方針で、力を合わせて汗をかきかき、片付けた。大物家具も自分たちで2階からも降ろし、処分した。ゴミ袋は行く度に愛車フォレスターに20袋もの大物ゴミを積んで帰ってきた。

 業者に頼めば、2〜3百万円で処分が出来るのかもしれない。しかし、これは親との決別の作業でもあり、赤の他人に委ねる訳にはいかなかった。それを通し、父母との想い出を振り返ることもでき、かけがえのない時間を送ることができた。また、妹弟、妻や息子との絆も深まったのではないかと思う。わが両親はゴミ屋敷を残すことで、残された大切な人々との絆を深めてくれたのだ。

2014-05-13

macky-jun2014-05-13

[] 今度は父が・・・ 19:06  今度は父が・・・を含むブックマーク  今度は父が・・・のブックマークコメント

  父が亡くなった。5/8(木)の14:17だった。朝、病院から連絡を受け、外科医師が「今日なるべく早くお話がしたい」とのことだった。予定をキャンセルして、中河原にある府中恵仁会病院に向かった。父は4/30に救急車で入院し、左肺に穴が空いてぺっしゃんこになっており、肺気腫と診断された。今後の治療方針についてだと思っていたが、今朝から容態が急変し肺炎を併発しており、延命治療をどうするかとの相談であった。医師としては一番頭の重い相談事であろう。しかし、2月に母を亡くした折に、父とも兄弟とも既によく話をし、合意済みであった。父は家で死にたいので、病院には行きたくないと拒んだ程だった。「一切の延命治療はして欲しくない旨、既に合意が出来ている」と伝えたら、「大したものですね。自分も同年代の親がいて、見習わねば」と妙に感心され、医師も緊張感から解放されホッとしたかのようだった。そして「本日中に家族の方々を呼んでください」とも言われた。

 父はこの朝から人工呼吸器マスクをされていたが、息苦しそうだった。私が来たのもわからない様子だった。5/4(日)の夜、ゴルフの帰りに寄ったら、だいぶ具合が良さそうで「スコアカードを見せろ。みんな下手だな。」などと珍しく他人に関心を示す程、余裕があった。私は兄弟に「親父が復活した」とメールを送った程だった。個室に移してくれ、南向きの明るい部屋で、これまでの感謝をこめ話しかけた。「ちょっと昼飯を食べに食堂に行って来るよ」と伝えたら、ずっと開けていた口を2回パクパクしたのだった。あとから思ったら、これは私に何かを伝えたかったのかもしれなかった。「俺はもう危ないので行くな」と言いたかったのかもしれなかった。最上階にある食堂で食べていると、看護師からの携帯への電話で呼び戻され、部屋に急いだ。容態が悪化した。荒かった息も次第に弱くなり、眠っていくかのようだった。明るい春の陽の光を浴びながら、父は静かに旅立っていった。

 母が2/16に亡くなってからまだ3ケ月も経っていなかった。母が入院して、父の食欲はめっきり細り、痩せて衰弱していった。この間で10数キロも体重を落とした。母が亡くなってからは一人で暮らす父が心配で、交代で訪ねて行った。3/15の誕生日には「俺は90歳まで生きる」と意気軒昂に宣言していたのだが、3/29の母の納骨の時にはすっかり弱っており、心配になった。男は奥さんに先立たれると弱いもので、2〜3ケ月で逝ってしまう人が多いと言われる。一方で女は旦那が亡くなっても益々元気に長生きする人が多いようだ。男女の何が違うのだろうか。

 父は84歳で天寿を全うしました。日本の男の平均寿命が79歳だとすれば十分長生きしたし、4年前に脳梗塞で倒れる前まで好きなゴルフも山登りもしていた。酒も煙草もやっていました。後遺症で足が多少晩年は不自由になりましたが、まずは健康で、病院で寝たきりになったのも最期の9日間だけでした。84歳のいい生涯といえるのではなかっただろうか。父は母が亡くなって、生きる気力を失い、後を追うように死んでいった。陽気な明るい母は天国でせっかく自由に楽しくやっているのに、こんなに早く父が来てしまったのかと眉をひそめているかもしれない。そんな二人が天上でどんなやり取りをしているのか、想像してみるのも楽しい。

 

2014-04-28

macky-jun2014-04-28

[] 友遠方より来たる 16:39  友遠方より来たるを含むブックマーク  友遠方より来たるのブックマークコメント

「朋有り、遠方より来たる。亦た楽しからずや。」論語の学而篇の一節だそうである。 意味(解釈)は諸説あるが、一般的なのは「友人が(珍しくも)遠方から訪ねてきてくれるのは、こんなうれしいことはない。」遠い場所から訪ねて来た親友と久しぶりに近況を報告し合ったり、意見を交換したりするのは、人生の大きな楽しみであると同時に、人生そのものを豊かなものにする。

 ドイツから旧友が夫妻で訪ねてきた。28歳でドイツに研修に出かけた時に出会った友人である。AlbertはMunchenのBayerishe Hypo Bankでの研修プログラムでOst支店で研修した時の先方担当者であった。その1年後に彼がECプログラムとして日本で研修を受けることになり、今度は私のいた銀行でも研修を受けることになった。彼は約2年間日本に滞在し、日本の女性と結婚した。その後、彼はHypo Bankの証券現法を立ち上げ、日本の代表者となる予定であったが、役員が替わりその計画が中止となった。憤慨した彼は銀行を辞め、自身で金融取引会社を興して代表となった。自分の会社を立ち上げ、忙しくなったAlbertとは9年前に会ったきりだった。また奥様とは結婚前に会ったきりだから、実に25年ぶりだった。

 毎年、クリスマスカードとして詳しく近況を書いたメールをくれる。東北大震災の際には原発に過敏なドイツ人として「早く東京から脱出するべきだ」と強くメールや電話で説得されたこともあった。そんなこんなで人生の半分前に出会った外国の友達と永い交友が続いている。

 日本のおもてなしをしようと小石川の魚屋「翁家」に刺身を注文し、旬の筍料理を用意した。日本酒スパークリングワインで乾杯した。しかし彼はやっぱりBayern育ちなのでビールが好きなようだった。October FestやWineの話や治安や移民の話,お互いの子供たちの話・・・などなど話は尽きなかった。我が妻にとってもドイツ滞在はよっぽど楽しい想い出であったのか、この日の彼らの訪問を待ち望んでいた。人生はこうした楽しみのために時を重ねているのかなと思えた。わが息子の年齢であった私たち自身の年輪である。はたしていい年輪を刻んでくることができたであろうか。

 庭のシンボルツリーであるはなみずきが白い花を満開に咲かせて、彼らの訪問を優しく迎えてくれた。

 

2014-04-13 荒川

macky-jun2014-04-13

[](22)今日は荒川河川敷に 19:14 (22)今日は荒川河川敷にを含むブックマーク (22)今日は荒川河川敷にのブックマークコメント

 荒川河川敷にある新東京都民ゴルフ場に行ってみた。我が家から北に向かうこと車で25分、王子の少し先の鹿浜橋の袂にある9Hのゴルフ場である。このゴルフ場は開場が1955年の歴史あるコース。河川敷ゴルフ場の発祥の地ともいわれ、プロゴルファー青木功が中学卒業後にキャディーとして働いていたこともあったという。平日は9Hで3,800円、追加2,200円、4ラウンド目から無料。土日は9Hで4,800円、追加2,700円である。http://www.sttg.jp/

 ここも到着順にラウンドする。この日は60代の悠々自適と思われる退職ジイさんと中学生のジョン君と回る。ジョン君はアジア系の外国人、小柄なので小学生かと思ったが、中学2年生とのこと。公式大会にも出場している本格派らしい。なるほど大変上手であり、ジイさんや私を差し置き、オナーをなかなか譲ってくれない。482YDあるPar5のホールでは、2打目残り200YDをなんと2オン1パットのイーグルを決めたのにはたまげた。

コースは9H、1,965YD。広くは無いが池もバンカーもあり、Par5が1H、Par4が2H、Par3が6Hという構成だ。ドライバーも打つことができる一応本格的なコースである。更に上流には赤羽ゴルフ倶楽部が、対岸には川口パブリックゴルフ場が広がる。

 河川敷ゴルフ場に行くようになってから東京を流れる河川、特に人工的に造られた荒川に関心をもった。東京を東に行くと隅田川、荒川、江戸川を渡ると千葉にでる。この3つの河川でも荒川の規模の大きさは目を引く。荒川は元は「荒川放水路」と呼ばれた。1910年の大洪水の翌年に事業着手し、19年の歳月と延べ300万人以上が携わり、完成した。水の脅威から東京を救った世紀の大事業である。その為、川底に眠ることになった集落や道路や学校などもあった。多くの犠牲を払いながらも暴れる川から守る治水大事業として開削された。当時の人たちの苦労を思いながら、私は呑気にも少年とジイさんと球と戯れる。

2014-04-09 研究

macky-jun2014-04-09

[]はたしてSTAP細胞は存在したのか 19:35 はたしてSTAP細胞は存在したのかを含むブックマーク はたしてSTAP細胞は存在したのかのブックマークコメント

 STAP細胞論文に関する疑惑が世間を賑わしている。4/1に理化学研究所理研)が調査報告をし、捏造・改竄(ざん)があったとし、小保方晴子ユニットリーダーただ一人に研究不正があったと認定した。それに対し、4/8小保方氏から不服申し立てがあり、4/9本日記者会見があった。

 そもそも今年1月に世紀の大発見としてマスコミに大々的に報じられた。小保方氏が若い可愛い女性であったこともあり、リケジョの星とか割烹着の姿とかが話題となった。しかしその後、ネット上でネイチャー論文での画像疑惑や早稲田大学院での博士論文からの画像利用や他の論文からのコピペ疑惑が噴出した。当初「STAP細胞の正当性」を強気に主張していた理研も、調査に乗り出し、不正認定を行ない、今回の泥仕合となった。私自身もこの間の成り行きを注意深く、興味を持って追っかけてきた。いったんはこぞって持ち上げ、いざ雲行きが変わると一斉にバッシングを行ない、関係ないと思われる個人の私生活の報道も含め、落とすところまで落とす、マスコミの節度のなさは毎度のことながら呆れることばかりだ。

 また理研側の対応にもがっかりした。「若い未熟な研究者の仕業」に結論付けたやり方はまるでトカゲの尻尾切りだ。私は決して小保方氏の肩を持つつもりはないが、そもそも「若い未熟な研究者」をユニットリーダーにさせた理研の任命責任が問われる。また共同研究者はいったい研究や論文の矛盾が見破れなかったのか。世紀の大発見にただ名前を連ねたかっただけなのだろうか。上司の笹井副センター長や元リーダーの若山山梨大教授などに責任は無かったのだろうか。iPS細胞でノーベル賞を先に越された京大山中教授のライバルである笹井氏を組織として守る為のトカゲの尻尾切りなのか。笹井氏は一切会見の場にでてこなくなったが、自分を擬えた「ボディガードケビン・コスナーはいったいどこに消えてしまったのだろうか。

 理研側にも独立行政法人から特定国立研究開発法人への指定替えという組織課題があった。これが今回のSTAP細胞での勇み足になっていなかっただろうか。理研の年間予算は約900億円だが、その93%は国からのもの。特定国立研究開発法人になると予算も更に増額され、海外からの優秀な研究者獲得にもつながる。何としてもSTAP細胞で指定に弾みをつけたかったのではなかったか。

 小保方氏の画像の切り貼りや他の論文の盗用やコピペは単純なミスなのか、故意なのか悪意のないミスなのか、議論は分かれよう。しかし一流の研究機関に所属する研究者が悪いことや間違ったことと知らずに行なったというのはとてもお粗末としか言いようがない。確かにネット文化で育った若者たちは課題論文や卒論をコピペで書くことが常習化している。小保方氏も学生時代からそうした文化に慣れ切って育ってしまったのではなかろうか。そうしたことで彼女は得することはないし、どこかでばれるのは明らかなので、悪気は本当に無かったのかもしれない。単に論文作成や研究作法を正しく知らなかっただけなのかもしれない。ならば指導者たちの責任は重いし、理研の組織的な監督・指導責任は問われるべきなのだろう。今回の騒動は個人の問題として捉えられているが、我々がよく知らぬ巨大な研究機関伏魔殿「理研」という組織こそが問題の根幹ではないだろうか。

 さてこの日の小保方氏の会見ですが、一見謝罪会見の様相でしたが、自分の主張はしっかりする、相手の批判は一切しない、隙のない完璧な内容でした。涙目で「STAP細胞はあります」「作成には200回以上成功した」「論文は撤回せず」と強気でした。時に涙という女性の武器を使い、とてもしたたかな、小保方晴子はやっぱり大したタマでした。

2014-04-04 相撲

macky-jun2014-04-04

[](23)靖国神社奉納大相撲12:47 (23)靖国神社奉納大相撲にを含むブックマーク (23)靖国神社奉納大相撲にのブックマークコメント

 靖国神社で恒例の奉納大相撲を観てきました。ここは桜の名所でもあり、満開でした。前日は一日中雨が降っていたので開催が危ぶまれましたが、すっかり晴れ渡り、暖かく春の陽気でした。ちなみにここ靖国神社は我が家から徒歩圏内の近さにありますが、奉納大相撲を観るのは初めてです。いつか来たいと思ってました。

 ちょうど着いたのが12:30少し前でした。12:30から力士の本殿への参拝が予定されています。大群衆の中、程なく始まりました。北の海理事長を筆頭に、大の国理事、白鵬日馬富士鶴竜の3横綱大関関脇の中入り力士が続きます。人気者遠藤もいました。こんな近くで次々と力士を観れたのは初めてなので、いやがおうにも興奮します。

 本殿の北西の奥に土俵があります。ここでは大正時代には本場所も開かれたこともあるようです。屋根付きのなかなか立派な相撲会場です。この日は朝の10:40から序二段の取り組みが開始しており、三段目、幕下、十両と続き、中入りの取り組みは13:30からです。入場はなんと無料なのです。満席で入場できませんとの張り紙が会場外にありますが、事前にネットでチェックしてきたから大丈夫。まったく待つことなしに入場できました。

 朝から陣取っている人が多く、ブルーシートが敷かれていましたが、西出入り口の前で立ち見することにしました。土俵まではわずか10メートルの近さです。外人さんが多いのが特徴的でした。幕内土俵入りから横綱土俵入りまで観れました。先場所に横綱昇進したばかりの鶴竜の雲竜型の土俵入りは堂々たるものでした。まさにこのタイミングで鶴竜を観れたのはラッキーでした。

 さて中入り後17番の取り組み。本場所のように最後まで粘る相撲ではありませんが、関取たちのバチーンとぶつかる立ち会いは迫力満点でした。同格同士のぶつかり合いで、白鵬の取り組みはありませんでしたが、結びの一番は日馬富士と鶴竜でした。日馬富士が当初優勢でしたが、土俵際で鶴竜が日馬富士を吊り上げて勝ち、大いに会場が沸きました。桜舞う中、最高の一日でした。愉快な気分で自宅まで歩いて帰りました。

2014-03-23 江戸川

macky-jun2014-03-23

[](21)河川敷ゴルフ場の面白さ 17:53 (21)河川敷ゴルフ場の面白さ   を含むブックマーク (21)河川敷ゴルフ場の面白さ   のブックマークコメント

 河川敷ゴルフに嵌まっている。都心からそんなに遠くない所に恰好のゴルフ場があることに、車を買ってから気がついた。

 江戸川柴又の先、矢切りの渡しで有名な地に江戸川ラインゴルフ場がある。ここはショートコース18Hとドライビングレンジがある。ショートコースは12Hと6Hの変則ながら、平日は2,250円、土日は3,200円で回り放題である。寅さん映画にも出てきたことのあるコースである。天気のいい日に呑気にラウンドしていると別世界のようであり、何ともいえない幸福感を感じることが出来る場所である。 http://www.edogawaline.or.jp/

 また、ここに併設されているドライビングレンジは 河川敷の広い敷地を使い、まさに打ちっ放しである。両側から打席が向き合っているのだが、400Y以上も距離があろうか。まず打ち込むことは無いようだ。料金も24球が300円、籠いっぱい120球で1,500円という嬉しい低料金だ。

  河川敷なので風が強い。特に春一番が吹いた日には2,3番手クラブが変わるので、とても難しかった。コースの芝はそんなにいい状況ではないが、悪いコンディションでの練習と思えばいい。いちおう池があったり、当然ながらサイドには江戸川が流れているので、クリークもある。私同様に一人で黙々とラウンドしている人も多い。私はここでひたすら苦手のアプローチの練習を試みるのだ。いつの日か、アプローチの名手になろうと黙々と白球を追っかけるのである。

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