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宇宙塵(ウチュウジン)

2017-02-07

言わずと知れた天才・馬野ミキ&名倉哲

| 21:21

前回紹介した天才・詩人の蛇口さんは、「世間には天才がたくさんいる」と言っていた。

同感。僕の周りにも天才がたくさんいる。

天才を紹介するシリーズ第3弾として、今回は、馬野ミキさんという歌手にして詩人の方と、東京静岡にて、手づくりの品を出展する市・『手創り市』を展開する名倉哲くんを、勝手に紹介したい。(勝手もいいところである)

ミキさんは、僕が一回戦敗退したポエトリー・スラム・ジャパン2017東京予選Bの優勝者であり、前年の大会でも全国大会にコマを進めている。

という一般的な説明では、ミキさんのすごさはイマイチ伝わらないと思うので、内的なエピソードにいきたいと思う。

以前ミキさんにこんな質問をした。

「ミキさんはどうして歌や詩をつくってるんですか?」と。

するとミキさんは、

「中学の時、先生との面談時に、「世界中の男をぶっ殺して、世界中の女とやりたい。もしくは、世界中のみんなと仲良くなるための何かをつくり出したい」って言ったんだよ。その頃からつくることを意識している」

というようなことを返答してくれた。

「もちろん、しょうがなく、でもあるけれど」

と、いう括弧付きの台詞を添えて。

僕は、

「それがつくれたらノーベル文学賞ものですね」

と返した。もしそれが実現されたなら、間違いなく受賞できる気がしたから。


ミキさんのスケールはでかい。

僕がはじめてお宅にお邪魔した時には、奥さんに、

「ペヨー太くんも家族みたいに一緒に暮らすのはどうかな?」

と、いきなり提案したりしていた。

「周りにひとりぼっちがいるなら、放っておきたくないんだよ。でもそれは、自分よりもひとりぼっちな奴が許せないだけなんだけどね。俺もひとりぼっちだから、そいつのひとりぼっちっぷりに負けたくない」


ミキさんの作品に、こういう内容の詩がある。


「子供の晩年より」



例えば百メートルを8秒で走ったら、

愛されるかと思って

注目のスターかと思って

7秒9で走ったら

まわりには

誰も、いなくなって、

真夏の運動場には

雪と桜が同時に降ってきて、








見上げた。







詩集 馬野ミキ「子供の晩年」 より引用

https://www.amazon.co.jp/dp/490500022X/ref=tmm_pap_swatch_0?_encoding=UTF8&qid=&sr=

ミキさんの孤独を見事に表わしていると思う。


そんなミキさんは、今回のポエトリー・スラム・ジャパン2017で全国大会を勝ち抜き、パリのワールドカップで優勝することも視野に入れているという。

その理由の中には、「世界を変える」という使命感が込められている。

ここからはミキさん(正確には、蛇口さん、チン・リーさんと共著)のWEBマガジン、『詩と惑星』から言葉を引用させ頂きたい。



欧米のいい感じの方々は

欧米に追従する 経済大国日本ではなく

日本独自のアイデンティティで、

俺たちの作ってきた世界を壊してほしいとおもっいるのではないか

彼らはもう自分たちの問題を、自分たちで解決できないのではないか


移民問題宗教対立、人種とは何か、世界中ですられたお金はどこに行ったのか

彼らは困っている

本質的に言えば日本人たちはそれをスルーしている

アベ死ね トランプはクソ

お前らの「和」とはそういうものかJAP

欧米人が困っているときに、アジア人は彼らを助ける能力がないのか


ヨーロッパのブランド品を自慢するくらいしか脳のないクソのような日本人

でも 俺は、あると思っている

俺は日本人には、力があるとおもっている


思いでつくりのためにフランスに行きたいわけではない

世界の詩人たちと交流を持ちたいとかのんきなことを言うつもりは無い

小さな日本の詩の朗読の世界でちやほやされるためにいくのではない


言語により

世界を再構築をするために

俺はいくんだ


新しい神話を作りにいくんだ 



『詩と惑星・2017年1月31日・神話』より引用

http://blog.livedoor.jp/poetryplanet/archives/69038825.html



話しは少し逸れたが、そんなミキさんと並べて紹介したいのが、『手創り市』主催の名倉哲くんだ。

それは、先程ミキさんの台詞に出た「世界中のみんなが仲良くなれるなにかをつくりたい」を、ミキさん同様、実はもう自分の足もとから始めていると、僕には思えるからある。

東京にまだひとつもなかった手づくり品の市場を、2006年から雑司ヶ谷で展開。数年後、そこから波及するように、東京都内に止まらず、全国的にクラフトフェアが増えていった。同時に、ものをつくるひとの人口も増大していったのは言うまでもない。今では、手づくりの商品を扱うサイトさえ膨大に増えている。

もちろん、手創り市雑司ヶ谷で開始する数年前から、クリエイターブームのようなものはあった。その波の相乗効果もあるだろう。

しかし、名倉くんはこの現象を狙っていなかったのだろうか?


(ここから先は、僕の空想・妄想?的な話しになるし、事実と必ずしも一致するかどうかはわからないものとして聞いて頂きたい)

僕は「狙っていた」と考える。

以前、ライターをさせて頂いた『ARTS&CRAFT静岡』 のルポにて、僕はこんことを書いた。それは、社会科学者であり哲学者エーリヒ・フロムの著書「愛するということ」を引き合いに出し、真に人が愛し合うには、社会構造の変化が必要になるが、その構図を一足先に実現しているのが『手創り市』という場である、というようなことだ。

http://shizuoka-info.jugem.jp/?eid=614

(2014春季A&C静岡開催ルポ:前編・1部)

スカイ・クロラ』や『すべてがFになる』などの作品を書いた作家・森博嗣も自身のエッセイの中でこんなことを言っていた。(残念なことに、今、手元にその本がないので記憶を辿りながら書くのだが)

もっと多くの人がものづくりをしたら世界は変わるかもしれない。物事の価値が、どれだけいいものをつくるか? という交流になっていけば、戦争はなくなるかも知れない。

というようなことを書いてもいて、それを見つけた時、名倉くんも、遠からず似たようなことを考えているのだろうな、と再度、思ったこともある。それが、僕の名倉くんに対するイメージなのだろう。もちろん、もしそれが当たっていたとしても、当の本人は性格上、それを表面化させないだろうけれど。


植岡勇二

2017-02-04

天才と呼ばれたくないひと・須藤琢

| 07:12

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僕には、小説において、いや創作全般において師匠的な懐の深さを示してくれるひとがいる。

須藤琢さん。

僕の小説『胡蝶の舟』を、展示会用に大幅にリライトした際に、大変お世話になった方でもある。

一緒に物語に入り込み、客観的な視点で推敲をしてくれたのだが、僕では到底たどり着くことの出来ないエンターテイメントの大切な要素を、僕に伝授してくれながらの作業となった。

「物を書く時、物語を構築するときは、書き手は手間を惜しまない方がいいよ。安易な展開や描写を選ぶのではなく」

というような、言い辛いであろうことも正直に伝えてくれる、真摯なひとだ。

須藤さんもまた、僕の周りにいる『天才』の一人だと思う。

しかし須藤さんはその呼び方を嫌う。照れもあるだろうが、本質的には『努力のひと』というスタンスでありたいのだと言う。

そんな須藤さんの作品は、どれも表面がやわらなか質感を持っているように思う。入りやすいのだ。

しかし、その表面のやわらかさに誘われ、入り込もうものなら、どこまでも自由に、自分のペース入って行ける深みが用意されているのだ。

それが須藤さんの提供する、エンターテイメントの真髄のように思う。

須藤さんはもともと漫画家を目指していた時期があり(上のイラストも彼の作品)、今は他の創作も行っている。

『Tightsman(タイツマン)』という彼らしい名義で、『MIXCLOUD』というサイトで、DJ−MIXの音源も展開している。

須藤さんのMIXは一般的なMIXとは違う。現行の曲を、『素材』として扱い、曲を何種類も重ね合わせることで大きな曲を成り立たせる、そんな創り込みをみせている。時にはアンビエント民謡を重ねたり、テクノパンクを融合させたりもする。

ぜひ! 聴いてみてください!

こちらから→★★★

2017-02-03

二人の天才:蛇口さん&白想景(石川洋一さん)

| 21:55

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こんばんは。魂を加速させたいと切実に願う、ペヨー太です。

世界一、人間性に迫るセキララWEBマガジン『詩と惑星』に、今一歩セキララになり切れない僕の文章を掲載して頂けました!

こちら→★★★

今回は、蛇口さんという、その才能は闇の大穴、ミスターブラック&ホワイトホールの異名を付けたくなるような、そんな表現者について書かせて頂きました。

蛇口さんと向き合うことは、純粋に楽しくもあり、また純度100%の恐怖も時折感じます。その底知れぬ才気に。


さらに、僕のWEBサイトでは、もう一人の天才、『白想景』こと石川洋一さんのイラストを掲載させて頂きました!

こちら→★★★

今回の掲載作は、僕の小説『胡蝶の舟』の展示会『胡蝶の舟:そりゅうしのうた』にて出展したガイドブックの掲載作。

小説世界に登場する、様々な効能を持った『茶』をイメージして作品化してくださったものです。

彼の才能もまた、鬼気迫るものがあります!



植岡勇二

2017-01-30

万年一回戦敗退男

| 07:04

おはようございます。植岡です。

先日、言葉の天下一武道会的なイベント、『ポエトリー・スラム・ジャパン2017・東京予選B』に出場して来ました。

この大会は、世界大会の東京予選で、勝ち進むと、全国大会からパリのワールドカップへと進める、そんな構図を持った大会なのですが。。

今回のスラムも、僕は一回戦敗退でした。

結構な低得点で負けたのですが、その低得点の意味をかなり考え続けました。

準優勝した、もりくんという詩人さんのパフォーマンスを見てつくづく感じたりもしたのですが、やはり朗読というか、ステージは、身体あって行われること。

その身体生が僕の朗読には宿っていなかったし、そもそもそこを余りにも意識出来ていなかった。

そして、それを意識出来ていない、ということは、大会・ステージに対するイメージが及ばなかったということ。

つまり、今回の大会について、突きつめて考えられていなかったということだとも考えてられます。

次に、あの場で読むのに今回読んだテキストが的確であったか? ということ。

僕は自分の出番が来るまでに、10人の出場者のステージを観ることが出来たのですが、それらを見ながら感じたのは、高得点を上げるステージの特徴は、コミュニケーション性が高いということ。

それを踏まえ、僕の中に『会場からお題を貰って即興をやることに切り替えよう』という考えも強くあったのですが、結果切り替えずに、用意して来た決め打ちのテキストを朗読。

そして鳴かず飛ばずの低得点を得ました。

それら、様々な理由が心に上がりましたが、やはり一番大きかったのは、大会にかける心の熱量の高さ、だと今に思います。僕はその熱量が低かったのだと。

要は自分に負けた、ということです。それが何より情けない。悔しいではなく、情けない。

朗読が上手かったとか下手だったとか、テキストの内容がどうとか、即興に切り替えるか悩んだとか、そんなことすべて熱量があればどうにかできたことだと思いますし、どうにかしていたと思います。

そんな後悔や反省を書き留めたく思いました。

来年も、エントリーしたく思います。それまでに、やれることをやり切りたいと思います。

ありがとうございました。


ペヨー太

2017-01-15

あけましておめでとうございます

22:18

遅ればせながら、あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願い致します。


さっき、気付いたんですけど、

頑張ると、

自分に感動することができる

瞬間がある。

そしてその感動は、

生きる力に変わる。

今年も頑張り続けます。

自己満、ですが。



植岡勇二