Hatena::ブログ(Diary)

RCaO1.0

2009-07-30

言わずもがなですが、フランク・ロイド・ライトが日本の文化からおおきな影響を受けたことはよく知られています。ディテールはともかく、大枠においてはこれは定説です。


「フランク・ロイド・ライトと東洋芸術

この反動期における唯一の例外にして最も重要なものは、フランク・ロイド・ライトの建築の変遷、つまり1890年代から今日におけるその一貫した展開である。ヨーロッパの抽象絵画が近代建築に根本的な影響を与えることになるのは1920年後のことである。ライトはしかしながら、1890年代初頭のサリバンの改革に直接参画しており、1900年頃には独特の新しい建築を展開し始めていた。東洋芸術の平板な抽象要素のなかに触媒となる霊感を彼は見出したのである。日本の浮世絵は1860年代以降、ヨーロッパの画家ともども建築家によっても敬意を持たれてきていた。日本的な装飾要素はすでにイギリスのネスフィールドによって建築装飾として用いられてもいた。19世紀後半を通してしかしながら、建築における非・ヨーロッパ芸術の影響は文字通り皮相なものに留まり続けていた。というのもそれは、リバイバリストや改革者その他が表層の装飾へ注意を喚起したことから、折衷的なレパートリー範囲を単に拡げただけだったからである。

日本の浮世絵・・・ときに指摘されてきたように日本の建築からではなく・・・から、建築にとってまったく新しい抽象の可能性を見出すには、ライトを待たねばならなかった。東洋のこの版画においてはそれが描いている対象から自律し、構成上の主題の一つとして単純幾何学要素がきわめて注意深く配されていることを、彼は看取した。こうしたことは実際には、ヨーロッパとアメリカの多くの芸術家や批評家によってもすでに気付かれてはいた。ライトはさらに、この種の抽象やパターンという主題は建築において類比的に利用できることに気付いたのである。もしもライトが日本建築を単に模倣したり、それに追いつこうとしただけだったら、彼の建築は同時代の様々な他の建築家のものと本質的には何も違わないものになっていたことだろう。こうした建築家たちは建築形態の新しい概念を根本的に生み出すのではなく、過去のヨーロッパあるいは非・ヨーロッパ建築のあれこれから引き出した要素を単純化したり、様式化して用いることで、デザインの個人的手法を開発していただけだからである 。壁の鉛直平面を強調し、空中に突き出た屋根の平面を強調し、さらには外部と内部空間の相互貫入を鮮やかに示すことで、ヨーロッパ的あるいは東洋的なかつてのいかなる建築も参照することなく、アメリカの住宅建築の要素を造形的に用いる方法をライトは見出したのである。生気に満ちた抽象デザイン、そして積極的な新しい彼の感覚は、その開放的な平面計画や、それに伴う地域的な素材や工法のおおらかな表現から直接導かれたものである。コンポジションの組織を機能的要素から直接完成させることを、彼は意識的に模索していたのである。だが彼はまた自らが敬意を抱いていた日本の浮世絵における幾何学パターンと同様に、ただし今度は三次元の実際の存在物における主題として、これら諸コンポジションを一貫して確固なものとすることにも成功した。

1898年のリバーフォレスト・クラブハウスから1900-1910年にかけての有名な一連の「プレーリーハウス」の過程を通して、この方法に彼は熟達していく。斬新な手つきにもかかわらず、この頃の彼の素材や工法は概してまったく伝統的なものに留まっていた。だが新しい素材を用い始めると、着実に確立されてきた彼の原理は、単なる応用以上であることがはっきりする。実際、鉄とコンクリートの使用によって可能となった工法のために特別に定式化されてきたかのように、それらは見えるのである。サリバン事務所での摩天楼の構法に彼が親しんでいたことを考えれば、これはおそらく自然なことだった。ライトに比べればよほど機械主義的に考えていたヨーロッパの若い建築家たちが、初めてライトの作品に遭遇したときになぜあれほど興奮したのかを説明する以上のものが、そこにあるだろう。

ライトはこの頃、鉛の窓サッシュやその他の装飾的な付加物に二次元の幾何学パターンを導入し、抽象的なコンポジションが建物自体からディテールへと、全体として階層をなすようにもした。こうした装飾的なディテール、あるいはむしろこの種の装飾を使い続けたことにおいて、ワーグナーマッキントッシュといった20世紀初頭におけるヨーロッパの進歩的建築家のものに、彼の作品を近いものとしている。時代が下って1913年、ヨーロッパにおける抽象芸術が最初の頂点を迎えようとしていた頃、シカゴのミッドウェイガーデンズにおいて抽象的な大壁画や、さらには装飾的な付加物を彼はデザインしている。

だがライトをしてこの世代最大の革新者にしているのは、建築的スケールにおける装飾ではなく、その抽象デザイン原理の展開である。この時代、絵画における新しい抽象性に意識的になりつつあったヨーロッパの若い建築家たちが単に皮相な影響を受けたのとは異なり、彼の原理は根本的なものだった。1910年と1911年にドイツにおいてライトが紹介され、当地の建築家たちが彼の建築を研究するにあたって最も印象付けられたのはディテールではなく、概念における大きな変革だった。それゆえライトは、第一次欧州大戦後における抽象画家とモダンな建築家の親密な関係のための最初の道を付けたわけである。だがヨーロッパにおける近代的な抽象芸術に彼自身は何も負っていなかったことは、強調しておかねばならない。彼の建築概念はそれが現実のものとなる以前にすでに成熟していたのであり、さらにはそれまでの四半世紀において、ヨーロッパの抽象絵画や抽象彫刻に最も明白な影響を受けた傾向にある建築家の作品を、彼は非難しているのである。」

アルフレッド・バー 『絵画から建築へ』(部分/拙訳)

2009-07-22

朝から結構な雨。

日蝕鑑賞を期待していたみなさん、残念。


(ある案件に関して)警察署に事前協議にうかがうと、「こちらへどうぞお入りください」となぜか取り調べ室に通され、手錠をお召しになられた方と目が合う。

「あぁすみません。間違えました。そっちの部屋じゃなくて、こっちでした(笑)。

ところで監視カメラをいっぱいつけてくださいよ」

「趣旨は理解しますし、たくさんあるにこしたことはないのですが、予算のこともありますので」


ある夏の日、警察のパトカーの後部座席に座っていると(もちろん容疑者とかそういうのではないです、念のため)、

「そこ臭くないですか」と刑事さん。

「はぁ」

「昨日もそこにホトケさんをのせましてね。連日の猛暑で一人暮らしのお年寄りがですねぇ、もう毎日のようなんですわ」


映画『おくりびと』に独居老人の死後しばらく時間がたった腐乱屍体を運び出すシーンがあったが、警察がパトカーを使ってこうしたものを運びだすこともあるという。今年も梅雨があけると「シーズン」が始まるのだろうか。中越沖地震でも独居老人の犠牲者が多かったときく。年金を与えて部屋に篭絡し、純粋消費者とした段階(いわゆる物象化)で、社会的にはもう半分死んでいるようなものかもしれない。

共同体が機能していたところでは、老人は「日がな一日縁側にすわって何もしない」ことで、逆説的に「監視する」という機能を果たしていたと言えなくもない。ジェーン・ジェイコブスの“eyes on the streets”コンセプトから考えると、そうともいえる。アメリカの19世紀に造られたコロニアル住宅などでは道路に面して軒の深いバルコンがあり、いかにもお年寄りがそこでロッキングチェアに座って道行く人たちを眺めたり、挨拶していただろうと思われるものもある。


与太話。英語の“window”は“wind”と“ow”からなり、“ow”はフランス語の“oeil”つまり目からきているとされる。“window”は「風」と「目(線)」が通るところということだろうか。この点でフーコーの歴史的著を敷衍すれば「窓の背後に実際の視線がなくてもその視線が内面化されれば、窓は監視の機能を果たす」ことにはなるのだが。日本語(漢字)の「窓」では「心」に「公」がのり、その上に冠/屋根がのっている。「心」が私的なものとすると、これは「私」と「公」に関しているということになるのだろうか。

2009-07-20

コロミーナかコロミナか。

言わずもがなですがスペイン系の名前は概してうしろにアクセントが来ます。下の3本のビデオでもそれぞれ0:21と0:13と0:05で「コロミーナ」と呼んでいます。

Beatrizは英語圏でビアトリーズまたはせいぜいビアトリス、スペイン語圏でベアトリス。


D

D

D

2009-07-05

このブログは個人的な「レビューその他」であって日記ではないので、どなたとお会いしたとかそうしたことは基本的には書かないのですが、しかし印象に残っているお話はけっこうあって、ちょうど1年前にある方にお会いしたときのこと、覚えているところで勝手に書かせていただくと


「(ある案件について)それで松畑君は紀伊国屋文左衛門になろうとしとるのかね」

「われわれが子供のころは貧しかったなぁ。農家の手伝人は1年米5俵で買われてきた。5俵だぞ。電気がなかったので天の川がくっきり見えた。東京から来た友人がここには天の川があるんだって驚いていたが、いやあるんじゃなくて見えるんだっちゅうに」

「人は歳をとると保守的になるものだ。長い時間をかけて得た家族や友人に囲まれて居心地のいい場所ができると、それを変えようとはもう思わなくなる」。


いいお話でした。以下は個人的な与太話。

郷土史の本などを読んでいると、20世紀に入ってかなりたっても19世紀的な光景は残っていたのですね。なぜ近代化(機械化)が希求されたか。ひとつには「きつい労働から逃れたい」という動機があったように見えます。

2009-07-04

「近代建築理論に対して二人の同時代イギリス人建築批評家がみずからの考えを表明してきている。彼らは建築形態に関する包括的問題を互いに取り上げ、さらに議論するための土台をこれら表明によって提供した。

ジョン・サマーソン卿は1961年5月の王立建築家協会での講演で、今日の問題を解決する二つの可能な道を示唆したが、その一つは建築形態の土台としての基本立体という概念に関するものだった。サマーソンはこの提案を「すべての建物から近代的な形態の特性を抽出しようとしばし想像するときのみ」と述べて弱めもしているが、続けて後の方でこうも述べている。「この幾何学的絶対性によって、建築家が成就せねばならない最終的な形態秩序に、彼らを導く諸体系や秩序の確立が可能となる」。

レイナー・バンハム博士は他方『第一機械時代の理論とデザイン』において、形態を根拠とするいかなる原理の確立の可能性をも否定するだろうように見える。フィレバン立体の規則を我々の宇宙を統治する原理と同一視するというル・コルビュジエの見解の妥当性に、疑問を差し挟みもする。

本稿において私は「近代的な」形態を抽出しようとするつもりも、デザインや批評の集大成的な体系を提起するつもりもない。適切に述べるなら〈いかなる〉建築に対しても形態が持つ関係を明確にできるようないくつかの考えを表明したい。形態の根拠はいかなるスタイルの建築にとっても基本であり、またそれこそが批評とデザインの双方にとって、共通の言語を展開するのに役立つということが、私の論点となろう。この言語の詳しい特性、その文法と統語は、空間の限定条件に帰されるゆえここでは扱い得ない。私の表明はプロレゴメナ(序)の形をとる。それらは今日の建築的思考に明らかな空虚を充填しないが、しかし少なくともその存在を示すことに寄与はするだろう。

まず創作活動とは何であれ、その制作者のオリジナルな考えが表現手段を通して受け手へといたるコミュニケーションであると考え得る。表現手段はオリジナルの意図を可能な限り明確かつ十全に受け手の心に伝達しなければならないものとしてある。ゲシュタルト心理学によって強調された明確さと理解可能性のこの必要性は、コミュニケーションのいかなる手段の発展にとっても重要なものである。大きさとか均衡とかパターンなどといった要素は、それゆえ表現の理解可能性に向けての基本的なものと考えられねばならない。形態秩序はそれゆえそれ自身のためにあると見做されるべきではなく、明確さにとって補助的なものとしてのみあると、見做されねばならない。建築はその要素を召喚して統合化された意味を伝達し、さらに最終成果物、つまり建物や建物の集合体や全的環境というものを生産する。これら要素はすべて建築的な方程式に寄与するが、これをコンセプトとか、目的とか、機能とか、構造とか、技術とか、形態と名づけよう。私の考えるところではこれらについて調べるやすぐさま、これらは同等の重要性を持っていないことがはっきりするだろうものである。

ショワジーのある一文では、建築は技術に基づくと考えられねばならないと見做されるだろう。他の19世紀後半の建築家のなかでは、ルイス・サリヴァンは、建築とは主として機能の声明であると述べている。初期モダニズムの理論家たちは「時代の精神」とか「時代の意志」の表現としての建築について語るとき、明らかに社会学的あるいは歴史主義的な位置に傾斜していったが、そうすることで目的要素に暗に優先順位を与えたのだった。だがこれら理論家の誰一人として、自分たちの使っている言葉の定義を明確にしようとしなかったし、これら要素に形態がどれほど従属的あるいは支配的であるかを示そうともしなかった。

この中途半端な秩序はそれだけでは、建築の合理的な分野を提供しなかった。さらにデザインの過程でためにするものとして、あるいは気まぐれに使われたときは、危険なものともなろう。

こうしたそれこれの建築要素の調整もされず合理的でもない召喚は、我々がかくもしばしば直面する建築的混乱の原因でもある。たとえば形態の専制は必ずしも機能の要求と擦り合せがつかないように、この問題は簡単には解決しないし、逆にある文化において象徴的に見える機能は他の文化では実用的なものに見えもする。このことは先に述べた要素が本来的に相互に相容れないことを意味しているのではなく、より正確に述べるなら、これら要素が等価に扱われるなら、成果物としての建物の効果を不可避的に損なうようなあり方で、これら要素の重要な自己一貫性が失われることを意味しているのである。これは次のことから導かれる。各要素の合理的に構想されたヒエラルキーは、この問題解決と、実際のところ建築的問題の明快な定式化に、必要な前提であるということである。こうしたヒエラルキーはこの問題が課す個別的あるいは一般的な要求の双方から派生してくるかもしれない。要点を言い換えるならこういうことである。相対的な目的と絶対的な目的の二項による弁証法的展開から、建築において基本となる優先順位を我々は確立せねばならない。この優先順位の提案は今日きわめて重要なものであり、なぜなら我々の社会的、経済的、技術的環境は、何が重要なのか個人では分からないほどに圧倒的に膨張してきているからである。さらに新しいテクノロジー手段は建築家がそれを完全に使いこなす能力を超えて増殖してきている。この窮状において建築はマニエリズムか、さもなくば外部とは無縁に孤立して創作する強迫的強調の自己・表現主義カルトに、逃げ場を見出してきた。個人的表現へのこの渇望は妥当なものとはいえ、包括環境への考えがないことで満足せねばならないとするなら、不変的な優先の体系が提案されねばならず、そうした体系は一時的な目的を超えて絶対的な目的を必然的に優先せねばならないと、ここで議論されるだろう。

一般的な状況を措定すると、つまり我々にとって絶対としての全体的な外部秩序を措定すると、個別的な状況はそのまさに特性から我々を相対的な目的に篭絡するにいたる。つまり個々の建物はその環境との関係で相対的な目的としていまや見做される。この個々の建物は孤立した実体、それ自身が目的であるとはもはや見做され得ず、全体を確立するにあたって単なる中間的な部分であると見做されるのである。それはまだ「理念」として完全な条件というものを持っているものの、予想される将来の条件変化による限界の枠内においてのみである。実際にはある特定の建物を、変わることのない絶対的な予想される目的のために作ることは明らかに不可能であり、なぜならそれぞれの新しい単位が既存のパターンを変えるだけでなく、その存在は将来追加される単位のパターン変化にも影響を与えるだろうからである。たとえば我々は建物を構想するとき、そこへと物質的にいたる手段がないところに入口を設けることはできない。いかなる建物もこの程度には既存の外部パターンを受容せねばならないが、これらは明らかに将来において絶対的な秩序の一部と見做され得る。もっと述べるなら、いかなる将来の秩序も一定でも静的なものでもあり得ない。それはむしろ連続的で成長や変化を受容するものとして考えられねばならないのである。将来の秩序をきっかりと静的なものとするいかなる概念も、ロマンティックでユートピア的なものとして批判されねばならない。サンテーリアの『新都市』構想はこの種の幻想的アプローチの顕著な例だろう。サンテーリアにとって未来主義的なエナジーとスピードは、彼が建築結構的表現として探求していたものにとって絶対だった。そうすることで彼は自ら本質的な矛盾へと取り込まれたのであり、というのも彼が構想した建物は必然的にある特定の相対的なものとして、ただひたすら相対性のみを前提とするからである。いうまでもなくそれは変化する将来の状態というものである。この特定のデザインに対して未来主義的ユートピアの航空力学的流線形の美学を、彼は用いたのだった。これらのイメージの効果がいかに刺激的なものであろうと、それは将来へと連続していくパターンや全秩序を描かねばならない合理的アプローチ・・・あるいは私の言葉で述べるならその絶対的性格を保持しながら変化と成長を包含し得る絶対性・・・という現実的な思考にはなにも寄与しないままなのである。ここで重要なことは絶対的目的の優先というコンセプトであるが、それというのもただそれのみが建築の五要素のヒエラルキーに根拠を与え得るからである。いまやこの主務がなされねばならない。私の論点はそもそも建築とは、形態(それ自身要素である)を、目的や機能や構造や技術に与えるものであるということになろう。こう述べることで私は諸要素のヒエラルキーの頂点に形態を引き上げるのである。今世紀の規範的で合理的な思考が形態的な構想をなかんずく重要視してきたという事実があるとはいえ、このようなあり方で形態の至高性を主張することは独特の立場をとることである。それはこれまでの形態の構想とは異なる種類のものだからである。これまでのものは「形態のための形態」という先入見であり、それは近代建築家を新しい表現手段へと駆り立てた多軸的なコンポジションとか、人工的に対称的な美学といった、あざとい非・機能的なものだったからである。だがもしも全環境に総括性を与える手段としての形態を求めねばならないとするなら、形態・生成のプロセスにはっきりと重要性が与えられるということになろう。秩序や大きさや均衡や全環境のパターンに寄与する限り、各建物のこの形態評価は、必ずしも意図や機能を表現的に表す必要はない。

この立場が維持されねばならないとするなら、この「形態」範疇の最初の大胆かつ重要な二分割をなさねばならない・・・「一般的(generic)」と「個別的(specific)」への分割である。一般形態はここではプラトン的な意味で考えられており、それはそれ自身の内在法則によって定義できる実体である。個別形態とは他方、ある個別の目的や機能の結果として実現した実際の物理的編制を意味している。一般形態はその超越的で普遍的な性質から他の四要素と同水準にはない。だが形態をその個別的な意味において勘案するときにおいてさえ、それはなお一般的なものを指示するか、そこから派生したものとして見られることになろう・・・この連想あるいは参照は、我々の形態知覚に本質的な要素である。建築の一般形態はいずれにせよ、二つの基本型に属している・・・線形的と求心的である。立方体と球は求心的である。直方体と円筒は線形的である。これら基本形態のそれぞれは本来的にそれぞれに内在的な力学を持っており、文法的に使用したり解釈したりしようとするときは、そのことを理解し尊重せねばならない。求心的形態としての立方体は、ある一点から水平と垂直方向に同量外延したものである。これが立方体についてまず理解されねばならないことである。次に理解されねばならないことは水平軸と垂直軸の同等性、六面の同等性、全頂点のあいだに形成される対角線性である。だがここで喚起しておきたい本質的な点は、立方体のこれらの特性はあらゆる一般形態同様、審美的嗜好に勝ってあるということである。

何度も検証されてきた形態・機能の関係を検討すれば、同じ結論に達するだろう。個別形態を〈示唆〉する以上のことは、どんな機能もできない(つまりそれを〈決定〉できない)からであり、いかなる機能もそれに対応した一つの形態などなく、個別形態はただ相対的な(相対的とはあるプログラムの特殊な解釈ということである)性質としてのみ検討され得るものだからであり、それゆえ一般形態に比べればその重要性は劣るということである。個別形態は個人の審美的反応や主観的性質を要求する・・・そのプロポーションや表面特質や構造や象徴性などといった要素である。一般形態はこのような観点から考えられるべきではない。立方体が好きか嫌いかという問題ではなく、その存在を受け入れ、その属性的な性質を我々が認識するかどうかの問題なのである。だが個別形態はその象徴性において他要素とは無関係であり、それゆえ他要素との関係において相対的であると分析されねばならない。

建築のあらゆる個別形態は目的と機能という二つの要素の吟味からもっぱら導かれる・・・構造や技術という他の要素に対し、目的と機能が優先されていると考えねばならないことを、このことは示している。目的についてさらに定義するなら、おそらく論点ははっきりするだろう。ここでのこの言葉はある物の基本的な概念を意味するのに使われているということである。たとえば「寺院」を建設し得るに当たっては、それに先立って「寺院」という考えや概念を持っていなければならない。我々の経験的そして歴史的連想ゆえ「寺院」という概念を「寺院」の機能、あるいは「寺院」という概念によって連想するいかなる個別形態から分けて考えることは難しい。それゆえ目的と機能には緊密な連想がある。その機能が想像できるためには、それに先立って常にその概念を持っていなければならないというわけである。想像することにおいて、古代ギリシア人にとっては古代ローマ人や中世の人々にとってとは異なる個別形態を、この同じ「寺院」という概念が生み出していたことを、我々は知っている。実際いまや次のようなことが明らかとなろう。機能とは、不自由にも広い範囲の意味と適用の言葉であるということである。いまやこの言葉の物理的/実用的、あるいは超越的/象徴的な意味のあいだに区別を入れねばなるまい。「機能」という言葉の最もはっきりした水準では、それはいかなる構造に対してもそれに適切なある行動や利便であると考えられ得る。もしも〈鉛直方向の運動〉として機能が述べられるなら、それに対するものとして〈階段〉や〈斜路〉や〈エレベータ〉を与えることができ、それぞれは個別形態という点で多かれ少なかれある一定の結果をもたらすだろう。この形態生成は目的それ自身に対してではなく、〈機能と目的〉に対応したものであることは注意すべきである。個別形態は規定された実用機能に応答〈可能〉だが、象徴機能一般には応答できないこともまた、注意しておかねばならない。だが純粋実用以外の意味で、鉛直方向の運動を考え始める点もあり得るだろう。「斜路」や「階段」や「エレベータ」をして主要空間を結ぶ副次的空間、移行の空間と考えるなら、すぐさまこうした考えは浮かんでくる。ここから先この空間はまったくの実用的なものとは構想できず、むしろ「象徴的」領域へと移行していく。いまや建物の層間に、単に階段やエレベータを挿入するだけでは不十分である。階段やエレベータの経験をその「象徴的」意味、ある空間から別の空間への移行という、もっと広い意味においてむしろ考えるべきとなる。

象徴機能を意図と混同しないよう十分に注意せねばならない。象徴機能とは超越的思考の表象である。建築においてここでいつも持ち上がる問題は、一般に用いられる個別形態の型が時代によって変わるということであり、それゆえその象徴としての意味も、それぞれの世代において異なりがちであるということである。鑑賞者に与える印象という意味で、ゴシック教会の象徴機能は、今日と中世時代の人々のあいだでは当然異なるだろう。個別建築象徴が持つ性質の主観性や時代性は、それを合理的議論の土台として用いることを妨げてきた。さらにはすべての建築が象徴機能を持つべきとも、この要求を満たすべきというわけでもない。「鉛直方向の運動とは階段である」という考えは象徴的表象を要求するわけではなく、一方で寺院の設計における精神的・道徳的・知的体現という念願は、これを要求する。さらにすでに示唆したように、実用機能への応答が個別形態を生み出しがちな一方、象徴機能への応答は一般形態を生み出しがちなのである(プラトン立体はプラトン的思考と親近性がある)。実用機能からもっぱら派生した個別形態に象徴的意味を与えようとするいくつかの場合では、この状況は込み入ったものとなる。もともとは実用目的のためにあった近代建築の形態に、近代社会の考えに象徴的に言及する形態を、それゆえ我々は見出すのである。ある個別形態へのこの準・超越的な価値賦与は近代建築に特有のものに見える。パノフスキー風に述べるなら、これはその形態のもともとの意味の切下げに通じる置換である。一例として流線形が挙げられるが、これはもともと大きな風圧に対する実用的な応答だった。多くの批評家が指摘してきたように、この種の形態は20世紀の態度や感性を象徴的に喚起するものとして、それ以来広範囲なデザイン状況で恣意的に適用されてきたのである。

先にあげた論点のもう一つの例として、寺院に戻ろう。いかなる場合でも(実用的と象徴的という)二つの機能は、「寺院」という元々の概念から出自せねばならない。純実用的意味で「寺院」の機能とは「大勢・の・人々が・集まる・ための・大きな・場所」であると述べ得る。ここから屋根のかかった大きな空間というイメージに我々は辿り着くだろう。だがもしもまたこの「寺院」は「ある・共同体・の・ある・礼拝・の・焦点となる・場所」のために機能するだろうと述べるなら、我々は象徴的な機能をそれに帰しているのである。個別形態という点で、我々の応答はもはや「屋根・の・かかった・一つの・空間」などではあり得ない。この屋根はいまやそこいらの屋根とはまったく異なったものと見做される。それは異なる形態、異なる構造、異なる素材によって異なる構法をとるだろうし、これらすべてのことがこの建物をして周囲のものから分け隔てがちとなり、それゆえそれを焦点と見做さしめるわけである。これは明らかに象徴機能の要求への応答であると見做し得る。最初の場合、他のいかなる個別形態としての屋根とも異なる「ドーム」という個別形態を、我々が連想するだろうという意味で、ある個別形態を実用機能は生み出し得る。だが実際のドームは異なる人々に異なる経験をもたらすという事実から、個別形態の一時的で主観的な本来的性質が与えられる。つまりある技師はただ単にこれをいかに支持されているかとか、端点応力とか滑らかな表面といった構法固有の問題としてしか、見ないかもしれない。ある宗教指導者はこの同じ構造体をその神秘的含意において、また教会の教義との関係から考えるかもしれない。またある心理学者はそこに性的連想を見るかもしれない、といった具合である。これらすべては個別形態としての「ドーム」の〈知覚〉への応答の類型なのである。だが一般属性的なものとしての「ドーム」の〈概念〉への一連の応答もまた、あるのである。ドームは求心的である。それは全方位に向けて外延的である。遠心運動を示しているのである。もちろん適切な個別形態、特定の状況に対応したドームの実際の形を言うためには個別のものとして実現されねばならないが、それは形態の絶対性でもあろう。たとえばもしもある敷地に全方位のアクセスがない場合、線形形態ではなく求心形態を選択することは正当化できない。

実用機能から個別形態を確定できるのは、ひとえに一般形態の属性的な特質を分析し、特定の条件にそれがふさわしいかどうかを吟味できるときのみである。これは思っている以上に適用できる。一般形態から派生する複合システムは多大であり、それゆえいかなる与件においてもこれでことを進めることができるが、その詳細はここで述べるには膨大すぎる。

次に構造と技術との関係から形態を吟味してみよう。どんな建物であれ、構造とは骨格や静脈や動脈のようなものと考えられるかもしれない。それは目的と機能を物質的現実へと翻案するための枠組みである。ここでは柱やスラブといった構造体だけでなく、配線やパイプやダクトといった機械設備もそれとして含んでいる。構造がスケルトンとするなら技術はそれを繋ぎ止める靱帯である。建物で使用される方法は構造を明確化し分別化させ、要素のあいだの先にみたヒエラルキーにおいて、技術への構造の優位をはっきりさせる。これが正しいとすれば、次に構造と他の要素の関係を吟味できるだろう。たとえば柱やスラブの十字配置は抽象的・絶対的なものとしてはいかなる大きさであってもよいが、具体的素材特性が与えられ個別的なものとなると、その大きさは限定される。柱の単純性や規則性や大きさはただし、まだ触れられていない。目的や機能や形態に影響されずにこれらの柱が立っているとすると、これらはそれ自身の組織に必要な絶対条件にのみ従っているのである(個別条件に対する一般条件の超越という点を、これはさらに証明する。なぜならこの意味での構造は一般的なものと見做されるからである)。

ひとえに目的と機能が有効となるときのみ、単位寸法が具体的になり得る。それは構造・経済性という観点のみでなく、必要とされる機能が最大収容可能な寸法という観点からでもある。この二つの要請はお互いに矛盾していると述べ得るが、各要素のヒエラルキーや妥当性の全メカニズムが動き出すよう召喚されねばならないのは、まさにここにおいてである。まず内在的機能への嗜好を述べたとしよう。そうすると機能にあう柱配列やその間隔にふさわしい素材選択というものを歪めてしまう。絶対目的に対する内在的機能の優位からくるこの歪曲はしかし、内在的機能に配慮しながらこの最初の歪曲を是正しようとすると、絶対目的の優位を再確立するだろうものでもあろう。

構造形態に関する決定はそれゆえ、究極的には一般形態から引き出されてくるように見える。柱が円柱でなければならないか、角柱でなければならないか、十字平面形でなければならないか、あるいは長方形平面でなければならないのかということを決め得る他の要素については、論拠の確かな制限要素はない。全的秩序かあるいは目下のある特定の一般形態のいずれかの要請が、ひとえに決定を導き得るのである。

かくして議論は建築要素のヒエラルキーの頂点に「形態」を措定した。建築に関する「形態」という言葉のある種の定義はこれまでのところ間接的にしか与えられない傾向があったが、いまや直接的にできるし、またそうすべきなのである。辞書的同義語としては「編制」とか「部分の全体への関係」といったものがあるが、これらは有益なヒントとして、心理学のベルリン学派によって提起された「ゲシュタルト」の標準的定義を喚起する。つまり「どの瞬間において見えるものも全的知覚領野における個々の部分体である」というものであり、この個別体は「単なる並列や出鱈目な配分とはまったく正反対にある」組織方法から派生してくるものである。もちろんこれだけでは建築の形態によって意味されるものを描写するには不十分である。なぜならここではいささか視覚性や絵画性が強調され、このまさに視覚性とか絵画性というものこそ私が避けたいと危惧するものだからであり、実際私はこれに反対して議論しているからである。建築形態を理解するには運動の概念を導入し、建築経験とは数多くの経験の総体なのであり、それぞれの経験は(他の感覚器官ともども)視覚によって理解され、なおかつ当初の絵画的鑑賞に要した以上の時間経過によって蓄積され、知覚的なものではなく、概念的なものとして組上げられたものであると措定せねばならない。この総体は概念的なものであるゆえ、概念的に明快でなければならない。視覚的であるとともに知性的にも理解できるものでなければならないのである。ゲシュタルト心理学者たちは理解可能性とは、たとえば正方形や長方形や円といった本質的に単純なものからなる編制に依拠すると、最終的に唱えてきた。こうしたものが三次元に投影されると、立方体とか直方体ブロックとか球になる。つまりこれまで論じてきた一般形態や基本立体のことである。同様にしてこれらがひとたびその内部と外部から経験できる、なおかつほとんどの場合さまざまな高さから経験できる建築の実体として投影されると、全統覚は運動の過程によって組み上げられるだろう。形態的明晰性や十分に理解可能ないくつかの原・立体への誤謬なき参照性はこうして一層重要となり、それというのもそれを経験している人はその始まりから終わりまでの全ての印象を、過程の最後において視覚的あるいは潜在的に保持できていなければならないからである。一般形態に基づく建築論理のみがこれを成就できるだろう。とはいえ最終成果物とはひとえに、他の同等要素と形態の一つの統合物としてのみあり得ると、あまり強調すべきでない。

このことは、一般的には求心的な点状立体単位と一般的には線形的な平板状立体単位を比較すると、分かるだろう。これらはともに、単位を垂直に積み上げていく機能と目的から出てきたものである。各立体単位は求心的編制であるか、線形的編制であるかの違いを明確に示さねばならない。垂直動線の問題の解決はどちらの立体にも共通するものだが、一般形態との相互関係やそれらが導きだされてきた過程に論理的基礎をなすように見える。どちらかにエレベータシャフトを付け足してみよう。それはときとして、そうすることで垂直方向性を明快に強調するという考えでなされるが、その利便的な機能のピクチャレスクな表明にしかならないものである。そうではなくこの垂直運動に一つの個別形態を与えるなら、それも利便的機能を満たすだけでなく、地上レベルから上方への移動という機能を象徴的に満たすものなら、さらには線形形態の一般特性を表現するものなら、建築形態が意味する一例を統合的に示すことになろう。螺旋状に移動していくなら点状立体単位の求心的側面を定義するだろうし、流れるように連続していくなら平板状立体単位の線形的側面を定義するだろう。この比較をなすためにどちらか一方において、連続階とそのあいだの移動手段を無関係なものとする必要は、もちろんない。

こうしたことは明らかに、形態を与えることとは、単に形を作ったり、美しいものや審美的に心地よい物自体を作ることなどではないことを示している。そうではなくむしろ、概念と個別形態の機能を明快にするためのものであれ、あるいは個々の建物と全的環境のあいだの見えない関係を明快にするために向けられたものであれ、これは一つのオーダーの表明なのである。形態とはそれゆえ個別的なものであるとともに一般的なものなのである。それは目的を表現したり、機能を満たすために建築に個別的な手段であり、秩序ある環境を創出するために建築に一般的な手段なのである。



2008-10-25でも触れたアイゼンマンの初期論文で、まだニューヨーク・ファイブとして登場する前のもの。ルドルフ・ウィットコウアらの影響が散見される形態論。全文はどうかという考えもあるかもしれませんが、アイゼンマンの論文が和訳される可能性は限りなくゼロに近いと思われますので、まぁよかれと調子にのってアップしています。

Connection: close