コンクリート製の辺境地より

2014-12-29

2014年の映画回顧番外編・旧作映画ベスト50

1:映画に愛をこめて アメリカの夜 La Nuit américaine(フランソワ・トリュフォー、1973)

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2:フィツカラルド Fitzcarraldo(ヴェルナー・ヘルツォーク、1983)

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3:自転車泥棒 Ladri di Biciclette(ヴィットリオ・デ・シーカ、1948)

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4:ミリオンダラー・ベイビー Million Dollar Baby(クリント・イーストウッド、2004)

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5:叫(黒沢清、2006)

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6:ウルトラミラクルラブストーリー(横浜聡子、2009)

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7:オアシス Oasisイ・チャンドン、2002)

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8:霧の中の風景 Topio stin omichli (テオ・アンゲロプロス、1988)

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9:冬冬の夏休み 冬冬的假期(ホウ・シャオシェン、1984)

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10:浮草(小津安二郎、1959)

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11:愛と希望の街(大島渚、1959)

あの頃映画 「愛と希望の街」 [DVD]

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12:ムーンライズ・キングダム Moonrise Kingdom(ウェス・アンダーソン、2012)

13:戦火の馬 The War Horse(スティーヴン・スピルバーグ、2011)

14:最前線物語 The Big Red One(サミュエル・フラー、1980)

15:鴛鴦歌合戦(マキノ雅弘、1939)

16:未知との遭遇 Close Encounters of the Third Kind(スティーヴン・スピルバーグ、1977)

17:吾輩はカモである Duck Soup(レオ・マッケリー、1933)

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18:捜索者 The Searchers(ジョン・フォード、1956)

19:赤い靴 The Red Shoes(マイケル・パウエル&エメリック・プレスバーガー、1948)

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20:ショーン・オブ・ザ・デッド Shaun of the Dead(エドガー・ライト、2004)

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21:けんかえれじい(鈴木清順、1966)

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22:キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン Catch Me If You Canスティーヴン・スピルバーグ、2002)

23:浮き雲 Kauas Pilvet Karkaavat(アキ・カウリスマキ、1996)

24:ラルジャン L'Argent(ロベール・ブレッソン、1983)

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25:リオ・ブラボー Rio Bravo(ハワード・ホークス、1959)

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26:軽蔑 Le Mepris(ジャン・リュック・ゴダール、1963)

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27:レナードの朝 Awakenings(ペニー・マーシャル、1990)

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28:バッド・チューニング Dazed and Confused(リチャード・リンクレイター、1993)

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29:シークレット・サンシャイン Milyang(イ・チャンドン、2007)

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30:長江哀歌 三峡好人(ジャ・ジャンクー、2006)

長江哀歌 (ちょうこうエレジー) [DVD]

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31:見知らぬ乗客 Strangers on the Train(アルフレッド・ヒッチコック、1951)

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32:リバティ・バランスを射った男 The Man who Shot Liberty Valance(ジョン・フォード、1962)

33:わたしはロランス Laurence Anyways(グザヴィエ・ドラン、2012)

34:ロボコップ Robocop(ポール・バーホーベン、1987)

35:汚れた血 Mauvais Sang(レオス・カラックス、1986)

36:ナッシュビル Nashville(ロバート・アルトマン、1975)

ナッシュビル [DVD]

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37:アダプテーション Adaptation.(スパイク・ジョーンズ、2002)

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38:グロリア Gloriaジョン・カサヴェテス、1980)

グロリア [DVD]

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39:秋津温泉吉田喜重、1962)

あの頃映画 「秋津温泉」 [DVD]

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40:マネーボール Moneyball(ベネット・ミラー、2011)

41:チェンジリング Changeling(クリント・イーストウッド、2008)

チェンジリング [DVD]

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42:蜘蛛女 Romeo is Bleeding(ピーター・メダック、1994)

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43:容疑者Xの献身西谷弘、2008)

容疑者Xの献身 スペシャル・エディション [DVD]

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44:楽日 不散(ツァイ・ミンリャン、2003)

ツァイ・ミンリャン監督作品  楽日 [DVD]

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45:ざくろの色 Sayat Novaセルゲイ・パラジャーノフ、1969)

ざくろの色(デジタル・リマスター版) [DVD]

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46:十二人の怒れる男 12 Angry Men(シドニー・ルメット、1957)

47:ヴィクトリア女王 世紀の愛 The Young Victoria(ジャン・マルク・ヴァレ、2009)

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48:A.I. Artificial Intelligence(スティーヴン・スピルバーグ、2001)

A.I. [Blu-ray]

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49:ペパーミント・キャンディー Bakha Satang(イ・チャンドン、1999)

ペパーミント・キャンディー [DVD]

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50:百年恋歌 最好的時光(ホウ・シャオシェン、2005)

ホウ・シャオシエン監督 『百年恋歌』 [DVD]

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2014年の映画回顧・私的劇場公開映画10選

ぼくにとってはあまりにめまぐるしい年だった。だからと言って「電子の妖精たらん」というのがネット上でのぼくのポリシーだから自分の身の上を滔々と語るつもりもまたないのであるが、多くの強烈な価値観に絡め取られ、ある意味身と心を贄としてそれに貢ぐような日々を送ってきたわけだ。映画にしてもそれは同様で、その程度の大小はどうあれ、ぼくはもう去年正しいと思っていた場所にはいない。その理由を理論立てて説明できるほど賢くもなってはいないのが痛々しいが…。

ともあれ、「今年のベストを人前で披露したい」という、ともすれば「●●あるあるー早く言いたいー♪」的な卑屈なオタク根性を、今年もまた使うときがやってきたというわけです。

が、本年度の鑑賞本数は50本に過ぎない。去年なら「それ位観てたらベストも按配よく出せるやろ」と思ってたかもだが、50本観ると50本観たところからの「まだこんなに観れていない」という事実に突き当たる。ここでぼくの観れていない映画を一々挙げてゆくにも及ばない。ぼくはまだ自分で食べる分を自分で稼いでいる正規の社会人でも、当然映画で食べている人間でもないので、この先もこの状態が続くだろう。それがぼくのアマちゃんたる所以だ。と、こういうことをつらつら書いて、どのくらいの人数が嫌がるのか、それも考えぬまま、とりあえずその10選を五十音順で書いてみる。

●WOOD JOB! 神去なあなあ日常矢口史靖
この作品について、「矢口史靖が守りに入った」、「賞味期限切れの教養小説の世界に堕した」という謗りとは真っ向対立する立場にぼくは身を置きたい。それが何だと言うのだろう。ここにあるのは、その使い古された若人の感情と精神の更新期のさまざまな出来事を、あらゆる手を尽くして映画そのものとして成立させるそのめくるめく技巧ではないか。「伊藤英明が枕を蹴る」「枕を蹴る」「枕を蹴る」「枕を蹴る直前に染谷将太がサッと起きる」…というわずか数秒間の細かいアクションの積み重ね…どういうことだ、とお思いの方もおられようが…それが主人公のまごうことなき成長として成立するのだ。こういう成長のさせ方を、シネコン系の全国配給作品で思い切ってやってしまうことにぼくはいたく感動したのだった。



●ウルフ・オブ・ウォールストリート The Wolf of Wall Street(マーティン・スコセッシ
嗚呼懐かしや、High Tention Talkingのスコセッシ巨編。おそらくこの路線では「カジノ」以来の作品だろう。そしてゼロ年代以降の彼の作品のFaceだったディカプリオによる初めてのこの路線でもある。とにかく、倫理の線からちょろっと足のつま先を出した程度の朗らかな悪行と快楽追求を、嬉々として彼に語らせ実践させるのを観るのが楽しい。善悪から大いに逸脱することで全体をまさにコメディーたらしめている。とりわけ、今年の映画館で腹がよじれるほど笑ったのは後にも先にもディカプリオによる筋肉弛緩のシーンただ一つだ。これがあまりにも絵面としてバカバカしすぎるのだ。映画として優れているかどうかというより、カンフル剤的な精神効果のある作品のひとつとしてこれを挙げることにする。



ジャージー・ボーイズ Jersey Boys(クリント・イーストウッド
ここでのイーストウッドは、往年のスコセッシを想起させるような世界観と語りの方法を取っているようでもあるが、一作専行体制にあるスコセッシとは逆にイーストウッドは、自分自身を一端のアルチザンとして使役させる術を年を経る毎にシャープに更新しているようでもあり、それが最大の美徳として機能しているものこそ「ジャージー・ボーイズ」なのかもしれない。価値観のコンフリクトの中にある人間模様への眼差しもいつも通りの彼だが、今作は特にフレーミングの巧みさが際立っている。またトム・スターンがこれでアカデミー撮影賞を獲ったとしても何ら驚く事はない。それにしても、この映画の中での握手と人払いの回数はどれ位あったのだろうか知らないが、相当多いはずだ。



ダラス・バイヤーズクラブ Dallas Buyers Club(ジャン・マルク・ヴァレ)
この映画のマシュー・マコノヒーだけでも映画そのものという感じがする。というのも、想像するだけでも空恐ろしいデニーロ・アプローチによって彼は自らの筋肉量自体で演技をしているからだ。そこには勿論マコノヒーの役が陥るエイズという病魔や、価値観の崩落とその回復象徴化作用もあろうが、まずそれが同じマコノヒーであることがそれ以上に重要なのである…死へと人を振り下ろすロデオの残酷な牛にしがみ付き続けるのは終始彼であるはずなのだ…それはつまり方向は変わらず、ただ歩み方が変わったという、それだけの話、なんだがそれに如何に精魂が傾けられているか想像しただけでも泣けてくる。ジャレッド・レトの役割も基本的には同様か。



●罪の手ざわり 天注定ジャ・ジャンクー
こういう映画に対してぼくが常々抽象的な感想しか並べられないことには苦々しい気分にもさせられるのだが、なべて映画の世界では、申し訳程度の、しかし多分に身体的な理由付けがあれば殺人を犯してもよいわけであり、そういう意味ではジャ・ジャンクーは選ばれた殺人者に相違あるまいて。道徳的価値観なら殺人は因果のはじまりで実行者は否応なく応報を受けるのが正しいのだろうけど、登場する4人の主人公はむしろ殺人によって因果から解き放たれているという点で極めて挑戦的な作品とも言える。もっと下世話なことを言うと、最初チアン・ウェンショットガンで嫌な奴を撃ちまくるというだけでもご飯3杯ぐらいいけますよって話で、やっぱり中国の料理は濃いというか、ご飯に合うというか…という軽薄な話になっちまった。

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●郊遊 ピクニック 郊遊ツァイ・ミンリャン
この映画における家族と住居にかかった意味を咀嚼しきれてないのも事実だ。しかしぼくが挙げる10本の映画のうち、最も“動かない”映画という観点で、最もラジカルな映画だと言う事も可能な映画である。ただし「私は映画を観に来たのであって風景を見たい訳ではない」と因縁をつけることは、何もミンリャンが静止画やスライドショーを映しているだけではない時点で悪質な言いがかりだと言わねばならない。まあこの映画における“動かない”人間は、喩えればリュミエールの初期映画において意外な賞賛を受けた“後ろで揺れる木々”のようなものではないかなとぼくは考えてみた。無論、それらの秀逸な“風景”の中で人間が行動を起こす瞬間の悦楽もミンリャンは忘れてはいない。さあ、キャベツ一気食いだ。



ホドロフスキーのDUNE Jodorowsky's Dune(フランク・パヴィッチ)
挙げる10本の映画のうち唯一のドキュメンタリ映画。なおこれに関しても「ウルフ」の項で書いた通り、完成度は度外視してカンフル剤として効果的な作品の一つとしてのランク・インである。題を読んで字の如く、アレハンドロ・ホドロフスキーの実現しなかった「砂の惑星」映画化企画の秘話で、ホドロフスキーというじいさん自体が異様に面白いじいさんなんだが、その上楽しいのは、出会っただけでも卒倒してしまいそうな伝説的なメンツを一同に集めるべく、彼らを如何にして『なかまになりたそうにこちらをみている』状態にするかという戦略性であり、そして計画がオジャンになった後にも如何にその包囲網の広さとビジョンの新しさがあったかという証明の鮮やかさである。



舞妓はレディ周防正行
観てもいないのに「マイ・フェア・レディ」がどうのとも言えないのだが、例えば最初上白石萌音が一人で大人たちを前に歌いだすところで、ハリウッドの古典ミュージカルの流儀が、クラシック日本映画チックなフレーミングの中で息吹いているというこの事実の奇矯さ、しかしながら明らかにフレッシュなやり口に、手をポンとやってなるほどと言いたくもなるさ。映像への信頼という点では、中盤での京ことば探知機の使い方なんかもとても上等なものであるわけで、某水田伸生舞妓映画みたく「遊郭じみてるけどお座敷でござい」みたいなセットを作らなくとも、その身のこなしと小津的なシンプリーさで十二分に文化としての京芸妓の魅力を出せるというところも、やっぱりいいのであります。



●ラッシュ プライドと友情 Rushロン・ハワード
事実としてズルすぎる、というかどこのスポ根漫画だ!とか言いたいところだが、それをロン・ハワードがどうやってひとつひとつのシーンに昇華させるのかをしっかり考えた上で、快活な語りを行っているわけだからお手上げである。ラウダとハントという二人は、まあ「互いに綺麗な相違のある」人間であるが、それに関しても「だってタイプが明らかに違うわけじゃないですかー…あっ、そうだ(唐突)リア充爆発しろ!」と片付けるのでなく、如何に映画の中にその共通の尺度を置き、彼らのそれぞれの人生の質感を差別化するかのプランニングを怠りなく、結果として非情に効果のあるものたらしめているのが素晴らしく、それゆえ彼らが仲良くなっていくのを、より深い感慨を以って受容することができるのだろう。



●リアリティのダンス La Danza De La Realidad(アレハンドロ・ホドロフスキー
昔観た「エル・トポ」の記憶からしてみると、カット割り等々のスタイルにかなり変化があって最初は戸惑ったが、徐々にその語り方が年代記的自己回顧にうまく嵌っているのを感じると、逆にこの監督の抑え難い若さは如何なるやと思い至った。ホドロフスキー自身とその親族へのセルフセラピーであるこの映画もまた強烈な“カンフル剤映画”だが、ぼく自身劇場で観たときの冷静の保てなさはとてもよく分かっているので、精神世界を映像に互換することにおける彼のセンシビリティを果たしてどこまで掴めるものなのかを確かめるためにも、できればもう一度観たいところではある。こういった「映画として上手か、下手か」という判断をこうも鈍らせてしまう蠱惑的な作品には滅多にお目にかかれない。



今回の劇場映画のベスト総括にはあえて順位はつけていない。こっちの方が好きだとか映画としてうまいとかのヒエラルキーは確かにぼくの中にもあるのだが、それに対してのぼくの身のこなしが成立していない状況で、それにしがみつくのもアレだなと思ったのが理由になっていない理由である。まあこれには、蓮實重彦御大の「映画論講義」の冒頭で、おすすめの映画というものを規定するときに生まれてしまうカノン(要するに規範)の危険性が説かれていたのを読んで「あー、僕も気をつけないと『歩く午前十時の映画祭』になってたりするのかもな」ぐらいに思ったりしたということもあるわけですが、そういった表層批評系のエッセンスについては、まだコバンザメのつもりでひっついてあちこち吸ってる程度でしかないので、下手な事を言おうとも思えないわけでして…

ちなみに次点を入れるなら「ゴーン・ガール」を入れようと思う。ロザムンド・パイクうっかり金を落とすシーンが今でも記憶にこびりついているからだ。ネタバレだと言って怒られそうなので白伏字したが、過激なシーンでもミステリ的真相の暴露のシーンでもない。とても素っ気無いがつづく展開に必須のシーンだ。



これは極私的なナルシズムの吐露に近いものであり、「人におすすめする」という側面は若干あるとはいえ、Naverまとめでのそれと比べたらその側面はたいへん希薄であることを理解して頂きたい。例えば、「ジャージー・ボーイズ」は誰にでも気兼ね無く薦める事が出来るが、下手に「郊遊」を薦めると、てめぇよくもってことで刺されてもおかしかないのだ。映画というのはそのくらい混沌的で手に負えない代物で、芸術か娯楽かとかいう議論も如何にバカバカしいか、ここ最近ぼくも漸く分かってきたかという瀬戸際にいる。来年書くときは、自分の立場がより明白になっていることを願いたいものだが…どうかな?