窓屋考察

2007-03-23 朝比奈みくる=キョンの妹説の証明

[] 朝比奈みくるキョンの妹説の証明



■証明のプロセス


朝比奈みくる」と「キョンの妹」は、それぞれ『涼宮ハルヒシリーズ』の登場人物である。

これより、この2人が同一人物であることを証明したい。


証明の手順としては、まずこのような説を考えるに至った動機について述べ、続いていくつか考えられる反論や否定要素について検証する。最後に2人を結びつける証拠を提示し、証明終了としたい。

ミステリーに例えると、まずある人物が犯人として疑わしい理由を示し、続いてアリバイトリックなどを提示して、自分に犯行は不可能だという被疑者の言い分を崩す。そして最後に犯人であることを示す証拠を叩きつける、というわけだ。


結論から言うと、指紋や血痕のような直接的な証拠は見つからなかった。

ただし、状況証拠はいくつか示すことができたので、それにより同一人物説を「話としては面白いけど……」というレベルから「可能性は十分に考えられる」という段階まで格上げできたと考えたい。


なお、これより先は、ハルヒシリーズ(憂鬱から憤慨まで)のネタバレを含んでいるため、原作未読の方は注意していただきたい。





■考察の動機


まず、動機から述べよう。

一体なぜ数ある登場人物の中からこの2人を選び出し、しかも同一人物だなどと考えるに至ったのか。

理由は大きく分けて、2つある。


第一に、2人は似ている。



例えば、両者とも目の形が丸い。


俺が大あくびをする横に、朝比奈さんがとことこと近寄ってきた。丸い目をさらに丸くしている彼女は、(退屈 p209)

妹はもともと丸い目をさらに円に近づけ、(消失 p70)


この2人の他に、目が丸いと描写された人物はいない。

ハルヒは大きくて黒い目(憂鬱 p11)、鶴屋さんは大きな目(陰謀 p149)と描かれているが、丸いとは一言も書かれていない。



また、歩き方も似ている。


朝比奈さんの歩調は顔に似合ってどこかちょこまかと幼い感じがして、一つ上の学年とは到底思えないほどである。ウチの妹がそうであるように彼女の歩き方もどこか子供っぽい。(動揺 p256)


長門忍者のような(憂鬱 p112)、ハルヒ鶴屋さんは溌剌とした歩き方であり(憤慨 p25)、この2人とははっきりと区別されている。



さらにキョンによると、2人の寝顔は可愛らしいと同時に猫を連想させるそうである。


子猫みたいな寝顔の朝比奈さんは、ついうっかりナニかしてしまいそうなくらい可愛らしかったが、ぐっと堪えて俺は緩やかに上下する肩を揺すった。(退屈 p110)

ちなみに天使のような未来人はなかなか目覚めなかった。どういう眠らせ方をされたのか不明だが、満腹で暖かい部屋にいるシャミセンなみに幸せそうな寝顔をされると起こすのも気の毒だ。(陰謀 p35)

そしてもう一人、俺の妹はというと朝比奈さんの膝にすがりつくようにして、すっかり夢見時空をさまよっている。猫と同じで起きて喋っているときはうっとうしいが寝顔だけはやたらに可愛く、朝比奈さんも満更ではなさそうに妹の表情を眺めている。(暴走 p321)


他のメンバーの寝顔は、例えばハルヒなら『溜息 p266』『消失 p231』『暴走 p66』、長門なら『暴走 p284』にて登場するが、いずれも可愛いとも猫っぽいとも表現されていない。




無論これだけでは、単に似ているというだけの話である。あるいは語り手であるキョンからしてみれば、どちらも子供っぽいから、自然と描写も似たようなものになってしまう、という可能性も考えられる。

そこで第二の理由として、みくるという存在の特殊性を挙げたい。


『溜息』において、古泉は次のような台詞を発している。


「僕や長門さんの代わりは他にもいるかもしれませんが、あなたにアンダースタディはいませんので」(溜息 p72)


なんとも微妙な表現である。

アンダースタディとは代役のことであるが、みくるがこれに当てはまるかどうかは全く触れられていない。

「僕や長門さん」とは「僕と長門さんと朝比奈さん」を省略した表現なのだろうか。それとも「朝比奈さん」は、含まれていないのだろうか。

こういうケースでは、同一人物の発した似たような表現を探せばよい。


「抑圧しきれない想いが僕や朝比奈さんや長門さんのような存在をここに呼び、僕に妙な力を与えたのでしょう」(退屈p87)

「そうならないように、僕や長門さんや朝比奈さんも心を砕いてがんばっていますから」(退屈 p175)

「僕や長門さん、朝比奈さんは主義主張こそ違え、ほぼ同一の目的でここにこうしているのです」(暴走 p125)


3つもサンプルがあれば十分である。

これにより、古泉は自分と長門みくるを並列させて語る場合、きちんと3人の名前を列挙させて述べる癖があることがわかった。

また、3つの台詞は時期的に「僕や長門さんの代わりは〜」の前後に散らばっているため、何かきっかけがあって古泉の癖やみくるに対する認識が変わった、という可能性も薄い。

以上から、古泉の言より推察するに、朝比奈みくるという存在は文化祭直前時点で長門や古泉よりも重要であったと考えられる。


なぜだろうか。

ここで、長門に注目したい。


「ここだけの話、長門さんに接近したがっている『機関』以外の組織はいくらでもあります。今や彼女は涼宮さんやあなたと同じくらいの重要人物ですからね。特に他のTFEIたちの中でも長門さんはオンリーワンなポジションにいます。そうなったのは最近のことかもしれませんが」(動揺 p137)


上記の古泉による長門評は、12月末、クリスマス後によるものである。

映画撮影時には「代わりは他にもいるかもしれません」であったのが、いつの間にやら「オンリーワンなポジション」である。

この「いつの間にやら」の期間に起こった主な出来事は、この3つ。


文化祭

射手座の日

・消失


長門の転機として最も注目すべき出来事は、言うまでもなく『消失』である。

一言で『消失』と言っても、実に様々なことが起きているが、長門絡みで重要なものを挙げれば主に次の3つである。


1つ目は、世界を部分的に改変する経験を得たことだ。

長門「もう二度と宇宙に生まれないかもしれない貴重な存在」(憂鬱 p278)である涼宮ハルヒの情報創造能力を最大利用し、世界を構成する情報を部分的に変化させた」(消失 p190)

ハルヒのような存在は過去になく、従って彼女の持つような情報創造能力を利用したのも長門が初めてだった。となれば、以後特別な存在と見なされる原因となってもおかしくない。


2つ目は、エラーが発生した後も処分されずに存在し続け、ある種希少とも言える存在になったことである。

仮にこのようなエラーを起こした端末が高確率で処分されるのが通例だとして、長門がそうならずに済んだのが例外中の例外だとしたら、これ以降、長門の存在自体が例外になるだろう。ゆえにオンリーワンである。

無論、仮に、と述べているように、仮定を前提としている。


3つ目は、キョン「お前の親玉に言ってくれ。お前が消えるなり居なくなるなりしたら、いいか?俺は暴れるぞ。何としてでもお前を取り戻しに行く。俺には何の能もないが、ハルヒをたきつけることくらいはできるんだ」(消失 p243)と宣言させたことだ。

長門が言うには、ハルヒは「もう二度と宇宙に生まれないかもしれない貴重な存在」である。一方、古泉が言うには、長門ハルヒキョンと同じくらいの重要人物である。

つまり、キョンハルヒと同じくらいの重要人物なのである。その重要なキョンからこのような宣言が出された。

そもそも、キョンが重要人物であるのも、ハルヒとの人間関係によるものだと考えられる。となると、長門が重要人物になったのも、キョンとの人間関係によるものだと考えられるのである。


実のところこの3つ目が最有力ではないだろうか。

1つ目と2つ目は想像に過ぎないが、3つ目はキョンという先例があるからだ。


いずれにせよ、長門はこの3つのうち、1つしないしは複数が原因でオンリーワンとなったと推測される。

となると、みくるにも、長門のように何か特別なイベントが起こったということだろうか?

彼女は映画撮影時点で既に代わりのいない存在であった。それより前に起こった出来事となると、次の6つである。


・憂鬱

・退屈

笹の葉ラプソディ

・ミスティックサイン

孤島症候群

エンドレスエイト


うち、みくるがそれなりの活躍をしたのは『憂鬱』と『笹の葉ラプソディ』だけだ。

『憂鬱』ではSOS団に加入し、マスコットキャラとなった。また、キョンに正体を打ち明けた。

『笹の葉』では3年前に行き、時間が凍結された長門の部屋で3年間を過ごした。

いずれも長門のそれと比べ、さほど特筆すべきものではない。

SOS団に加入したのも、キョンに正体を打ち明けたのも、みくるだけではない。それにみくるがマスコットキャラなら、古泉は「転校生」という属性を抑えている。しかし、彼はこの時点では自らを代わりのいる存在だと評している。

時間移動に関しても「調査するために過去に飛んだ我々は驚いた」(憂鬱 p147)というみくるの台詞から、未来人にとってさほど特別なものというわけでもないだろうし、時間凍結もハルヒの世界ではさほど決定的なイベントではない。


であれば、残る可能性は1つ。

みくるは物語の冒頭時点で、既に重要な存在であったのである。


ここで、先ほどの人間関係説を思い出していただきたい。

キョンが重要な存在であるのは、ハルヒとの人間関係による。

長門が重要な存在であるのは、キョンとの人間関係によるという説が最有力。

となると、みくるが重要な存在であるのも、○○との人間関係による可能性が高いと言える。


○○に入るのは、ハルヒもしくはキョンである。

なぜなら、物語序盤、SOS団立直後時点あたりで重要な存在と断言できる人物は他にいないからである。

が、ハルヒの線は薄い。憂鬱のラストで、ハルヒの閉鎖空間に呼ばれたのはキョンだけだからだ。ハルヒにとってみくるの存在が貴重なら、彼女も呼ばれてなければおかしい。


残るはキョンだけである。

キョンにとってみくるが貴重な存在となる可能性は2つある。



1つは、みくるキョンの好みに著しく合致しているというものだ。

これを説明するには、まずみくるの役割について考察する必要がある。


だいいち、朝比奈さんが何のためにこの時代にいるのかあやしくなっている感じすらしてくる。ハルヒの監視だけなら防犯カメラにでもさせときゃいい。

何かあるんだ、本当の目的が。朝比奈さん本人は知らない、でももっと未来の本人は知っているような目的が──。

(陰謀 p19)


みくるの役割は、本人が言うにはハルヒの監視で、長門が言うには時空間の変数の調整、古泉に至ってはキョンの籠絡だとどこまで本気なのかわからない口調で言っている。

それらすべてを踏まえた上で、キョンは「何か本当の目的がある」と考えている。主人公にそう言わせている以上、これらのどれとも違う、そしてより重要な何らかの目的があるのだろう。

それは何か?


ここで前述した第1の可能性、みくるキョンの好みに合致している、に戻る。

古泉は『溜息』にて次のように述べている。


「あの通り、朝比奈さんは見ていて危なっかしい美少女です。つい手助けしたくなるのも解ります。あなたは彼女が何をしようと肯定的に受け止めるでしょう」

(中略)

「彼女の役目はあなたを籠絡することです」

(溜息 p258)


ただし、これは本人も言っているように冗談に近い。

なぜなら籠絡に成功してしまっては、ハルヒが『憂鬱』の時のように暴発してしまう恐れがあるからだ。ハルヒに刺激を与えて反応を見るにしても、危険性の高いものは避けるはずだ。

だいいち籠絡が目的なら、現状はいかにも中途半端である。現時点でみくるキョンに迫っても『雪山症候群』の時のように「朝比奈さんが人目を忍んで俺を誘惑しに来るはずがない」(暴走 p280)と思われるだけだ。

だからこれは男と女という意味での籠絡ではなく、もう少し穏健なものなのだろう。例えば『陰謀』では、キョンは突然ロッカーから現れたみくるに無条件で味方し、彼女が誘拐された時には、助けに行く以外の選択肢は考えもしなかった。

みくるに何かあったとき、それがSOS団の他のメンバーと対立するようなものでない限り、キョンは彼女に味方する。あえて籠絡というのなら、その程度の籠絡で十分であり、そのために未来から派遣されたエージェントにしては弱々しすぎるほどのみくるがあえて選ばれたのである。

そして、そのようなみくるだからこそ、初登場から極めて短期間でキョンにとっての重要な存在になれたのだ。


この説の問題点は、すでに古泉が述べた籠絡説をアレンジしただけであり、ストーリー上「何かあるんだ、本当の目的が」とキョンに言わせるほどのものではないことである。

みくるが現代にいる本当の役割」という物語の根幹に関わるようなことを明らかにするにしては、いささかインパクトが弱いと言わざるを得ない。



もう1つの可能性は、みくるキョンの間に、物語開始以前の段階で何らかの関係性があったというものだ。

みくる=?とすると、右辺に入りそうな人物の一覧は次の通り。


キョンの幼馴染

・高校入学以前のキョンと出会った誰か

キョンの血縁者(妹、娘、孫、など)


1つ目は「まさか朝比奈さん、あなたは隣に住んでいたみっちゃん……」というものである。実は2人は子供の頃に出会っていた……。

ちなみに幼馴染という単語が出てきたのは『憂鬱』のみ、それも物の例えで使っただけであり、今さら出てきてもいない幼馴染と同一人物だったんです、などというストーリー展開は考えられない。よって、可能性はほとんどゼロである。


2つ目はハルヒにとってのジョン・スミスのような存在が、中学時代のキョンにもいたというものだ。無論、幼馴染と同様、そんな人物は今まで作中には欠片も出てきていない。したがって、これも現時点での可能性はゼロである。


3つ目は、みくるキョンの血縁者であったというものだ。キョンの妹、娘、孫、などが該当するが、重要なのは、ではその中の誰か、ということだ。

ところで、わざわざキョンの血縁者を現代に送り込んだということは、それが未来側にとって何か意味があるということだ。みくる本人が熱望したとしても、それだけでわざわざ厳重に使用が制限されているTPDDを許可するほど未来側も酔狂ではないはずだ。

ここで、前述した「みくるの本当の役割」を思い出してほしい。彼女がキョンの血縁者であるとしたら、彼女にしか出来ないことがひとつある。

簡単だ。自分はキョンの血縁者だと明らかにすることである。それこそが、本人すら知らないみくるの本当の目的なのではないだろうか。

なお、どうしてみくるが自分がキョンの血縁者だということを知らないのか、という疑問をもたれるかもしれないが、みくるは記憶を一部封印されている。根拠は次章「反論の検証」にて後述する。


問題は、そんなことをして何の意味があるのか、である。

もし、みくるキョンの娘や孫だとしたらどうか。証明すること自体は簡単だろう。みくる(大)なら物的証拠も色々用意できる。

しかし、あまり意味がない。なにせキョンはまだその娘だの孫だのに会ったこともないのである。同一人物だなどと言われても、驚きはするだろうが、それ以上のものではない。

ストーリー上、未来から来た子孫というキャラに意味があるとすれば、それはその子孫の持ち込んできた問題に意味があるのであって、子孫であること自体は副次的な要素に過ぎない。『ドラえもん』の「セワシくん」も、『ドラゴンボール』の「トランクス」も、『ネギま』の「超鈴音」もみんなそうだ。

一方、妹であれば意味がある。みくるキョンの妹であれば、キョンの妹は近い将来、何らかの形で未来に行くことになる。未来に行く理由と併せて次章「反論の検証」にて後述するが、キョンの妹がそのまま現代に留まった結果、朝比奈みくるになるという可能性はない。2人が同一人物であるなら、必ず妹との別れがやってくる。

妹自身がそれを望むとは思えないから、彼女にとっては不本意な形で、ということになるだろう。となれば、当然キョン長門みくるがそうなった時のように取り戻そうとする。それこそ、ハルヒをたきつけでも何でもして奪還に向かう。

しかし、もしその時、みくるキョンの妹であることが、みくる(大)によって明らかにされたらどうだろうか。妹を取り戻すということは、みくる(小)もみくる(大)も消えてしまうということだ。朝比奈みくるという存在は、キョンの妹が未来に行き、そのまま何年も帰ってこなかった結果生まれた存在だからである。

つまり、みくる(小)(大)と妹のうち、どちらかを選べと突きつけられるわけだ。そして、みくる(小)が存在している以上、キョンが選んだ未来は前者だった。

色々あったのだろう。

まず、みくる(大)が、理屈の面でキョンを説得する。気持ちの上で納得させることはできなくとも、何しろ未来に消えた本人の言うことである。これ以上の説得力はない。

感情の面では、みくる(小)の存在自体が説得材料となる。消失の長門と違い、彼女は偽者ではない。何も知らない彼女を消すという選択肢は、キョンには選べないだろう。

以上から、みくる(小)の役割は、キョンの行動を封じ、彼女のいる未来を守ることにあったという結論が導き出せる。


結局みくるという存在の特殊性を追及していくと、最後は2つの可能性だけが残り、そのうちの片方が「みくるキョンの妹」なのである。



以上、2人が同一人物ではないかと疑うに至った理由を述べた。動機としては、これで十分だろう。


第1の理由だけでは、偶然似ているだけ、かもしれない。

第2の理由だけでは、単に可能性を提示したに過ぎない。

しかし、2つそろえば、怪しいという疑念に変わるのである。





■反論の検証


さて、疑念に変えることはできた。

しかし、いくら怪しいといっても、否定要素があってはゼロ倍されてしまい、何にもならない。

そこで考えうる否定的な反論を思いつく限り挙げていき、1つずつ検証していく。



まず、冒頭に挙げた、みくるキョンの妹が似ているという意見に対し、

「いくら容姿が似ててもハルヒの世界では意味がないのではないか?」

という反論が考えられる。

なにせ宇宙人、未来人が出てくる世界なのである。

顔などいくらでも自由に整形できるだろうし、なんだったら性転換手術や年齢操作だってできる。極端な話、キョンハルヒを同一人物として結びつけることだって可能である。ゆえに、みくるキョンの妹が似てようと似てなかろうと、2人が同一人物である根拠にはならない……。


しかし、この可能性は薄い。

なぜなら、前例も伏線もないからである。

今まで1度も作中に整形や性転換が登場してこなかったのに「実はA君は整形してBさんになったのです」と言われても、読者としては「は?」である。

物語というのものは往々にして開始と同時に問答無用の奇怪な設定が突きつけられるものだが、逆に言えば開始と同時でなければ問答無用で奇怪な設定を突きつけることはできない。

序盤以降、新たに重要な事実を明らかにする場合は、伏線ないしはちょっとした前例を少なくとも1つは用意すべきなのである。

まっとうな作者ならそうする。でなければ、唐突な後付設定になってしまうからだ。

そして、谷川流はまっとうな部類に属する。


例えば「実は長門は宇宙人でした」という事実は、次のようなステップを踏んだ上で判明させている。

1.ハルヒがさんざん宇宙人宇宙人と叫ぶ

2.長門が宇宙人だと自称する

3.みくると古泉も、それぞれ未来人、超能力者であると自称する

4.長門VS朝倉において、本当に長門が宇宙人であることが判明する


ハルヒが延々宇宙人と連発し、自ら不思議現象を探し求めたからこそ、ストーリーの中で本物の宇宙人を出すことができたのである。今まで一度も「宇宙人」という単語が出てこなかったのに、突然リアル宇宙人が出てきても、読者としては「これまでの展開は何だったの?」と思うだけである。1のステップは重要だ。

平凡な日常 → 私は宇宙人です

平凡な日常 → どこかに宇宙人はいないの? → 私は宇宙人です

あるとないとでは、だいぶ違う。


また、2→3→4とそれぞれ、長門が自称する→みくると古泉も自称する→長門が宇宙人である証拠を突きつける、と少しずつ段階を踏んでいっているのもわかるだろうか。しかも3の段階で、実は1の行為が宇宙人や未来人や超能力者を呼び寄せたという事実、つまり1が伏線だったということまでわかる。

平凡な日常 → どこかに宇宙人はいないの? → 私は宇宙人です → 宇宙人を探し求めたから宇宙人がやってきた


語り手であるキョンにも伏線を用意させている。

1と2の間では「全然普通ではないことが実際に俺の身の上に降りかかった」、3と4の間では「だがこの時、奇しくも事件はひそかに始まっていたのだ」とそれぞれ前振りをさせている。


これだけでも、作者の気の使いようがわかるというものだ。


したがって主要人物が実は過去に整形していました、などという大きな事実が今後明らかになるとすれば、それなりの前例ないしは伏線がないとおかしい。それがないということは、現時点でそんな事実は隠されていないということだ。

人物AとBが容姿が異なっているにも関わらず同一人物であるとすれば、それは年齢による自然変化を経た結果なのである。みくる(小)と(大)はまさにそれである。

そういう意味では、みくるキョンの妹説にとっては都合がいい。


かと言って友人を誘おうにもウチの妹なんか今でも小学校低学年にしか見えない (憤慨 p157)


加えて、見た目が小学校低学年なのだから、仮に成長した姿を見ても、同一人物だとは簡単には分からなくなっているだろう。




次に、物語的な否定要素について見てみたい。

「突然、みくるキョンの妹が同一人物だなんてと言われても、それは物語として面白いの?そもそも作者がそんなことをするだろうか」

という反論である。


作者が物語に対し、どのような姿勢を取っているかは、次の一文から伺える。


すべてのページにギャグだけを重ねていって、ラストの一枚だけがホラーになるなんてことはないよな。そんなもん俺は納得しねえ。誰だってそうだろ? (陰謀 p386)


しかしこれは前述した通り、後付設定になるからダメなのであって、前例や伏線を用意して置けばよいのである。

ミステリと同じだ。いわゆる犯人当てのミステリでは、通常物語の終盤においてようやく「犯人は誰か」が明らかになる。

しかし、

「突然、犯人は山田だなんて言われても、それは物語として面白いの?」

などという読者は、そのミステリがまっとうなものである限り、ほとんどいない。

なぜなら、まっとうなミステリというものは、しっかりと前例や伏線を用意し、論理的に犯人の正体を導いているものであるからだ。


みくるキョンの妹が同一人物であるという事実が突然明らかになったとしても、その時点で十分な前例や伏線があり、作者が種明かしをしてくれれば、なんら問題はないわけである。




続いて、時代の面から見た否定要素について検討する。

キョンの妹みくるくらいの歳に成長するまでの間に、タイムマシンができるほど文明は発達しているのだろうか。ノーである。そもそもみくるは水に浮かぶ船の存在も知らないんだから、その時点で2人は別人じゃないか」

という反論である。


つまりこうだ。

仮にキョンの妹がそのまま現代の世界で成長し、およそ5年後、朝比奈みくるになったとする。

すると、みくるがやってきた未来というのは、実は未来というイメージからはほど遠いほどごく近い将来ということになる。

しかし、これは以下の記述と矛盾する。


「朝比奈さんもこの少年も、ゼニガメを見る目に同情心が溢れている。寒い冬の川にこんな小さな子亀を投げ込んでどうしようと言うのか、ってな無言のアピールを感じた」(陰謀 p326)

「あの子はあの時、二人の男女から亀をもらったことをずっと覚えていました。亀は長生きして、あの人はその亀を見る度にその様子を思い出すことになります。それがきっかけになって、そうね、一つの基礎理論が生まれます」(陰謀 p392)


ゼニガメの寿命は30〜40年である。この時点でまだ小さかった亀が「長生き」と言えるまで生きるには、少なくとも20年はかかるだろう。

またこの基礎理論は、それが生まれるかどうかによって、みくるが来た未来の世界が大きく変わってしまうほど重要なものなのだそうである。基礎的なものにも関わらず、そこまで重要であると断言するからには、みくるの時代には既に理論が基礎的なものから発展して久しいと考えられる。

発展するのに20年はかかるとすれば、みくるの時代は少なく見積もっても現代から40年後。

つまり、みくるがおよそ5年後の世界から来たという説は成り立たなくなる。


しかし別の可能性はある。

仮にみくるが来た時代が40年後の世界だとしよう。

だとしたら、キョンの妹が35年後にタイムスリップし、そこで5年ほど過ごしたのち、40年前にみくるとして帰ってくればいいのである。

『陰謀』にて、みくる(小)は8日前に移動→6日間を過ごす→2日後に移動、という時間移動を行った。同じことを、移動の方向を逆にした上で、年単位にスケールアップさせればよい。


また、水に浮かぶ船や日本の浴衣など、現代人なら知っていて当たり前のことを知らないのも、記憶が操作されていると考えれば問題はない。

それに、記憶と性格がセットで変化するという前例は、『消失』の長門ですでに存在している。

したがって、活発な妹がみくるのようにやや控えめになったこともこれで説明がつく。


なお、みくるが記憶を封じられていることは、以下の会話から推察できる。


「な――なんのことですか?あたしは、あなたを知りません。どこかで……?」

「その認識でいいんだ。あんたが僕に言う挨拶は初めましてでいいだろう。合格だ。しかし僕にはあんたに対して別の挨拶があるってわけだ。この意味が解るか?朝比奈みくる

(陰謀 p295)


後者のセリフは、キョンみくるが花壇で記憶媒体を探している時に現れた未来人の男、固有名詞がないのでパンジーと呼ぶが、その彼が言ったものである。ここで「合格だ」という表現に注意したい。合格とは、合格の可能性と不合格の可能性、両方ある時に用いるものである。

何が合格で何が不合格なのだろうか。

前者のみくるのセリフとあわせて考えるに、みくるパンジーを知らなければ合格、知っていたら不合格ということだ。そして、どうして両方の可能性があるかといえば、これはもう記憶を故意に封印されているとしか考えられない。

もし、パンジーみくるを一方的に知っているだけなら、不合格の可能性など最初からないからだ。


しかし、今度は別の疑問が生じてくる。


・なぜキョンの妹は未来に飛ばされたのだろうか?

みくるに現代の記憶がないのはなぜだろうか?

キョンは妹を未来から取り戻そうとはしなかったのだろうか?

・どうして5年も経ってから戻ってきたのだろうか?



上から順に1つ1つ検討していこう。


まず未来に飛ばされた理由であるが、これを説明するには、まず誘拐について検証する必要がある。

『陰謀』にてみくるは誘拐された。

が、これはおそらく出来レースである。

みくるは何も知らないだろう。しかし、森さん、新川さんといった機関グループと、誘拐グループの間にはあらかじめ密約が出来ていたと思われる。

つまり、誘拐グループにしてみれば、失敗を前提とした上での作戦だったのである。


なぜそんなことが言えるのか?

パンジーの初登場のシーンを思い出してほしい。彼はやたらと不機嫌であったが、その原因の1つとして『規定事項』の存在があると考えられる。


「せいぜいがんばって指示通りに動くがいいさ。そして未来の指示で動く過去人形を続けるんだな」(陰謀 p293)


パンジーの性向として、与えられたことを忠実になぞることを極端に嫌がるというものがある。

花壇に隠された記憶媒体を見つけ、所定の送り先に届けるという行為は、あらかじめ決められた行為である。上記のセリフは、それに対する嫌悪感の表われと読み取れる。

ところで、同じようなセリフが誘拐時にも見られる。


「なあ、あんた、踊らされて楽しいか?僕はごめんだね。解っていることをそのままなぞるなんて嫌気が差す」(陰謀 p351)


これは誘拐が「失敗」した後、パンジーが発したセリフである。ということは、誘拐の「失敗」もまたあらかじめ決められた行為だとは考えられないだろうか。


「これは失敗じゃない。単なる歴史的事実なんだ」(陰謀 p351)


ところで、これが出来レースだとして、目的は何なのだろうか。

みくるが目の前で誘拐された後、キョンの取った行動を思い出してもらいたい。

彼は真っ先にハルヒに電話をかけた。


俺の指は半自動的に動き、どこにかけているのか自分でも解らないまま呼び出し音が耳を打ち、すぐに相手が出た。(陰謀 p335)

ハルヒの声だ。とっさのことで半ば意識をなくしていたあまり、ハルヒの携帯にかけてしまったようだが、この時の俺は思考力のほとんどを失っていた。(陰謀 p336)


多くの者にとっては、これは非常に困る行動である。

二度と宇宙に現れないほどの空前の存在であるハルヒにとって、キョンほどでなくとも、SOS団のメンバーに入れるほどの存在であるみくるが誘拐されたとあっては、何をしでかされるかわかったものではないからだ。


しかし、連絡を受けたハルヒの目の前には、もう1人のみくるがいた。無論、偶然などではなく、古泉などを使ってタイミングを見計らった上での行動だろう。

「まともな思考形態を持つ一般的な人種」であるハルヒは、キョンの言うことを真に受けず、電話を切る。


その結果、キョンは古泉経由で機関に助けを求めることとなる。

彼らは見事、救出、という実績を残した。実績は信用を生む。キョンは機関を信頼するようになってしまった。

さて、次誰かが誘拐されるようなことがあれば、今度は誰に連絡を取るだろうか。


一刻を争うときにハルヒにかけている場合ではなかった。(陰謀 p337)


という前回の反省を生かし、真っ先に実績のある機関に連絡するのではないだろうか。

となれば、誘拐の成功・失敗は機関の思いのままである。宇宙人・未来人・超能力者が手を組んでいるとすれば、怖いのはハルヒだけだからである。

キョンの恐ろしさがハルヒをたきつけられるところにあるなら、たきつけさせなければいいのである。


これで出来レースは成功した。

しかし、成功の果実は、次の誘拐を達成させてこそ味わえる。誘拐されるのは誰だろうか?

森さんはみくる救出後、また朝比奈さんは誘拐されるのだろうか、というキョンの疑問に対し、次のように返答している。


「この時代にいる彼女が誘拐されることはありません」

(中略)

「現在の彼女はまったくの無事です。だって、未来の彼女が身代わりになってくれたのですから」

(陰謀 p355)


これは言い換えれば「この時代にいる彼女」でない誰か、例えば「未来の彼女」がまた誘拐される可能性については全く否定していないのである。

一方で古泉は次のような発言をしている。


「現在の朝比奈さんは僕にも『機関』にとっても守護の対象です。ですが気をつけてください。あなたのあの朝比奈さんとは違う、別の出で立ちをした朝比奈さんはそうではないかもしれませんよ」(陰謀 p275)


この時、キョンは「別の出で立ちをした朝比奈さん=朝比奈さん(大)」だと考えた。しかし、これは彼が勝手にそう思っているだけであり、右辺に入るのは別の人物であるかもしれないのだ。


ここで、みくるキョンの妹であると仮定する。

すると、次に誘拐されるのはキョンの妹である可能性が高い。単純にできるかできないかで考えてみても、みくる(大)とキョンの妹、どちらが簡単かは明白だ。ましてや前者は、めったに現代にいないのである。

その時、古泉はどう動くだろうか。


「今後、長門さんが窮地に追い込まれるようなことがあったとして、そしてそれが『機関』にとって好都合なことだとしても、僕は一度だけ『機関』を裏切ってあなたに味方します」(暴走 p307)


「あの雪山の館で僕が言ったことを覚えていますか?」

(中略)

長門さんがあっさりと窮地に立つなどよほどのことで、そう何度もあるとは思いたくありませんが、僕にできることならしますよ」

その決意に長門以外の仲間にも向けてもらいたいもんだな。

「言うまでもないと思ったんですよ。朝比奈さんも守ってあげたくなる人に変わりはありません」

(陰謀、p275)


古泉は、長門が窮地におちいった時、一度だけ『機関』を裏切ってキョンに味方すると約束した。そして、その決意は言うまでもなくみくるにも向けられている。

みくるキョンの妹は同一人物だと仮定されているので、古泉の裏切りはキョンの妹が誘拐されたとしても、発動する。

彼がどのような方法で裏切るのかは分からないが、成功した場合、誘拐犯側は非常に困るだろう。

何せ出来レースなのである。本来の計画なら『機関』はのこのこ頼ってきたキョンの依頼を受けて再び誘拐犯を追いかけ、今度は「失敗」するつもりだった。にも関わらず、空気の読めない『機関』の一員が裏切ってしまった。話が違うではないか、というわけだ。


この事態を誘拐犯はどう捉えるだろうか。

単なる『機関』の一員の個人的な暴走だと思うだろうか。

むしろ最悪の事態に備え『機関』そのものに裏切られたという前提で行動するのではないか。なぜなら、楽観している場合ではないからだ。出来レースである以上、誘拐犯側に本気で逃げるための準備はほとんどなされていないと考えていい。真面目に追いかけられることなど想定していないだろう

一方で『機関』は誘拐犯の逃亡阻止に万全の準備をきたしていると考えられる。裏切るならば当然の処置だ。要するに、現状は正攻法では逃げられない状況だと判断するのだ。捕まったら、今度は素直に逃がしてくれるとは思えない。

ではどうするか?

誘拐犯側には、未来人もいる。とすれば彼らにとって『機関』から確実に逃げられる方法は1つである。

時間移動だ。過去ないしは未来に逃げてしまえば『機関』はもう追ってこれない。


ところで、未来人の使うTPDD、いわゆるタイムマシン長門は次のように評している。


「TPDDは時空制御の一デバイスでしかない。不確かで原始的」(退屈 p118)

「TPDDを用いた有機情報体の転移には許容範囲ではあるがノイズが発生する」(退屈 p118)


原始的という評価は、長門レベルにしてみればという主観なのかもしれないが、少量のノイズが発生すること、ある程度の不確かさが存在することは間違いないようである。


『そんなぁ、あたしがTP……いえ、そのう、使用は勝手にできません。厳しい審査とたくさんの人の許可がいるんですよ?』(陰謀 p12)


TPDDの使用に厳しい審査とたくさんの人の許可が必要なのは、勝手に使われて未来を変えられてしまうような事態を防止するのが第一であろうが、それとは別にきちんとコントロールして使わないと危険だからとも推測できる。

それでなくともノイズと不確かさを伴っているのである。『機関』から逃げるために、例えば走る車の中のようなところで慌てて使うのは、大変危険であろう。何が起こるかわからない。例えば、一人の少女が巻き込まれて未来の世界に飛ばされてしまうということもありうる。

つまりキョンの妹は、古泉の裏切りによる出来レースの崩壊と、それに伴う誘拐犯の暴走に巻き込まれて未来に飛ばされてしまったのである。

その結果、朝比奈みくるが誕生したのだから、古泉の裏切りも誘拐犯の暴走もすべて「規定事項」なのだろう。



別の考え方もできる。

古泉の裏切りも含めて出来レースだった、というものである。

古泉自身は、出来レースの片棒を担いでいるつもりはないだろう。しかし、誘拐犯にしてみれば彼が裏切ること自体が規定事項の範囲であり、そうしてもらわないと困るのである。

その結果「追い詰められた」誘拐犯は「やむをえず」未来に逃亡する。キョンの妹を連れて、である。

こちらは誘拐犯の心理だの、TPDDのノイズや不確かさだのは関係ない。

事故ではなく、計画通り、だからだ。


最初の説であれば、キョンの妹は自力で未来を生き延び、数年後、現代の記憶を封印されながらも、朝比奈みくるとして故郷に戻るチャンスを手に入れる、という展開が予想される。

もうひとつの説もさほど変わらない。自力で、の部分が、未来人に監視されながら、に変わるだけだ。


以上は仮説であるが、ここでの目的は「キョンの妹が未来に飛ばされたことを説明できる、ある程度信憑性のある可能性」が1つ以上あることを示すことであるため、これで十分である。




続いて、みくるキョンの妹だった頃の記憶がなぜないのか、を検討したい。

みくるに過去の記憶がないのは、パンジーとの会話より明らかだ。

またそれでなくとも、古泉のみくるは自分を何一つ偽らなくてもいい」(動揺 p139)という話を信じれば、2人は野球大会や雪山、映画撮影などで会っている。にも関わらず、みくるキョンの妹に対し、自然に接している。

とすれば、記憶がないとしか考えられない。


過去はなかったことにできるのだ。事実として過去があろうがなかろうが問題にはならない。確かにそれがあったのだとしても、誰も気づかなければないのと同じだ。そのためには──。

記憶を消せばいい。

(陰謀、p395)


みくるの過去もまた、記憶を消すことによって、なかったことにできるのだ。記憶はいつ消えた、あるいは消されたのだろうか。


まず考えられるのは未来に飛ばされた時である。

時間航行が誘拐犯の暴走のように事故のようなものであれば、TPDDが発生させるノイズが何らかの記憶障害を発生させたという可能性が考えられる。

つまり、偶然説である。


もうひとつは、意図的に記憶を消された、あるいは封印されたというものである。

つまり、人為説だ。


可能性が高いのは人為説である。


「彼女が知らされていないのはゆえあってのことですよ。なぜなら、未来人が明確な意図を持って動いていることが解ったとしたら、後はその動きを分析すればいいんです。彼女が自分の未来にとって不都合な行動を意図的にするわけはありませんからね」(陰謀 p156)


未来側としてみれば、みくるは何も知らないほうがいい。

上記の古泉の言う通りでもあるし、無知でいてくれたほうが未来を勝手に変えられる危険も薄い。そもそも彼女の重要性は、キョンの妹である、というその一点につきる。余計なことはしなくていい。

だとしたら仮にキョンの妹が未来に来た時点で記憶を失っていたからといって、偶然記憶が消えてましたラッキー、というわけにはいかない。

偶然消えたものなら、偶然戻ってしまうかもしれないからだ。

要は彼女が過去を覚えていようがいまいが、四の五を言わずに、記憶を封印してしまうのが一番なのだ。

だからみくるの記憶は一部欠落しているのであり、パンジーは「合格だ」という表現をしたのである。




3つ目、キョンが未来から妹を連れ戻そうとしなかった理由は、説明するまでもないだろう。

既に「考察の動機」にて、述べている通りだ。

キョンの妹が誘拐され、キョンハルヒに全てを明らかにしてでも妹を連れ戻そうとする。そこにみくる(大)が現れ、「アルバムを見てください。小さい頃の妹さんの写真があるはずです。胸元に注意してみてください」とでも言い、自分の正体がキョンの妹である証拠を突きつける。

みくると妹と、どちらかを選べと突きつけられたキョンは、みくる(大)の「わたしは大丈夫」とでもいう説得と、何も知らないみくる(小)のことを思い、前者を選択した。

おそらくは、そういうことだろう。




4つ目の疑問、なぜ5年も経ってから戻ってきたのか、もさほど難しいものではない。戻らなかったのではなく、戻れなかったと考えればいいのだ。

理由は色々ある。

例えば、TPDDの使用はみくるでさえ、いちいち申請と許可が必要である。未来においても一般人、それも子供がおいそれと持てるものではないのだろう。タイムマシンが使えない以上、キョンの妹は現代に帰りたくても帰れない。

そもそも、未来側にしてみれば、キョン妹を素直に現代に送り届ける理由がないのだ。むしろすばらしい手駒だと喜ぶのではないだろうか。

前述したように、意図的に未来につれてきたとすれば、なおさらである。苦労してつれてきたのに、なぜホイホイ帰さなければいけないのか。

例えば、彼らはこう取引を持ちかける。

また兄に会わせてやる。その代わり当時の記憶は封じさせてもらう。そして任務が済み次第、今の時代に帰ってきてもらう。

最後の一文は、任務が済み次第、故郷の時代でもこの時代でも好きなほうを選べばいい、かもしれない。未来に戻らざるを得ない状況を作り出せば同じである。

あるいは、このような脅迫じみた言い方ではなく、もっと親切そうな皮をかぶっていたのかもしれないし、みくる自身から自発的に取引をさせるよう仕向けたのかもしれない。

いずれにせよ、結果は同じである。



以上で、反論の検証は終わりとする。





■証拠の提示


「なるほど、確かに私には動機があるし、疑わしいのはわかる。あんたの言うトリックとやらで犯行を行うことも理論的には可能だ。でもな、だからといって私が犯人だとは限らないだろ?証拠だよ。私が犯人だと言うのなら、その証拠はどこにあるんだ?」

ミステリーに例えると、今こんな状況だ。まだまだ証明されたとは言いがたい。明白な証拠を叩きつけてこそ、目的は達成へとたどりつく。


結論から言うと、この章で行った試みは、失敗に終わっている。失敗談など飛ばしたいという方は、次章「まとめ」に進むことをおすすめする。



さて、証拠を見つける方法は2つ考えられる。


1つは、叙述トリックに注目したものである。

『陰謀』でキョンは自作の恋愛小説を書いたが、そこでちょっとした記述上のトリックを用いている。

この小説、あらすじを簡単に書くと、

「高校入学前の春休み、キョンはミヨキチという女の子とデートをした。が、実はミヨキチは当時まだ10歳だった」

というものである。

しかしながら、このミヨキチという女の子、作中ではあたかもキョンと同年代、つまり15歳くらいの女の子のように描かれている。


ところでハルヒシリーズの語り手は誰か? 他でもない、キョンである。そしてそのキョンは、作中作にて叙述トリックを使った。

ということは、ハルヒシリーズ本編でも、同様のトリックが使われていてもおかしくないわけである。


ここで、その本編に出てくる地の文を分類してみたい。大きく分けて3種類ある。

「ところで今教室にハルヒはいない」(憂鬱 p20)のように、リアルタイムでキョンの心情や状況を描写をしたもの。

「一年の女子全員をチェックでもしたのか」(憂鬱 p21)のように、キョンが口に出している言葉をあえて地の文にしたもの。

「嵐の前の静けさ、という言葉の意味が今の俺にはよく解る」(憂鬱 p13)のように、未来のキョンが記述時点での自分を振り返っているもの。


注目すべきは3つ目。未来からの視点によるものである。

未来というのが、どれほど先のことを指したものかはわからない。

しかし、もしみくるキョンの妹だとしたら、近い将来、妹は未来に消え、キョンみくるの正体を知ることになる。

妹が消えるまでに時間をかけてはいけない。ぐずぐずしていたら、妹が成長し、容姿がどんどんみくるに近づいていってしまうからだ。

そう遠くない未来にみくるの正体が判明するなら、未来視点のキョンはその事実を知っている可能性が高い。


知っているとすれば、意図的に隠すこともできる。

どうやって? 叙述トリックである。

キョンは作中作の恋愛小説にて、ミヨキチがまだ小学生であるという事実を故意に伏せた。同様の方法を使い、みくるキョンの妹が同一人物であることも、わざと隠したとしても不思議ではない。

問題は、ミヨキチが小学生であることは「見ればわかる」ことであり、意図的に伏せなければいずれボロが出るようなものである一方で、みくるキョンの妹の件に関しては「見ればわかる」ようなものではなく、普通に書いていてもボロは出にくいということだ。

要するに、記述から見破るのが難しいということだ。


そこで視点を少し変え、キョンの親切さに注目してみることにしよう。


「あなたも親切な人ですね。手がかりを連続して書いてくれるとは。どんな鈍い読者でも(※4)くらいでピンと来ますよ」(憤慨 p147)


キョンは作中で叙述トリックを用いる際、親切にも手がかりを複数用意する癖がある。

この場合、手がかりとは一見不自然に見える文章を挿入することを指す。例えばこんな具合だ、


「明日、お暇ですか? (中略)」

「ええと、俺に訊いてんの?」(※1)

「はい」

(憤慨 p116)


キョンが「俺に訊いてんの?」と問い返したのはなぜか?

その質問を問うべき、自分以上にふさわしい別の相手がいるからである。

電話は自宅にかかってきたのだから、相手とは家族の誰かに他ならない。また、キョンとミヨキチの口調から察するに、ミヨキチが年配の人である可能性は低い。

となると、別の相手とは妹しか当てはまらない。

一緒に出かけるのに、自分より妹のほうがふさわしいということは、ミヨキチはキョンより妹と近しい関係にあるということだ。例えば、妹と同級生であるような。


では、みくるキョンの妹だとしたら、どのような親切が考えられるだろうか。

もっともシンプルなものは、地の文の2人の呼称を故意に変えてしまうことだ。本来「朝比奈さん」と書くべき箇所を「妹」と記述する、もしくは「妹」と書くべきところを「朝比奈さん」と記す。

もしそうなら、「俺に訊いてんの?」のように、不自然な箇所が生じるはずだ。


ところで、2人の呼称を入れ替えられる条件とは何だろうか。

簡単だ。2人が一緒にいることである。

SOS団の部室の場面で、本来みくると記述する代わりに妹などと書いてしまっては、読者は「え、なんでそこで妹が出てくるの?」となってしまうが、これが野球大会の場面であれば、みくるも妹もいるのだから、ぱっと見不自然にはならない。

そこで、みくると妹が同時に登場するエピソードの一覧を以下に挙げてみた。


野球大会

・映画

・雪山合宿

・陰謀 (みくるキョンの家を訪問した時)


期待されるのは、例えばこんな描写である。

野球大会で、SOS団チームはメットを持参しておらず、借りものをチームメイト間で打席ごとに使いまわしていた。この時、例えば谷口あたりが1人だけさりげなく別のメットを使っているとしたらどうだろうか。素人集団のSOS団はほぼ全員右打者である。したがって、彼は左打者だったと考えられる。

そして、彼の打席が終わった回の裏、相手チームのあるバッターが谷口がバッターボックスにつけた靴跡をならす仕草をし、打球を引っ張った。彼は谷口と同じ左打者なのだから、引っ張った打球はライト方向に飛ぶ。

この時、みくるはライトを、キョンの妹はレフトを守っている。ボールはみくるのいる方に飛んでいったはずだ。にも関わらず、妹のいる方に飛んでいったと記述されていたらどうだろうか。

みくるキョンの妹を示すれっきとした証拠となる。



あるいは、こんな描写でもよい。

雪山合宿の推理ゲームで、みくるはこんなことを言った。


「猫、猫……うーん」朝比奈さんが可愛く呟きながら顎に手を当てている。「ねこ。三毛猫。みけ。ううん、猫さん、猫ご飯」(動揺 p218)


一見、推理ゲームの事件をあれこれ推理しているように見えるが、実はこの台詞が妹しか言うはずのないものだとしたらどうだろうか。

「みけ」だの「猫ご飯」だのという単語は、偶然出てくるものかもしれない。しかし、文章には流れというものがある。

三毛猫、ねこ」と言い、それを「ううん」と逆説で否定したのち、「猫さん」「猫ご飯」である。

例えば、もしこれが谷口の忘れ物の歌のような妹自作の歌か何かであり、しかも完成したのは雪山合宿の後で、それまでは作りかけのものだったとしたらどうか。例えば、陰謀にてみくるに披露し、それを聞いたみくるは初めて聞いたと喜ぶのである。

これもまた証拠となる。



はたまた、こんな記述があってもいい。

先ほどと同じく推理ゲームでキョンは次のような地の文を残している。


俺と朝比奈さんがきょとんとする間で、しかしながらハルヒには通じたらしい、飛び上がらんばかりの声を出した。(動揺 p223)


「間で」という表現に注目してよう。

何の「間」なのだろうか。

時間か(例:待っている間に)、空間か(例:太郎と花子の間に座った)、それとも人間関係か(例:ふたりの間を取り持つ)。

人間関係はないだろうから、考えられるのは時間と空間のどちらかである。

時間であれば、キョンみくるがきょとんとしている間に、ハルヒ鶴屋さんが話を進めてしまう、といったニュアンスになる。ぱっと見で読み取れるのは、こちらの方だろう。

一方空間であれば、キョンみくるが物理的に存在している間にハルヒ鶴屋さんが位置している、ということになる。


ここで、キョンの記述の癖を調べてみる。

もし「間で」という表現を普段空間的に用いているか、もしくは時間的な間を表現するには別の表現を常用しているのであれば、今回使われた「間で」は物理的な位置関係を表していることになる。

その上で、この時の全員の位置関係を推測し、キョンみくるの間にハルヒ鶴屋さんがいる可能性が極めて低かったとしたらどうだろうか。そして、みくるキョンの妹に置き換えることで、矛盾が解決するとしたら。

間違いなく、証拠となる。



こんなことを延々と書くのは、理由があってのことである。

そろそろ結論を書こう。そんなものはなかった。これが答えである。

野球も映画も雪山もキョン宅訪問も、いずれもすべてである。

上記の3つの例は、私の願望に過ぎない。


というわけで、叙述トリックの線は失敗である。

呼称を入れ替える、以外のトリックが使われた可能性もあるが、いささか複雑なものとなってしまうため、今回は扱わないこととする。




もう1つの方法に話を移そう。

こちらは前例や伏線を重視する。


やり方はこうだ。

ハルヒシリーズでストーリー上、意外な事実が明らかになる時、どのような手順を踏んでいるのかを確認する。

すると、前例や伏線の配置に、共通したパターンがあるかもしれない。

もしそんなのがあるとすれば、近似関数 F(前例、伏線)=事実 が導き出される。

あとは、現在までに判明している前例や伏線をこの関数に代入することで、今後どのような事実が明らかになるかがわかるというわけだ。

無論、実際は数学のような厳密な関数は導出できないだろう。しかし「厳密」でなくとも「ある程度」で十分なのである。特に、こういう前例や伏線があれば、ほぼ間違いなくこういった事実が隠されている、という部分がわかれば他は何もいらないくらいだ。


それでは、これまでに明らかになった意外な事実を羅列していこう。赤字で記したものは、ハルヒシリーズ全体の流れに明らかに大きな影響を与えた事実である。


憂鬱:長門は実は宇宙人であった。(みくるは未来人で、古泉は超能力者。そしてハルヒは神に近い何か?)

陰謀:

退屈:キョンハルヒは実は3年前に会っていた。

コンピ研部長行方不明の原因は、ハルヒの描いたSOS団のエンブレムマークにあった。

孤島で起きた殺人事件は、お芝居だった。

消失:消失世界を作り出した犯人は長門だった。

暴走:夏休み最後の2週間は、実は1万回以上繰り返されていた。

動揺:キョンの友人が長門ひとめぼれしたと勘違いしたのは、彼の持つ超能力のようなもののせいだった。

陰謀:

憤慨:阪中の犬がおかしくなったのは、珪素何とかという宇宙的存在によるものだった。


みくるキョンの妹であるとすれば、その事実がシリーズ全体のストーリーに与える影響は明白なまでに大きい。上の表に載るとすれば、間違いなく赤字で記されるだろう。

そこで、同じように与えた影響の大きい赤字で記した事実から、上から順に見ていく。



憂鬱は、最初の巻ということもあり、多くの事実が明らかになっている。鉄は熱いうちに叩け、物語の世界観は最初のうちに作っておけ、ということだ。

とりわけキーとなるのは、長門=宇宙人、である。なぜかといえば、最初に明らかになる超常現象だからだ。みくるが未来人であるのも、古泉が超能力者であるのも、ハルヒが情報フレアの源だか神だかであるのも、すべて長門の告白以降判明することだ。

登場人物の1人が超常的な存在であるなら、それで前例が生まれる。後は他のキャラも何らかの超常性を持っていても不思議ではなくなる。

だから、最初の人である長門がキーとなる。


長門の正体を判明させるまでのプロセスについては、すでに前章「反論の検証」にて行った。

ハルヒが宇宙人を探していた、という事実が本物の宇宙人の登場を不自然でなくさせると同時に、探していたことが呼び寄せる結果になったという伏線にもなっている。


まず宇宙という単語を散りばめ、その上で長門が本物の宇宙人であることを少しずつ明らかにしていく。さらに後のほうでは、ハルヒが宇宙人を探していたことが伏線であったことを明らかになる。

見事なサンドイッチである。

これを、みくるキョンの妹説に当てはめるとこうなる。

まず同一人物、もしくは未来から帰ってきた現代人、あるいは記憶のない肉親(みくるのこと)、といった単語を散りばめておく。その上で、みくるキョンの妹であることを少しずつ明らかにしていく。さらに後のほうで、最初のほうに起こった出来事が伏線であったことを明らかにする。


残念ながら、未来から帰ってきた現代人という単語も、記憶のない肉親を匂わせる単語も、本編に登場していない。

同一人物は、単語自体は出てこないが、『憤慨』で登場した朝比奈みちる、ちょくちょく本編やキョンの想像の中で登場するみくる(大)の存在自体がそれを表していると言えなくもない。ただ、長門のケースは「どこかに宇宙人はいないか?」という疑問にに対して「宇宙人は長門である」という答えが用意されたという構図であるのに対し、「みくる(小)とみくる(大)は同一人物である」はそもそも疑問でも質問でもないため、答えも何もない。現状では伏線だとは断言できない。

ハルヒが「未来に行った現代人が、今の時代に戻ってくる」という映画の影響でも受けて、そんな人を探しましょう、とでも言い出したら完璧なのだが、そんなエピソードは現在のところない。



次に行ってみよう。

『退屈』の『七夕ラプソディ』で、キョンハルヒは3年前に会っていたという事実が明らかになる。それもキョンのほうは現代から時間移動をしてきている。

実は、2人は昔会ったことがあることを示す伏線は、


「あたし、あんたとどこかで会ったことがある?ずっと前に」(憂鬱 p29)


くらいしかない。

これでは、序盤以降、重要な事実を明らかにするには前例や伏線が必要、と今まで言い続けてきたのはいったい何だったのか、という話になりかねないが、そうはならない。

会ったことがある、という部分だけならそうかもしれないが、3年前、時間移動、というキーワードに注目すれば話は別だからだ。特に3年前とハルヒとの関連性、そして3年前にすべてが始まったということは憂鬱で散々指摘されている。そして、みくる達未来人は、3年前までなら過去に戻ることができる。

ここまでくれば、ああいつか3年前に行く展開になるかもしれないな、絶対ではないけど可能性は十分にあるな、ということがわかる。3年前の中心人物はハルヒで、物語の視点役はキョンなのだから、2人は高確率で出会う。このあたりまで推理が行けば、憂鬱p29のあの台詞はこのことをあらわしているのか、というところまで行き着くのはすぐだ。

とはいえ、これはあくまで結果論である。後から見れば、何が伏線であるのかはわかっても、それまでは推理できる可能性の1つに過ぎない。もしかしたらこれ伏線かもしれないね、というだけである。

可能性を高めることは出来ても、明白な証拠にはならない。


消失世界の作成者が長門であることも同様だ。世界がどのように書き換えられたのか、誰にとって都合がいいのか、といった材料から犯人は確かに推測できるが、可能性の1つでしかないのだ。



以上から、第2の方法も失敗したといわざるを得ない。

そんな都合のいい共通パターンはなかった。

せいぜい今後の巻で、未来から帰ってきたとか、記憶をなくした家族とか、そんな話がちらほら出てくることを期待するしかない。要するに、現時点ではダメということだ。


結論を書く。証拠不十分である。





■まとめ


「考察の動機」では、動機を提示し、みくるキョンの妹に同一人物だという疑いがあることを示した。

2人は容姿が似ている。

また、みくるの存在の特殊性を説明するにあたって、長門にとっての『消失』のような大きなイベントがみくるには起こらなかったことから、彼女は物語冒頭から特別な存在であることを示した。

そして、その特殊性を説明できる可能性は2つしかなく、うち片方が2人は同一人物であるというものであった。

容姿が似ていることと組み合わせると、疑いの目を向けざるをえない。


「反論の検証」では、複数の否定要素に対し、そのことはこれこれこのように説明できる、と述べた。

見た目が似ていても、ハルヒ世界じゃ整形も性転換もありなんだから、意味がないだろ。

2人が同一人物だとしたら、みくるが現代のことを知らないのはおかしいじゃないか。

キョン妹が成長するまでの間に、時間移動ができるようになるとは思えない。

また、妹が時間移動をして未来に行くとしても、キョンも機関も黙っていないのではないか。

だいいち、実はみくるは妹だったんです、などというストーリー展開を作者が望むだろうか。

こういった疑念に対し、ひとつひとつ説明できることを示していった。


「証拠の提示」では、直接的な証拠を見つける方法を示した。

『憤慨』の作中作でキョンが使った叙述トリックが、本編でも使われているという前提のもと、みくるキョンの妹が同時に登場する場面で、人物の入れ替えトリックが行われていないかと調べてみた。

また、これまでストーリーの流れに影響を与えるような重大な事実を判明させる際、どのような前例や伏線を踏んでいるかを調べ、同一人物説にも同様の手順が踏まれているのではないかと調べた。

ただし、これらはいずれも失敗した。


冒頭でも書いた通り、朝比奈みくるキョンの妹説は、これまで「話としては面白いけれど……」というレベルの扱いであった。

今回証明を試みたことで、直接的な証拠こそは見つからなかったものの、状況証拠はいくつか示せたと思う。

これにより「可能性は十分考えられる」というレベルにまでは格上げできたと信じたい。


今後は、4月1日発売予定の『涼宮ハルヒの分裂』、夏発売予定の『涼宮ハルヒの驚愕』

にて判明した事実、推測できる事柄を元に、考察を進めていきたい。



参考文献


[1] 谷川流涼宮ハルヒシリーズ 憂鬱〜憤慨

[2] 研究論文:未来人の“朝比奈みくる”という人選について http://www.syu-ta.com/blog/2006/07/19/195247.php

[3] 朝比奈みくるキョン妹の関連性議論&考察 http://www.syu-ta.com/blog/2006/09/05/213823.php


2007.03.23 執筆

2007.03.27 加筆・修正