Hatena::ブログ(Diary)

アジア雑語林

2017-05-29

989話 大阪散歩 2017年春 第28回


 大阪のことば その2


 部屋の視界に変な本の表紙が見えた。こんなところに大阪本があったのだ。その昔に買った『大阪呑気大事典』(大阪オールスターズ編著、JICC、1988)だ。宝島社がまだJICCを名乗っていたことの本で、そのころに読んだ本が書棚で身を隠していた。この本が表に出てきた理由は、昨年暮れにまとめて本を捨てたからで、その下にあった本が姿を見せたというわけだ。捨てた本のなかには、1996年にオープンしたばかりのジュンク堂難波店で買った難波関連の自費出版物もあったのだが、よもや大阪の文章を書くことになるとは思ってもいなかったので、躊躇せずに捨てた。
 この『大阪呑気大事典』は、内輪受け、楽屋落ちの大阪本である。東京大阪の本だと、地元の読者だけを考えて商売が成り立つから、よそ者への配慮などない。例えば、「冷コー」という見出し語がある。これがアイスコーヒーのことだと私は知っているが、そういう説明は一切ない。東京に出てきた大阪人が、喫茶店で注文するセリフ、「ネエちゃん、団くれる、団やがな、冷コー」。よそ者である私は、この「団」がわからない。沖縄本や京都本は読者がよそ者であることを前提にしているので、誰が読んでもわかる構成になっている。
 大阪弁関連書の方は、よそ者を読者と想定している本が多い。その手の本を買い集めて、読んだ。その1冊、『かんさい絵ことば辞典』(ニシワキタダシ・早川卓馬、ピエ・ブックス、2011)には、関西で日常的に使っている言葉と、老人たちだけが使う「死語寸前」の言葉を200ほど集めて解説している。そのなかで、私の知らない語や言い回しが10ほどあった。ある地域だけで使う語や不良高校生やヤクザが使う言葉などもあるから、「大阪のわからない言葉」は多分、いっぱいあるだろう。
我がブログを読んでいる関西人のために、参考までに、私が知らなかった「かんさい語」を本書の訳語を(  )に入れて書き出してみよう。
 あやかしまして(おじゃましました)、いいっとする(いららする)、いわす(痛める、故障する)、いんじゃん(じゃんけん)、きさんじ(明快)、せたろう(背負う)、ちょける(ふざける)、てんご(いたずら)、なんしか(とにかく)、ひっしのばっち(すごく一生懸命)など。
 実は、私が興味があるのは、こうした方言ではなく、当人も気がついていない方言だ。例えば、ビール瓶の呼び名。大瓶、中瓶、小瓶は、関西では「だいびん」、「ちゅうびん」、「しょうびん」が主流だそうだ。大中小は、「だい・ちゅう・しょう」なのだから、これが正しいという主張はわかるが、関東ではそう呼ばないのは、「だいびん」「しょうびん」という語感が、大阪人は平気でも、東京人は嫌だったからかもしれない。
 「モータープール」というのも関西弁だ。おおさかだけでなく、京都神戸でも使う語だ。モータープールは「駐車場のこと」という説明が多いが、間違いだ。自宅の駐車場やマンションの駐車場をモータープールとは呼ばない。イオンUSJの駐車場も、モータープールとは呼ばない。「月ぎめの駐車場を関西ではモータープールと呼ぶ」と解説している人がいるが、これも間違いだ。例えば、ナンバモータープールの料金を見ると、「30分200円」という料金設定がわかる。だから、「月ぎめ」という解説はまちがいだ。
http://search.ipos-land.jp/p/detailp.aspx?id=P2700053A
 モータープールとは、街中にある公共駐車場(カネを払えば誰でも駐車できる場所)の文語的表現、つまり看板語である。会話(口語)では、「駐車場」を使うことが多いようだ。特に若年層ではその傾向が強いらしい。
 「モータープール」は、和製英語なのだろうか。調べてみれば、motor poolはアメリカ英語だとわかった。主に軍の基地などで、配車用に軍用車を駐車させておく場所をさす語だそうだ。基地への通勤者や来客が自動車を止める場所は駐車場、アメリカ英語ではparking lot、イギリス英語ではcar parkである。
 モータープールという語は、GHQ支配下にあった戦後の大阪が深く関係していることがわかり、そうなると、大阪進駐軍の関連を知りたくなり、こういうサイトを精読することになる。
http://www.geocities.jp/jouhoku21/heiwa/ch-sintyuugun.html


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2017-05-27

988話 大阪散歩 2017年春 第27回


 大阪のことば その1


 大阪ではどういう言葉が使われているのかというのも、私の大いなる関心だった。テレビから聞こえてくる大阪芸人の言葉は芸人語であって、普段使われている言葉とはだいぶ違うはずだ。
 大阪弁に嫌悪を感じることがあった。腐った魚を鼻先に突き付けられたような嫌悪を感じていたから、大阪弁が嫌いなのかと思っていたのだが、桂米朝のインタビューを聴いていても嫌悪感はまるでないし、大阪の電車に乗っていて聞こえてくる大阪弁にうんざりすることもない。関西に友人知人が何人もいるが、友人と話していて当然ながら嫌悪は感じない。これはどうしたわけだと考えていてわかったのは、大阪弁そのものが嫌いなのではなく、大阪弁をしゃべっているその人物が嫌いだから、その口から流れ出る大阪弁にうんざりしているのだと気がついた。例えば、笑福亭鶴瓶桂小枝浜村淳などの、盛夏のアスファルトのような大阪弁が嫌なのだ。慇懃無礼な態度が嫌いなのである。「オレはおもろいぞ」と誇示したがる素人も嫌いで、「東京の人間は、ボケても突っ込んでくれへん。お笑いがわからへんねん」などという大阪のヤカラがいるが、「大阪人は笑いの才能があり、笑いに厳しい」という虚構を、私は信じない。あんなつまらないことで大笑いしているんだから・・・・といった話は、今はいい。話のテーマは言葉だ。
 耳を澄ませて大阪を散歩していると、意外なことに、いわゆる共通語(東京弁とか、標準語などと呼ぶ人もいる言葉)が聞こえてくることも多い。考えてみれば、当然だ。大阪という大都会には、日本各地から人がやって来る。キタやミナミの繁華街には、旅行者も出張サラリーマンも関西以外から来た学生もいる。彼らの共通語は、関西弁ではなく、日本語の共通語だ。
 中国四国から大阪に移住してきた人は、大阪弁世界に比較的なじんでいくだろうが、東日本から大阪に来て住み着いた人は、何年大阪に住んでいても、そのほとんどは大阪弁が日常語にはならない。ひょんなことから、鶴橋のはずれで商店主と立ち話をしたのだが、彼は長野出身で奥さんは山梨出身で、大阪弁は話せないと言っていた。よそ者の感覚では、大阪で暮らしている人はみな大阪弁をしゃべっているような気がしていて、テレビの「秘密のケンミンSHOW」では皆大阪弁をしゃべるが、当然のことながら、大都会の言葉は入り混じり、現実は大阪弁一色ではない。そういう当たり前のことが、現場に体を置かないと実感できない。だから、旅に出た方がいい。旅先の話し声に耳を澄ました方がいい。様々な人としゃべった方がいい。
 生まれも育ちも大阪なら、大阪弁をしゃべるのか。大阪市東住吉区生まれの高村薫は、『半眼訥訥』(文春文庫、2003)で、「わたくし自身は十分には大阪弁を話せません」と書いている。両親が大阪出身ではなく、育ったのが吹田市の新興住宅地なので、タコ焼き的大阪世界とは無縁だったという。少なくとも先代からの大阪住まいという人ばかりの土地ではなく、日本各地からやってきた人たちで成り立つ新興住宅地では、大阪色は薄い。ベタな大阪世界とは無縁だったから、ベタな大阪弁や老人たちが使う大阪弁とも縁がなかったということだ。人によって違うが、日常語が関西訛りの共通語になっていたりする。
 新興住宅地ではないが、我が安宿がある釜ヶ崎も、やはり日本各地からやってきた人たちが漂い、身を寄せている。だから、通りで耳を澄ましても、テレビの大阪弁はあまり聞こえてこない。路地を歩きながら、電話で生活保護申請書類について問い合わせている中年男も、共通語でしゃべっていた。それが現実の、大阪の言葉、つまり大阪で話されている言葉だ。
 おまけの話。野菜の回で書こうか、言葉の回で書こうか迷っていた話をここで書くことにする。散歩をしていたらオフィス街に出て、しかしビルの前にはテントが並んでいた。農産物の即売会のようだ。野菜や果物、ジャムなどの加工品も売っている。珍しい商品があるかどうか目が探していたら、白い棒状のものを見つけた。スーパーマーケットではあまり見ないものだ。英語ではホースラディッシュアブラナ科 horseradish)、日本ではワサビダイコン、セイヨウワサビ、山ワサビなどと呼ぶ。粉末ワサビの原料で、安いチューブ入りワサビの原料も、これ。この露店でおっちゃんがテーブルに並べている商品のひとつだが、紙に書いた商品名は、「ホールダデッシュ」。河内訛りの言文一致

 不思議といえば不思議、当たり前と言えば当たり前、こういう「いかにも大阪」という地区では、よそ者ばかりなので大阪弁度はかなり低い。

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 画面右側にいる60人ほどの人たちは、全員タイ人だった。黒門市場にしても、今は日本語が少数言語になりつつある。
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2017-05-25

987話 大阪散歩 2017年春 第26回


 中崎町界隈


 梅田から徒歩15 分ほど、地下鉄谷町線なら東梅田駅の隣りに中崎町(なかざきちょう)がある。東京に例えると、東京駅の隣りの神田駅あたりが、だいぶ前の谷根千谷中・根津・千駄木)のような景色が広がっていると思えばいい。大都市大阪の中心地近くなのに、高層ビル街から歩いて15分で、昭和30年代を思わせる木造住宅が広がっている。そこに若者たちが移り住み、工房やカフェを開いている。ガイドブックにそんな短い解説があったので、梅田から中崎町へ散歩してみたら、想像以上に魅力的だった。
 企業が手をだした新店舗ではないから、渋谷原宿六本木のようなけばけばしさはない。フランス語イタリア語のメニューが並ぶレストランもない。貧乏人や田舎者や私のような高齢者が、気恥ずかしくて足を踏み入れたくないという風情ではない。渋谷から原宿へと歩く路地の、浮ついたインチキ風景はない。
 古い木造商店の内装はほぼそのままに、椅子と鏡を置いて美容院を開業している。アクセサリー工房があり、ケーキ屋やパン屋があり、西洋雑貨店もある。観光客の姿はほとんど見なかった。高校生や大学生がデートでやってきたのか、地域地図を眺めながら、どこの店に行こうか相談している。夏休みになれば、ミニ竹下通りのようになるのだろうか。
 この地域に足を踏み入れた時、もしも森まゆみがここに来ていたら、どう感じるだろうか知りたかった。雑誌「谷中・根津・千駄木」を創刊し編集者としてかかわってきた作家は、大阪谷根千をどう感じるのか興味があった。
 大阪の資料を読んでいたら、森まゆみは雑誌「大阪人」の取材でこの地域にも足を踏み入れ、文章を書いていることがわかった。2000年ころの話で、その紀行文は2003年に単行本になり、2009年にちくま文庫に入った『大阪不案内』である。
 森は、東京の住宅と違って、「大阪ではねずみ色の土壁に銅板たたみ上げで屋根下の軒を覆う」と解説している。森は建築を学び、藤森照信と共著で『東京たてもの伝説』(岩波書店、1996)を出している。街歩きを始めると、どうしても建築の勉強をしておきたくなるのは私も同じだからよくわかる。私は体を鍛えるために歩いているのではないから、街を読む眼を養っておきたい。私が建築の本をよく読むようになったのは、街歩きの楽しさを増すためだ。
 森まゆみがこの地区を歩いた2000年ごろの中崎町は、すでにおもしろい地区だったらしい。『大阪不案内』から引用する。
 (空家を)「借りてタイの布やアクセサリーを商う店がある。入口近くには店やイベントの紹介のカードやちらしがたくさんおいてある。私はシルクの枕カバーを二枚買う。するとこの近くで、同様に空家仕舞屋を借りて改装し、『自分の好きなこと 』をしている人たちの地図をくれた」
 それから17年後のこの地区には、大きな変化はなかったらしい。急激な観光化で竹下通りもどきになることもなく、じわじわと再生されていく。

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2017-05-23

986話 大阪散歩 2017年春 第25回


 大阪のトイレ


 我が紀行文にはかならずトイレの話が登場するということになっているが、意図したことではない。食べることと出すことは旅をしていても日常なので、どうしても気になるのだ。いままでベトナム台湾スペインなどのトイレの話を書いてきた。大阪でも何か書こうと思ってトイレのネタを探したわけではなく、散歩をしているうちに出会ってしまったのだ。
 まずは、繁華街で見かけた100円ショップダイソー」のドア。「NO TOILET」という英語の表示もあるから、外国人にも主張しているのだろう。一般の商店と比べれば100円ショップは入りやすく、外国人の利用も多いので、こういう表示になったのだろう。ビルのなかのテナントなら、わざわざこういう表示はいらないのだが、写真の店舗は、建物の1階すべてがダイソーだから、トイレ目当てに来る人が多いということだろう。

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 ダイソーの表示は大阪以外でもありうるだろうが、心斎橋のこの看板は驚きだった。この食堂は、壊れかかった古く広い大衆食堂というのではなく、ガラス張りの、新しく小さな食堂なのだ。そういう店に、トイレだけを目的に入って来る人がいるのだ。日本語だけの表記だから、日本人に向けたのだろう。いや、絵と英語もあるから、外国人も対象にしているのだろう。誰にも「緊急事態」がありうるということはわかるが、カネをかけたこういう看板を常時掲げているということは、店主が腹に据えかねるほどトイレだけの入店者が多いということだろう。

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 そういう店舗とは違い、「どうぞ、トイレをお使いください」と店頭に表示していたのが、関東と関西で手広く展開をしているスーパーマーケット「ライフ」だった。すべての店舗でそういう表示を出しているのかどうかは知らないが、都市を漂う散歩者には、オアシスのごときありがたい存在だった。繁華街ならデパートやショッピングセンターや喫茶店などトイレは簡単に探せるが、住宅地を歩いているとトイレに困ることもある。そういうときに、ライフの4つ葉マークの看板が見えるとほっとする。ありがたい存在だ。
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 そのライフのトイレで、個室のドアが開いていたのでふと中を覗いたら、金色に光る金属が目についた。トイレットペーパーに鍵がかかっているのだ。周囲に人がいないのを確認して、すぐさまバッグからカメラを取り出した。トイレでカメラを出すと不審者扱いされかねないので、注意を要する。消毒液(あるいは洗剤か)のボトルに所有者である「ライフ」の文字がマジックで書いてある。よく見ると白いヒモでパイプと結ばれている。盗難防止目的だということは明らかだ。

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 ライフの好意に対して、窃盗で対応するというのが大阪なのだ。恩を仇で返す大阪だ。インターネットを調べると、私と同じように「鍵がかかったライフのトイレットペーパーホルダー」の写真が見つかった。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12114349087
 その写真は、淀川区三国の店舗だそうだが、私が撮影したのは阿倍野区の店舗だ。大阪の全店舗がこういう鍵つきなのか、あるいは大阪市だけで、豊中市池田市は鍵などかけなくても盗まれないのかはわからない。
 トイレットペーパーがあれば盗まれる街というのは、世界のほとんどの街も同じだろうから、大阪はまさに国際的な街だということの証明でもある。

2017-05-21

985話 大阪散歩 2017年春 第24回


 大阪とそば


 長い間気になっていたのは、大阪とそばの関係だ。関西はうどん文化圏だということはわかっているが、そばの事情がわからない。京都ではニシンそばが有名で、ニシンうどんというのもあるが、圧倒的知名度は「ニシンそば」だ。それに匹敵する大阪のそばを知らない。
 タウンページによる全国そば屋店舗数ランキング(人口10万人当たり)では、大阪府は36位で、以下香川奈良和歌山などがいる。「そんなもんか」と理解できないでもないが、うどん屋店舗数ランキングで全国31位だというのは変だ。この数字は、うどんとそばの両方を出す店の扱いが不明だし、そば店ランキングで沖縄が上位にいるのは、「沖縄そば」(うちなーすば)をそばに分類しているからで、これはそば粉の麵ではなく、小麦粉の麺だ。
 こういう統計は役に立たないが、好奇心あふれる人が調査した資料は説得力がある。
 鈴木弘毅による著作『ご当地「駅そば」劇場』(交通新聞社、2010)と『東西「駅そば」探訪』(同、2013)を紹介する形で、そばとうどんの話は、このアジア雑語林の480話と640話でしている。今回取り上げる東西比較の話は640話に概要を書いている。
http://d.hatena.ne.jp/maekawa_kenichi/20141122/1416632345
 鈴木氏は「駅そば」という語を好んで使う。かつては「立ち食いそば」と呼んだ店は、現在は店舗面積に余裕があれば、椅子とテーブルを用意した店舗に改装が進んでいるので、「立ち食い」ではなく、「駅そば」という表記を使っている。鈴木氏の調査では、そばとうどんの両方を扱っている店だと、客の注文は関東では「そば7:うどん3」、関西では「半々」だという。「関西は、圧倒的にうどんが優勢」というほどの差はないらしい。そういう予備知識があって、大阪を歩くと、なるほど、「そば」という看板、のぼりをよく見かける。ランチタイムに行列ができているそば屋もある。食品サンプルを見る限り、その店で出す料理のほとんどはそばだ。
 散歩をしていて見かけるそば屋の食品サンプルには、汁そばが多く、ざるやせいろは肩身が狭そうだ。「関西人は、ダシの味が大好きで・・・」といった話は何度も耳にしているから、私の勘は当たっているのかもしれない。ただ、「ここ10年ほど、関西でもそばが流行っていて・・・」という京都大阪の知人の話もあるが、うどん屋チェーンも増えているので、うどんとそばの勢力関係はよくわからない。
 大阪散歩のある日、駅周辺で「そば・うどん 阪急そば」という看板を見かけた。「阪急うどん」じゃないんだ。「東京ではよく『そば屋』というが、関西では『うどん屋』が普通」だと年配の関西芸人が言っていたが、その発言が正確ではないのか、時代が変わって「そば」が優位になったのか。
 「阪急そば」が気になって、写真入りメニューを読む。
12枚の写真があって、そば6品、うどん6品というバランス。このメニュー写真だけで見る限り、鈴木弘毅氏が書いていたように、そばとうどんは、半々のシェアーだ。
「これは、東京ではあまりないだろう」というのは、にしん、きざみ(油揚げを細く刻んだもの)、こんぶ、そして、肉そば(うどん)などだ。ただし、関東では今までマイナーだった「肉うどん」は、丸亀製麺やはなまるなどでは、「肉うどん」や「牛肉うどん」はある。
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 ほか店の看板を撮影した。
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 このうどん屋の名をメモしなかったが、うまい肉うどんだったが、私にはやはり、うどんが柔らかすぎる。
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 これを見ると、「こぶうどん」や「牛すじうどん」などが東京にはあまりないメニューかもしれない。
数年前に、大阪うどんばかり食べてみたことがある。昆布ダシと青ネギのせいで、丼のうどんの風味が関東のものとだいぶ違う。汁の味は、私は関西風が好きで(それよりも、うどんも汁も、讃岐の方がより好きなのだが、それはともかく・・・)、東京うどんにいいところなどなにひとつないのだが、大阪うどんの汁が塩辛くて飲めなかった。10店中、8店の汁は半分も飲めなかった。
 大阪うどん専門店の、この写真のカレーうどんは、いままで食べたなかで最悪だった。こういう味が、大阪好みなのだろうかとも思ったが、いままで大阪京都奈良で食べたカレーうどんと比べても、別格にまずかった。カレー風味の葛湯に浸かったふにゃふにゃのうどんだった。
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 [雑談をちょっと]
5月20日、東京日本橋で天下のクラマエ師&小川夫妻に会った。帰りがけに「アメ横に寄って行きますが、一緒に行きます? 今はケバブ屋のアメ横ですよ」と誘うと、「じゃあ、行ってみますか」と乗ってきた。そのあとのセリフが恐ろしかった。「そういえば、前にも、いっしょにアメ横に行ったよね」と蔵前さんが言うと、小川さんが「そうそう、前川さんの案内で行ったね」という。オイオイ、ソンナ記憶ハナイゾ。3人でアメ横に行った記憶は、ナノレベルに至るまで、まったくない。
 小川さんに再確認をすると、「記憶違いじゃないよ」と自信を持って言う。私が覚えていないことを、蔵前さんが覚えている。オカシイ!! 蔵前さんといえば、記憶力の脆弱さでは他の追従を許さないというほどの自信を持っている人で、「まるで覚えていないんだ」が口癖だ。その人の記憶力よりも、「そんな細かいことを、いつまでも覚えていて・・」と馬鹿にされる前川の記憶力の方がはるかに劣るという現実。甲子園出場常連校が、地区予選の第一戦で10人しか部員がいない新設校にコールドゲームで負けたような敗北感。