Hatena::ブログ(Diary)

アジア雑語林

2017-02-21

939話 イベリア紀行 2016・秋 第64回


 生ハムの日々


 考えてみれば、スペインでは毎日のように生ハムを食べていた。日本では高いし、あまりうまくないものも多いので、この機会に存分に味わいたいと思ったのである。マドリッドで生ハムを食べ歩いてわかったことは、マドリッドの生ハムは、観光客の注目度でいえば、札幌ラーメンジンギスカン福岡の明太子以上の観光名物になっている。私のように、マドリッドに来たら生ハムを食わずに帰れようかという観光客ばかりなのである。我が安宿があるソロ地区だけでも、Museo del Jamón(ハム博物館)という名の生ハム専門店が何店舗かある。ハムを売るだけではなく、その場で飲み食いできるバルでもある。そこが連日、大混雑なのである。スペインで生ハムを食べるのは、じつにたやすいことなのだが、スペインハム事情を知るのはなかなかに難しい。
 日本人が生ハムと初めて出会うのは、「生ハムメロン」という高価な前菜だった。「噂を聞いたが、実際に食べたことはない」という私のような貧乏人も少なからずいたと思う。
 現在、日本の普通のスーパーマーケットでも生ハムは買えるが、精肉のように水分が多く、風味に欠けるものが多い。スペインで食べる生ハムは乾燥していて、濃い赤い身に白い脂身が見える。超薄切りの、あの生ハムの食感を何かに例えるのは難しいのだが、あえて考えれば、ビーフジャーキーを超薄切りにした感触だろうか。高いカネを出せば、日本でも濃い赤色の肉に真っ白な脂肪が入った生ハムを買うことはできるのだが・・・。
 スペインでも、生ハムは安い物ではないが、一度に大量に食べるような食品ではないので、誰でも食べることはできる価格だ。
 生ハムのもっともふつうの食べ方は、ボカディージョbacadilloだろう。Bocaは「口」で、そこから派生して、bocadoで「軽食、スナック」の意味になり、bocadilloは通常、サンドイッチをさす。スペインのサンドイッチは、小さなバゲット状のパンに何かをはさむスタイルのものが多いが、すでに書いたように、スーパーマーケットなどでは食パンのサンドイッチもある。ついでに書いておくと、アルゼンチンスポーツクラブであるボカ・ジュニアーズのボカも同じ単語で、こちらは「河口」の意味で、地名のラ・ボカ地区に由来する。
 ボカディージョなら、生ハムをはさんだものでも数ユーロだから、軽い昼飯くらいにはなる。カフェやバルのカウンターに山積みして売っている。サンドイッチにしない場合は、サラダなどの上にのせるか、薄切りを皿に盛ってつまみにする。基本的には生のまま食べるようだ。
 生ハムボカディージョをいろいろな店で食べて、そのたびに思うのは、「工夫をしない」のがスペインらしいということだ。例えば、トマトバジルのソースをパンに塗るとか、野菜を挟むとか、味と香りと歯触りに、何か工夫を凝らそうということは一切考えない習慣なのだとわかった。いろいろな具を挟むベトナム式サンドイッチのようなアレンジをしないのだ。テーブルにコショーもない。味は、生ハムの塩味だけだ。パンと生ハム、それだけだ。なにも加えない。それがスペイン式だ。
 たった1軒だけ、ほんのちょっと手間をかけてくれた店があった。私が注文すると、店員か店主(若い女性だった)はカウンターにのせてあるボカディージョを手にとり、生ハムオリーブ油をちょっとふりかけ、オーブンに20秒ほど入れてから、私に差し出した。これだけの手間で、格段にうまくなると、外国人である私は思うのだが、スペイン人は「何かを、ただはさんで、そのまま」でいいらしい。
 
 ハム博物館のほか、写真のように「ハム天国」という店にも出会った。左の写真が、味気ないサンドイッチの列。
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2017-02-20

938話 イベリア紀行 2016・秋 第63回


 ご近所のよしみで、「ゲルニカ」を



 昼飯が遅かったので、夕方になってもまったく腹が減らない。そこで、夕食前の散歩に出ようかと思った。散歩の行き先をソフィア王妃美術センターに行ってみようと思ったのは、ゲルニカに行ったので、ピカソの「ゲルニカ」をもう一度見てみたいと思ったからだ。我が宿から歩いて10分もしないところにその美術館があるから、ご近所のよしみでもある。しかも、夕方からは入場無料になるから、夕方の散歩にはこれ以上の施設はない。プラド美術館も日によって夕方から無料になるが、ご近所とはいえ、そちらへはタダでも行く気はない。
 私が初めてスペインに来た1975年は、ピカソの名画「ゲルニカ」はまだニューヨークにあった。ピカソ1973年に死んでいるが、スペイン独裁政権が続く限り、「ゲルニカ」はスペインに渡さないというのが、彼の遺志だった。1975年の私が「ゲルニカ」という絵を知っていたのか、そしてこの絵にまつわるさまざまな事柄を知っていたのかどうか記憶がない。スペイン旅行を目的に日本を出たわけではないので、スペインのことはほとんど知らなかったのはたしかだ。このときの旅ではプラド美術館に行った。油絵具でごたごたに厚く塗りまくった宗教画やゴヤの絵を見たが、実につまらなかった。
 1980年、私はニューヨークにいた。「ゲルニカ」はニューヨーク近代美術館で展示していたが、「ゲルニカ」に限らず、美術にはまったく興味がなかった。いや、その時の旅で一回だけ美術館に行った記憶があるのだが、あれはボストン美術館だったか、記憶が定かではない。
 2002年にスペインを再訪し、マドリッドを散歩した。「ゲルニカ」が、ニューヨークからプラド美術館に運ばれていることは知っていたが、行く気はなかった。ただふらふらとマドリッドを散歩していて、アトーチャ駅近くでガラス張りの外付けエレベーターを付け足した古い建物を見つけた。おもしろそうなので、ついふらふらと入ってしまった。看板に“MUSEO”という文字があったが、それが美術館か博物館かのどちらかとわかっていて入場したわけではない。近代的な外観から察して、美術館であったとしても、古色蒼然とした宗教画・肖像画の美術館ではなさそうだという予感があったかもしれない。
 その施設の名を確認もせず入場したのだが、入ればすぐに美術館だとわかった。いくつかの部屋を巡っているうちに、かの「ゲルニカ」に似た絵が置いてあることに気がついた。「ゲルニカ」はプラド美術館で展示しているはずだ。ということは、ここにあるのは「ゲルニカ」の習作かレプリカかもしれない。
 「そんなバカなことがあるか」といわれそうだが、私が目にした「ゲルニカのような絵」は、暗く小さな部屋に置かれていた。壁に架けてあるのではなく、壁に立てかけてあったのだ。人はほとんどいなかった。天下の「ゲルニカ」が、あまり広くない部屋で、そんな粗末な扱いをされているとは到底思えず、だから「ゲルニカに似た絵」だと解釈したのだ。本物はプラド美術館にあるはずだ。
 あの「ゲルニカ」は本物だったのだろうか。「ゲルニカ」は、1981年にニューヨークの近美術館からマドリッドのブエン・レティーロ宮Cason del Buen Retiroに移された。プラド美術館新館のすぐ近くにあり、現在はプラド美術館の研究センターになっている。1981年に、スペインでの最初の公開のときは、防弾ガラスで保護されたという。その後プラド美術館に移されたが、「ゲルニカ」の作風は、プラド美術館の収蔵品の作風とはそぐわないという理由で、1992年に完成したばかりの「ソフィア王妃美術センター」に移された。そういういきさつを知ればなおさら、私が2002年に見た「ゲルニカ」は、正真正銘の本物だったのかという疑問があるのだ。昔のかすかな記憶では、現物の「ゲルニカ」ほどは大きくなかったような気がして、だとすれば縮小レプリカか?
 2016年の「ゲルニカ」は、大きな部屋で展示されていた。ゲルニカの現場や空爆写真を見た後では、こういう絶望の絵にするしかなかったのだろうと想像した。けっして、わけのわからない絵ではない。
http://musey.net/449
 ダリやミロの絵があった。同時に、「ミロやダリ似」の絵画もあり、インパクトのある作風は真似られるのだということもわかった。ミロの絵は、わりと好きだ。
 「ゲルニカ」のほかに、14年前のこの美術館で覚えているのは、アントニ・ガウディーの資料だ。サグラダ・ファミリアを作るときに、あの形のイメージを立体にするために、ロープで吊るして下向けに模型を作ったのだが、その実物があった。今は、バルセロナサグラダ・ファミリアの地下にある。「おお、ここに戻ったのか」という、バルセロナでの再会だった。

2017-02-19

937話 イベリア紀行 2016・秋 第62回


 コーヒーを探って その3



 カフェで使うカップは全国で何種類くらいあるんだろうか。日本ではどうなんだと考えても、コーヒーカップの大きさやデザインが多すぎて考えるだけ無駄なのだが、スペインではたぶんできる。「5種類以下」あるいは「3種類以下」と言っても、それほど外れないだろう。白一色の、厚くて重いカップだ。そのこと自体に不満があるわけではない。日本でたまに見かける、金銀多色のゴタゴタした高額カップを使う店よりは好感が持てるのだが、無色カップの機能という点では、また別の話だ。
 カフェのカップは、デミタスをよく使うから、持ちにくい取っ手でも、親指と人差し指で強く挟めば、カップを持ちあげられる。しかし、カフェ・コン・レチェのカップは大きいので、取っ手に指を入れないと安全に持ち上げられない。それなのに、私の細い指でも入らないほど穴が小さいカップにときどき出会う。あれは不良品だ。指が入るが、重量バランスが悪く、傾いてしまうカップもある。カップとテーブル面を平行に保てないのだ。そこで、中指か薬指を支点にしてさせようとすると、カップが熱くて、指をやけどしそうだ。
 わかりやすく言えば、こういうことだ。カップの取っ手の輪に人差し指を入れ、その上に親指が来る。カップが重かったり、バランスが悪いと、この2本の指だけではカップを持ち上げられない。無理に持ち上げようとすると、なかのコーヒーをこぼす。そこで、中指か薬指を支点にして支えることになるのだが、取っ手が小さいから、指がカップの側面にあたる。これが熱いというわけだ。
 コーヒーを研究している医者と話をしていて思い出したことがあった。知りたかったが、調べるチャンスを失っていたことだ。
 「カフェで、カフェ・コン・レチェ(ミルクコーヒー)を注文すると、『ミルクは温めますか?』って聞かれることが時々あるんですが、ミルクは冷たいままでいいなんていう人がいますか?」
 「冷たい」と言っても冷蔵庫に入っているミルクではなく、エスプレッソマシーンの脇に出してあるミルクのことだ。「熱く」というと、蒸気で熱くして出してくれる。
 医師は、口元をゆるめ、「ふふっ」と笑いながら話しだした。
 「それはね、こういうことなんですよ。特に、朝、出勤前にカフェに寄る人は、コーヒーをぐっと飲み干して、すぐさま店を出たいわけです、急いでいますから。そのとき、コーヒーはもちろん熱いわけですが、ミルクまで熱いと、ひと口、ふた口では飲めません。時間がかかる。だから、ぬるいコーヒーにするために、ミルクは冷めたまま入れるというわけです」
 スペイン人がそれほどせっかちだとは思わなかった。そして、もうひとつ重要なことは、日本や韓国中国など東アジアに住む人たち以外は、たいてい猫舌だということだ。
 例えば、イギリスの紅茶。「紅茶の正しい入れ方」という解説は、ポットを温めて茶葉を入れ、ポットを厚い布で包み保温し、カップも温めておく。そして、カップに紅茶を注ぐ。そこまではいいのだが、そこに冷たいミルクを入れるのが習慣だ。ミルクは温めないのがイギリスの習慣らしい。日本人からすれば、「おいおい」でしょ。日本人にとっての「熱い紅茶」は、イギリス人にとっては、「熱すぎて飲めない紅茶」だから、ミルクで熱い紅茶を冷やすのだろうか。
 スペイン人だって、熱いコーヒーはすぐには飲めないから、急いでいるときはぬるいミルクを入れるのだ。日本人のように、「ズッズッ」とすすって飲むわけじゃないしね。

2017-02-18

936話 イベリア紀行 2016・秋 第61回


 コーヒーを探って その2


 中国国際航空の機内で隣り合わせたスペイン人医師と、コーヒーに関する雑談会をした。
 「スペイン人は、少量のコーヒーを1日に何度も飲むというのが好きなんだという気がしていまして、私のように1度にコーヒーをがぶがぶ飲むような習慣はないようですね」
 「そうです。基本はカフェ・ソロですからね。それにミルクをどれだけ入れるかということで・・・」」
マクドナルドKFCも、コーヒーは少量ですが、例外的に大きなカップで出している店を知っていますか?」
 不遜だろうが、マドリッド在住のスペイン人にクイズを出した。
 「スターバックス!」
 即座に回答が出た。正解ではあるが、しかし、不充分だ。
 「ほかにもあるんですが、わかります?」
 さあ、これはわかるか。スペインコーヒーだけを飲んでいるスペイン人には苦手な問題かもしれない。こういうクイズは、外国人の方が得意だ。やはり、医師は考え込んだ。回答は出てこない。
 「コスタ・コーヒーですよ」
 「ああ、そうか。そうだ、そうだ」
 コスタ・コーヒーイギリス資本の世界的コーヒーチェーン店マドリッドには3店舗あるそうで、私は王立劇場のなかの店によく行った。このチェーン店との最初の出会いはスペイン南部のマラガで、その時のことは、アジア雑語林689話に書いている。
http://d.hatena.ne.jp/maekawa_kenichi/20150424/1429836423
http://www.costa.co.uk/
 力がないと、片手では持ち上げるのに苦労するほど、たっぷりのコーヒーが入ったコスタ・コーヒーアメリカン・コーヒー。カップが重いせいでもあるけどね。
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 アメリカイギリスコーヒーチェーン店だけが、大きなカップでコーヒーを出しているということになりそうだ。それ以外の店のコーヒーは1杯100ccもないということだ。
 「スペイン人は、1回に少量しかコーヒーを飲まないのだから、スターバックスに来た客の何パーセントがスペイン人なのか気になっているんですが」
 「さあ、どのくらいいるんでしょうか。スペイン人スターバックスに行くのは、外国風が好きとか、新しいスタイルが好きという人でしょうが、まあ、あまり多くはないと思いますよ」
 マクドナルドKFCスペイン式のコーヒーを出し続けていることを考えると、「モーニングカップのコーヒーをがぶ飲み」というのは、スペイン人の好みには合わないのだろう。小さな町の事情は知らないが、現在のスペインなら、カフェで「カフェ・アメリカーノ」と言えば、お湯割りを作ってくれる。メニューにないから、「裏メニュー」だ。スペインで堂々とメニューに ”American Coffee” と掲げているのは、スターバックスとコスタ・コーヒーのほか、どれだけあるのだろうか。
 スターバックススペインホームページでメニューを見ると、アメリカでもやっているイタリア語名の商品と同時に、スペイン語名がついた商品もある。スターバックスの、フランスの事情とか、イギリスの事情、韓国の事情などを調べていたら数時間たってしまった。メニューがそれぞれの国によって、ちょっと違う。スターバックスは嫌いだが、「スターバックスの民族性」を調べると、じつに興味深い。手軽にできる卒論テーマかもしれない。

2017-02-17

935話 イベリア紀行 2016・秋 第60回


 コーヒーを探って その1


 スペイン人が飲んでいるコーヒーの基本は、エスプレッソを小さなカップで飲むカフェ・ソロだ。ミルクなし、砂糖は好みの量を入れる。その量は、現在の日本人からすれば、「けっこう甘い」というほど入れるようだ。ミルクを入れるコーヒーは、ミルクの量でいくつかの名前がある。全日本コーヒー協会の資料では、ミルクを入れないでコーヒーを飲むスペイン人は10~15パーセントくらいだという。
http://coffee.ajca.or.jp/webmagazine/abroad/75ab2_spain
 カフェ・ソロに湯を入れたカフェ・アメリカーノ大都市ならどこのカフェでも作ってくれるが、「外国人専用」の域を出ない。カフェ・アメリカーノはたまに外国人が注文するだけなので、基準がない。湯の量は店によりかなりの差があり、コーヒーの2倍から4倍くらいの湯を加える。
 カフェ・アメリカーノは、今やどこのカフェでも通じるメニューだから、アメリカ式ファーストフード店にも当然あるだろうと思ったが、念のために一応確かめに行った。マクドナルドのメニューに、「カフェ・アメリカーノ」はない。念のため、わざわざKFCに行ってコーヒーを注文してみたら、写真のような小さな紙コップに入っていて、日本なら「味見」の容器だ。このアメリカ式ファーストフード・チェーンは、完全に現地化していた。

 このカップに、まったく苦味のないコーヒーが半分入っている。
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 「スペイン人は薄いコーヒーは好きではない」と思われているようだが、「そうかなあ」とも思う。私は朝食のときは、量を多く飲みたいのでカフェ・アメリカーノを注文するが、散歩の休憩や食後に飲むコーヒーは、カフェ・ソロということもある。砂糖を入れないエスプレッソは、さぞ濃いだろうという予想に反して、濃くなかった。日本の、昔ながらの喫茶店のコーヒーのほうが、よほど濃い。あるいは「苦くない」と言った方がいいのか。砂糖もミルクも入れずに、何杯でも飲める。もしかすると、ドトールの「ブレンド」と同じくらいの濃さかもしれない。
 「フレスコ」という食べ放題レストランがスペイン国内に何店かある。コーヒー飲み放題だからありがたい。コーヒー・マシーンを自由に使えるのもうれしい。私は、カフェ・コン・レチェ(ミルク・コーヒー)用の大きめのカップに、カフェ・ソロを2杯分注ぐ。デザートを食べながら、そのコーヒーを3杯は飲むから、カフェ・ソロを6杯分飲むことになるのだが、「濃くて飲めない」などということはまったくない。焙煎が浅く、酸味も少なく、苦みも少ない。他の店でも同様で、カフェ・ソロに砂糖を入れて飲んだことがない。
 だから、「スペイン人は薄いコーヒーが嫌い」とか「濃いコーヒーが大好き」というのではなく、「スペイン人は、1度に少しのコーヒーしか飲まない」というのが正解のような気がする。スペインコーヒー事情に関しては、いくつもの疑問がある。
スペインからの帰路、中国国際航空の機内で隣り合わせたスペイン人の中年男性は、「できれば中国の飛行機には乗りたくなかったんだけど、雲南シンポジウムに出るためには、この飛行機じゃなきゃ日程的に無理で、しかたなく乗ったんだけど・・・・」という話題をきっかけに雑談が始まった。
 「シンポジウムというのは、どういう内容のものなんですか?」
 「コーヒーに関するものです」
 「そこで、どういう発表をするんですか?」
 「コーヒーと健康です」
 「ということは、あなたは医師ですか」
 「医師免許は持っていますが、診療はしません。医学研究者です」
 まったく偶然に、医学的見地からではあるが、「スペイン人コーヒー」について研究しているスペイン人と出会ったのだから、私の好奇心が刺激された。
機内の、退屈な時間を利用して、臨時の「スペインコーヒー雑談会」を開催することを、勝手に決めた。