Hatena::ブログ(Diary)

アジア雑語林

2017-12-16

1067話 イタリアの散歩者 第23話

 ベネチアへ その7


 イタリアからの帰路、ふたたびバンコクに寄った。乗り換えとはいえ、早朝到着の深夜出発だから、のんびりできる。雑誌「ダコ」の沼館社主とまた夕食。
 「イタリア、楽しかったですか?」
 「ベネチアに、行きましたよ」
 「で、どうでした? 前川さんが絶賛するなら、次回のイタリア旅行ではぜひベネチアに行こうと思うんですが・・・」
 「うーん、感動の旅というわけでもないし、すぐにでもまた行きたいというほどでもないけど、『行くんじゃなかった』と後悔するような場所でもなく・・・」
 「素直じゃないなあ」
 「『一度は見ておく場所』という意見には賛成ですね。あそこがより感動的な街になるには、いっしょに行く人にもよるな。ひとり旅と、愛人との逃避行じゃ、感動はまるで違うでしょ。ベネチアは、ちょっと淫靡な感じもするんですよ。どうです、次回は愛人と行ったら?」
 清廉な社主は動じない。
 「旅情」というよりは、「ベニスに死す」の感じだった。私がベネチアにいた間ずっと、今にも雨が降りそうな曇天だったから、007シリーズの映画や「ツーリスト」(ジョニー・デップアンジェリーナ・ジェリー)に登場するような、アクション映画の印象のベネチアではまるでなかった

 上の文章は、帰国後すぐに書いたのだが、ベネチアを離れてそろそろふた月たつ12月の今、コラムを加筆したくなった。自分が撮影したベネチアの写真を見直したり、須賀敦子の『ヴェネツィアの宿』などを読んでいるうちに、「ベネチアは、また散歩してもいいかな」と思うようになってきた。運河に邪魔されても、自動車に邪魔されずに散歩ができる街はいい。路地が入り乱れているので、いろいろな地区をだいぶ歩いたなと思っていても、まったく知らない路地などまだいくらでもある。島がいくつもある。世界的大観光地ベネチアにも観光客がほとんどいない冬になれば、静かになる。寒いから、公園でピザを食べるのはつらいだろう。寒さは、貧乏人の敵である。ベネチアの2月は、東京23区よりも寒いが、立川八王子ほどの寒さらしく、大したことはない。安くても寒いのはいやだが、さてどれほど安いのか。
 文章を書く手を休め、ちょっとインターネット遊び。2月の出発なら、東京ベネチア往復(アエロフロート便)は6万7000円だ。日本国内でも、東京から北海道九州沖縄往復なら、これくらい高い往復料金はある。宿も、シングルルームが30ユーロ以下からある。東京の寒冷地並みの寒さを我慢すれば・・・などと思いつつ、写真を選んだ。以下、私のベネチア・スケッチだ。

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がイメージしていたベネチアは、こういう幻想的な風景と、

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 こういう仮面だった。


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 道路の案内表示の矢印は、サンマルコ広場バスターミナルがあるローマ橋方面、サンタルチア駅前の船乗り場Ferrovia方面の3種が多い。これで、その道が北か南かどちらに向かっているのかわかる。

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 迷子になろうと適当に歩いていると、1階がギャラリーになっている建物があり、そこが市民病院だということがわかった。ギャラリーを抜けると病院で、階段を上がるとこうなっている。迷子もまた楽し。


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 公園を歩くと、こういうものが・・・。キャロル・ファーマン【Carole Feuerman 1945〜)のハイパーリアリズム彫刻。ベネチアのほか、いくつもの街にある。


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 郵便配達もこういうカートを引いて歩いて回る。

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ベネチアマフィアは要らない」


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 これが洪水用の歩道になる。水没することが多いから、いつも道路に置いてある。幸運にも、私の滞在中は、道路の脇にじわっとしみ出すという程度だった。

 ベネチア話は今回で終了。次回からは食文化の話をしましょう。

2017-12-15

1066話 イタリアの散歩者 第22話

 ベネチアへ その6


 迷路の街というのは北アフリカなどにもあるのだが、ここでは迷路に加えて運河があるから、行く手がはばまれて、また元に戻るということを繰り返している。ただの散歩でも右往左往、行きつ戻りつを繰り返すことになるのに、カート付きトランクを引いている人は、なお大変だ。いくつもの階段橋を通過すれば、粗悪品の車輪はすぐ壊れる。ベネチアの音といえば、モーターボートのエンジン音と、階段橋や石畳の道路を通過する車輪付きトランクのガタゴトという騒音だ。
 散歩1日目は、私も迷った。迷うことを想定して適当に歩いたのだが、私の想像を超えて道は曲がりくねり、観光客など来そうにないアパート地区にもぐりこんだが、実はそれが正解の道で、しばらくして目的地にたどり着いた。
2日目はコツをマスターしたので、「よし、ここに行くぞ」と目的地を決めれば、すいすいと歩けるのだが、それはそれで迷う楽しみはなくなるので、わざと違う道に入り込む。自動車に邪魔されずに、そういう散歩ができるのが、私にとってベネチアの最大の魅力だった。
 やはり物価は高かった。水上バス(ボパレットvoparetto)は,1回乗船券は7.50ユーロ、約1000円である。24時間有効券は20ユーロ、約2700円である。遊園地の乗り物と考えれば、「そんなものか」という料金だが、日常の乗り物だと考えると、とんでもなく高い。香港のスターフェリーが50円もしないで利用できることを考えれば、とんでもなく高い。高い理由は、「ここがベネチアだから」という以外見つからない。街なかのホテルに泊まると、駅からこの水上バスに乗ることになる。駅近くの宿をとった私は、その意味でも正解だった。
 食べ物が高い。公衆トイレも高い。高いカネを使うなら、他の街で使おうと決めて、安飯しか食べないと決めたが、そういう旅行者は少なくない。買ったピザを食べようと公園のベンチを探すと、どこもふさがっていて、ちょうど昼飯時だから、席があくまでしばらく待ったこともある。旅の予算は決まっているのだから、カネの使い方を工夫すればいい。ベンチでピザを食べているカップルが、決してわびしいとは思えない。
 散歩をしていれば、スーパーマーケットも見つかる。間口が狭いから素通りしてしまいそうになるが、店に入ると結構大きい店もある。何人かで旅をしている人は、パンとおかずを何品か買っている。公園に持ち込んで、ゆったりと昼食会だ。ひとり旅の私は、煮物や揚げ物などを買ってしまうと、食堂で食べるよりも高くつくから、サンドイッチとバナナにした。水はいつもバッグに入っている。
 節約の旅をしている人がいれば、反対に、おしゃれなベネチアで徹底的におしゃれを自己演出したいと思っているらしい日本人や韓国人中国人女性がいた。ファッション雑誌の撮影のような恰好をして、散歩している人もいる。高い服を着て、高いアクセサリーをつけ、高いバッグを手に自由に歩ける場所は、世界にそう多くはない。友達に写真をとってもらい、雑誌のモデルになった気分を楽しみ、写真をインスタグラムに載せて自己顕示で陶酔するのだろう。初めは、本当に雑誌の撮影かと思ったのだが、プロカメラマンがまさかスマホで撮影はしない。これも一種コスプレなのだろう。

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 この橋を渡って右側の島に着くと、もう歩くしかない。左手にバスターミナル、右手に進むとサンタ・ルチア駅。

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 運河が入り乱れ、わずかな橋がかかり、道を間違えると、橋のある道までまた戻る。ベネチア散歩はその繰り返しだ。

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 朝飯用に、パンバナナオレンジジュースを買った。

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昼飯用にピザをひと切れ買ったが、公園のベンチはすべてふさがっていて、ちょっと待ったがあかないので、この石に腰掛けて食べた。ひと切れ、250円ほど。

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 おそらく中国人相互撮影会。こういう色使いの服は、やはり中国人でしょう。韓国人の場合は20代で、本当にファッション雑誌に出ている服装のコピーのような姿だった。

2017-12-14

1065話 イタリアの散歩者 第21話

 ベネチアへ その5


 ベネチア行きの列車が出るのは昼だから、午前中は何をして遊ぼうかと考えながら朝ごはんを食べていた。コーヒーを入れてくれたリビアさんと、「ナポリ滞在を切り上げてベネチアに行くことになった理由は、装飾だらけの重い建築にうんざりしたからだ」という話をしていたら、話に乗ってきた。彼女は大学で建築を学び、今は小さな建築事務所の経営者でもある。午前中はB&Bのオーナーの仕事をして、午後は建築事務所の仕事を、姉妹で助け合いながらやっている。だから、建築の話となれば、黙っていられない。私も多少は建築史の勉強をしたから、「イタリアのゴタゴタ建築よりは、アール・ヌーボーや・アールデコの方がずっといい」などと言い、「だけどモダン様式はつまらん」と言うと、リビアさんは「こういうのはどうか?」と、スマホで20世紀の有名建築の写真を取り出し、私の意見を聞き、イタリアでもいろいろ仕事をしている安藤忠雄の話を彼女の方から始め、私は「光の教会」(茨木春日丘教会)の画像をしめして・・・と、スマホを挟んで遊んだ。「ところで、この建物は・・」と今滞在している石の建物の話になり、「重い建物だけど、トラックやバスが通ると揺れるんだよね。基礎は大丈夫かい?」と不安を口にすれば、「多分、200年以上前に建てたと思うけど、今までのところは大丈夫」といったやりとりをしているうちに昼近くになった。結局、出発時刻ギリギリまで建築の話をし、ナポリ駅でサンドイッチを買って鉄道に乗り込んだ。
 考えてみれば、1975年に初めてヨーロッパに行き、「もう二度と行かない」と決心させたのも建築だった。ヨーロッパの石の建物の重圧にめげたのだ。石そのものの重みと歴史の重みと、おどろおどろしいキリスト教的装飾に、アジアの気楽な旅しか知らない駆け出しの旅行者は、押し殺されたのだ。三畳一間で暮らしている貧乏青年が、カネを貯めて帝国ホテルでナイフとフォークで食事をしている心苦しさに例えれば、少しはわかってもらえるだろうか。
 海の上に建設された線路を走り、終着駅ベネチアのサンタ・ルチーア駅に着いた。ベネチアが海岸沿いの街だと思っていたのは、それほど昔のことではない。島だとわかってからは、島に鉄道で行くということが理解できなかった。調べてみれば、半島と島が鉄道で結ばれたのは1846年だというから、日本は江戸時代だ。浅瀬の湾内に杭を打ち、線路を建設したのだ。地図で確認すれば、海上部分の線路は8キロほどだから、10分ほどで通過してしまう。春夏秋冬、朝昼夕、晴天曇天雨天、車窓から見える海面は、さまざまな顔を見せる。ここが、交響楽ベネチアの序曲である。
島の都市ベネチア鉄道で到着するということから、この街はすでに演劇的だ。駅を出たら、そこはラッシュアワーのような混雑だった。駅を出たら、右か左かに行くしかないから、人の流れが拡散しないのだ。もう暗くなっているからか、道路の人出は花火大会に行く人の波のようだった。
 宿は駅から歩いて5分ほどのところにあった。私が予約したホテルがなぜ安いのか、わかった。安い理由はいくつかある。まず、いくつもの安ホテルのマネージメントを1か所でやっていることだ。それを知らなかったのでまごついた。ホテルとは別の場所にチェックイン事務所がある。そこで手続きをしてカネを払うと、自分が泊まることになるホテルの入口のカギと部屋のカギを渡される。荷物を持って通りを歩いて、目的のホテルに行く。その宿には、客しかいない。掃除だけはしてくれるアパートのようなものだから、人件費が徹底的に安い。宿代が安い第2の理由は、電話でクレジットカードの番号を聞いたのに、現金しか受け付けないのだ。民宿でもないのに、これは非常に珍しい。カードなら記録が残るが、現金決済なら「宿泊者はいなかった」ことにできる。つまり、簡単に脱税できる。領収書を出さなかったから、私の推察は当たっているだろう。そして、私の部屋がベネチアにしては安かった第3の理由は、4階の上の屋根裏部屋だったからだ。5階まで階段を上らないといけない。エレベーターはない。だから、安かったのだが、不満は何もない。荷物は8キロ弱だ。これが25キロの荷物を持った旅行者なら、きっと泣く。
 ベネチアのもっともいいところは、陸上の乗り物がいっさい禁止されていることだ。自動車はもちろん、自転車も子供用のものがちょっとあるだけだ。陸地から船で運んできた荷物リヤカーに積み替えられて、人力で運ぶ。大金持ちはホテル近くの船着き場まではハイヤーにあたる小舟で行くことはできるが、陸に上がれば、貧乏人の私と同じ境遇になる。歩くしかないのだ。ここには、ロールスロイスマイバッハもない。大富豪も地上を移動するなら、私と同じようにテクテクと歩くしかないのだ。

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 右の建物が、サンタ・ルチア駅。その前の船が、水上バス。乗船券1000円は、ぼったくりだ。

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 宿に荷物を置いて、夕食を食べに街へ出る。運河のこういう紫は、私には下品ラブホテルにしか見えないのだが、イタリアではどうなんだろう。

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 翌朝、屋根裏部屋の我が部屋から、外を見る。外が見える窓がある部屋は、私の基準では上々に入る。早朝、鳥のさえずりが聞こえた。『イタリア歩けば…』(林丈二)によれば、これはクロウタドリブラックバード)らしい。

2017-12-13

1064話 イタリアの散歩者 第20話

 ベネチアへ その4


 バーリからナポリに行った。
 ナポリの宿でのある日の朝食は、スイス人家族といっしょだった。幼稚園と小学生の娘がいる夫婦とこれまでのイタリア旅行の話をした。彼らが絶賛したのが、ベネチアだった。
 「今年も行ったんですよ。これで3度目。すばらしい街です」
 宿のオーナーのリビアさんは、ナポリ人だから北部が大嫌いで、「ミラノなんか、ただのでかい街。それだけよ」などと一刀両断にするが、ベネチア悪口は言わない。
 私はナポリにも満足してなかったから、「ここではないどこかへ」という気分になっていたときに、ベネチアの話題が出たのだ。夫婦は、ベネチア称賛の言葉を重ねた。好ましい印象のふたりだから、その話を素直に聞いた。
 毒食わば皿まで。アルベロベッロとマテーラに行ったのだから、ベネチアに行ってもいいか?
 そんなことを思いつつ、試しにナポリ駅で鉄道料金を調べた。2等で43ユーロ。12時50分発で、ベネチアには18時着。新幹線のような高速鉄道で、この料金は安い。ナポリベネチア距離は、東北新幹線東京新青森距離とほぼ同じだが、43ユーロはそのときのレートで5848円、一方東北新幹線の方は、16840円、ユーロなら124ユーロだ。ナポリ駅でそういう計算をしたわけではないが、「43ユーロは、東京大阪新幹線料金と比べても安い」という概算でうれしくて、「よし、買うぞ!」と決めたのだ。安いから、2日後の切符を買ってしまった。鉄道に乗りたかっただけかと聞かれたら、「そうかもしれない」とも思う。私は鉄道の旅もしたかったのだ。
 ベネチアは、イタリアでもっとも物価が高いという話を聞いた。貧乏な旅行者はどうしよう。宿代は高いだろう。そうか、山辺さんが言っていたように、駅近くの宿を探してみよう。問題は他にもある。ベネチア到着が夕方6時だ。もうすっかり暗くなった街で、安宿を探すのは危険だ。「危険」というのは、治安の問題ではなく、駅近くの安宿はどこも満室になっている可能性があるからだ。夜のベネチアで宿探しをやったら、とんでもなく高い宿しか見つけられないかもしれない。相手は、世界のベネチアだ。10月はまだハイシーズンだ。特級の観光地ベネチアを甘く見たらいけない。予約をしておくべきだが、どうやって? パソコンも、スマホも持っていない。
 宿のリビアさんに相談すると、「はい」とスマホを渡された。これを使いなさいという意味だろうが、私はスマホを使ったことがない。ガイドブックに載っているホテルリストのなかから、駅近くの宿を探して、「すいません、ここに電話してください」とお願いした。電話が通じて、リビアさんはスマホを私に渡した。英語が通じないと、またリビアさんに迷惑をかけるかと思ったが、英語が通じた。「部屋はある」というが、びっくりするほど高額かもしれない。
 「1泊いくらですか?」
 「1泊60ユーロです。トイレ、シャワー付きです」
 イタリアでは、個室の最低クラスの料金だ。
 「じゃ、予約します」
 ちょっと間があって、「予約完了のメールを送りますので・・・」というので、このスマホは私のじゃなくて、ここに送られても困るので・・・というと、信用のためにクレジットカードの番号を教えてほしいといった。それで予約が完了。ひょんなことから、とんとん拍子に問題が片付き、天下の世界的観光地ベネチアに行くことになってしまった。しかも、スマホを使ったことがない私が、宿の予約をスマホでしたのである。たかが電話だろと言われればその通りなのだが、私にとっては偉大な進歩である。
 ベネチアだって恐るるに足らずという思いも、実はあった。いざとなればクレジットカードを持っている。カードがあれば、「所持金なし」にはならない。とりあえずの支払いはできる。高額の滞在費となってしまっても、帰路バンコクに立ち寄るときに、雑誌「ダコ」に連載しているエッセイの原稿料をまとめて受け取ることになっているので、大出費の穴は埋められる。天下のベネチアも、ダコ資金があれば怖くない。そう思ったが、帰国して調べてみれば、ベネチアのホテル代の高さは驚嘆に値する。ちょっとしたホテルで数万円、ちょっとすごいホテルだと、軽く10万円は超える。やはり、貧乏人にはベネチアはおそろしい場所である。

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 ナポリの宿から見える景色。南イタリア陽光を浴びながら、ベネチア旅行を考えた。

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 ちょっとイタリアを知っている人だと、これはミラノだと誤解しそうだが、ナポリにもこういうアーケードがあるが、このさびれ方が、ナポリ

2017-12-12

1063話 イタリアの散歩者 第19話

 ベネチアへ その3


 アルベロベッロで、ロココでもバロックでもない建築を楽しんだ。自動車が少ないのもいい。こうなれば、もうひとつの観光地へも行ってやれ。アルベロベッロに行った翌日、今度はマテーラへの日帰り旅行に出かけたのだが、大変な朝だった。宿を出たら、豪雨だった。宿は駅の近くで、傘を持っているから、足元が濡れるにしても大したことはないと思ったのだが、問題は洪水だった。まるでバンコクだ。歩道まで水没するほどの洪水ではないが、車道はほぼ水没しているので、道路を渡れない。いや、渡れないわけじゃないが、足首まで水につけて歩かないと駅まで行けないのだ。「ええい、ままよ」と、じゃぼじゃぼと水没した横断歩道を歩いて駅に行き、コーヒーとパイの朝ごはんを食べているうちに、雨はすっかり止んだ。濡れた靴下と靴は、すいた車内で乾かした。
 マテーラは「洞窟都市」だと宣伝しているので、トルコカッパドキアのような街かと思ったのだが、行ってみれば洞窟住居はごく一部で、全体は石の家だった。ここも普通の住宅だから、ゴテゴテの飾りがないのがいい。
 国立バジリーカタ州中世・近代美術館に行った。入場料3ユーロ。「これがイタリアだな」と思ったのは、この入場券は考古学博物館のものなのだ。だから、入場券に印刷してある展示品は、ここの博物館のものではない。「いずれ、専用の入場券を印刷しなきゃいけないとは思っているんですが・・・」と、職員。もう何年も前にできた博物館なんだけどね。
 美術に興味のない私の足が止まったのは、不思議な世界を描いた絵だ。中東北アフリカのような風景画なのだが、なんか変なのだ。時間が交錯している。よく見ると、写真に絵を描いたことがわかる。職員の説明では、「マテーラにイスラム教徒が住み着いた過去はないので、画家の想像です」といい、イラン人画家の作品だということだった。
 不注意にも、その場で画家の名前を確認しなかったのだが、インターネットで調べてすぐにわかった。Gian Paolo Tomasi。このイタリア語名ではいくらでも検索できるが、ジャン・パオロ・トマシという日本語表記では情報は見つからない。1959年ミラノ生まれのイタリア人画家だ。

 マテーラの街は、洞窟都市という宣伝文句とはかなり違う。
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 以下、トマシの作品。現代の風景写真に絵を加えた作品。光線の具合が悪いので、写真の写りが悪いのはしかたがない。

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