986話 大阪散歩 2017年春 第25回

 大阪のトイレ

 我が紀行文にはかならずトイレの話が登場するということになっているが、意図したことではない。食べることと出すことは旅をしていても日常なので、どうしても気になるのだ。いままでベトナムや台湾やスペインなどのトイレの話を書いてきた。大阪でも何か書こうと思ってトイレのネタを探したわけではなく、散歩をしているうちに出会ってしまったのだ。
 まずは、繁華街で見かけた100円ショップ「ダイソー」のドア。「NO TOILET」という英語の表示もあるから、外国人にも主張しているのだろう。一般の商店と比べれば100円ショップは入りやすく、外国人の利用も多いので、こういう表示になったのだろう。ビルのなかのテナントなら、わざわざこういう表示はいらないのだが、写真の店舗は、建物の1階すべてがダイソーだから、トイレ目当てに来る人が多いということだろう。
 ダイソーの表示は大阪以外でもありうるだろうが、心斎橋のこの看板は驚きだった。この食堂は、壊れかかった古く広い大衆食堂というのではなく、ガラス張りの、新しく小さな食堂なのだ。そういう店に、トイレだけを目的に入って来る人がいるのだ。日本語だけの表記だから、日本人に向けたのだろう。いや、絵と英語もあるから、外国人も対象にしているのだろう。誰にも「緊急事態」がありうるということはわかるが、カネをかけたこういう看板を常時掲げているということは、店主が腹に据えかねるほどトイレだけの入店者が多いということだろう。

 そういう店舗とは違い、「どうぞ、トイレをお使いください」と店頭に表示していたのが、関東と関西で手広く展開をしているスーパーマーケット「ライフ」だった。すべての店舗でそういう表示を出しているのかどうかは知らないが、都市を漂う散歩者には、オアシスのごときありがたい存在だった。繁華街ならデパートやショッピングセンターや喫茶店などトイレは簡単に探せるが、住宅地を歩いているとトイレに困ることもある。そういうときに、ライフの4つ葉マークの看板が見えるとほっとする。ありがたい存在だ。
 そのライフのトイレで、個室のドアが開いていたのでふと中を覗いたら、金色に光る金属が目についた。トイレットペーパーに鍵がかかっているのだ。周囲に人がいないのを確認して、すぐさまバッグからカメラを取り出した。トイレでカメラを出すと不審者扱いされかねないので、注意を要する。消毒液(あるいは洗剤か)のボトルに所有者である「ライフ」の文字がマジックで書いてある。よく見ると白いヒモでパイプと結ばれている。盗難防止目的だということは明らかだ。
 ライフの好意に対して、窃盗で対応するというのが大阪なのだ。恩を仇で返す大阪だ。インターネットを調べると、私と同じように「鍵がかかったライフのトイレットペーパーホルダー」の写真が見つかった。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12114349087
 その写真は、淀川区三国の店舗だそうだが、私が撮影したのは阿倍野区の店舗だ。大阪の全店舗がこういう鍵つきなのか、あるいは大阪市だけで、豊中市池田市は鍵などかけなくても盗まれないのかはわからない。
 トイレットペーパーがあれば盗まれる街というのは、世界のほとんどの街も同じだろうから、大阪はまさに国際的な街だということの証明でもある。