1066話 イタリアの散歩者 第22話

 ベネチアへ その6


 迷路の街というのは北アフリカなどにもあるのだが、ここでは迷路に加えて運河があるから、行く手がはばまれて、また元に戻るということを繰り返している。ただの散歩でも右往左往、行きつ戻りつを繰り返すことになるのに、カート付きトランクを引いている人は、なお大変だ。いくつもの階段橋を通過すれば、粗悪品の車輪はすぐ壊れる。ベネチアの音といえば、モーターボートのエンジン音と、階段橋や石畳の道路を通過する車輪付きトランクのガタゴトという騒音だ。
 散歩1日目は、私も迷った。迷うことを想定して適当に歩いたのだが、私の想像を超えて道は曲がりくねり、観光客など来そうにないアパート地区にもぐりこんだが、実はそれが正解の道で、しばらくして目的地にたどり着いた。
2日目はコツをマスターしたので、「よし、ここに行くぞ」と目的地を決めれば、すいすいと歩けるのだが、それはそれで迷う楽しみはなくなるので、わざと違う道に入り込む。自動車に邪魔されずに、そういう散歩ができるのが、私にとってベネチアの最大の魅力だった。
 やはり物価は高かった。水上バス(ボパレットvoparetto)は,1回乗船券は7.50ユーロ、約1000円である。24時間有効券は20ユーロ、約2700円である。遊園地の乗り物と考えれば、「そんなものか」という料金だが、日常の乗り物だと考えると、とんでもなく高い。香港のスターフェリーが50円もしないで利用できることを考えれば、とんでもなく高い。高い理由は、「ここがベネチアだから」という以外見つからない。街なかのホテルに泊まると、駅からこの水上バスに乗ることになる。駅近くの宿をとった私は、その意味でも正解だった。
 食べ物が高い。公衆トイレも高い。高いカネを使うなら、他の街で使おうと決めて、安飯しか食べないと決めたが、そういう旅行者は少なくない。買ったピザを食べようと公園のベンチを探すと、どこもふさがっていて、ちょうど昼飯時だから、席があくまでしばらく待ったこともある。旅の予算は決まっているのだから、カネの使い方を工夫すればいい。ベンチでピザを食べているカップルが、決してわびしいとは思えない。
 散歩をしていれば、スーパーマーケットも見つかる。間口が狭いから素通りしてしまいそうになるが、店に入ると結構大きい店もある。何人かで旅をしている人は、パンとおかずを何品か買っている。公園に持ち込んで、ゆったりと昼食会だ。ひとり旅の私は、煮物や揚げ物などを買ってしまうと、食堂で食べるよりも高くつくから、サンドイッチとバナナにした。水はいつもバッグに入っている。
 節約の旅をしている人がいれば、反対に、おしゃれなベネチアで徹底的におしゃれを自己演出したいと思っているらしい日本人や韓国人や中国人女性がいた。ファッション雑誌の撮影のような恰好をして、散歩している人もいる。高い服を着て、高いアクセサリーをつけ、高いバッグを手に自由に歩ける場所は、世界にそう多くはない。友達に写真をとってもらい、雑誌のモデルになった気分を楽しみ、写真をインスタグラムに載せて自己顕示で陶酔するのだろう。初めは、本当に雑誌の撮影かと思ったのだが、プロカメラマンがまさかスマホで撮影はしない。これも一種のコスプレなのだろう。


 この橋を渡って右側の島に着くと、もう歩くしかない。左手にバスターミナル、右手に進むとサンタ・ルチア駅。


 運河が入り乱れ、わずかな橋がかかり、道を間違えると、橋のある道までまた戻る。ベネチア散歩はその繰り返しだ。


 朝飯用に、パンとバナナとオレンジジュースを買った。


 
昼飯用にピザをひと切れ買ったが、公園のベンチはすべてふさがっていて、ちょっと待ったがあかないので、この石に腰掛けて食べた。ひと切れ、250円ほど。


 おそらく中国人の相互撮影会。こういう色使いの服は、やはり中国人でしょう。韓国人の場合は20代で、本当にファッション雑誌に出ている服装のコピーのような姿だった。