今日の長門有希SS

 デートの定番と言えば映画や遊園地などが思いつくが、恋人同士が一緒にいたからといって必ずしもデートスポットに行かなければいけないわけではない。二人さえ楽しく過ごせるならば無理にデートをする必要はなく、またデートをするにしても一般的なデートのイメージから外れていたって問題ないだろう。
 長門と二人でスーパーに行って食材を買い、それを調理して食べることはデートとは言えないだろう。だが、俺たちはそうするだけでも幸せを感じることができるので、それでも問題はないはずだ。
 だが、たまにはデートをしてみたいと思わないこともない。俺だってそうだし、長門だってそうだ。長門はあまり感情を表に出さないと思われがちだが、俺に対してはそれなりに主張してくることもある。
「……」
 その日、長門が読んでいたのはいつものような分厚いハードカバーではなく、カラフルな表紙のタウン誌だった。なんとわかりやすい主張だろうか。言葉にはしてこないが、態度から「近いうちにどこかに連れて行け」と伝わってくる。
 さて、どういう場所がいいだろうか。二人ならばどこに行っても楽しいし、長門だってそう思ってくれるだろうが、それに甘えてはいけない。長門を楽しませるべく最大限努力をするべきだ。
 長門の趣味は読書で、本が好きだから図書館に連れて行くというのもある。しかしそれは普段からよくやっていることなので、今回のようにタウン誌まで引っ張り出された時には止めた方がいいだろう。買い物も同様だ。服を見たり本を見たり小物を見るのは楽しいが、それではまだ足りない。
 こういう時、選ぶ道は二つ。
 買い物など普段通りのことをするにしても、いつも行くより栄えた場所まで出て行くのが一つ目。いつもは近場で済ませているウィンドウショッピングでも、電車を乗り継いで大きな街まで行けば気分が変わるというものだ。
 普段やらないようなことするというのが二つ目。先に述べたような、いかにもそれらしいデートコースに行くのも手だろう。定番のデートコースというのは陳腐に思われるかも知れないが、古今東西カップルが選んでいると言うことは、やはりそれなりに楽しめるものなのだ。
長門、最近やってるので観たい映画ってないか?」
「今は特にない」
「そうか」
 ならば映画館は没だ。映画は期待したものですら失敗することがある。行ってみれば実は面白いということもなくはないのだが、観るつもりのなかった映画に行ってやはり面白くなかった時の脱力感はかなりのものだ。だからあまり冒険しない方がいい。
 遊園地……は以前に失敗したことがあるな。果たしてどこに行くべきだろうか……
 仕方ない。格好悪いが、目の前にあるヒントを活用することにしよう。
長門、それ読み終わったら貸してくれるか」
「わかった」


 その週末、俺たちはよく来る駅のあたりをぶらぶらとしていた。たまたまタウン誌の特集が駅周辺で、それにそのまま乗っかった形になる。
 もちろん普段通りというわけではなく、それなりに違ったことはしている。長門も退屈はしていないように見えるが、満足しているかはわからない。
「これでいいよな?」
「……」
 喫茶店での休憩中、俺の問いかけに長門は首を傾げる。
「いや、前にこの辺の雑誌読んでただろ。たまにどっか行きたいんじゃないかと思ってな」
「そういうわけではない」
 じゃあ、なんで俺に見せつけるように読んでいたのだろうか。
「グルメ特集が気になっただけ」
 そっちかよ。
 じゃあ俺の考えていたのは単なる取り越し苦労だったということか。なんとなく脱力してしまう。
「でも、今日は少し楽しかった」
「そうか」
 その言葉が聞けただけで満足だ。何より俺だって楽しむことができたんだから。
「雑誌に載っていたスイーツの店がこの近くにある。そっちにも行けたらもっと楽しくなる」
「そうだな」
 というわけで、その日は楽しくデートをすることができた。