Passport to Magonia

2011-10-14 『円盤が地球に来た頃』を読む日

[][]モンテベニキ事件、あるいはチェンニーナ事件の前日譚についての覚書


 先日、米密林から“When Saucers came to Earth”(Maurizio Verga,2007)という本を購入しました。イタリアの著名な(オデはよく知りませんが)UFO研究家である著者が、空飛ぶ円盤の「黄金時代」(1912年から1954年の間)に起きたイタリア国内UFO着陸事件を紹介・解説するという趣向です。面白いのは、各事件を報じた当時のメディアのうち、紙媒体もの――新聞雑誌などを著者は保存していて、それを併せて紹介しているところ。


 例えば、インチキ写真として名高い「モングッチ写真」事件がどのようにイタリアメディア報道されていったのか、現物を提示しつつ解説するこの手法UFO体験のメディアによる共有というようなテーマを考える材料として興味深いと思います

で、日本でも「ヘンな接近遭遇事件」として、本邦の円盤マニアたちに名高い「チェンニーナ事件」(1954年、 http://giga.world.coocan.jp/ufo/history/cennnina.html )についても詳しく紹介されており、名前のみで写真が紹介されることは日本ではついぞなかったと思われる事件の報告者「ダイネリ夫人」の写真が載っている当時の雑誌記事なんかもたくさん出てきます


 「こりゃすげえ!ええ本買うたで!」と喜んでいたところ、最初の方のページに変なイラストともにある事件が載っているのを見つけました。1930年に、チェンニーナから南西に数キロのモンテベニキで、川で洗濯していたおばあさんの前に独楽のような物体が空から降りてきて着陸した。中から小人が二人降りてきて、おばあさんが洗濯した後にロープに吊るして干しておいた黒い靴下1足を奪って物体の中に戻って行った。物体はその直後に飛び去ってしまった……


 チェンニーナ事件と同じ地域で、その24年前に、よく似た接近遭遇事件が起きていた!?

 ちょっと面白すぎる話なので、とりあえず訳してみました。


 以下、その引用です。


“When Saucers came to Earth”(Maurizio Verga,2007)



事例№3001 1930年8月 朝 第三種接近遭遇 データ不充分/信頼できない


ブーチネ(アレッツォ県)、モンテベニキ――老女が地元小川で衣類を洗濯していた時のこと。彼女は、二本のさおの間に架けた鉄のロープに一組の黒い靴下を吊るして干した後に、大きなシューッという音を聴き、突風が吹くのを感じた。老女は、その場から20メートルほど離れたところに一種の「独楽」のようなものが着陸しているのを目撃した。物体の下方に扉が開き、中から梯子が出てきて地面に着いた。物体の中から梯子をつたってそれぞれ身長メートルほどの二体の生き物が現れた。二体の生き物は老女の周囲を何度も徘徊し、時に手で触れるほどに近づいた――その間、一種の「鳥がさえずるような」音を発し続けていた。何分かが経過した後、生き物はロープから靴下を掴み取ると物体の中へと持ち去ってしまった。そのすぐ後、物体はシューッという音と突風を発して飛び去った。


出典(新聞):Il piccolo紙(日刊新聞)1990年3月27日号、

出典(UFOオカルト雑誌):Il Giornale dei Misteri152巻5号P.10並びに165巻13号、Ovni Presence 31巻8号P.10

出典(その他):Fabrio Massiによるレポート、Ricci氏とBoncompagni氏によるレポート


(解説)

 この一見して興味深い事例は、発生してから53年後(1983年)にEdoardo Lavacchiなる人物が地元UFO研究家グループに送った手紙に記されていた。彼は地元の日刊紙がUFOについての記事を載せたのを読んで、この手紙を書いたのだという。Edoardoはこの奇妙な話を1930年に聴いたのだと主張している(彼が20歳の時だという):老いた農婦が、物体が空から降りてきて着陸し、中から二体の奇妙な生き物が現れたという話である。彼は老女と話をする機会があったと思われるが、彼女自分の体験を人に理解させるのはさぞや骨が折れたのではないか。この理由で、話の詳細はほとんどない。そのうえ、彼の50年以上前の記憶が、提示される情報をより不正確にしている。奇妙なことに、この事件は、起きたとされる地域からほんの数キロ先の村で1954年に起こった極めて有名なチェンニーナ事件と著しい類似を示している。Edoardoは1954年チェンニーナでの接近遭遇事件を聴いたときに、すぐさま24年前のこの事件のことを思い出したと述べている。奇妙なことに、事実、この同じ地域内で今までに4種類の接近遭遇報告が起きている(訳注:原書では地図上に報告のあった地点を図示してある)。しかしながらこれは、きわめて古典的なチェンニーナ事件が、いくつかのでっち上げ事件を作り出したのと同様に偽りの記憶を生み出すほど人口に膾炙しただけのようにも見える。この事件全体、そのほとんどすべてが、かなり信頼できない内容だ:「うわさ」としか認識できない、ごくわずかの情報しかない。もし、実際のところ、Edoardoの話が誠意に満ちたものだったとしても、それはチェンニーナ事件のニュースを知った結果として彼の記憶が歪められ、作り直されたものであるかもしれないのだ。しかしなぜ、彼はこの想い出話をこんな後になって明らかにしたのか? 1954年当時、チェンニーナ事件はこの地方でとてもよく知られた話で、人々の中には作り話だと信じる者もいた。同じ地域で起きた、より以前のこの遭遇のことが地元で広く知られていたのなら、チェンニーナ事件の時に報道機関に取り上げられたはずではないか! 1983年に二つの異なるUFO研究グループがこの目撃があったとされる地点の周囲の村々を訪れて調査を行ったが、この事件のことを覚えていると言う者は誰一人としていなかった。一方、ある村人は、この事件をでっち上げのようだと語った。


―――引用は以上―――


 いかがでしたでしょうか。実情はやや肩すかし気味の話ですが、チェンニーナの周辺で20数年間に複数の接近遭遇報告があるというのは興味深いと思います

 オデとしては、この話は、チェンニーナの周辺ではチェンニーナ事件が「民話化」しつつある一つの例なんじゃないかなぁ、と漠然と考えております

 チェンニーナ周辺の残りの報告もこの本に載ってますので、そのうち訳したいです。特にチェンニーナ事件の紹介・分析はオデの知る限り、この事件を扱った資料の中で最も詳細を極めるものなので、頑張って訳したいです(夢見がちな瞳で)。

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