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2011-12-29

2011年は、ありがとうございました

2011年は、ありがとうございましたを含むブックマーク

今年はこれを聴きながら、さようならしたい

先日、YouTube Liveされた、かなしい思い出、素晴らしい瞬間


Smile / 細野晴臣 坂本龍一

D


そして来年は、はてなブログで、こんにちはしたい。

http://magoshin.hateblo.jp/

2011-10-10

結婚をしたことと、結婚式を挙げたこと。安心のことと、おおきなわのこと。

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思えば、3月

日本に住む人の心模様を一瞬で変えてしまったあの3月11日の、そのショックからまだ正気に戻れてない、や、正気という状態は、どのような気分を指すのかさえ、誰も分からなくなってしまった、その境目の真っ只中。311以前がおかしかったのかもしれないし、311以降、本当の意味での正気になったら、日本には住んでいられないかもしれない。今後どうなるのか、どうすべきなのか、未来について呆然と判断を放棄したかのような、あまりに突拍子のない掛け声と、正しさの基準のない情報が、ただトップダウンテレビから流れてきた、あの3月後半のムード世界の終わりが近づくような、あの震動。

その時期に、僕は生まれて初めて一人で飛行機に乗り、生まれて初めての地であり、彼女の生まれ育った地である沖縄へ飛び、そして実家に行き、ご両親に会う、という判断をした。それは、様々な条件が合うちょうどいいタイミングだった、というのもあるのだけど。


沖縄から見た関東というのは、それは遠い。さっきまで関東に居た自分まで、2時間半ほど空を飛んで、ちょっと空気の温かい日本の一部に来ただけなのに、もう、東京の喧騒と陰鬱な気分が、対岸の出来事のように思えてしまった。ずっと沖縄に居ながら、あの震災のことも危険な状況も、テレビのみを通じて情報を得ていたら、そんな対岸にわざわざ今、娘を関東に送り出すことなんて、きっと不安しょうがないに決まっている。ましてや、知らない男の近くでなんて…。


不安の煙は広がりやすいし、人の心は燃えやすい。3月なんて、誰もがみんな不安だったし、沖縄にいくと呟けば、当然のように「疎開か」と思われるような時期、多くの人が不安に取り込まれ、心は翻弄され、宙ぶらりんな気持ちのまま、日々の営みと折り合いをつけて(もしくは漠然とした、しかし確実に在る不安から目を反らすように)過ごしていたその最中。だからこそ僕は、大げさで高慢な言い方だけれど、そんな時だから安心を小脇に抱え、安心約束を伝えに行きたかったのだ。もちろん、「その時」、誰よりも不安(というか恐怖というか)を抱いていたのは僕自身であったのだけれど…。


結婚するということは、大きな人の輪の層に接続し、合流し、個人同士だけではなく、これからその輪の中で、輪として生きていく覚悟を決めることだった。輪は、その中で震動を伝え合う。新しい個がそこに入れば、輪の中にいる人達感情センシティブにこすれ合う。でもそれは当然の反応だし、輪を外側から攻撃することにはしたくなかった。輪の中に波を立てるなら、暖かくて光のある波がいい。輪の強さをみんなが再認識するような波がいい。それに、まず自分安心したかったし、安心してほしかったし。

家族という物理的な輪の中にも入るし、心のつながりという見えない輪の中にも入るし、触れ合う。ただでさえ不安の波が外から押し寄せる今だからこそ、ここだけでも安心な輪の中にしていきたいし、それをするという意思を今日は、もってまいりました、なんて、口で直接言うわけじゃないけど。もしかしたら実際は、安心をただ奪いに来ただけの、立場だったのかもしれないけど。

でもしかし、輪の中に入ってみたら、そこはもうとっくに居心地の良い、ほかに感じたことのないような場所で、荒波が立っていたのは僕自身の中だけだったようで、いいかんじにほぐされて、均されて。既にある輪の強さを誰よりも感じたのがきっと、訪問者である僕でした。


それから半年。話はポンポンポンと進み、目的はこの大きな2つの輪を接続し、たった一日の「その日」のために、各方面と調整する大使として、私たちは動いてきたようですが。

横浜山手教会での式は、多くのことが手作りで、仕事、さらに引越しまで並行して行なってしまい、自分たちで新しい大きな輪を回していってるのか、逆に輪の中でごろごろと回され翻弄されているのか、その違いも分からないような日々を過ごしつつ、あっという間に9月24日


「一人で居るのが好きな二人です。一人で過ごすのが好きなはずなのに、これからは二人になってしまいます。でも、僕らが一人でPCに向かってネットをして、ブログを書いて、そのことで本当は何を求めていたのか、一人になることが好きだからそれをしていたのか、といえば、本当のところはそうじゃないんだろうなと、こうして、人との繋がりを、深い所で、文章を介して、じっくり感じられる場所を求めていて、たまたまそのときネットがちょうどよかったんじゃないかと、思うんです。おかげでこうして、お披露目の場まで出来て、ネットから始まった繋がりがこんなリアルの場まで至って、こんなふうにこれからの人々との繋がりを実感できて、心から、じっくりと、本当に、ああ、嬉しいなあと、思います


そんなことを、披露パーティ最後新郎スピーチで喋った(喋りたかった)。実際には紙も見ず会場を見渡す余裕もなくシドロモドロだったけれど。

自分たちにとっては、当初想定してたよりも遥かに立派な、もう、立派すぎる式と披露宴になったけれども、なんか、やれて良かったなーって思う。式の準備を進める中でしか、分からないこと、見えてこないこと、体験できないこと、知らなかったことへの気付きが、たくさんあった。様々な価値観の取り入れとさじ加減、切羽詰まったときに相手がどうなるか、自分がどうなるか、輪の中の人々がどう考え、どうすればうまく回るのか。

でも、それらのバランスをチラ見しつつも、最後自分たちのやりたいことを、いいぐらいに取り入れられたと、思う。なにより、晴れたのだし!


きっと本当は、そんな内容なんかじゃなくて、もっと大事で、貴重で、そして面白いことが、眼前に発生していて、それをしかと心に焼き付けることが、披露宴の全てなのかもな、と思うのです。それは、家族家族友達友達、複数のそれぞれ別々だった大木が、枝の先端で結びついていて、ひとつの輪を編んでいくような、ダイナミックな動きと、それぞれが初めて接触するときに弾け合う、小さな喜びと昂ぶり。僕らは名目上・ポジション上主役ではあるけれど、結局、メッセージも、余興も、結婚という出来事さえも、そこに居る人達の肴になれば良い、大きな輪の潤滑油として使ってもらえればいい、という思いで、ちょこんとしておりました。

自分たちの意思を盛り込む、というのも、出来立てホヤホヤの新しい輪の中で、ちょっとした自己紹介になればいい、自己紹介があれば、ある程度今後も、安心して接してもらえるかもしれない、という気持ちから、きているような気がします

安心してもらえただろうか・・・


世界はまだまだ終わらない、とは言えないし、不穏なムードはきっとまだまだ続くけど、そんな中だからこそ、こうして安心な居場所を見つけられました、ということを示す節目。安心はやがて作られていくという希望。遠く離れたように思えても、大きな輪はさらに力強く繋がっていくでしょう、という願い。

気を遣いすぎでしょうか。でも、無償で気を遣っても何も損な気持ちはしないのは、あたたかくてすてきな人達ばかりの輪が作られていくのが、目に見えて分かっていたから。こっちの家も、向こうの家も、いろいろこの日のためにサポートしてくれた人達も。それらの繋がりを作っていく、起点としての結婚式ネットという無重力空間でのミクロな繋がりが、大きな質量をもった結合へと膨らみ、拡散していく、実に人間的で社会的で、それでいて宇宙的な儀式


結婚式なんて、そんなに大事なことだとは思っていなかった、けど、どうやらこういう瞬間を経ることによって、新しい環境(或いは世界)というものは、生み出されていくようです。

その促進力として、ああ、僕も、いい人になりたいなあ、と思いました。


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たくさんの方々、素敵な時間を、手助けいただき、ありがとうございました。

一番がんばってくれたのは、こっちの人です。ありがとう

九月九月 2011/10/28 01:09 長らくご無沙汰いたしましたがいかがお過ごしでしょうか…っていうか、びっくりした。
サンレコ誌上でニシカワくんの名前見た時の3倍くらいびっくりしたよ。
ニシカワくんとは本当の意味での面識はない仲ですが、リンク張り合うも多生の縁ってことで、
お祝いのコメントを書かせていただきました。

ご結婚おめでとうございます。お幸せに!

magoshinmagoshin 2011/11/14 02:18 ご返信がご無沙汰してしまいました。。
お元気してましたでしょうか、この16日間。月日が流れるのは早いですなあ…失礼いたしました。
サンレコは、たまたま運が良かった、で締められるけど、
こっちのイベントは、それだけじゃ済ませられませんね。
いやでも、運が良かったです。
ネット上だけでも、長くお互いを認識しているだけで、
親しい人のうちに入るのですよね、ということを、今回のイベントで実証しました。

ありがとうございます!!
まだまだ、幸せとは何か、模索します!!

通りすがりのフォーレストJr.HS通りすがりのフォーレストJr.HS 2011/12/01 10:06 今日朝一の衝撃でした。
ご結婚おめでとうございます。
末永くお幸せに

2011-04-06

Subliminal 〜砂原良徳とコーネリアス

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Subliminal

Subliminal


音楽の力とはなんだろう。


砂原良徳コーネリアスの音を聴くと、まるで「自分」という単位定義されるような、全身を整える、安心した閉塞感がある。

出す音すべてにピントが定まっていて、真っ白で四角い建築の中に足を踏み入れたときのような、身が引き締まる触感。全身の毛穴一つまで神経を自ら制御できそうな、規格化による安らぎ。

その閉塞感とは、一旦自分にフタをすることによって、全身・全感覚の統制を律することによって、はじめて踏み出される開放感でもある。


太いキックを携え、地を這うように一定のbpmによる「愛すべきビート」を、10年前と全く同じように奏でる砂原氏。前後感覚を失って浮遊し、響きに翻弄されながら、点と点を飛び交う無邪気な幻想現実を、10年前から描きつづける小山田氏。クラフトワーク直系のざらつきと丸みを、ステレオというシステム最適化し先鋭化させたような電子音のY.S.、生音の音響顕微鏡化し分解、拡縮し、左右に分割することで超現実的にマキシマイズしたCornelius


2010年は、これらの見定められた音像が、2つの耳の中心で、まったく揺ぎ無く立ち続けた、それが完璧な牙城であったことを証明するための期間のようだった。それほどにPOINTを、LOVEBEATを越えるほど「標準的な地平」を体感させてくれる音楽は他に生まれなかった。彼ら自身が自ら更新する以外には。そのことを本人たちが自覚するかのような、FANTASMAの再発盤(マスタリング砂原良徳)。あまりにもスタンダード、あまりにもフラット。増幅と拡散イコライジングされた日常を、終わりなきフラットに均す為の音楽


感情感覚平均値に戻ることで、体にまとわりついていた気怠いものも、不穏なものも、浮き立ったものも、一旦置くことができる。何も手にしていない、自分の全体、身体一つを今一度、上から下まで見直すように。それは端的に「自分を取り戻す」ことのように感じる。自分を取り戻す。自分探しをしに一人旅をして、広大な海の前で物思いにふけりながら、自分の小ささを思い知ることと、同じような体験を、僕はこの人達音楽から、簡単に得る。相対的なインパクトを与えられるのではなく、2つのスピーカーの前で、等身大自分の正確な縮尺を目盛で記されるように。自分など、足下を見ればいいのだと、まとわりついているものを取り払えばいいのだと、ステレオマッサージで解きほぐしながら教えてくれる。


そして、日常を取り戻すには、まず自分を取り戻さなくては。

しかしたら、もっと取り戻したい存在があるかもしれない。だけど他にも、まずこんなにも手軽に取り戻せるものもある。生存している自分はここにこうして在るのだと。フラット日常を思い出せる音の記録が。

視界の外にあって、うまく全体が見えない、潜在的な自己の輪郭を、音の波と線は時に描き出してくれる。

日常を標準的に営んでいたあの頃の、神経の末端まで澄み渡るような安心の部屋を。

それはとてもサブリミナルに。きっとサブリミナルこそ、音楽の力なんだろう。


liminal(初回限定盤)(DVD付)

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だがliminalは・・・

明らかに警鐘を鳴らしていた。

音楽の力を信じるからこその、闇から告発

穏やかな箱庭が、ある境界を越えて、危険空間へ一変する、その可能性を指し示すようだ。


暖かな箱庭に収まるか、不穏な境界線で生きることを覚悟するか。

コーネリアスがセンシュアスなファンタズムを空中に描き続けているうちに、砂原良徳は一足早く扉の外に出て、危険空気を吸って、吐き出していた。

2011-03-01

じぶんを切りひらくアート

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この中に「アーティスト」は居るのか?「美術家」は居るのか?

いわゆる「アーティスト」を求め、「作家」の内面にえぐり込み、切り開くことを期待して、この本を開くと、初っ端から驚きとともに、クエスチョンが頭に漂い始める。「アート」と堂々と銘打っている、アートについての書籍のはずなのに、そこには「作品」もなく、「パフォーマンス」としてハッキリとした「ハレ」の舞台があるわけでもなく、あるのは、ちょっと「一般的とは外れている」、珍しい形の「生活」だった。いや、アート的には「活動」というほうが相応しいのかもしれない。その人が志向した「生き方」を、「アート活動」に当てはめることで、一般の側からもなんとか、その生活を理解・許容でき、ときには批評の対象とすることができる。また活動者本人にとっても、社会との狭間で「生きやすい」ポジションを得ることが出来る。「アートであることで、新たな挑戦への意欲、行動への理由もひもづけることが出来る。われわれと、あの人たち。理解の可/否に挟まる壁を、なんとなくぼやかして、気づいたらするっと通り抜けているような、そんな状態・環境を、多大な「謎」を含みながらもうまいこと生み出してくれるマジックワード、それが、これまでの「アート」なのかもしれない。


しかしこの人たちは何をしているのでしょう。ホームレスと共に生活したり、現場プロジェクトを起こしたり、車で日本中のイベントを回ったり、歴史を、身体感覚を写真に焼き写しながら、目に見えない目的に奔走しているよう。その活動の価値尺度は、誰にも測れない。彼らの中に宿る確信を信頼するしかない。

作品を残すことよりも、そこで発生する現象と体験と関係から自分の身体そのものから自分になら出来ること、やってしまうこと、人に伝えたいこと、そんな自信に課された宿命を見付け出していく。動くことそのものを、リアルな肌感覚それを、パフォーマンスという枠に、なんとか収める。や、パフォーマンスということにされている。だけど、いつでもその枠から飛び出す準備はできている、というか、常に飛び出し続けている状態こそが、彼らにとっての自然のようで。


何かの専門家で、何かを作り出していく、そんなアートの人たちではない。まずここで一度「アーティスト」が否定される。では次に、アーティストは、特別な天賦の才を持った、浮世離れした人たちなんでしょ、というアーティスト像をも、また否定する。


彼らの生の声は、彼らなりの深い洞察、世間との距離感、生い立ち、そしてどうやって「食べていってる」かを、僕らと何も変わらない全うな考えと、普通のしゃべり方で、教えてくれる。そこに特殊な「すごさ」や類稀さは無い。

この人たちはじゃあ何が違って、どうして「アーティスト」と呼ばれる場所へ至ったんだろうか?きっと社会の中で、コミュニティの中で、「自分にしっくりくるやり方」を常に注意深くモニターしてきた人達であり、そして、そういった生き方を「これしかない」と思い切り、肯定する勇気ドライヴしている人達だ。その「しっくり」を知るということは、同時に「違和感」も仔細に感じ取ることだ。それは個々人に与えられたセンサーの問題であり、そしてそのセンサーが最もポジティブな方に活性化する「場所」を創りだしていく力の、有無である


ならば、では、「しっくり」だけを追求する個人的な天然性のみが、評価されるアーティストの条件なのか?

自分の見ている世界の新鮮さを伝えたい、少しでも社会の風通しをよくしたい、周りの人を笑わせたい、未来へ進むことを肯定し続けたい、変化とマイノリティへの理解の間口を広げたい、人の根源的な振動を掘り起こしたい。そこには必ず、他者の存在がある。他者と自分の関係性の中から、めざす未来を選び取る、そのことに純粋人達。「しっくり」は前提条件に過ぎず、活動を通じて人々に披露し、そして規範的な社会の見方を広げ、ときに崩していく、そのための使命感の塊を、どこかで拾うことができた人達。そのチャンスさえも捉えられるセンサーに敏感であった人達


変なコトをすれば「アート」なのかい

そこに意志があれば。そこに試行錯誤があれば。そこに、説明できるだけの言葉があれば。作品が全てを語らねばならない、というアートの時代(そうであるべきという人々の意識)は過ぎて、その人自身が、行動を、生き方を語って、その言葉と触れ合う人々に、いろんな生き方があることを気づかせる、勇気を与える機会となる。

僕らはどこかで、親や周りの人達意見暮らし総合して、「こうしなきゃ幸せになれない」という前例を、信じてしまっている。それは間違いじゃないかもしれない。でも、それとは全く別の自分で見つけたやり方で「こうすることでしか幸せになれない」と信じている人もいる。いずれも間違いじゃなくて、「信じる者がきりひらかれる」という、至極単純な世界ルール存在するだけなのかもしれない。でも、社会とか会社とか、他者によって維持されている大きい何かに寄りかかってそれを信じるよりも、コンパクト自分の見る視界を信じ、自分内面にあるセンサーを信じたほうが、幾分ラクそうではある。もちろん、いわゆる「楽チン」とは全然違うけれど。


どうやら「アート」は作品を批評することではない。「アート」は現実でありながら、まるで現実から跳躍したように見える、でも、それもまた一つの現実であるという、視点の移動と変換を示してくれる。現実から逃げられないけど、その現実に対して、僕らは自由である。それを「作品」から読み解くことがよしとされていたのかもしれない。でも、読み解くべきなら、それは批評すべしということだ。現実に対し一つの信念を持った視点を持っている人が、その身体で、言葉で、出来うる方法を駆使してその事を示していても、いいんじゃないか。むしろ親切なんじゃないか。これまで同様の「アートであること」は、本質から遠ざかってしまうかもしれなくて。


そろそろ「アート」という言葉を切りひらこう。

ゼロ年代アートは住む世界の違う業界ではなくなった。「アート」は作家と僕らをつなぐ架け橋になった。テン年代(天然世代)、アーティストは目の前に降りてきた、アート自分のためのものになった。「アート」の言葉意味が、やわらかくふやけた。

それは美術ではない。それは作品ではない。それはいびつな和製英語で、やがて新しい生きる指標になる(かもしれない)。


等身大の口から発せられる言葉と、等身大の身体から生まれるさまざまな表現。どちらも同じ、どちらも「アーティスト」として刺激を生み出す、のならば、この本の中にある彼らの言葉、彼らから見えている世界も、また「作品」として触れることが出来る。それは決して作品ではないけれど、何かの指標にはなるんじゃないかな。違和感だらけの現在からアートの隙間は何処にでも。

2011-01-08 2011年は静かに宙を飛ぶ

Ralph Towner / Solstice

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2011年です。今年も宜しくお願いします。

一発目の更新は、普通にCDの紹介をしたかったんです。

それは、2011年の初めに響かせたい音でもあるし、今年をはじめるにあたって、ブログサイトツイッターとの関係の在り方を、改めて整え直したいという、意味合いも込めて、心を込めて、ひとまずここに一枚、置くのです。

SOLSTICE

SOLSTICE


そして、その一枚が、1975年録音(2008年再発)のECM盤になるとは、自分でも意外でした。


1985年生まれの自分は、2010年に25歳になりましたが、この演奏が収録されたのは、自分がこの身体をもらうさらに10年も前のこと。身体の動かし方も、魂の定着の仕方もしらないうちに、この4人は既に、素晴らしい肉体の運動で魂を空へ、海へ、宇宙へ、解き放っていたのだと思うと、たかが数十年などの間隔は無いにも等しく、それでも自分は、そして世間も、まだまだ身体と視覚への執着から逃れられず、カレンダー的な時間の一方向性に囚われていることを、幼く感じるのです。

聴く者の心をそのまま、大海原へ引き連れていくようなメロディは、決して甘いわけではなく、繊細な演奏の出現と減衰が、音の粒として、波の雫としてパラパラと体に当たる、その感触が、海辺への憧憬に自然誘われる。

冒頭の「Oceanus」に代表される、空間的な、音像の環境表現。「曲」というより、そういう「空気」としか言いようのない、滑らかで慎ましくも疾走感に浸された、音の抽象点描画。

ベースドラムスがむしろアクセントであり、空間の刺激として細やかにマッサージし、ラルフ・タウナーギターと、ヤン・ガルバレクサックスが、全体の基調となる色調を、指標を、海図を定着し続ける。それはアンビエントに、いつのまにか、ぼやけて溶けて消えてしまいそうな印象にくるまりながらも。


現代の耳で、たとえば音響系、即興電子音楽、たとえばROVOのような、ジャズから派生したような体系で、宇宙を奏でる超越系バンドが、フリーミュージックなるものが、もしもゼロ年代以降の音だとすれば、それはゼロ年代に改めて「定義された」だけに過ぎなくて、もしくは包括的名称を与えられた、市場が求めたに過ぎなくて、その源流は、思想は、人の心が飛んで行きたくなる風景は、70年代から、もっと前から、獲得されていたはずだ。そしてそれが、流行の「ミュージック」とはまったく遠い地平に隠され続けてきた、この何十年間不変の人の悦びに直結する「響き」なのだ。

不変の響きと、心が飛んで行きたくなる風景、それが、僕がECM音楽に触れるときジャケットに触れるときに、じわっと胸のうちで発見される叙情そのものなのだ。どんなハイテクノロジーも、どんな情報化も、どんな電子ノイズも、純朴な静寂の振動の前では、一瞬の塵のように小さく、取るに足らない。とさえ思ってしまうほど、僕は変化している。だがここにある音楽は変わっていなくて。

脈々と引き継がれる「美と響きの悦び」が、この一枚でもまた、シリアスに、刺激的に、大きなメロディの曲線を描きながら、束ねられている。


2010年相対性理論+渋谷慶一郎『アワーミュージック』で始まった。少なくとも僕にとってそうだったし、そういう年になった。それは新しく、それは鋭敏かつ鮮烈で、記号的な言葉の羅列と濃密な音楽デザインを、あっけらかんと提示し、復習と始まりと終焉がまとめて開放されていた。

2011年ECMの、宙を静かに舞い続ける、普遍的で確かな響きと共にありたい。それは反動か。自分にとって相応しく、大事で確かで、しかも生まれる前から見出されていたような存在と、価値と、足場を確認していきたい。まっさらでありながら、始まるでも終わるでもなく、永遠にそこにあり続けるようなシステムを、自分にふさわしい形で構築していきたい。


というような誓いを、ECMレーベルへの讃頌を、本年の挨拶と代えさせていただきつつ、今年も音楽と共にありたい。

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