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2010-08-29

ネイチャー・センス展 @森美術館

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http://www.mori.art.museum/contents/sensing_nature/index.html


吉岡徳仁篠田太郎栗林隆 3人の作家が、六本木の、地上から遠く、空にかなり近いところにある、その広い面積を惜しみなく使い、彼らの中に潜む小宇宙を、彼らを触媒として四次元的に通り抜ける、いつもそこにある「自然」を、具体的な重力と質感でもって再現する。


ここで再生されていた「ネイチャー」は、それはもうすべて人工的で、ほとんどにおいて虚構で物真似で、たとえば海や山の空気に包まれるときのような、高ぶりと安らぎが同時に染み込むようなダイナミックな体験、というようなものでは、およそ無い。

でもだからこそ、これらは都市の中で生きている僕らが、ビルの隙間や、道路の下で、ふとした瞬間に目に入る空の遠さや、制御から解かれた水の運動から、突然宇宙を感じ取ってしまうような、鋭くて根深くそして逃げ難い、新たな「自然」の感性を共有するものであった。

これが、六本木ヒルズという、元来あった環境のその上に破壊的に植樹された「森」の、そのてっぺんで展開されていることが、あまりにも合いすぎて、出来すぎていた。ここはこの近辺で、最も「自然」から遠く、最も「人による新たな自然」を目指したところであり、最も宇宙に近づいたところだ。ネイチャーなどおこがましい箱の中で、人工物と消費に親しみきった私たちへの、愛情と許しだ。

 

栗林隆さんは、たった2つの部屋で、しかも大胆で贅沢な使い方で、虫の視点 と 神の視点 を、乱暴なほど一気に体験させてくれる。巻き込まれる人々がみな、ニンマリしてしまい、喜んで上へ、下へ。僕は特に、人が「世界」と呼んでいる「大陸」と呼んでいる部分を、下から見上げる、深海魚の視点が楽しくて、何度もつま先から天井を見上げてしまった。かと思いきや、「屋台」によるコミュニケーション空間の変性、まさに「屋台による小宇宙」という、あまりに等身大で、あまりに人間的な目線を、最後に用意してくれる。だがその部屋こそ、まさに六本木を眼前に見下す、神の座であった。。


篠田太郎さんの、無限に連なり、連鎖する定点映像作品。特に鑑賞者を圧倒するでもなく、引き込むでもなく、ただただ、見飽きたような風景フラットに並び、切り替わる。山・川・大地・動物・街・道路・橋・森。それら巨大なディスプレイを繋ぐのは、バックで鳴り続ける宇宙の響き。だけど、その並列化された世界のその「内側」では、血が一滴また一滴、滴り続けていた。。「共感」と「発見」が連続するその位置関係。そして最後に、真っ白なプールに一瞬だけ、水紋による「円」が重なって瞬く、その作品の底知れぬ静けさ。


この方々の、「宇宙」なる観念への直接的なアプローチに、僕はクラクラし、トランスした。なにがネイチャーセンスなのだ、これは「コスモ・センス」或いは「アースダイバー」じゃないか!

ネイチャー・センス」を再現していたのは、吉岡徳仁だけなんじゃないか!?

 

吉岡徳仁さんの、自然への畏敬の念は、それは変態的なレベルだと思う。

とにかく人工でありながら、大自然から得られるその感触、手触りを、「プロダクト化」という変換を通じて、より触りやすく、掴みやすい形で、人々へ啓蒙する。吉岡さんの五感が掴みとった何かを、コンパクトパッケージ化しながらも、もともと自然が孕んでいた「美の中核」は、むしろより鮮明に増幅されて、私たちの手に宿る。吉岡さんは、敢えて「人工物化」することで、世界がただそうしているだけで美しい、ということを、形に残してまで、率直に教えてくれる。

宇宙などどうあがいても表現し切れないし、それは同時に、どのようにだって表現できるということでもある。でも、自然の美しさは、知っているから、難しい。人それぞれに、それぞれの自然との感触と記憶があるから、自由度は高くない。ネイチャーという意味での自然は、都市生活者にとっては「記憶」と同義であるから。

「大自然」が「特別なもの」になってしまった僕らが、いま最も「ネイチャー・センス」を感じるのは、自然を真似た、自然の手触りを介した、人の肌に、触れたときだけなのかもしれない。見覚えのあるものから記憶を連想することではじめて、自然にしっくりと、「自然」という言葉を飲み込めるのかもしれない。

そこを深いところで理解し、巧みにネイチャーの感触を練成してしまう皮膚の持ち主が、この方なのでしょうか。


都市の中の、人の欲による巨木、その頂上にたどり着いた途端、羽の雪が降ってくる。

その「用意された自然」だけで、プラスチックで出来た僕の身体は、ボロボロと崩れ粉末化し、都市の空に埋葬されたのでした。

田村田村 2010/08/30 15:23 なにここ楽しそう

magoshinmagoshin 2010/09/13 00:16 楽しいよ。六本木ヒルズのてっぺんだよ。
ついでに入れる展望台エリアなんかカップルだらけで超楽しいし。

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