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ふなうてちやう このページをアンテナに追加 RSSフィード

2013-10-13 母がホームセンターで買ってきた叙情歌集より

 実家に帰省中、どこだかのホームセンターで買ってきたという叙情歌の廉価版オムニバスCDというのをずっと母が聴いていて、しょっちゅう同じ曲がかかるので、嗚呼たんに曲数が少ないのか、だから安いのかね、みたいな会話があった。そのなかでも誰か知らない人が歌う『遠くへ行きたい』がやたらと耳に残って、おもわず口づさんでしまう。知っている曲だし今まで何を感じるということもなかったのだけれど、やはり歳のせいなのかなあ、などと感じた。


 ある同世代音楽家の方が『遠くへ行きたい』をカバーしているのを思い出して、嗚呼その人もそのとき似たような心境だったんだろうか、いやそれともただの偶然で、自分とはぜんぜん違う気持ちだったんだろうか、どうなのかな〜などと懐かしく思い出した。

 『遠くへ行きたい』をカバーされるもっと以前、その方のオリジナル曲について「時間が止ったような死を思わせるような静けさが結晶したかのような素敵な曲や歌ですばらしいですね」みたいなことを褒めるつもりで書いたら、「褒めてくれるのは有り難いけど、やっぱり曲を通して人と関わり合うような?生きてる曲じゃないと〜」みたいな短いやりとりがその昔にあって、その時のことを思い出すと、音楽を作ってお金をもらっているプロの人を相手に、自分みたいな何者でもないわけの分からない人間が、なんて生意気で阿呆なことを書いてしまったのだろうと恥ずかしくなる。

 その方が同世代というのと、その方の音楽から似た者どうしのにおいというか、妙な親しみをずっと感じていて、あの時はつい生意気なことを無邪気にべらべら書いてしまったような気がする。


 母の叙情歌集とはぜんぜん関係ないけれど、「男はつらいよ」の寅さんテーマ曲もちかごろ妙に脳内で再生される(ふだん耳にするある音が、イントロの最初の音に似て聴こえるため、そのつど脳内再生される)。今までちゃんと聴いたことがなかったので、動画サイトで聴いてみてやっとどんなことをうたっている歌なのか、お話なのかがうかがい知れた。祖父がこの曲を好きで酔っぱらうとよく歌っていた記憶があったり、実家には未婚の妹もいるので、実家ではこういう話はあんま出来んよなーと、夜更けの定食屋でぼそぼそ食べながら考えていると、窓の外を腰が曲がり体が傾いた浮浪者ふうの老人がよろよろと横切って行くのが見え、はて、どこかで見たようなことがあるな、、と思ったら、ここに来る十数分前に自分が自転車で追い抜いた知らない人で、それをいまここに座ってなにがしか食べながら眺めている自分、嗚呼この感じなんかに似ているなーとまた別のことを考え出すうち食事はおわり、気づいたら熱いお茶をのんでいた。




タンゴふう?の音色のちあきさんのカバーは、なぜかマネキンの首の絵がついていて、そこで僕はイヤダさんを思い出しましたね。

2013-10-12

 廃屋か改装中の建物? むき出しのコンクリの壁に立てかけられた、一枚づつ額飾されたB全サイズほどの商業ポスターのようなものを大根泥棒氏とめくって見ている。ポスターはモノクロの写真になにか言葉が添えられただけの簡素なもので、女学生が荒れ地のようなところに立っているやつがいいなと思うと、それはニューヨークだかどこだかで活動している日本人女性二人のデザイナーによる作品らしく、いつだかどこかで他の作品をみた時もなんか心に残ったような気がしたっけ?と思いだす。

 ひとけがなかった改装中の建物にいつの間にか人が集まり出し、酒を作る人や壁際に座って何かを即興で演奏している人がいる。なにか始まるのかな?と思う。(よくかぶっているのをみかけたような)黒いハットと、肩がとんがった黒い革のトレンチコートを着た高橋幸宏がやってきて、地べたにすわって演奏している人の前で、音楽に合わせて即興で踊り出す。テレビ越しだと物静かな人のように見えるけど、業界人みたいな人は実際はやはりすげえもんだな〜と感心して遠巻きに眺める。(10月上旬)


 私が生まれて初めて好きになった女性が中年となった現在の姿で、なにかの宮殿か博物館の入り口のような白い石の大きな階段を歩いていく。通行人は誰ひとりなく撮影用のセットのようにも見える。どことなく無理しているような化粧や服のせいなのか、短く刈った髪がうなじの上で揺れるあたりから、やつれたような老けた感じをうける。なぜだか布施絵里みたいな感じもする。(私が生まれて初めて好きになった女性と布施絵里はぜんぜん似ていないはずなのだが、私は夢の中で女性を見ると「布施絵里っぽい」と思うことがなぜだか多い気がする。テレビもまったく観ないし、布施絵里以外の有名人をどんどん忘れているんじゃなかろうか。じゃあ布施絵里とは自分にとってなんなんだということになるのだが)

 それは、どこかの芸能プロダクションかなにか?の所属タレントを紹介するDVDだかインターネット上のサイトの映像で、左下の方に出てくる他の所属タレントの項目を見たりして、へーと思う。宮殿は本物っぽいし、なにかどうだというわけではないのに、どことなく安っぽいというか、インチキくさい感じがする。女は時代がかった地下鉄の入り口ような階段を地下に消えていく。

 夜。密集した古い民家の細長い庭のような路地のようなところに、その女が木製の陽物を埋めている。黙々と作業するその後ろを抜けて通りに出ると、その家は駄菓子屋で、入るとひとけはなく店主にそのことを話してみる。店主はもともとお坊さんだったそうで、やたらと包容力のある雰囲気で、こちらの話をじっくりと聞いてアドバイスのようなことをしてくれるが、起きたら内容はさっぱり忘れていた(とくに内容はなかったのかも知れない)。(10月上旬)


 「田」の字の中の「十」部分をどれだけ崩して簡略に書いても「田」の字に見えるものかと、「田」の字をえんえん書いている。白い紙に黒い先細の水性ペン。書いている途中で夢だと気付き、我ながらなんてバカバカしい夢だと、おかしくなって目覚める。(10月上旬)

2013-08-04 体の内と外、音量

8/4 am6:00

 曇った朝。高架道路の下の道が白くぼんやりとしている。横断歩道を渡ると、やせた女が半袖短パンで犬を散歩させてくる。白、ベージュ、グレー、うすぼけた色が気になってふりかえると、曇り空のぼんやりした日向をゆらゆら遠ざかる。公園。数日前に読書したら気分がよかったので、文庫本を持ってきて読む。早朝だからしのぎやすい。遠くで蝉の声、太極拳の大陸風の古い宮廷音楽、車の音、犬を散歩させる老婆たちの談笑。この前よりだいぶ涼しくしのぎやすい、静かなのに本をひらく気にならない。

 温度と同じで、なにか体の内側と外側で鳴っている音の量が変らないと、落ちつかず気が散るように感じる。体の中でなる音というのは、気分の波風とか、なにかしらの考え事とか余計な思いつきとかなのだと思う。

2013-03-31

 観ると多分また描きたくなるけど描けないのが悲しいので、ピクシブを覗くのは避けていたんだけど、久々に覗いてみたら閲覧登録者がアホみたいに増えていて驚く。単純にピクシブ全体の利用者が増えているだけで、驚くようなことじゃないのかも知れないけど、もう何年も投稿していないのに観に来て下さる方がいるのは、素敵な絵描きの方々が僕のやつをブックマークしてくれているおかげで、そうでなければ埋もれてしまうのだろうし、ありがたいなあと感じる。

 それで、離れていた間に閲覧登録してくれた方々の作品を観ていたら止まらなくなり、(約半数はロム専の方々なのだけれど)見終わるのに数日かかった。


 以下、絵を眺めていて感じたことのメモなど。長いので収納します。

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2013-03-27

いちばん地味目なデパートでもキラキラして目がまわる。姪の入学祝いを文房具にするつもりが、なぜか黄色い雨合羽を買っていた。