仕事だけじゃない日誌

2017-01-02 1年振り返り(3)

[] 17:20

今、岩手県では風力発電など再生可能エネルギーの開発計画が林立している。たぶん全部で15件ほどのアセス手続きが進行中。

そのため、2016年は県のアセス審査会とそれに関係する個別ヒアリングの回数がすごく多かった。数えてみたら、県のアセス審査会が4月・5月・6月に各1、7月に3、9月・10月・11月・12月に各1で、計10回出て、1回は欠席。そして関係するヒアリングが2月に1、3月に1、5月に2、6月に1、7月・8月・9月・10月・11月に各2回で、15回。このほかに県振興局単位の現地調査依頼が6件ほど。各件にそれぞれ分厚い書類が付いてきて、全部に目を通すことになる。さらに、早池峰周辺のシカ関係と、県の希少野生動植物保護関係と、県環境審議会とその部会の委員会がそれぞれあって、キャパシティをオーバー中。

でも生物の分布情報を集めている地域の博物館がこの部分で役に立つことは間違いない。博物館側にしても有用な情報が得られるし、かつ個人的に勉強になるのも確か。そして時々は、実際の保全に役立つこともある。ということで、極力出席することになる。

2017年からは環境省のレッドリスト改訂調査も始まるそうだ。それぞれの仕事が独立しているようでいて、少しずつ繋がっているのも断れない理由。

とまあ、そんな状況ですので、当面、他県からの御依頼はお断りしております。(←何かの弁解)

2016-12-31 1年振り返り(2)

2016年は自分にとってわりと大きなことがたくさんあった年でした。身辺では、5月に近隣で放火殺人があったことと、3月下旬から四十肩になって11月まで治らなかったことが2大事件。

火事では、自分の家は被害を免れて助かったけれど、火事を見つけて通報した人の一人ということで警察と消防から長い聴取を2回ずつ受けたり、マスコミから職場に取材電話がかかってきたり、今まで経験したことのないことを色々と経験した。今でも、延焼したらどうなっていたかと想像してゾッとすることがある。

そして四十肩はマジで辛かった。両腕が上がらないし広がらないし、もし11月に治らなかったら展示作業が全くできなかっただろうと思われる。パネルの釘打ちとか、大型の物を運ぶとか、11月まではほぼ無理だった。解消して本当に良かった。

以下は主に移動の記録。

<1月>

年末年始はまたもや文化財レスキュー本改訂版の編集業務。

下旬、日博協の研究協議会で黒田記念館。この時のテーマはすごく勉強になった。日博協の事務室で最後の校正をやらせてもらった。

月末、文化財レスキューのプロジェクトで福島県の文化財レスキューの視察に連れて行ってもらった。相馬市と白河市のまほろん。

<2月>

月初、文化財レスキューのワークショップで東京藝大。

中旬、陸前高田市で高田松原など津波後のフロラについての講演。

月末、文化財レスキューのワークショップで福井県歴博。大宮から金沢まわりで行き、名古屋まわりで帰る。名古屋市博にも寄った。

<3月>

年度末のドタバタ業務。

下旬、生態学会で仙台。自由集会とポスター発表。途中で1回盛岡へ戻った。

<4月>

年度初めのドタバタ業務。

下旬、住田町で観察会講師。

<5月>

下旬、北上市和賀で観察会。岩泉町と一関市で現地調査。

陸前高田市の青松島と大船渡市の珊瑚島の現地調査。

葛巻町でサクラ草サミット。

<6月>

岩泉町で東北植物研究会の観察会。岩泉町で現地調査。

<7月>

上旬、早池峰山北面で現地調査。

中旬、青森県立郷土館で標本調査。大船渡市博の磯の観察会(三陸町)に参加。

月末、早池峰山河原の坊でシカ食痕調査。

<8月>

上旬、大阪市立自然史の友の会合宿(南三陸・気仙沼)に参加。

中旬、早池峰南面でシカ食痕調査。

下旬、一関市で現地調査。

<9月>

中旬、早池峰北面で現地調査。

中旬と下旬、展示資料調査で宮古市と田野畑村。

<10月>

上旬、大船渡市博で展示資料調査。振興局アセス現地踏査。

中旬、古川沼調査見学。

<11月>

上旬、北上市で学芸員ネットワーク岩手の研修会。

<12月>

展示資料の借受、展示解説書の執筆と版組、展示作業。17日から展覧会の開幕。

開幕後は取材対応や展示の修正など。年末は館内パソコン機器の移動など。

2016-12-29 1年振り返り(1)

[] 01:00

自分が担当する展覧会(「大津波と三陸の生き物」)も始まったので、だいぶモノを考える余裕ができました。

今年書いたもののうち主なもの。

・3月 文一総合出版『生態学が語る東日本大震災』普及書・分担。

・4月 「東北地方におけるイネ科フォーリーガヤの初記録」植物研究雑誌91(2): 105-106 短報・査読あり・主著。

・8月 『岩手県産維管束植物チェックリスト』編集。

・11月 Springer "Ecological impacts of tsunamis on coastal ecosystems" (Urabe & Nakashizuka eds.) 分担・査読あり・単著。

・12月 『展示ガイドブック 大津波と三陸の生き物』普及書・単著。

このほかに、新聞コラムや広報誌のコラムなど。

これから書くべきもの・書きたいものリスト。

(義務のあるもの。)

・新聞の輪番コラム。7日〆切。

・珊瑚島の調査報告。なるはや。

・DAB論文集の担当章の序文。まとめ文にもケリをつける。

(書きたいもの。)

・津波浸水地フロラ調査の結果報告。

・三貫島と船越大島のフロラと植生調査報告。

・フォーリーガヤの産地報告もう一つ。

・岩手県産維管束植物チェックリストのフォローアップ記事、多数。

[] 01:00

2016年に見た展覧会。(忘れてるのがありそう)

・1月、国立科学博物館で渋川春海展。

・2月、福井県歴博で常設展示と文化財レスキュー展、福井市立美術館で「美術の目で見る博物」展、名古屋市博で常設展示と文化財レスキュー展。

・3月、福島県博で震災記録展と常設展示。アクアマリンいなわしろで常設展示。

・4月、東京都庭園美術館でエミール・ガレ展。LIXILギャラリー(東京)で「薬草の博物誌」展。

・5月、岩手県立美術館でジョルジョ・モランディ展。

・7月、青森県立郷土館でコウモリ展。

・10月、江戸東京博物館シーボルト展。サントリー美術館で鈴木其一展。

・11月、国立科学博物館でシーボルト展。根津美術館で円山応挙展。

2016-08-29 曇り時々晴れ

長靴の寿命 19:55

今日、長靴を洗っていたら、片方にひび割れが見つかった。

ここで書いている大同マイティブーツである。

http://d.hatena.ne.jp/mahoro_s/20130918

今度は3年しかもたなかったか。なんでだろう?特にフィールドワークの頻度が高まったわけではないし、歩く距離が長くなったわけでもないと思うんだけど。

次は何を買おうかな。そろそろ軽量化したくなってはいる。

山梨スチールさんはオンラインショップを止めてしまったみたいなので、他で探そうと思う。

もはやこの日誌はこういう何年も前の記録を引っ張り出すためにあるようなものだなあ。

2016-07-20

唐突に日誌を再開します。長文を書きたい気持になってきたので。

ただいま絶賛「四十肩」中。3月下旬頃から両腕に謎の痛みが発生し、整形外科へ行ってレントゲン撮影するも異常なく、診断は「五十肩」。五十よりは四十の方がまだ心が休まるので、自分では「四十肩」と呼んでいる。

始まってからすでに4か月が経過。最近やっと急性期が終わった感じ。始めは特定の方向へ動かすと痛い程度だったのが、次第にじっとしていても肩が疼くようになり、痛み止めを常用するようになった。特に辛かったのは就寝時の痛み。仰向けになると、肩が背中側に引っ張られて痛い。横向きに寝ると、下にした肩が内側に引っ張られ、メキメキと音がしてさらに痛い。痛み止めを飲んでいても明け方にはチクチクする痛みで目が覚める。おかげで眠りが浅くなり、元気が回復しない。これはさすがに生活に差支えると思って整形外科へ通い、ヒアルロン酸注射と痛み止めと湿布で何とか凌いでいた。急性期は平均的には1〜3か月と言われているので、4か月続くのは、かなり長い方だと思われる。

最近はだいぶ良くなって、鋭い痛みを感じることは少なくなってきた。が、よく言われるように可動域が狭くなり、腕を真っ直ぐに上げて万歳をすることも、後ろ手に組むこともできない。細かいところで生活に変化が起きた。ブラジャーは前でホックを留めてから180度回転させているし、ジーンズは予めベルトを通しておいてから履くようにしている。肩周りが狭いTシャツやブラウスは、腕が縮められないため着られないし脱げないので、お蔵入りにした。腕と肩を水平に保つこともできないので、当然ながら、楽器も弾けない。車の運転は何とかなるものの、右後ろのシートベルトを引っ張るのに苦労するし、ハンドルを大きく切ることはできない。高所の物を取る時は、腕を伸ばすのではなく、必ず台の上に乗る。うっかり転んだ時、体を支えるために手をつくと激痛が走るので、できるだけ転ばないように慎重に歩く。全体的に、動作がお年寄りじみていると思う。

「可動域が狭くなる」のは、痛いからそれ以上動かせないという意味なのかと思っていたが、そうではなかった。本当に不思議なことだけれど、物理的に動かなくなる。まるで、蝶番が開ききらないように金具で止めてあるような感じ。テレビで、体操やテニスの選手が腕をグルグルと自由に動かしているのを見ると、うっすらと痛みを感じるとともに、信じられないという気持になる。彼らは四十肩になることはないのだろうか。

今一番つらいのは、肩こりをほぐす運動ができないせいで、自分史上最高に肩が凝っていること。今後は、可動域を徐々に広げるためのトレーニングをする必要があるらしい。加齢のせいとは言え、こんなことが自分の身に起きるとは、びっくりである。

吉田真弓吉田真弓 2016/08/26 23:58 お久しぶりです。つらそうですね。肩鍵盤の断裂じゃないでしょうか。素人考えですが。。。肩関節関連の学会などの通訳をしていること、2年ほど前に母が似たような経験をしたのもあり、そう思います。http://www.fff.or.jp/seikei/shoulder_center/shoulder01.html を見てみてください。肩関節の専門医は東京でも見つけずらいですから、上京されたときにでもリンク先の船橋整形外科を受診されることをお勧めします。(私の母もここに行きました)肩関節では日本一です。

mahoro_smahoro_s 2016/08/27 21:48 真弓さん、コメントありがとうございました。今のところ、「拘縮」が強いなどの症状や、レントゲン写真で全く異常が見られないことなどなどから、腱板断裂よりは「五十肩」の診断が正しいかなと思っています。最近はかなり良くなってきて、できないことが減りました。でも、治りが悪いようなら、お薦めのところを受診することも考えますね。

吉田真弓吉田真弓 2016/09/05 22:39 まほろちゃん、腱板が断裂しているかどうかはMRIを撮らないとわからないのですよ。(レントゲンでは腱板の異常はわかりません)
断裂していても痛みが皆無の人もいるので、症状が治まれば診断名(=腱板断裂の有無)はどちらでも生活に影響はないんですが、楽器が弾けない痛みがあるようなら、船橋とは言わずともせめて肩関節の専門医の受診をお勧めします。(でも船橋のほうがいいけど)岩手医大におひとりいらっしゃるはずです。ちなみに手術は必須ではありません。母は理学療法(いわゆるリハビリ)だけで完治しました。